4 笑顔の裏側
リリアは予想以上に、順調に回復していった。
「ねえ、お姉ちゃん。今日もお薬、まずいよね?にがにが、だよね……?」
まだ薬を飲む前なのに、リリアは渋い嫌そうな顔をしている。
「そうねえ。今日もマズイかもね。でもね、良薬は口に苦しって言って、マズイ方がよく効くの」
にっこり笑って、エルフィは薬をリリアに手渡す。
リリアは盛大にブーイングをあげた。
「え〜〜、やだぁ!美味しいけど、よく効く薬がいい!お姉ちゃん、お願い!美味しくして〜」
「ほら、うだうだ言わないの。一気に飲みなさい!それともリリアは、こちょこちょの刑をご所望かしら〜」
ぷくっとほっぺを不満そうに膨らますリリアに向かって、指をワシワシと動かしてこちょこちょするぞ〜、とジリジリと距離を詰める。
「わ、わかったよ。飲む飲むから!だから、こちょこちょだけは絶対にダメえ〜!」
リリアは降伏して、苦い緑の汁を、グッと一気に飲み干した。
「ふあ〜っ、まっずぅぅぅ〜い!ちゃんと全部飲んだよ!リリアちゃん、超えらいでしょ?」
苦さで涙目になりながらも、リリアは自慢げに空っぽのグラスを持ち上げ、エルフィに見せつけた。
「うん。えらいね、リリアはすごいね!よく頑張ったね!」
「じゃあ、頭撫でて。ねっ、お姉ちゃん!」
にかっと笑うリリアの口元から、小さな八重歯がぴょこんと顔をのぞかせる。
エルフィはリリアを優しくぎゅーっと抱きしめて、柔らかい金の髪を優しく撫でた。
(本当に、リリアが元気になってよかった……)
エルフィはリリアのおでこにチュッとキスをして、リリアを寝かしつけた。
ーー
カフェに出勤すると、店長のベルタがいつもより張り切っていた。
「今日は混むよ〜!気合い入れてこ〜!」
「近くの大きな通りで、市が開かれるからね。うちのカフェにも、外からたくさんお客さんが来そうなの!」
ベルタの言葉通り、開店してすぐから、たくさんのお客さんが来た。
ランチタイムも終わり、ようやく店内が少し落ち着いてきた頃、
マーガレットがカフェにやってきた。
「今日やっぱり、すっごく混んでたよね!外から見ても大変そうだったから、そろそろ落ち着いたかなって来てみたの」
カフェのドアを開けて入ってきたマーガレットは、今日も高級なワンピースを揺らし、ふわふわとした愛らしい笑顔を振りまいている。
「やっと落ち着いたところ。マーガ、気遣ってくれてありがとね。もう、大丈夫だよ」
エルフィは結んだポニーテールをポワンと揺らして、にっこりと親友を迎えた。
「よかった。エルフィ、お疲れ様。あ、それよりリリアちゃんの体調は大丈夫?」
「おかげさまで、もうすっかり回復に向かってるよ。ありがとうね」
「そっかぁ、よかったぁ。ほっとしたよ〜」
マーガレットは、安心したような穏やかな笑顔を浮かべ、いつもの席に座った。
「そぉだ!ねえねえ!それでね……」
ミルクティーとイチゴのミルフィーユを置くと、
マーガレットはパッと声を弾ませて、嬉しそうに身を乗り出してきた。
「私ね、アルドさんと今日、一緒に大通りの市に行ってきたんだよ!」
「えっ?アルドさんと?」
エルフィは小さく息を呑んで目を丸くした。
「うん!偶然、市の入り口で会ってね。アルドさんって本当にお買い物に付き合うのが上手なの!どれを買うか迷ってるとね、全部ちゃんとアドバイスしてくれてさ……。もう、とにかくすごく、楽しかったの!」
マーガレットの目は、キラキラと輝いていた。
まるで、恋する乙女のようだった。
「それでさ、アルドさんね。エルフィのこともすごく心配してたよ?」
マーガレットはミルクティーのカップを両手で持ちながら、首を小さくかしげてエルフィを見上げた。
「アルドさん、言ってたの。『エルフィはエーテの民だから、僕と並ぶといつも緊張して萎縮してるんだ。もっと彼女の身の丈にあった、楽な生き方をさせてあげた方がいいのかな』ってさ。……ねえエルフィ、アルドさんみたいな身分違いの人の婚約者でいるのって、やっぱり、すっごく大変だよね?」
マーガレットは、純粋そうで悪意がないよう見えるように、言葉を選んだようだった。
でもその言葉は遠回しに「エルフィには不釣り合いよ。アルドさんのために早く身を引きなさい」と伝えていた。
エルフィは床を見つめたまま、小さく頷いた。
「そうかもね。大変なことも、多いかもしれない」
(……婚約をこちらから白紙に戻せるなら、もうとっくにやってるんだけどね)
「そうでしょ?だから、あんまり無理しちゃダメだよ?」
エルフィの力のない返答を聞き、マーガレットは満足そうに微笑んだ。
エルフィは静かに厨房へと向かい、胸の中に溜まっていた重いため息を吐き出した。
ーー
仕事が終わる時間に、アルドがカフェにやってきた。
「エルフィ、お疲れ様。今日も迎えにきたよ」
扉の向こうから、相変わらず爽やかに、アルドが現れた。
「ありがとうございます。すぐに準備してきますね」
エルフィは白いエプロンを外しながら、アルドの様子をさりげなく横目で観察した。
「あの……アルドさん。今日、マーガと一緒に市へ行ったんですか?」
アルドが驚いたように振り返った。
「あ、ああ。偶然会ってな。少し買い物の手伝いをしたんだよ」
そう答えるアルドとエルフィと目があった瞬間、アルドが少し目を逸らした。
「マーガって、すごく可愛いですよね」
「え?ああ、まあ、そうかもな。なに?もしかして、嫉妬?」
アルドは動きを止め、じーっとエルフィの顔を覗き込んだ。
エルフィは少し困ったような笑みを浮かべた。
「アルドさんは、私の大切な婚約者ですから。……嫉妬、なのかも、しれないですね」
「ふっ、そうだよな。心配しなくて大丈夫だよ、僕の婚約者はエルフィだけなんだから」
エルフィとアルドはカフェをでて、並んで歩き始めた。
しばらく歩いた時、周囲に人気がなくなったのを見計らって、アルドが口を開いた。
「なあ、さっきのもしかして本気にした?『僕の婚約者はエルフィだけ』ってやつ。重い女だよな、お前は。マジで困るわ」
アルドから、さっきまでの優しさは消えていた。
エルフィは前を向いたまま、感情の消えた声で、小さく呟いた。
「丁寧なご説明、ありがとうございます」
「そうだ。説明してやったんだ。優しいだろ、俺は」
アルドはそう言って、下品に大きく笑った。




