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最下層民エルフィと女王の記憶  作者: 風谷 華


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8/15

8 待望

ある夕方のことだった。


カフェの仕事を終えた帰り道。

エルフィは人通りの少ない裏路地で、ふと足を止めた。


そこには、街の外れにある古びた宿屋があった。


その中へ入っていったのは、一組の男女だった。


一人はアルド。そしてもう一人は、マーガレットだった。

二人は肩が触れ合うほど近くに並び、宿の中へ消えていく。


エルフィは動けなかった。

夕暮れの路地裏に、ただ一人立ち尽くす。


やがて、

張り詰めていた何かが切れたように、その場へしゃがみ込んだ。


視界が滲む。

ぽろり、と涙が零れた。


次の瞬間には、もう止まらなかった。


涙が次々と頬を伝い落ちる。

肩が震え、呼吸が苦しくなっていく。

両手で顔を覆いながら、エルフィは声もなく泣き続けた。


泣いて、泣いて、泣いて。

それでも涙は止まらない。




(――やった)

ふいに、そんな言葉が頭に浮かんだ。


(やった……)

震える唇を押さえる。

(これで終わる)


涙が止まらなかった。

悲しいからではない、嬉しかったからだ。


ずっと待っていた。ずっと、この日を。


アルドに恋をしたことは一度もない。

むしろ苦手だった。

優しい顔で笑いながら、自分の思い通りにならないことを許さない。

そんなところが、ずっと怖かった。


だからずっとこの日を待っていた。

アルドが、自分以外の誰かを好きになる日を。


マーガレットがアルドを見つめる視線に気づいた時。

少しだけ申し訳なく思った。けれど同時に、希望も見えた。

だから止めなかった。

二人が近づいていくのを、気づかないふりをした。


アルドの前では、従順な婚約者でい続けた。

好きなふりもした。心配しているふりもした。


そうしていれば、アルドは何も疑わなかった。


これで、婚約は終わる。

エーテの民から婚約を解消することはできなかった。

でも、アルドからなら……。


涙で滲む視界の向こうで、夕空が赤く染まっている。


(おめでとう、マーガ)

エルフィは心の中でそっと呟いた。

(おめでとう、アルド)


これでいい。これで二人とも幸せになれる。

いや、三人ともが幸せになれる。



しばらくして涙が落ち着くと、エルフィはゆっくり立ち上がった。


居住区へ続く道を、エルフィは鼻歌を歌いながら歩き出した。

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