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花咲く辺境の第六皇子  作者: じゃこー
第一章閑話
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18/48

閑話-1 昔から

時系列は1章終了してから少し経った日です。

 朝食の時間を少し過ぎても、カイル様は食堂へ現れなかった。


 珍しいことではない。


 むしろ、ここへ来てから何度か見た光景だった。


 テーブルには四人分の朝食が並んでいるものの、カイル様の席だけが空いたままだ。


「……起こしてきましょうか?」


 私が尋ねると、アリアさんは小さく息を吐いた。


「先ほど一度起こしました」


「起きなかったのですか?」


「起きましたよ」


「では、なぜ……」


「『あと少し』と」


「ああ……」


 なんとなく想像できた。


 ベッドの中で目だけ開けて、まだ眠そうな声で答えている姿まで浮かぶ。


 アリアさんは慣れた様子でカイル様の朝食に布を被せた。


「まったく。昔から朝だけは変わりませんね」


 その言葉に、私は手にしていたカップを止めた。


「昔から、ですか?」


「ええ」


 アリアさんは特に気にした様子もなく答える。


「子供の頃から朝は苦手でした。起こしても起きませんし、ようやく目を覚ましても今度はベッドから出ようとなさいません」


「今と同じですね」


「今の方がまだましになりましたよ」


「……あれで?」


「はい。昔は布団を取り上げても、枕を抱えて寝ようとなさいましたから」


「それは本当に起きる気がないのでは……」


「ございませんでしたね」


 隣で朝食を取っていたセバスチャンさんが淡々と答えた。


「セバスチャンさんも起こしていたのですか?」


「何度か」


「起きました?」


「窓を開けましたら」


「それで?」


「布団の中へ潜られました」


 思わず笑ってしまった。


 今のカイル様から大きく想像を外れる話ではない。


 むしろ、あまりにもそのままだった。


「皇子様でも、そのようなことをなさるのですね」


「皇子である前に子供でしたから」


 アリアさんがそう言いながら、自分の席へ腰掛ける。


「もっとも、カイル様の場合は今でも似たようなものですが」


「聞こえたら怒られませんか?」


「事実ですので」


 迷いがない。


「勉強なども嫌がっていたのですか?」


 口にしてから、少しだけ自分でも不思議に思った。


 別に知らなくても困らないことだ。


 それなのに、聞いてみたくなった。


「嫌いなものは随分と」


「好きなものは?」


「放っておいても勝手に覚えておられましたね」


 答えたのはセバスチャンさんだった。


「興味の差が激しい方でございました」


「それも今とあまり変わっていませんね」


「そうですね」


 森へ行く時や魔法の話をしている時は、自分からどんどん進んでいくのに、書類を前にした時のカイル様は明らかに動きが鈍くなる。


 分かりやすい人だと思う。


「昔、一度だけですが」


 アリアさんが何か思い出したように笑った。


「午前の授業から逃げ出したことがありました」


「逃げたのですか?」


「はい」


「お城で?」


「お城で、です」


 さすがに少し驚いた。


「見つからなかったのですか?」


「見つけましたよ。結局」


「どこに?」


「庭です」


 そこまでは普通だった。


「庭の隅に隠れて、授業が終わるまでやり過ごすつもりだったようなのですが……途中で使用人の子が一人で荷物を運んでいるところを見つけまして」


「はい」


「荷車の車輪が溝にはまって動かなくなっていたそうです」


 なんとなく、嫌な予感がした。


「……手伝ったのですか?」


「ええ」


 やっぱり。


「隠れていたのでは?」


「隠れておりました」


「見つかりますよね?」


「もちろんです」


 アリアさんは何でもないことのように頷いた。


「授業から逃げるために庭へ行ったのに、わざわざ隠れていた場所から出て、二人で荷車を押していたそうです」


「……何をしているのですか、カイル様は」


「私も当時、同じことを申し上げました」


 荷車を押す幼いカイル様を想像する。


 きっと嫌そうな顔をしながら押していたのだろう。


「それで授業には?」


「当然戻されました」


「怒られました?」


「それはもう」


「カイル様は何と?」


「『だって困ってたから』と」


 思っていたより、そのままの答えだった。


「その後で『授業には戻りたくなかった』とも仰いましたが」


「……そちらも正直ですね」


「妙なところで昔から正直な方なのです」


 セバスチャンさんが静かに紅茶へ口をつける。


「結果として、授業を休むつもりが、荷車を押した上で授業も受けることになりました」


「余計に大変になっていませんか?」


「なっております」


「なぜそんなことを……」


「それが分かるようでしたら、私どもも苦労しておりません」


 セバスチャンさんの返事があまりにも真顔だったので、また笑ってしまった。


 するとアリアさんも少し笑う。


「自分の面倒事はあれほど嫌がるのに、他の方の面倒事にはよく首を突っ込むのですよ」


「昔から?」


「昔からです」


「それで、終わってから面倒だったと仰るのでしょうか」


 二人が同時にこちらを見た。


「……どうしました?」


「よくお分かりですね」


「今もそうですから」


 道を直した時も。


 水路へ行った時も。


 森へ向かった時も。


 帰ってくる頃には疲れたと言っている。


 それなのに、次に何かが起きればまた動く。


「一度くらい、本当に放っておけばよいのにと思うのですが」


「アリアさんがそれを言うのですか?」


「言いますよ。危ないことにまで首を突っ込まれては困りますから」


「確かに……」


 先日の森のことを考えると、その点については強く言えなかった。


「それでも行くのですよね」


「行きますね」


「止めても?」


「理由によりますが、本人が必要だと思えば」


「……やっぱり今と同じですね」


「ですから、昔からと申し上げたでしょう?」


 アリアさんが少し楽しそうに笑う。


 私はカップへ口をつけた。


 カイル様の子供の頃。


 当然、私は知らない。


 出会ったのはつい最近だ。


 けれど話を聞いていると、妙に簡単に想像できてしまう。


「他には?」


 聞いたあとで、アリアさんがこちらを見る。


「……今のは忘れてください」


「別に隠すことではないと思いますが」


「そういう問題ではありません」


 アリアさんが笑った。


「他にも、何かあるのですか?」


「ございますよ」


「まだあるのですね」


「フィオナさんがお聞きになりたいのであれば」


「別に、そこまで聞きたいというわけでは……」


「ではやめておきましょうか」


「……少しくらいなら」


 アリアさんが笑った。


「そうですね。では、カイル様が九歳くらいの頃でしょうか」


「九歳」


「厨房へ忍び込んで、お菓子を持っていったことがございます」


「カイル様が?」


「はい」


 今度は先ほどより想像しやすかった。


「怒られたのですか?」


「いえ。料理長もカイル様の分だと思っていたので、最初は誰も気にしておりませんでした」


「では、何が?」


「ご自分で隠して、隠した場所を忘れました」


「……」


「三日ほど探しておられましたね」


「何をしているのですか」


「最終的には?」


「私が見つけました」


 セバスチャンさんが答える。


「どこにあったのです?」


「本棚の奥に」


「なぜお菓子を本棚へ……」


「ご本人も分からないと仰っておりました」


「……本当に、カイル様なのですね」


 口から出た。


「はい?」


 アリアさんが首を傾げる。


「いえ、その……」


 少し考える。


「昔から、今とあまり変わらないのだなと思いまして」


「そうですね」


「もちろん、変わったところもございますが」


 セバスチャンさんが付け加える。


「それでも根本的な部分は、それほど変わっておられないかもしれません」


「根本的な部分……」


「面倒事がお嫌いなところも」


「そこですか?」


「それなのに面倒事を放っておけないところも」


「なるほど」


 その方が納得できた。


「……昔から、なのですね」


「ええ」


 なぜだろう。


 それを聞くと、少しだけ可笑しかった。


 今のカイル様だけを知っていれば、辺境へ来てからああなったようにも思える。


 でも、そうではないらしい。


 昔から面倒なことを嫌がって。


 昔から朝に弱くて。


 昔から自分で仕事を増やして。


 昔から、困っている人を放っておけない。


「何だか、もっと聞きたくなりますね」


 気づけば、そう言っていた。


「フィオナさん?」


「……今のは忘れてください」


「別に隠すことではないと思いますが」


「そういう問題ではありません」


 アリアさんがまた笑う。


 その時だった。


 食堂の外から、ゆっくりと足音が近づいてきた。


 やがて扉が開く。


「……おはよ」


 現れたカイル様は、髪が少し跳ねていた。


「おはようございます、カイル様」


「おはようございます」


「おはようございます」


 三人で挨拶を返す。


 カイル様は眠そうなまま自分の席へ向かいかけて、途中で止まった。


「……何?」


「何がですか?」


「なんか三人とも、変な顔してない?」


「気のせいではありませんか?」


 アリアさんが答える。


「そう?」


 カイル様は納得していない様子だったが、そのまま席へ座った。


 布を外された朝食を見て、少しだけ嬉しそうな顔をする。


「冷めてない?」


「温め直しております」


「さすがアリア」


「最初から起きてくだされば、その必要もないのですが」


「……いただきます」


 聞こえなかったことにしたらしい。


 私はそれを見ながら、先ほどの話を思い出していた。


 布団から出ようとしなかった子供。


 授業から逃げたのに、困っていた使用人を手伝って結局見つかった子供。


 隠したお菓子の場所を忘れた子供。


「……ふふ」


 小さく笑いが漏れた。


 カイル様がこちらを見る。


「フィオナ?」


「はい」


「今、笑った?」


「少しだけ」


「なんで?」


「秘密です」


「えぇ……」


 困ったようにこちらを見る。


 その表情まで、さっき聞いた昔話と大して変わらない気がした。


「僕が寝てる間に何の話してたの?」


「カイル様の昔のお話です」


 アリアさんがあっさり答えた。


「ちょっと待って」


「何でしょう?」


「なんで僕がいないところで僕の話してるの?」


「成り行きです」


「絶対ろくな話してないでしょ」


「そのようなことはございません」


 セバスチャンさんが答える。


「本当に?」


「ええ。まだお話ししていないものも多数ございますので」


「セバスチャンまで?」


「今度、続きをお願いしてもよろしいですか?」


 私が尋ねると、カイル様が勢いよくこちらを向いた。


「フィオナ!?」


「駄目ですか?」


「駄目ではないけど……いや、やっぱり駄目かも」


「では、カイル様がいない時に」


「それ一番嫌なんだけど」


 アリアさんが笑い、セバスチャンさんもほんの少し口元を緩めた。


 私もまた笑った。


 いつもより少しだけ賑やかな朝だった。


今回は、フィオナ視点でのエピソードを書いてみました。


2章始まるまでもう少しお待ちください。

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