第二十一話 育てて比べる
候補を決めたからといって、翌日すぐに全部試せたわけではなかった。
薬草や香草なら町にもいくつかあったけれど、果実類や茶となると、育てるための種や苗まで都合よく揃っているわけではない。
結局、町に滞在していた商人にも頼み、屋敷に残っていたものまで探して、必要なものが一通り揃うまで三日ほど掛かった。
「思ったより早かったね」
「セバスチャンさんが、近隣へ向かう商人にまで声を掛けてくださったそうです」
「あとでお礼言っとこ」
「すでにアリアさんから、『無駄にしないように』との伝言も預かっています」
「急に責任重くなったなあ」
そんなことを話しながら、僕たちは町の外に用意した小さな試験区画へ向かっていた。
場所は一か所ではない。
日当たりの良い平地。
少し湿った森際。
水捌けの良い斜面。
風が比較的弱い場所。
先日フィオナと歩き回った結果をもとに、条件の違う場所をいくつか選んでいる。
「本当に全部試すんだ」
「試さなければ比較できませんから」
「それはそうだけど」
フィオナが抱えている籠の中には、いくつもの小袋や苗が入っている。
薬草。
香草。
小型の果実。
茶。
それから、菌類を育てるために用意した原木と胞子。
「なんか急に農家っぽくなってきた」
「カイル様は領主です」
「知ってる」
「では、もう少し真面目な顔をしてください」
「顔まで?」
「少なくとも今から何を植えるのか忘れたような顔はしないでください」
「忘れてないよ」
「では最初は?」
「……薬草」
「少し間がありましたね」
危ない。
◇
最初に試したのは薬草だった。
候補にしたのは、湿り気を好むものと、比較的涼しい場所を好むものの二種類。
フィオナが同じくらいの大きさの苗を並べ、場所ごとに植えていく。
「これで条件を変えて見るんだね」
「はい」
「日向、半日陰、斜面、平地」
「水の量も少し変えます」
「結構細かいなあ」
「一つだけ変える方が、本当は比べやすいのですが」
「場所そのものが違うから?」
「ええ」
自然の土地でやる以上、完全に同じ条件にはできない。
それでも、何もしないよりはずっといいらしい。
「じゃあ育てるよ」
「お願いします」
苗へ意識を向ける。
《成長》。
魔力を流すと、葉が少しずつ大きくなり、茎が伸びていく。
昔なら加減ができずに一気に伸ばしていたけれど、今はだいぶ慣れた。
急激に育てすぎれば、どこまでが土地の影響なのか分からなくなる。
だから今日は、普段よりかなり抑えている。
「このくらい?」
「もう少しだけ」
「はいはい」
少しだけ魔力を足す。
フィオナは成長した葉を確認し、一枚だけ摘んで匂いを確かめた。
「どう?」
「育ちは悪くありません」
「じゃあ当たり?」
「まだです」
「厳しい」
「葉の大きさだけでは分かりませんから」
別の場所でも同じように育てる。
すると、森際に植えた方は葉が柔らかく大きくなったけれど、香りが少し弱かった。
株そのものの状態は悪くない。
むしろ、育ち方だけを見るならこちらの方がいいくらいだ。
反対に、日当たりの良い場所では香りは強いものの、葉の端が乾きやすい。
「同じ植物なのに結構変わるね」
「だから場所を見る必要があります」
「昨日の話がやっと分かってきた」
「昨日も理解していただきたかったのですが」
「理解はしてたよ。実感がなかっただけ」
「それならよいです」
完全には納得していない顔だった。
◇
次は香草。
こちらは薬草より分かりやすかった。
日当たりの良い場所では香りがかなり強くなったけれど、湿気の多い場所では成長こそ早いものの、香りがぼやけた。
「これなら日当たりいいところで育てれば?」
「育てるだけなら、それでもよいと思います」
「売るなら?」
「他の土地でも同じように作れるでしょうね」
「ああ」
そこが問題だった。
この町でも育つ。
でも、この町だからこそ育つわけではない。
「普通に作れるなら、わざわざ辺境まで買いに来ないか」
「価格で勝つ方法もありますが」
「大量に作らないと厳しそう」
「そうですね」
候補から外すほどではない。
ただ、町の中心産業にするには弱そうだった。
「香草は脇役かな」
「私もそう思います」
フィオナが紙に何か書き込む。
「その紙、何書いてるの?」
「育ち方と、気づいたことを」
「見せて」
「後でまとめてから」
「僕も参加してるんだけど」
「カイル様の感想は『すごい』『育った』『いい匂い』が多いので」
「ちゃんと見てるよ?」
「では、何かありますか?」
香草を見る。
「……いい匂い」
「書いておきますね」
「やめて」
◇
果実類は、さらに判断が難しかった。
苗を育てること自体はできる。
枝も伸びるし、花もつく。
けれど、実をつけるところまで一気に進めると、魔力をかなり使う。
「これは僕が毎回やる前提だと駄目だね」
「ええ」
フィオナも頷く。
「普通に育てるなら何年くらい?」
「種類によりますが、すぐには収穫できません」
「最初の収入まで時間掛かるか」
「それに」
フィオナが一つ実を取る。
小さな赤い実だった。
「傷みやすいですね」
「加工すれば?」
「可能です。干すか、煮るか」
「砂糖が高い」
「昨日も聞きましたね」
「じゃあ干す方かな」
「それでも、運ぶ途中で潰れる可能性はあります」
「うーん」
悪くはない。
でも、これも決め手には欠ける。
「町で食べる分にはよさそうなんだけどね」
「それだけでも意味はあります」
「確かに」
産業にならなかったからといって、育てる価値がないわけではない。
果実が増えれば食生活も変わる。
「これは町用で残そうか」
「賛成です」
全部を売り物にしなくていい。
そう考えると、候補を試したこと自体は無駄にならなさそうだった。
◇
「問題はこれだね」
僕の前には、何本かの原木が並んでいた。
菌類。
つまり、きのこだ。
「《成長》は?」
「たぶん無理」
「試してみますか?」
「やってみる」
原木についている菌へ意識を向ける。
いつものように《成長》を使おうとしてみる。
「……」
「どうです?」
「分かんない」
もう一度。
何も起きない。
植物へ使った時にある、魔力が相手へ馴染んでいく感覚がなかった。
「やっぱり駄目みたい」
「では、こちらは時間が掛かりますね」
「いや」
目の前の原木を見る。
きのこそのものを育てられない。
だからといって、何もできないわけではない。
「育つ場所を作ればいいんじゃない?」
「場所を?」
「うん」
菌類が必要なのは、僕の魔法じゃない。
木。
湿気。
日陰。
適度な風。
それなら用意できる。
「フィオナ、どんなところがいい?」
「湿度は必要ですが、空気が全く動かない場所は避けたいですね」
「日差しは?」
「強すぎない方がよいかと」
「じゃあ……」
周囲を見る。
森際の一角。
木々はあるけれど、少し隙間が広い。
「ここかな」
「悪くないと思います」
まず、周囲の木へ《成長》を使う。
枝を広げ、強い日差しを遮る。
ただし完全に塞ぐことはせず、風が抜ける程度の隙間は残した。
次に地面。
落ち葉を集め、乾きすぎないように根の位置を少し変える。
水が溜まれば逆に悪くなるので、小さな溝も作った。
「こんな感じ?」
フィオナが辺りを確認する。
「もう少し風が抜けてもよいかもしれません」
「じゃあここ開ける」
伸ばした枝を少し戻す。
「これは?」
「よいと思います」
「次、胞子?」
「はい」
用意していた菌類から胞子を取る。
問題は、それを原木へ広げることだった。
「細かいなあ」
「風任せでも広がりますが、それでは場所を選べません」
「じゃあ僕がやる」
「胞子を操れるのですか?」
「無理」
「では、どうするのです?」
近くの低木へ手を向ける。
枝が何本か伸び、薄い葉を広げた。
「こうする」
胞子を乗せた皿の近くで、葉をゆっくり動かす。
強すぎれば飛び散ってしまう。
だから、ごく弱く。
風を送るように葉を動かすと、細かな胞子がふわりと浮いた。
「あ」
そのまま原木の方へ流れていく。
完全に狙った場所だけへ飛ばせるわけではない。
でも、自然の風任せよりはずっとましだ。
「こんな感じ?」
「……本当に何でも植物で解決しますね」
「褒めてる?」
「半分ほど」
「残り半分は?」
「呆れています」
「ひどい」
原木の表面には、あらかじめ細かな傷もつけておいた。
そこへ胞子が入り込みやすくするためだ。
さらに周囲の湿度が急に落ちないよう、地面を覆う植物も少し増やす。
きのこそのものを成長させているわけではない。
でも。
「ここまで条件揃えたら、普通より早く育たない?」
「可能性は高いと思います」
「直接は無理でも、こっちならできるね」
「ええ」
フィオナが原木と周囲を見回す。
「自然に条件が整うのを待つ必要がありませんから」
「木も日陰も湿度も、一気に用意できる」
「それだけでも十分便利ですね」
「僕もそう思う」
結果が出るまでには、他の候補より時間が掛かるだろう。
それでも、普通に始めるよりはずっと早い。
「菌類は保留だね」
「はい。数日様子を見ましょう」
「植物みたいに今日結果出ないの、ちょっともどかしいな」
「カイル様が特殊なのです」
「最近普通の成長速度が遅く感じる」
「感覚が壊れていますね」
否定できなかった。
◇
最後に残ったのは、茶だった。
用意できた苗は多くない。
近隣の町にいた商人が、たまたま別の地方へ運ぶ予定だった苗を少し譲ってくれたらしい。
「これがお茶になるんだ」
「葉を加工します」
「飲んだことはあるけど、育ってるところはあんまり見たことないな」
「私も詳しく栽培した経験があるわけではありません」
「大丈夫?」
「だから試すのです」
「それもそうか」
フィオナは苗をいくつかに分けた。
日当たりのいい平地。
森際。
そして、水捌けのいい斜面。
「ここも条件変えるんだね」
「はい」
それぞれへ植えていく。
「じゃあやるよ」
《成長》。
急がせすぎないよう、ゆっくり魔力を流す。
最初は平地。
葉が増え、枝が伸びていく。
「普通?」
「悪くはありません」
「次」
森際。
こちらも育つ。
ただ、少し枝が細い気がする。
そして。
斜面に植えた苗へ魔力を流した。
「……ん?」
さっきまでと違う。
同じだけ魔力を流しているはずなのに、葉の広がり方がいい。
色も濃い。
見た目だけじゃない。
平地に植えたものより、こちらの方がずっと調子がいい。
「フィオナ」
「はい」
「これ、元気じゃない?」
「……そうですね」
フィオナが近づく。
葉を一枚取り、表と裏を確認する。
指先で軽く揉み、匂いを嗅いだ。
「どう?」
「もう少し」
「何を?」
答えず、別の場所で育てた葉も摘む。
同じように揉んで比べる。
「……違いますね」
「何が?」
「香りです」
「そんな違う?」
「比べてみてください」
渡された葉をそれぞれ揉んでみる。
「あ」
確かに違う。
斜面で育てた方が、青い香りの中に少し強い匂いがある。
「こっちの方が濃い?」
「私もそう感じます」
「じゃあ当たり?」
「まだです」
「やっぱり?」
「育っただけですから」
フィオナは慎重だった。
でも。
紙へ何かを書き込む手が、さっきまでより少し速い。
「気になってるでしょ」
「何がです?」
「これ」
「……少し」
「やっぱり」
フィオナは否定しなかった。
僕ももう一度茶の苗を見る。
薬草も育った。
香草も悪くない。
果実も使い道はある。
菌類だって、環境を整えれば可能性がある。
でも、この茶だけは少し違う気がした。
「これ、もうちょっと試してみない?」
「私もそのつもりです」
「お」
「ただし、今日の結果だけでは決めません」
「慎重だなあ」
「町の今後に関わるのでしょう?」
「そう言われると何も言えない」
◇
夕方。
屋敷へ戻った僕たちは、昨日と同じように食堂の机へ紙を広げていた。
「薬草は?」
「育ちます。ただ、この土地だから特別よいというほどではありません」
「香草も同じ?」
「はい。日当たりのよい場所であれば問題ありませんが、他の地域でも作れます」
「果実は町で食べる用」
「加工方法が整えば、将来的には売ることもできると思います」
「菌類は結果待ち」
「環境自体はかなり良いと思います」
「そして」
最後の欄を見る。
「茶」
「はい」
フィオナは少し考える。
「今のところ、斜面で育てたものが最も状態がよさそうです」
「何でだろ」
「いくつか考えられます」
「雨?」
「それもあるかもしれません」
「湿気?」
「それも」
「日当たり少ないのは?」
「……」
フィオナがそこで黙った。
「どうしたの?」
「明日、もう一度見てみたいです」
「茶だけ?」
「主に」
「本命?」
「まだ分かりません」
「またそれだ」
「ですが」
フィオナが今日の記録へ視線を落とす。
「少し、面白いと思います」
「へえ」
その言い方は珍しかった。
僕も紙を見る。
薬草。
香草。
果実。
菌類。
茶。
まだ、どれか一つに決める必要はない。
でも。
最後に育てた小さな木だけが、妙に頭に残っていた。
「じゃあ明日は、お茶の日だね」
「まだ決まっていません」
「ほぼ決まってない?」
「決まっていません」
「はいはい」
フィオナが少しだけ笑う。
どうやら明日は、あの茶をもう少し詳しく調べることになりそうだった。




