第二十三話 茶を作る
茶がこの土地に合っているかもしれない。
そこまでは分かった。
問題は、その先だった。
翌朝、僕たちは昨日と同じ斜面へ向かい、育てた茶の葉を摘んでいた。
株の状態は昨日と変わらず良い。
斜面に植えたものはどれも元気で、新しく伸びた芽にも弱っている様子はなかった。
「これなら使えそうだね」
「はい。今日は状態のよい葉だけ摘んでみましょう」
「どれくらい?」
「まずは試す分だけで十分です」
フィオナに教えてもらいながら、枝先の柔らかい葉を選んでいく。
昨日までは育ち方ばかり見ていたけれど、こうして摘むとなると、葉一枚でも結構違いがある。
硬いもの。
柔らかいもの。
まだ小さなもの。
大きく育ったもの。
「どれでもお茶になるわけじゃないんだ」
「使えないわけではないと思います。ただ、同じ条件で比べるなら揃えた方がよいでしょう」
「なるほど」
籠がある程度埋まったところで、僕たちは屋敷へ戻った。
◇
「……で、これをどうしたらお茶になるの?」
厨房に持ち込んだ籠いっぱいの茶葉を前にして、僕は腕を組んでいた。
葉は鮮やかな緑色で、揉めば昨日と同じ青っぽい香りがする。
ここまではいい。
でも。
「そのままお湯に入れる……わけじゃないよね?」
「試してみますか?」
「一応?」
フィオナが数枚の葉を器へ入れ、そこに湯を注ぐ。
しばらく待つと、わずかに色がついた。
「見た目はそれっぽい」
「飲んでみましょう」
「フィオナ先どうぞ」
「カイル様からどうぞ」
「こういう時だけ主人を立てるのやめない?」
「毒ではありませんから」
「それは分かってるけど」
仕方なく器を持ち上げる。
香りを確認してから、一口。
「……」
「どうです?」
「草」
「草ですか」
「すごい草」
青臭い。
そして、後からかなり強い渋みが来た。
「フィオナも飲んでみてよ」
「はい」
一口飲んだフィオナの眉が、ほんの少しだけ動いた。
「……確かに、草ですね」
「でしょ?」
昨日まで感じていた香りはどこへ行ったのか。
飲めなくはない。
でも、これをわざわざ金を出して買いたいかと聞かれたら、僕なら買わない。
「育てるだけじゃ駄目なんだね」
「茶葉は加工してから使うものですから」
「どうやって?」
「乾かしたり、揉んだり、火を入れたりします」
「順番は?」
「……」
「フィオナ?」
「詳しくは知りません」
「そこは知らないんだ」
「飲んだことはありますが、自分で作ったことはありませんので」
「僕と同じじゃん」
「カイル様よりは知っています」
「さっきの一杯を作ったの僕じゃないけどね」
「それとこれとは別です」
そう言いながら、フィオナは残った茶葉を見る。
「ただ、加工の方法で味や香りが変わることは知っています」
「じゃあ試すしかないか」
「そうなりますね」
こういう時、僕の魔法はあまり役に立たない。
葉を増やすことならできる。
試すための材料には困らない。
でも、摘んだ後の葉を美味しい茶へ変えるところまではやってくれない。
「とりあえず乾かしてみる?」
「そうしましょう」
◇
最初にやったのは、本当にただ乾かすだけだった。
布の上に茶葉を広げ、風通しのよい場所へ置いておく。
量を変え、日向と日陰にも分けた。
「これで待つ?」
「はい」
「……僕の出番ないなあ」
「普通はこういうものです」
「《成長》使ってた時のテンポに慣れすぎた」
「昨日も似たことを言っていましたね」
「待つの苦手なんだよ」
「知っています」
即答された。
仕方がないので、その間に別の方法も試すことにした。
「揉むんだっけ?」
「ええ」
摘んだばかりの葉を手に取り、指先で揉んでみる。
葉がしんなりして、さっきまでより強い香りが立った。
「お」
「香りが出ましたね」
「これ正解じゃない?」
「まだ分かりません」
「またそれ」
「飲んでから判断してください」
揉んだ葉を乾かし、今度は少しだけ火に当てる。
厨房の料理人にも頼み、火加減を見てもらった。
「これくらい?」
「殿下、もう少し離した方がよろしいかと」
「そんな弱くていいの?」
「乾かすのでしたら、焦がしてはいけません」
「なるほど」
言われた通り、火から距離を取る。
しばらくすると、葉の色が少しずつ変わってきた。
「なんかお茶っぽくなってきた」
「見た目は、ですね」
「フィオナ最近厳しくない?」
「昨日から何度も見た目に騙されていますので」
「否定できない」
十分に乾いたところで湯を沸かす。
今度こそ。
「いける気がする」
「先ほども聞きました」
「今度は本当に」
「ではどうぞ」
「また僕から?」
「殿下ですので」
「便利だな、その言葉」
一口。
「……」
「どうです?」
「さっきよりはお茶」
「では成功ですか?」
「いや……」
もう一口。
「渋い」
青臭さはかなり減っていた。
でも今度は渋みが強すぎる。
「飲めなくはないけど、ずっと飲みたい感じではないなあ」
フィオナも口をつける。
「香りも少し弱いですね」
「揉んだ時はすごく香ったのに」
「乾かし方でしょうか」
「火?」
「それもあるかもしれません」
料理人が横から葉を一枚取る。
「少々火が強かったのではありませんか?」
「やっぱり?」
「香りまで飛んでしまったのかもしれません」
「なるほど」
また一つ覚えた。
◇
そこからは、ひたすら試した。
揉んでから乾かす。
少し乾かしてから揉む。
揉まずに火へかける。
弱い火で長く乾かす。
少し強い火で短く仕上げる。
日陰でしばらく置いてから加工する。
葉をそのまま使うものと、細かくしたものも分けた。
材料だけならいくらでも用意できる。
そこだけは僕の魔法の強みだった。
「次」
「カイル様」
「なに?」
「少し休みませんか?」
「まだいける」
「朝から何杯目ですか?」
「……分かんない」
机には、色の違う茶がずらりと並んでいた。
薄い緑。
濁った黄色。
茶色。
なぜか妙に黒っぽいものまである。
「これ全部同じ葉なんだよね」
「同じ場所から摘んだものです」
「加工だけでこんな変わるんだ」
味も全部違った。
青臭い。
渋い。
薄い。
焦げ臭い。
香りはいいのに味が微妙。
逆に飲みやすいけど、何の特徴もないものもあった。
そして。
「……これ、結構好きかも」
一つの器を置く。
「どれです?」
「これ」
フィオナも一口飲む。
「……確かに、先ほどまでよりよいですね」
「でしょ?」
渋みはまだある。
でも、嫌な青臭さは少ない。
飲んだ後に、ほんの少し香りが残る。
「これどうやって作ったやつ?」
「ええと……」
二人で並べた紙を見る。
「少し置いてから揉んで、弱い火で乾かしたやつ?」
「こちらですね」
「おお」
ようやく一つ、それらしいものができた。
「これを基準にしたらよくない?」
「そうですね」
「じゃあ次は、置く時間を変えて――」
「殿下」
料理人の声が飛んできた。
「はい?」
「厨房を半日占領されています」
「……ごめんなさい」
周囲を見る。
茶葉。
器。
鍋。
布。
紙。
気づけば厨房の一角が完全に実験場になっていた。
「続きは明日にしますか?」
フィオナが言う。
「そうする」
さすがに仕事の邪魔をし続けるわけにもいかない。
片付けながら、今日一番ましだった茶をもう一度見る。
「でもさ」
「はい」
「思ったより大変だね」
「茶を作ることがですか?」
「うん。育てるところまでは割とすぐだったのに」
苗を育てるだけなら、僕が魔法を使えばいい。
土地も合っている。
そこまでは驚くほど順調だった。
でも、摘んだ葉を商品にするには、人の手が必要になる。
摘み方。
置く時間。
揉み方。
乾かし方。
火加減。
たぶん、まだ知らないことも山ほどある。
「魔法だけじゃどうにもならないんだね」
「残念ですか?」
「いや」
少し考える。
「むしろ、その方がいいかも」
「どうしてです?」
「僕しか作れないものになったら、結局僕がずっと働くことになるじゃん」
「……そこですか」
「大事だよ?」
フィオナが呆れたように笑う。
「でも、誰でも覚えられるなら」
机の上に残った茶葉を見る。
「町のみんなで作れる」
育てるところを僕が手伝うのは、最初だけでいい。
その後は普通に育てればいいし、加工だって手順さえ分かれば僕じゃなくてもできる。
むしろ、その方がずっといい。
「じゃあ明日も続きね」
「はい」
「今度は厨房を占領しない場所で」
「それがよいと思います」
結局その日、飲んだ茶の中に「これだ」と言えるものはなかった。
それでも、昨日までただの葉だったものが、少しずつ茶らしいものへ近づいている。
どうやら、育てるよりも作る方がずっと難しいらしい。




