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最下層民エルフィと女王の記憶  作者: 風谷 華


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7/7

7 猫かぶり

翌日、夕方ギルバートが、ソフィという女を連れて、居住区に来た。


ソフィは薄桃色の長い髪を揺らす、小柄な女だった。

清楚な仕立てのドレスをまとい、可憐な笑みを浮かべて、ギルバートの腕に細い手を添えている。


ギルバートだけが、長老たちの案内で居住区の奥へ向かう。

ソフィは一人、広場に残された。


ーーそして、男たちの背中が見えなくなったとき。

ソフィの顔から、可憐な演技が消えた。


ソフィは小さくため息をついた。

「はぁ……疲れた」


可憐な笑顔はどこにもない。

肩を回しながら、だらしなく広場を歩く。


「あーあ。なんで私がこんな田舎まで来なきゃいけないのよ」


エルフィの前をソフィが通り過ぎようとしたとき、ふいにソフィの足が止まった。

「なによ、あなた。さっきからジロジロと、見てきて。不愉快だわ」


「……申し訳ございません」

エルフィは目を伏せ、深々と頭を下げた。


ソフィはエルフィの顔をじっと見つめた。

その視線には、あからさまな嫌悪が滲んでいる。


「……似てる」


「え?」


「本当に気持ち悪い」

ソフィの唇がグッと歪んだ。


「あの女を思い出すじゃない!」


パシンーーッ。


頬に鋭い衝撃が走った。

「……っ」


「本当に、気持ち悪いくらい似てる」

ソフィは吐き捨てるように言った。

「見てるだけで腹が立つのよ」


エルフィの頬はジンジンと熱く、鋭い痛みを感じた。


「……っっ……ぅっ……」

エルフィはただただ、頭を下げてソフィが立ち去るのを待った。

本当は謝罪の言葉を述べるべきなのかもしれないが、言葉が出てこなかった。


ソフィは満足したようにフンっと鼻を鳴らすと、カツカツとヒールを鳴らして去っていった。


ーー


居住区の入り口まで戻ってくると、夜の闇に溶け込むようにして、クロが静かに立っていた。


「――エルフィちゃん」

駆け寄ってきたクロの金色の瞳が、月明かりに照らされたエルフィの頬をとらえた。

あっ、とクロの表情が強張った。


「……それ、どうしたの?」


エルフィの赤く腫れた頬を見つめたまま、クロは言葉を失った。

握り締めた拳が、小さく震えている。


「……大丈夫だよ、クロ」


エルフィがそう言うと、クロは悔しそうに唇を噛んだ。

「全然、大丈夫そうに見えない」

その声には、怒りが滲んでいた。


けれど、クロはそれ以上何も聞かなかった。


代わりに深く息を吐き、気持ちを落ち着けるように空を見上げた。


「……翁は、結局サインしなかったんだろう?」


「うん」

エルフィは静かに頷いた。

「しなかったよ。土地を無償で譲渡する条項のことも、みんなが知ることになったから」


クロの肩から、わずかに力が抜ける。

「そっか、よかった」


「でも、どうして居住区の土地を騙し取ろうとしたんだろう」

エルフィは首を傾げながら、つぶやいた。


クロは真っ直ぐエルフィを見た。

「……わからない」

そして、小さく首を振った。


「でも、一人で抱え込まないで」


月明かりを映した金色の瞳が揺れる。

「少なくとも僕は、エルフィちゃんの味方だから」



ーー


その夜、エルフィは夢を見ていた。


薄桃色の髪をした女が、女王の髪をとかし、編み込みを作っていた。

女は昨日食べた白パンが美味しくて、食べすぎた話をして女王を笑わせていた。


「私もレミーも五個も食べたんですよ。そしたら、最後のデザートが食べられなくて悔しかったんです」

「まあ、五個も?ふふっ、ソフィは食いしん坊さんね。今日のティータイムのケーキ特別に二個あげましょう」

「わあ、レジーナ様、優しいー!ありがとうございます」


二人の笑い声が、レジーナの部屋に響いていた。



その瞬間。

世界が、闇に沈んだ。


次に気づいたとき、エルフィは見覚えのない路地裏に立っていた。


薄桃色の髪をした女が、黒髪の男の胸にぴったりと寄り添い、うっとりとした声を漏らしている。


「――あの邪魔者が、やっといなくなったのね。本当によかった」


男は何も答えなかった。

ただ、冷徹な青い瞳のまま、優しい手つきで女の髪をゆっくりと撫でている。


やがて、女がふいに首を傾げて振り返り、エルフィと目があった。


『――本当に、忌々しい女にそっくりだわ』



――そこで、弾かれたように目が覚めた。


暗闇の中、エルフィは寝台の上で上半身を起こし、ドクドクと激しく脈打つ胸を押さえながら、冷たい息を吸い込んだ。



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