第二十四話 茶を仕上げる
翌朝。
屋敷の裏手には、昨夜降った雨の名残がまだ残っていた。
濡れた土の匂いに、森の方から吹いてくる少し冷たい風が混じっている。
雲の隙間から差し込む朝日は弱く、今日もこの土地らしい天気だった。
そんな中、僕とフィオナは昨日とは別の場所にいた。
「さすがに今日も半日厨房を占領するのは悪いよね。料理する場所なのに、昨日ほとんど実験場にしちゃったし」
「ええ。今日は別の場所にした方がよいと思います」
「だよね。昨日も途中から申し訳なくなってたんだよ」
「最後まで続けていらっしゃいましたが」
「途中でやめたら、それまで試した分がもったいないじゃん」
「それについては、私もそう思います」
「でしょ?」
今日使うのは、屋敷の裏手にある小さな作業小屋だった。
以前は農具や修繕道具を置いていたらしいけれど、中身は別の倉庫へ移してもらっている。
大きな窓を開ければ風も通るし、多少葉を散らかしても厨房ほど迷惑にはならない。
中央に置かれた大きな机の上には、朝のうちに摘んできた茶葉が籠いっぱいに積まれていた。
昨日試したものと同じ、斜面で育てた株の葉だ。
葉の張りはいい。
色も濃く、弱っているものもほとんどない。
やっぱり、この場所との相性はかなり良さそうだった。
「それで、町の方にも声を掛けたのですよね?」
「うん。僕ら二人だけでやってても、たぶん同じところでずっと悩むことになりそうだったしね」
「茶を作った経験のある方がいらっしゃったのですか?」
「いや、それはいなかったんだけどさ」
僕は籠から一枚、葉を摘まみ上げた。
「茶そのものを知らなくても、葉を乾かしてる人はいるし、火を扱うのが上手い人もいるでしょ。農家の人なら、僕らよりずっと植物を扱い慣れてるし」
「なるほど。それぞれの経験を借りるのですね」
「そうそう。僕らが知らないなら、知ってそうな人に聞いた方が早いかなって」
「ええ。それは良いと思います」
フィオナが素直に頷いた。
「昨日は一つ試すたびに、次を考えるところから始めていましたから。詳しい方がいれば、気づけることも増えるはずです」
「だよね。今日は昨日より進みそうな気がしてきた」
「まだ始まってもいませんよ」
「それでも、昨日よりは希望あるでしょ?」
「それは確かに」
フィオナの表情が、ほんの少しだけ和らぐ。
そんな話をしていると、小屋の外から何人かの話し声が聞こえてきた。
◇
「殿下、これが昨日話してた茶ですか?」
「うん。朝から来てもらってごめんね」
「いえいえ。こっちも気になってたんですよ」
集まってもらったのは四人だった。
昨日も厨房で火加減を見てくれた屋敷の料理人。
町で薬草を乾燥させて売っている年配の女性。
畑を持つ農家の男性。
それと、棚や籠、農具なんかを作っている町の木工職人。
この町へ来たばかりの頃なら、僕が声を掛けるだけでも随分と緊張されていた。
今は違う。
町を歩き回って、畑を見て、水路を直して。
何度も顔を合わせるうちに、僕が思っていたよりずっと普通に話す人間だということくらいは伝わったらしい。
「最近、殿下が何か始めるたびに町でも話題になるんですよ」
「そんなに?」
「水路を直したと思ったら、今度は畑を調べて、その次は見たこともない植物を育て始めたでしょう」
「言われてみると、結構色々やってるなあ……」
「ご自覚がなかったのですか?」
横からフィオナが言う。
「いや、やってる時はいっぱいいっぱいだからさ。並べられると結構働いてるなって」
「それはそうですね」
「もうちょっと褒めてもいいんだよ?」
「今、同意したところです」
「あ、そっか」
農家の男性が声を上げて笑った。
こういう反応にも、もう慣れてきた。
「それでさ、昨日フィオナと一日やってみたんだけど、思ってたより難しくて」
「殿下でも分からないことがあるんですねえ」
「そりゃあるよ。この土地に来てから、知らないことばっかり増えてる気がするし」
「俺たちも茶なんて作ったことありませんけどね」
「うん。それでいいんだ。火のこととか、葉の扱いとか、乾かし方とか、それぞれ分かるところだけ教えてもらえたら助かる」
「それなら、何か言えるかもしれませんな」
「ありがとう。今日はよろしくね」
フィオナが、昨日一番ましだった茶を器へ注いでいく。
湯気と一緒に、少し青みの残った香りが立ち上った。
「まずはこちらを飲んでみてください」
「いただきます」
それぞれが器を手に取る。
一口。
二口。
すぐに答えを出すのではなく、口の中に残る味まで確かめるように、少し間が空いた。
「どう?」
最初に口を開いたのは料理人だった。
「昨日より、かなり飲みやすくなっていますね」
「本当?」
「はい。ただ、まだ少し渋みが強いかと」
「ああ、やっぱりそこは気になるよね。僕らも昨日ずっと引っかかってたんだ」
薬草を扱っている女性も、器に顔を近づける。
「香りも悪くありませんよ。ただ、少し青い匂いが残ってますねえ」
「そこも消しきれなかったんだよなあ。飲めないほどじゃないんだけど、もう少し何とかしたくて」
「殿下」
「ん?」
農家の男性が、茶ではなく机の上の葉を見ていた。
「この葉は、全部同じように加工したんですか?」
「そのつもりだったけど……何か気になる?」
「こっちとこっち、随分大きさが違いますよ」
「大きさ?」
言われて比べる。
確かに。
同じような葉を選んだつもりだったけれど、並べてみると一回り以上違うものも混ざっていた。
「大きい葉と小さい葉だと、乾き方も変わったりする?」
「茶については分かりませんけど、乾かすなら変わるでしょうね。大きい方が水分も残りやすいと思います」
「ああ……そっか」
言われてみれば当たり前だ。
でも昨日の僕らは、そこまで気が回っていなかった。
「じゃあ昨日、同じように作ったつもりでも味が違ったのって、それも原因かもしれないのか」
「十分あり得ると思いますよ」
「なるほどなあ」
横を見ると、フィオナがすぐに紙へ書き込んでいた。
「まずは、使う葉の大きさを揃えてみましょうか」
「うん。それやってみよう。昨日より比べやすくなりそうだし」
◇
最初に始めたのは、茶葉の選別だった。
大きさ。
柔らかさ。
傷の有無。
色。
机いっぱいに葉を広げると、小屋の中に青い香りが濃く漂った。
開け放した窓から風が吹き込むたびに、並べた葉の端がかすかに揺れる。
「こっちは使えそうだけど、これは外しておこうかな」
「何か違うんですか?」
農家の男性が、僕の持っている二枚を見比べる。
「うまく説明しにくいんだけど、こっちはちょっと元気がないんだよね。見た目はそんなに変わらないんだけどさ」
「俺には同じように見えますな」
「まあ、この辺は僕が分かるから任せて」
「では、お願いします」
フィオナも僕が選んだ葉を受け取り、何も言わず別の籠へ移していく。
理由までは分からない。
ただ、葉の状態そのものなら分かる。
それで十分だった。
「こうして並べると、結構違うね」
「昨日はそこまで細かく分けていませんでしたからね」
「やっぱり一日目から全部気づくのは無理だなあ」
「だからこそ、今日は皆さんに来ていただいたのでしょう?」
「うん。早速呼んでよかったと思ってる」
昨日一番良かった作り方も、改めて確認していく。
「昨日は、少し置いてから揉んだやつが一番よかったんだよね」
薬草を扱っている女性が首を傾げた。
「少しというと、どのくらいです?」
「……フィオナ、覚えてる?」
「一刻ほどだったと思います」
「そうそう。そのくらい」
「置き方は?」
「布の上に広げてたよ」
「葉は重なってました?」
「結構重なってたと思う」
「ああ。それなら、乾き方に差が出たかもしれませんねえ」
「やっぱりそういうのあるんだ」
「薬草も同じですよ。重ねすぎると、上は乾いていても下だけ湿っていることがありますから」
「なるほど。じゃあ今日は薄く広げてみようか」
「その方がよいと思います」
フィオナも頷く。
「できるだけ条件を揃えてみましょう」
「うん。まずそれでやってみよう」
すると、木工職人が机を眺めながら口を開いた。
「それなら、布に置くより網みたいな棚を作った方がいいかもしれませんね」
「棚?」
「ええ。下からも風が通りますし、葉も広げやすいでしょう」
「それ、すぐ作れる?」
「簡単なものでよければ、材料はありますから」
「本当? じゃあお願いしていい? 今日だけじゃなくて、これからも使えそうだし」
「もちろんですよ」
「助かるよ。こういうのはやっぱり職人さんに聞いた方が早いね」
職人はすぐに小屋の隅に積まれていた木材を確認し始めた。
寸法を測り、使えそうな板を選び、慣れた手つきで作業を始める。
木を削る音が、小屋の中に加わった。
「殿下が何でも自分でやったら、俺たちの仕事がなくなりますからね」
「それは困るなあ。僕が全部覚えて全部やることになったら、いつまで経っても楽できないじゃん」
フィオナがこちらを見る。
「……その理由もあるのですね」
「もちろん。でも、それだけじゃないよ?」
「分かっています」
返事はすぐだった。
「カイル様お一人でしか作れないものでは、町の産業にはできませんから」
「そう、それ。僕がいなくても作れるようになった方が絶対いいでしょ?」
「ええ。私もそう思います」
「よかった。ちゃんと分かってくれてた」
「いつも怠けたいだけだと思っているわけではありません」
「……それはちょっと安心した」
フィオナは小さく息を吐いた。
呆れているようにも見えたけれど、それ以上は何も言わなかった。
◇
乾燥用の棚が出来上がるまで、別の葉で試すことにした。
薄く広げて少し置く。
それから揉む。
昨日は僕とフィオナが何となく手で揉んでいたけれど、今日は強さまで分けてみることにする。
「殿下、少し力が強いかもしれません」
「え、これでも?」
「ほら、葉が潰れてますよ」
「あ、本当だ。昨日もこれくらいやってた気がするんだけどなあ」
「それで渋みが強くなった可能性もあるかもしれませんね」
「じゃあ、もっと優しくやってみた方がいい?」
「一度試してみましょう」
軽く揉むもの。
少し強めに揉むもの。
ほとんど形を崩さないもの。
いくつかに分けて並べる。
揉んだ直後から、それぞれ香りが少しずつ違った。
「これ面白いなあ。同じ葉なのに、触り方だけでこんなに変わるんだ」
「昨日より楽しそうですね」
「だって今日は、何で失敗したのか少しずつ分かるじゃん。昨日は飲んでから『なんか違う』って首傾げてる時間の方が長かったし」
「それは確かにそうでしたね」
「今日はちゃんと前に進んでる感じする」
「私もそう思います」
誰かが一つ気づけば、別の誰かがそこから新しい案を出す。
僕とフィオナだけで試していた昨日とは、進み方がまるで違った。
木工職人が作っていた棚も、昼前には形になった。
細い木枠の間に目の粗い網を張っただけの簡単なものだったけれど、葉を広げてみると風が上下から抜ける。
「おお、これいいね」
「これなら重ならないように広げるのも楽でしょう」
「昨日これ欲しかったなあ」
「昨日言われていれば作りましたよ」
「昨日は僕らも欲しいって知らなかったんだよ」
「それもそうですね」
職人が笑う。
僕もつられて笑った。
◇
午後になる頃には、小屋の中は朝とは随分違う様子になっていた。
棚には茶葉が並び。
机の上には条件を書いた紙が増え。
小さな火の上では、料理人が葉の乾き具合を確かめている。
窓から差し込む淡い日差しの中を、火の熱で揺れた空気がゆっくり昇っていった。
「火は、このくらいでよろしいかと」
料理人が火から少し離した位置に網を置く。
「結構遠いね。これでちゃんと乾く?」
「時間は掛かりますが、直接炙る必要はありません。中の水分をゆっくり抜くなら、これくらいで十分だと思います」
「昨日、もっと近づけてたなあ」
「香りが飛びませんでしたか?」
「あー、それ昨日やったら失敗しちゃったんだよね。焦げ臭くなったうえに、せっかくの香りまでほとんど分かんなくなってさ」
「でしたら、やはり火が強かったのでしょう」
「その『やはり』が、ちょっとだけ刺さるなあ」
料理人が笑う。
「昨日、少し離した方がよいと申し上げましたよ」
「……言ってたっけ?」
「言っていました」
フィオナまで頷く。
「二人とも覚えてるの?」
「はい」
「僕だけ覚えてないじゃん……」
「昨日はかなりの数を試していましたから」
火に当てている葉を見る。
水分が抜けていくにつれて、青かった香りが少しずつ落ち着いていく。
昨日のような焦げ臭さはない。
「これ、かなり良さそうじゃない?」
「ええ。昨日より香りが残っています」
「よし。ちょっと期待できそう」
時間を見ながら火から外す。
十分に冷ましてから、湯を沸かした。
◇
机の上に六つの器が並んだ。
窓の外では、雲の切れ間から傾き始めた日が差し込んでいる。
一日中作業していたせいで、小屋の中には茶葉と木の匂い、それから火の残り香が混じっていた。
「じゃあ、順番に飲んでみようか」
一杯目を口へ運ぶ。
「……まだちょっと青いかな。でも昨日ほどじゃないね」
「ええ。かなり弱くなっています」
二杯目。
「うわ、これは渋いなあ」
「揉み方を強くしたものですね」
「やっぱりそこでも結構変わるんだ」
三杯目。
「これは逆に薄い?」
「香りも弱いですね」
「揉まなさすぎても駄目なのか」
四杯目。
一口飲んだところで、思わずもう一度器を見る。
「……あ、これ結構いいかも」
フィオナも口をつける。
「はい。先ほどまでより飲みやすいですね」
料理人も頷いた。
「渋みもかなり抑えられています」
「これ、どうやったやつだっけ?」
「葉の大きさを揃えて、少し置いてから軽く揉み、弱い火で乾燥させたものです」
「ああ。昨日一番よかったやつを、ちゃんと条件揃えて作った感じか」
「そうなりますね」
「なるほど。やっぱり雑にやるより、ちゃんと作った方がおいしいんだなあ」
「それは茶に限らないと思います」
「確かに」
それくらいは僕にも分かる。
たぶん。
五杯目。
「こっちも結構好きだな。香りはさっきより強いかも」
「ですが、少し苦みがありますね」
「火に掛けた時間が長いものです」
「じゃあ、この辺もまだ調整できそうだね」
六杯目まで飲み終える。
昨日みたいに、草っぽかったり、焦げていたり、飲んだ瞬間に顔をしかめたくなるほど渋かったり。
そんなものは随分減った。
もう一度、四杯目の器を手に取る。
一口。
少し間を置いて、もう一口。
「……うん。これなら普通においしいと思う」
「私もそう思います」
「皆はどう?」
住民たちも、それぞれ飲み直してみる。
「俺は好きですよ」
「これなら食事の後にも飲めそうですねえ」
「少し渋みは残っていますが、十分おいしいと思います」
「そっか」
自然と頬が緩んだ。
「昨日あれだけ失敗したから、ちゃんとおいしいって言われると嬉しいな」
昨日は、一口飲んでは首を傾げて。
また作って。
今度は焦がして。
最後には厨房まで追い出されかけた。
それを考えれば、大きな進歩だ。
まだ売り物になるかは分からない。
でも、人に出して申し訳なくなるような味ではもうない。
「じゃあ、結構いいところまで来たかな」
「そうですね」
フィオナはもう一度器に口をつける。
飲み終わってから、少しだけ考えるように茶の表面を見つめた。
「何か気になる?」
「少しだけ」
「どこ?」
「昨日、斜面で葉を揉んだ時の香りを覚えていますか?」
「ああ」
すぐに思い出した。
摘んだばかりの茶葉を手で揉んだ時。
青い香りの中に、それとは少し違う強い匂いが混じっていた。
「そういえば、もっと香ってたよね」
「はい。今日の茶も香りはありますが、あの時ほどではありません」
「加工してる途中で消えちゃってるのかな」
「その可能性はあると思います」
「うーん……」
まずいわけじゃない。
むしろ、普通においしい。
だからこそ、少し惜しい。
「なんかもう一つありそうなんだよなあ。この葉、本当はもっとおいしくなりそうっていうか」
「私も、まだ良くできると思います」
「だよね」
「もう少し香りが残れば、かなり印象が変わりそうですねえ」
薬草を扱っている女性も頷いた。
けれど、その場では答えまでは見つからなかった。
「まあ、今日はここまでかな。昨日と比べたらかなり進んだし」
「ええ。十分成果はあったと思います」
「うん。少なくとも、今のやつなら普通にもう一杯飲みたいって思えるしね」
「明日、また続きを試してみましょう」
「そうしよう。ここまで来たら、もうちょっと良くしたくなってきた」
「俺も明日来ていいですか?」
木工職人が言う。
「もちろん。むしろ来てくれた方が助かるよ」
「それなら棚ももう一つ作っておきます」
「ありがとう。今日使ってみてかなり便利だったし、お願いしていい?」
「任せてください」
「だったら私は、今日よりもう少し薄く葉を広げてみますかねえ」
「それも試してみたいな。どれくらい変わるか気になる」
僕が何かを言わなくても、もう次に試す話が始まっていた。
昨日までは、僕とフィオナの二人で考えていたことだ。
今日は、そこに別の人の考えが混ざった。
そしていつの間にか、僕が指示を出すより先に、明日の話が進んでいる。
「……なんか、いいね」
「何がですか?」
「いや」
僕は少しだけ考えてから、机を囲んで話しているみんなを見る。
「こういうの」
フィオナも、その視線を追った。
「……ええ」
それだけ答えて、少しだけ表情を和らげた。
◇
「あ、殿下」
「ん?」
片付けを始めた女性が、机の端を指す。
そこには、まだ加工していない茶葉が少し残っていた。
他のものと同じように広げていたけれど、試す種類が増えて、そのまま使わずに残ってしまったものだ。
「こっちはどうします?」
「ああ、それか」
残っている葉を見る。
今のところ、特に悪くなっている様子はない。
「今日はもう遅いし、明日使ってみようか。このまま捨てるのももったいないし」
「では、取っておきますね」
「お願い。乾きすぎないようにだけしてもらえる?」
「分かりました」
女性が茶葉をまとめ、布を軽く掛ける。
その葉について、それ以上考えることはなかった。
「じゃあ今日はここまでにしようか。みんな、付き合ってくれてありがとう」
「こっちも面白かったですよ」
「まさか茶を作ることになるとは思いませんでしたけどねえ」
「僕も数日前まで思ってなかったよ」
小屋を出る。
外はもう夕暮れだった。
西の空だけが薄い橙色に染まり、その下には雨上がりの町が広がっている。
遠くから、仕事を終えた人たちの声が聞こえた。
薪を割る音。
家路につく荷車の車輪。
夕食の支度をしているのか、どこかの家から煙が上がっている。
振り返ると、作業小屋の扉はまだ開いたままだった。
その向こうでは、木工職人が明日作る棚の大きさを話し、薬草を扱う女性が葉の広げ方について料理人と何か相談している。
僕が何も言わなくても、もう明日の話が始まっていた。
昨日は、僕とフィオナだけだったのに。
「ちゃんとお茶になったね」
隣を歩くフィオナに言う。
「ええ。昨日よりかなりおいしくなったと思います」
「だよね。僕も普通に好きだった」
「ですが、まだ満足はしていないのでしょう?」
「まあね。せっかくなら、もっとおいしくしたいじゃん」
「私も同意見です」
「じゃあ、明日も頑張ろうか」
「はい」
湿った風の中に、まだ微かに茶葉の香りが残っていた。
完成には、もう少し。
でも。
昨日より確実に、何かが形になり始めていた。




