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花咲く辺境の第六皇子  作者: じゃこー
第一章 辺境に根を下ろす
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第十一話 町を歩けば

「今日は町を見に行こう」


 朝食を食べ終えたところで、僕はそう言った。


 向かいに座っていたフィオナが、少し意外そうに顔を上げる。


「カイル様から自発的にその言葉が出るとは思いませんでした」


「僕だって仕事くらいするよ」


「昨日は書類を三枚読んだところで昼寝をされていましたが」


「あれは休憩」


「二時間ほど眠っておられました」


「長めの休憩」


「昼寝です」


 アリアが食器を片付けながら、こちらを見た。


「フィオナさん」


「はい」


「くれぐれも途中で逃がさないようお願いいたします」


「承知しました」


「僕の味方いなくない?」


「日頃の行いでございます」


 セバスまで言う。


 辺境へ来てから、僕の立場がどんどん弱くなっている気がする。


「まあ、本当に今日はちゃんと見るよ」


 僕は残っていた水を飲み干した。


「水路はとりあえず直したけど、町全体を見たらまだ色々あるでしょ」


「道、家屋、市場、それから農地ですね」


「そう。それ」


「覚えていらしたのですね」


「僕を何だと思ってるの」


「カイル様です」


「答えになってないよ」


 フィオナがほんの少し笑う。


 最近、この顔を見ることが増えた。


 最初に会った頃は、笑うどころか常にこちらの様子を窺っていたのに。


 まあ。


 まだ完全に慣れたわけではないんだろうけど。


「行こっか」


「はい」


 僕たちは屋敷を出た。


     ◇


 町へ入って最初に気になったのは、やっぱり道だった。


「……昨日雨降ってないよね?」


「降っていません」


「なのになんでこんなにぬかるんでるんだろ」


「排水が悪いのでしょう」


 道の端を見る。


 水が溜まった跡があちこちに残っている。


 轍も深い。


 荷車が通るたびに地面が削られているらしい。


「これじゃ商人も嫌がるか」


「でしょうね」


 フィオナがしゃがんで地面へ手を触れた。


「土そのものは悪くありません。ただ、踏み固められた場所と柔らかい場所に差がありすぎます」


「なるほど」


「……分かりましたか?」


「なんとなく」


「なんとなく」


「大事なのは気持ちだから」


「土木に気持ちで挑まないでください」


 手厳しい。


 僕も地面へ手を置いた。


 土の下。


 細かな根。


 少し深いところには、古い木の根もある。


「この辺ならいけるかな」


「何をするおつもりです?」


「ちょっとだけ補強する」


 魔力を流す。


「《根走り》」


 地面の下で、眠っていた根がゆっくり伸びる。


 道を壊さないように。


 浅すぎず。


 深すぎず。


 網目のように広げていく。


 地表が僅かに持ち上がった。


「……」


「これで少しは沈みにくくなるはず」


 フィオナが足で地面を踏む。


「確かに、先ほどより固いですね」


「でしょ?」


「ですが、これだけでは雨水は残ります」


「うん。だから溝は人に掘ってもらおう」


 僕は道の左右を指す。


「僕が地盤を固める。みんなには排水用の溝を作ってもらう。石があるところは石も敷く」


「全て魔法でなさらないのですか?」


「毎回僕が道直すの嫌だもん」


「……理由はともかく、正しいと思います」


「理由も大事でしょ」


 この町は僕の領地だ。


 だから暮らしやすくはしたい。


 でも僕がいないと何も維持できない町になったら、それはそれで面倒だ。


 僕が最初の手間を減らして。


 あとは町の人たちだけでも続けられる形にする。


 それが一番いい。


 僕にとっても。


     ◇


「殿下!」


 道を歩いていると、声をかけられた。


 振り返る。


 水路を直した日に会った男だった。


「おはよう」


「先日はありがとうございました。畑の方まで、ちゃんと水が届くようになりまして」


「よかった」


「今年はもう駄目かと思ってたんですが、これなら何とか」


 男の顔が明るい。


 こういうのを見ると、やった甲斐はあったと思う。


「何か他に困ってることある?」


「え?」


「町で。水以外」


 男は戸惑ったように周りを見る。


「……そうですね」


 少し考えてから、道を指した。


「やっぱり道ですかね。雨が続くと荷車が通れなくなるんです」


「やっぱりか」


「あと、東側の家が何軒か傷んでまして。直したくても材木が足りなくて」


「木?」


「森はありますけど、切り出して運ぶのも人手が要るでしょう? 魔物もいますし」


「なるほど」


 僕はフィオナを見る。


「森の浅いところなら、木材を取っても問題ないと思います」


「精霊的にも?」


「ええ。ただし、場所は選んだ方がいいでしょうね」


「じゃあ後で見てみよう」


「はい」


 男が僕とフィオナを交互に見る。


「……お二人で、森まで?」


「そのつもり」


「危なくないですか?」


 フィオナが静かに答えた。


「カイル様の護衛は私が務めていますので」


「ああ、あんたが例の……」


 途中で男が言葉を止めた。


 一瞬だけ、フィオナの表情が固くなる。


 たぶん。


 奴隷。


 その言葉が続くと思ったんだろう。


「弓のすごい人ですよね?」


「……え?」


「この前、森の狼を一発で仕留めたって聞きましたよ」


 男は普通に笑った。


「町でも噂になってます」


「噂……」


「フィオナさん、でしたよね?」


「……はい」


「森のことも詳しいんでしょう? 今度、採れる薬草なんかも教えてもらえませんか」


「私でよろしければ」


「助かります」


 男は頭を下げて去っていった。


 フィオナはしばらくその背中を見ていた。


「どうしたの?」


「……いえ」


「有名人だね」


「そのようなつもりはありません」


「僕より人気出たらどうしよう」


「領主としてもう少し働けばよろしいかと」


「そこに戻る?」


 でも。


 ちょっと嬉しそうだった。


 気のせいかもしれないけど。


     ◇


 町の中央には、小さな広場がある。


 以前来た時は、数軒の露店がぽつぽつ並んでいるだけだった。


 今日も大きく変わってはいない。


 野菜。


 干し肉。


 簡単な道具。


 布。


「少ないなあ」


「何がです?」


「店」


「この人口なら、この程度では?」


「でも果物ないよ」


「まだ言っていたのですか」


「大事だよ」


 甘いものは必要だ。


「帝都から商人が来れば増えるかもしれません」


「来てもらうにはやっぱ道か」


「そうですね」


 ぐるっと広場を見る。


 場所自体は悪くない。


 少し狭いけど。


「ここ、もう少し広げられそうだね」


「市場にするのですか?」


「うん」


「どこまで?」


「とりあえずあの辺まで」


 広場の端。


 雑草と低い木が生えている。


 僕はそこまで歩く。


「《移植》」


 土の中の根を傷つけないようにまとめる。


 木と草がゆっくり地面から浮き上がった。


「相変わらず、その魔法を見ると感覚がおかしくなりますね」


「便利でしょ?」


「それは否定しません」


 少し離れた空き地へ植え直す。


 これで広場が少し広くなった。


「ここに屋根付きの簡単な売り場作ったらいいかな」


「雨でも使えますね」


「木材なら作れるし」


「……作れる」


「何?」


「いえ。もう驚かないことにしただけです」


「順応したね」


 近くにいた住民たちがこちらを見ている。


 一人の女性が恐る恐る声をかけてきた。


「殿下、ここ……使っていいんですか?」


「市場として?」


「はい」


「もちろん」


「場所代は……?」


「今はいらないよ」


 女性が驚いた。


「いいんですか?」


「店増えてほしいし」


 税金を取るにしても、まず店がなきゃ話にならない。


「しばらくは無料で使って。人が増えてちゃんと市場になったら、その時考える」


「ありがとうございます!」


 女性が頭を下げる。


 それにつられて、周囲の人もざわつき始めた。


「俺も余った野菜出していいのか?」


「うち、布なら少しあるぞ」


「魚は?」


「魚いいね」


 僕が答えると、フィオナが横から口を挟む。


「保存方法も考える必要があります」


「あ」


「夏場は特に」


「じゃあそれも考えよう」


「また仕事が増えましたね」


「……」


「カイル様?」


「聞こえなかった」


「聞こえております」


     ◇


 午後。


 今度は町の東側へ向かった。


 確かに、家の傷みが酷い。


 屋根が歪んでいる。


 壁に隙間がある。


 板を継ぎ足して何とか使っている家もあった。


「これ冬大丈夫なの?」


「厳しいでしょうね」


「この辺寒いんだよね?」


「標高もありますし、帝都よりはかなり」


「……冬までに直そう」


「はい」


 町の男たちを何人か集める。


「森から木を切ってくるのも大変なんですよ」


「じゃあ、木は僕が用意する」


「え?」


「家を建てるのはできる?」


「そりゃ、まあ……俺たちでも簡単な補修くらいなら」


「じゃあお願い」


 少し離れた空き地へ向かう。


 土に手をつく。


「《成長》」


 芽が出る。


 伸びる。


 幹が太くなる。


 枝が広がる。


 何本か。


 建材に使いやすいよう、なるべく真っ直ぐに。


 住民たちの口が開いていく。


「……」


「……」


「どうしたの?」


「いや、殿下」


 一人がようやく口を開いた。


「それ……木って、そんな簡単に生えるもんでしたっけ」


「普通は生えないですね」


 フィオナが答えた。


「フィオナ?」


「事実です」


 育てた木を風の刃で切り分ける。


 細かい加工は職人に任せる。


「こんな感じで必要な分だけ出すから、家の修理はみんなでやって」


「は、はい!」


「あと」


 僕は切り株を見る。


「取りすぎたら森と変わらないから、必要な分だけね」


「分かりました」


「余ったら保存して、次に壊れた家へ」


 僕一人なら一日で何軒か直せるかもしれない。


 でも、それをやる必要はない。


 木さえあれば直せる人がいる。


 なら、その人たちに頼めばいい。


 楽だし。


 その方が、たぶん長く続く。


     ◇


 夕方。


 屋敷へ帰る途中。


 朝と同じ道を通った。


 何人かの住民が、もう道端に排水用の溝を掘り始めている。


 広場では、さっきまでなかった簡単な露店が一つ増えていた。


 東側からは、木を切る音が聞こえる。


「早いね」


「皆さん、待っていたのかもしれません」


「何を?」


「始めるきっかけを」


「……そういうもの?」


「おそらく」


 僕は町を見る。


 別に、劇的に変わったわけじゃない。


 道はまだ悪い。


 家も古い。


 店も少ない。


 でも。


 水が流れて。


 人が動いて。


 昨日までなかったものが、一つずつ増えている。


「カイル様」


「ん?」


「少し、楽しそうですね」


「そう?」


「はい」


 自分では分からない。


「まあ」


 町をもう一度見る。


「暮らしやすくなってきたからね」


「まだ始まったばかりですよ」


「分かってる」


「では明日は農地を」


「……明日?」


「はい」


「今日頑張ったよ?」


「まだ道と市場と家屋です」


「十分じゃない?」


「足りません」


「フィオナ最近アリアに似てきてない?」


「褒め言葉として受け取っておきます」


「褒めてない」


 フィオナが笑う。


 僕はため息をつきながら屋敷へ向かった。


 どうやら。


 僕がのんびり暮らせる日は、まだ少し先らしい。


 でも。


 前ほど、そのことが嫌でもなかった。


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