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花咲く辺境の第六皇子  作者: じゃこー
第二章 辺境に芽吹く
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第二十二話 こんな天気だから

 翌朝、僕たちは昨日茶の苗を植えた斜面へ向かった。


 薬草や香草もまだ様子を見る必要はあるし、菌類に至っては結果が出るまでしばらく掛かる。


 それでも今日は、茶を優先することになった。


 理由は単純だ。


 昨日試した中で、一番気になったから。


「本当に茶だけ見るんだね」


「昨日、一番差が出ていましたから」


「やっぱり気になってるじゃん」


「気になっているとは昨日も申し上げました」


「本命とは言ってないけど」


「まだ本命とは言っていません」


「慎重だなあ」


「カイル様が早すぎるのです」


 そう言われると何も返せない。


 斜面へ着くと、昨日育てた茶の苗はそのまま残っていた。


 当然、一晩で劇的に変わるようなものではない。


 それでも斜面に植えたものは、平地や森際のものと比べて葉の張りがよく見える。


「やっぱりこっちの方が元気そう」


「私もそう見えます」


 フィオナが一株ずつ確認していく。


 葉の色。


 厚さ。


 枝の伸び方。


 新しい芽の状態。


 昨日と同じように葉を一枚だけ摘み、指先で軽く揉んで香りも確かめる。


「昨日より分かる?」


「大きく変わったわけではありません。ただ、比較すると違いはありますね」


「どれ?」


「こちらです」


 斜面の葉と、平地の葉を一枚ずつ渡された。


 見た目だけなら大きな違いはない。


 言われなければ同じものだと思う。


「揉んでみてください」


「こう?」


 指先で葉を軽く潰す。


 青っぽい香りが立った。


 もう一枚も同じように揉む。


「……あ」


「違いますか?」


「こっちの方が強い」


「私もそう感じます」


 斜面で育てた葉の方が、香りがはっきりしている。


 まだ飲み物になっているわけでもないし、これだけで美味しいかどうかは分からない。


 でも、違いは確かにあった。


「なんでだろ」


「それを調べます」


「今日の目的だね」


「はい」


     ◇


 まず確認したのは土だった。


 昨日も調べた場所だけれど、茶を育てる前提でもう一度見る。


 フィオナが短剣で表面を少し掘り、土を手に取った。


「昨日も見たけど、水捌けはいいんだよね?」


「ええ」


「雨多いのに」


「雨が多いからこそ、水が抜ける場所であることが重要なのでしょう」


「なるほど」


 平地では雨が続くと水分が残りすぎる場所がある。


 でも、この斜面では余分な水が下へ流れていく。


 一方で、森に近いこともあって土の中まで完全に乾くわけではない。


「水はあるけど、溜まりすぎない」


「そうですね」


「茶って水好きなの?」


「乾燥しすぎるよりは、ある程度水分があった方がよいはずです」


「でも根っこがずっと水に浸かってるのは駄目」


「多くの植物がそうですが、茶も同じだと思います」


「じゃあ斜面なの結構いいんだ」


「少なくとも、この点では」


 フィオナはまだ断定しない。


 こういうところは本当に慎重だ。


 僕ならもう「合ってるじゃん」で済ませそうなのに。


「次は?」


「日当たりを見ます」


「曇ってるけど」


「だから見ます」


「?」


 空を見上げる。


 今日も雲が多い。


 雨が降るほどではないけれど、強い日差しはほとんどない。


「昨日も言ったけど、日照足りなくない?」


「日が当たらないわけではありません」


「でも弱いよね」


「ええ」


 フィオナは茶の葉を一枚持ち上げた。


「ですが、昨日の平地で育てたものを覚えていますか?」


「平地?」


「日当たりがよかった場所です」


「普通に育ってなかった?」


「育っていました」


 フィオナが頷く。


「ただ、葉が少し硬くなっていました」


「そうだっけ」


「こちらの葉と比べてみてください」


 触ってみる。


 確かに、斜面のものの方が柔らかい。


「これって日差しのせい?」


「それだけとは言えません。ただ、強い日差しを受け続けるより、葉が柔らかく育っている可能性はあります」


「柔らかい方がいいの?」


「加工するのであれば、扱いやすいと思います」


「ああ」


 葉を使うんだから、硬さも関係するのか。


「香りもこっちの方が強かったし」


「ええ」


「でも普通、植物って日いっぱい浴びた方がいいんじゃないの?」


「ものによります」


「出た」


「本当です」


 フィオナが少しだけ眉を寄せる。


「日を好む植物もあれば、強すぎる日差しを嫌う植物もあります」


「茶は後者かもしれない?」


「少なくとも、この苗を見る限りでは」


 なるほど。


 曇りが多いというのも、全部が悪いわけではないらしい。


     ◇


 少し斜面を上る。


 朝の霧がまだ薄く残っていた。


 昨日よりは晴れるのが早そうだけれど、それでも町の平地より消えるのは遅い。


「霧も関係ある?」


「気になっています」


「湿度?」


「それもあります」


 フィオナが茶の葉に触れる。


 表面には小さな水滴が残っていた。


「雨が降らなくても、朝はこうして水分がつきます」


「毎朝ちょっと濡れるみたいな感じ?」


「簡単に言えば」


「また湿気か」


 この土地へ来てから、湿気にはあまり良い印象がない。


 洗濯物は乾きづらいし、道もぬかるむ。


「これも茶にはいい?」


「乾燥を防ぐという意味では」


「欠点だと思ってたのになあ」


「人にとって不便なことと、植物にとって不便なことは同じではありませんから」


「確かに」


 言われてみれば当たり前だ。


 僕が洗濯物を乾かしたいかどうかなんて、植物には関係ない。


「でも雨多いよ?」


「多いですね」


「湿気も多い」


「はい」


「霧も出る」


「ええ」


「日差し弱い」


「そうですね」


 改めて並べると、やっぱり僕にはあまり良い条件には聞こえない。


「……本当にこれ大丈夫?」


 フィオナが僕を見る。


「何がですか?」


「お茶」


「今のところは」


「こんな天気なのに?」


 そう聞くと、フィオナは少しだけ首を横に振った。


「違います」


「違う?」


「こんな天気だから、です」


「……」


 一瞬、意味が分からなかった。


 フィオナは茶の葉を指先で持ちながら続ける。


「雨が多いので、水分は不足しにくい」


「うん」


「ですが斜面なので、余分な水は流れていきます」


「うん」


「霧と高い湿度が乾燥を防ぎます」


「うん」


「日差しはありますが、強すぎない」


「……うん」


「別々に見ると欠点に見えますが、この茶にとっては、むしろ合っているのかもしれません」


 昨日フィオナが言っていたことを思い出す。


 この土地が悪いのではなく、今まで育てていたものとの相性が悪かっただけかもしれない。


「なるほどなあ」


 もう一度、目の前の斜面を見る。


 低い雲。


 薄い霧。


 湿った土。


 昨日までなら、農業には向いてなさそうだと思っていた景色だ。


 でも今は、少し違って見える。


     ◇


「まだあります」


「まだ?」


「気温です」


「ああ」


 確かに、それも昨日調べた。


 この辺りは昼間と朝晩で気温の差が大きい。


 昼はそれなりに暖かくなるのに、朝はかなり冷える。


「それもいいの?」


「可能性があります」


「何で?」


「植物は気温によって成長の仕方が変わります」


「それは分かる」


「昼に育ち、夜に気温が下がることで、成長の速度が少し抑えられることがあります」


「ゆっくり育つ?」


「単純にそうとは言えませんが」


「また難しくなってきた」


「簡単に言えば、ずっと同じ暖かさの場所とは育ち方が変わるということです」


「それが香りに関係する?」


「可能性はあります」


 フィオナもここはまだ確信がないらしい。


「故郷でも、同じ植物なのに、山のものの方が香りが強いことがありました」


「気温差で?」


「それだけではないと思います」


「色々重なってる?」


「はい」


 土、水、日差し、湿度、霧、気温、風。


 一つだけで決まるものではない。


「植物って面倒だね」


「カイル様がそれを言いますか?」


「僕は育てるだけなら簡単だから」


「普通は簡単ではありません」


「こういう時は、この魔法でよかったって思うよ」


「それは、私もそう思います」


 植物を短時間で育てられるからこそ、こうして条件を変えながら比較できる。


 そうでなければ、結果が出るまで何か月も待たなければならなかっただろう。


     ◇


 次は水だった。


 斜面から少し下ったところに、山から流れてくる小さな沢がある。


 昨日飲んだ場所とは少し違うけれど、水源は同じ山だ。


「水も見るの?」


「茶に使うのであれば」


「あ、飲む時か」


「ええ」


 育てるだけで終わりじゃない。


 最終的には、この葉を使って飲み物を作る。


「水の味ってそんな変わる?」


「かなり変わると思います」


「フィオナ、茶に詳しい?」


「詳しいというほどではありません」


「でも僕より知ってる」


「カイル様が知らなさすぎるのでは?」


「飲む専門だったから」


「それを専門とは言いません」


 また怒られた。


 沢の水を手ですくう。


 冷たい。


 匂いはない。


 口に含んでも変な味はしない。


「やっぱ普通の水」


「それがよいのです」


「前も言ってたね」


「癖が強い水では、茶の味にも影響が出ますから」


「じゃあこれもプラス」


「そう考えてよいと思います」


 ここまで来ると、だいぶ条件が揃ってきた気がする。


     ◇


 昼頃になり、僕たちは昨日とは違う場所にも苗を植えてみることにした。


 斜面の上。


 少し下。


 森に近い場所。


 開けた場所。


 高さと日当たりを少しずつ変える。


「また僕の出番?」


「お願いします」


「便利に使われてるなあ」


「カイル様ご自身が、結果を早く知りたいのでは?」


「それはそう」


 《成長》を使う。


 昨日と同じように、急激になりすぎないよう魔力を抑えながら育てていく。


 最初は斜面の下側。


 悪くない。


 葉もよく広がっている。


 次は少し上。


「こっちもいいね」


「ええ」


 森に近い場所。


「これは?」


「少し日陰が強すぎるかもしれません」


「葉は大きいけど」


「枝が細いですね」


「あ、本当だ」


 最後は開けた場所。


 こちらは成長自体は早い。


 でも。


「やっぱり葉が硬い?」


「少し」


「じゃあ完全な日向より、ちょっと日差し弱い方がよさそう」


「今のところは」


 結果を紙に書き込む。


「なんか実験っぽい」


「実験ですよ」


「そう言われればそうか」


 研究室でも作れそうな光景だな。


 ふとそんなことを考えてから、自分でも何を考えているんだと思った。


「どうしました?」


「なんでもない」


「そうですか」


 フィオナは気にせず記録を続ける。


     ◇


 夕方。


 屋敷へ戻る頃には、今日確認したことがかなり増えていた。


 食堂の机に、昨日から使っている紙を広げる。


「まとめようか」


「はい」


 まずは土地。


 雨が多い。


 湿度が高い。


 朝霧が出る。


 日差しは強すぎない。


 斜面は余分な水が抜けやすい。


 土の中には水分が残る。


 森に近い場所は腐植も多い。


 山の水が豊富で、味や匂いに癖が少ない。


 朝晩と昼の気温差もある。


「昨日より増えたね」


「茶を見る前提で調べましたから」


「改めて見ると変な土地だなあ」


「カイル様」


「褒めてる」


「そうは聞こえませんでした」


 紙の隣には、今日摘んだ葉も置いてある。


 平地。


 日向。


 半日陰。


 斜面。


 同じ苗から育てたものでも、少しずつ違っている。


「で」


 椅子へ深く座る。


「どう?」


「どう、とは?」


「お茶」


 フィオナも座り、紙を見る。


「少なくとも、育てることはできると思います」


「それだけ?」


「条件を選べば、かなり育てやすいかもしれません」


「お」


「それに」


 斜面で育てた葉を手に取る。


「昨日と今日の範囲では、こちらの方が香りも強いですね」


「育つだけじゃなくて、違いが出てる」


「はい」


「この土地で育てる意味があるかもしれない?」


「その可能性はあります」


 昨日までの候補を思い出す。


 薬草は育つ。


 香草も育つ。


 果実も使える。


 菌類も、この湿気を利用できそうだ。


 どれも悪くない。


 でも、茶は少し違う。


 雨が多いことも、曇りが多いことも、霧が出ることも、朝晩が冷えることも、今まで嫌だと思っていたものが一つずつ利点に変わっていく。


 しかも葉を使うなら、果実みたいに潰れやすくもない。


 加工すれば保存もできそうだし、乾燥させれば軽くなる。


 遠くへ運ぶのも、木材なんかよりずっと楽だろう。


 商人が帰りに持っていく荷物としても悪くない。


 僕は机の上の茶葉を見る。


 フィオナも同じものを見ている。


 少し考えて、もう一度今日書いた条件を上から下まで見直した。


「……あれ、なんか良くね?」


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