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花咲く辺境の第六皇子  作者: じゃこー
第二章 辺境に芽吹く
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第十九話 町を続けるために

 屋敷を出ると、空は薄い雲に覆われていた。


 雨が降りそうというほどではないけれど、青空が広がる気配もない。


 この辺境へ来てから、こういう空を見ることが多い気がする。


「今日も曇りか」


「この辺りでは珍しくありませんね」


 隣を歩くフィオナが空を見上げる。


「もっと晴れてほしいなあ」


「カイル様は晴れがお好きなのですか?」


「洗濯物も乾くし、道もぬかるまないし」


「理由が随分と生活寄りですね」


「暮らしてるんだから大事でしょ」


「それはそうですが」


 そんな話をしながら、坂を下って町へ向かう。


 屋敷へ来たばかりの頃に比べれば、この道も随分歩きやすくなった。


 最初は雨が降るたびに泥だらけになっていたけれど、排水用の溝を作って、崩れやすい場所には石を敷いたことで多少ましになっている。


 もちろん、立派な街道と呼べるほどではない。


 それでも、荷車が車輪を取られる回数は減ったらしい。


「おはようございます、カイル様」


 途中ですれ違った男性が頭を下げる。


「おはよう」


 以前、道の修繕を手伝ってくれた人だった。


 少し離れたところでは、二人の男が溝に溜まった落ち葉を取り除いている。


 僕が頼んだわけじゃない。


 町の人たちで決めて、定期的に掃除することにしたらしい。


「ちゃんと続いてるね」


「排水路ですか?」


「うん」


 作っただけで放っておけば、すぐに詰まる。


 でも今のところは大丈夫そうだ。


「皆さん、自分たちで管理されていますから」


「こういうのが増えると楽なんだけどなあ」


「やはりそこなのですね」


「大事だって」


 フィオナが小さく笑う。


 でも、本当に大事なことだった。


 僕がいなければ何もできない町では困る。


 それは僕が面倒だからというだけじゃない。


 もちろん、それもあるけど。


     ◇


 町の中央へ入ると、以前より人の姿が増えていた。


 人口そのものが増えたわけではない。


 道が少し良くなり、水の問題も落ち着いたことで、外に出て動く人が増えたのだと思う。


 小さな広場の端では、野菜や干し肉を並べた露店がいくつか出ていた。


「お、殿下」


 声を掛けてきたのは、以前も何度か話した店主だった。


「今日は何か買っていかれますか?」


「まだ何も決めてない」


「でしたら、これなんてどうです?」


 差し出されたのは、小さな赤い実だった。


「何これ?」


「山の方で採れたもんです。酸っぱいですけど、煮るとそこそこ食えますよ」


「そこそこなんだ」


「砂糖があればもっと美味いんですがねえ」


「砂糖か」


 値段を聞いてみる。


 思っていたより高かった。


「やっぱり高いね」


「この辺じゃ作れませんからね。商人が来た時に買うしかないんで」


「最近、商人は?」


「前よりは来ますよ。ただ、まだ月に何度かってところです」


 店主は肩を竦める。


「向こうも、わざわざここまで来て売れるもんが少ないですから」


「帰りに持っていくものもないしね」


「そういうことです」


 なるほど。


 商品を持ってきても、帰りが空荷では効率が悪い。


 少しくらい道を直したところで、それだけで商人が増えるわけじゃない。


「ありがとう」


「いえいえ」


 店を離れてから、さっきの言葉を思い返す。


「帰りに持っていくものがない、か」


「気になりますか?」


「うん」


 町で暮らすだけなら、ある程度は何とかなる。


 畑があって、森があって、水もある。


 最低限の食料や薪なら、自分たちで用意できる。


 でも、それだけでは町の中だけで物が回り続けることになる。


「フィオナ」


「はい」


「この町って、外に何売ってる?」


「木材や毛皮はありますね」


「それくらい?」


「薬草も少量なら」


「でも、町を支えるほどじゃないよね」


「そうですね」


 木材は重い。


 道が悪ければ運ぶだけで大変だし、森を切り尽くすわけにもいかない。


 毛皮や薬草も安定して大量に取れるものではない。


「暮らせるようにはなってきたけど、これじゃ増えないんだよなあ」


「増えない?」


「人も、お金も、できることも」


 フィオナがこちらを見る。


「今やってるのって、壊れてたものを直してるだけなんだよ」


 水が出なかったから、水を戻した。


 道がひどかったから、通れるようにした。


 畑の状態が悪かったから、少しずつ改善した。


 どれも必要なことではある。


 でも、それで新しい価値が生まれたわけではない。


「今までは、悪いところを普通に戻してた感じ」


「では、これからは?」


「普通より先に行きたい」


 言ってみてから、少しだけ大げさだった気がした。


「……まあ、すごい町にしたいとかじゃないけど」


「今、少し格好よく聞こえたのですが」


「忘れて」


「もう聞きました」


 フィオナが笑う。


 僕も少し笑ってから、辺りを見回す。


「何か、この町でしか作れないものがあればいいんだけど」


「この町でしか?」


「うん。ここに来ないと手に入らないとか、ここで作った方がいいとか」


 それがあれば、外から商人が来る理由になる。


 売れればお金が入り、仕事も増える。


 仕事があれば、人も増やせるかもしれない。


「簡単に言うけど、それが分かれば苦労しないんだよなあ」


「そうですね」


 フィオナも周囲を見る。


 すぐ近くにあるのは、小さな市場と、古い建物と、遠くまで続く畑。


 見るだけで価値が分かるような特別なものはない。


     ◇


 次に向かったのは、水路だった。


 以前魔物がいた上流から水を戻して以降、町の人たちが少しずつ補修を続けている。


 僕が最初に根を使って応急的に支えた場所も、一部は木材や石に置き換えられていた。


「ここも変わったね」


「カイル様の根を、そのまま使い続けるわけにはいきませんから」


「枯れたら困るもんね」


「ええ」


 作業をしていた男性に聞くと、今のところ大きな問題はないらしい。


 ただし、水量が増える時期にはまだ不安が残るという。


「大雨が来たら、この辺はもう一回補強した方がいいな」


「それもカイル様が?」


「最初はね」


 完全に任せられるところまでは、まだ時間が掛かる。


 だから、少しずつでいい。


 僕が最初の形を作って、町の人が自分たちで維持できる形に変えていく。


 今の水路みたいに。


「全部こうなればいいんだけど」


「全部?」


「僕が最初だけ手伝って、後は町の人たちで続けられるようにする」


「カイル様が以前仰っていたことですね」


「うん」


 フィオナが補修された水路へ目を向ける。


「その方が、長く続くと思います」


「でしょ?」


「ただ」


「ただ?」


「カイル様が楽をしたいという理由も、かなり含まれていますよね」


「否定はしない」


「しないのですね」


 そこを否定すると嘘になる。


     ◇


 水路を離れ、今度は畑の方へ向かう。


 冬に向けた準備が始まっていて、収穫を終えた区画では土を整える作業が行われていた。


 以前フィオナが確認した通り、土地そのものが完全に駄目なわけではない。


 ただ、場所によって水分量や土の質にかなり差があり、育てる作物を間違えれば簡単に収穫量が落ちる。


「今年の冬は越せそう?」


 畑にいた男性へ尋ねると、彼は少し考えてから頷いた。


「前よりはだいぶ楽です。倉庫も直してもらいましたし」


「食料は?」


「ぎりぎりってほどではないです。ただ、余裕があるかと言われると……」


「まだそこまでは、か」


「はい」


 今あるものを食べて、生きていく。


 そこからさらに、外へ売るだけの余裕を作るとなれば話は別になる。


「ありがとう」


 畑を離れながら、ため息が出た。


「簡単じゃないね」


「初めから簡単だとは思っていなかったのでは?」


「思ってないけど、簡単だったら嬉しいじゃん」


「それはそうですね」


 そこで気づく。


 さっきからフィオナが、やけに足元を見ていた。


「何か落とした?」


「いえ」


「じゃあ何見てるの?」


 フィオナは少し迷ってから、畑の土を示した。


「土です」


「土?」


「はい」


 しゃがみ込み、指先で表面を軽く崩す。


 湿った土が、小さくまとまって落ちた。


「昨日、雨降ったっけ?」


「夜に少しだけ」


「それでこんなに湿ってる?」


「この辺りは乾きにくいですね」


 フィオナは立ち上がり、今度は風の吹く方向へ顔を向ける。


「風も?」


「ええ」


「さっきから何してるの?」


「少し、気になりまして」


「何が?」


 フィオナはすぐには答えず、畑の向こうへ目を向けた。


 その先には低い山があり、上の方には薄い霧が残っている。


「この土地のことを、もう少し見てみたいです」


「今まで結構見たと思うけど」


「畑や森は見ました」


「違うの?」


「はい」


 フィオナは少し考えながら言葉を続ける。


「今までは、どうすれば作物を育てられるか、どこに問題があるかを見ていました」


「ああ」


「ですが今度は、逆に見てみたいのです」


「逆?」


「この土地が、何に向いているのか」


 少しだけ意外だった。


 これまでは確かに、悪いところを探していた。


 水が多すぎる。


 日照が足りない。


 気温が低い。


 霧が多い。


 そんなものばかり。


「悪いところじゃなくて?」


「ええ」


 フィオナが頷く。


「土地に合わないものを無理に育てるより、最初からこの環境を好むものを探した方がよいかもしれません」


「なるほど」


 言われてみれば、その通りだ。


「何か思いついてる?」


「少しだけ」


「何?」


「まだ分かりません」


「えぇ」


「もう少し見てみないと」


「最近それ流行ってる?」


「何がですか?」


「分かりません、ってやつ」


「カイル様に言われたくありません」


 即答された。


「僕そんなに言ってる?」


「かなり」


「そっかあ」


 自覚はなかった。


 フィオナはもう一度空を見る。


 低い雲に、湿った空気。


 山には薄い霧が残り、足元の土もまだ水分を含んでいる。


「明日、町の周りを少し見て回ってもよろしいですか?」


「もちろん」


「畑だけでなく、山の斜面や水の流れも確認したいです」


「僕も行く?」


「怪我が痛まないのであれば」


「もうほとんど平気」


「本当に?」


「最近その確認多くない?」


「必要ですので」


 まだ完全には信用されていないらしい。


「じゃあ、一緒に行こう」


「はい」


 フィオナは頷いた。


 結局、その日は町を一通り歩いて屋敷へ戻ることになった。


 売れるものは見つからなかったし、新しい仕事もすぐには思いつかなかった。


 それでも、今までとは少しだけ見方が変わった気がする。


 何が足りないのかではなく、ここには何があるのか。


 明日は、それを探すことになりそうだった。


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