アイスヘブンの文化革命3
結局、エレナに引きずられて、エレナの部屋に連れ込まれた。俺に何をさせる気なのだろうか?
部屋の中を見渡してみると、氷で出来たベッドの上に革が敷かれて、端に毛皮が折り畳まれていた。どうやらシーツの代わりと掛け布団のようだ。そして衣服を入れる氷で出来たタンスが横にあるだけだった。
ミニマリストか!ってくらいに物が置いてない…。女性らしい人形や暇を潰すおもちゃなど一切見当たらない。まあ、食堂や工房を見た感じ薄々は予想していたけどね。この街に娯楽らしい娯楽は闘技場くらいしか見なかったし。
エレナはベッドまで移動するとバシバシとベッドを叩き出し、俺に視線を向けてきた。
「ソラ。ここでうつ伏せになりなさい!私はその上で寝てみたいの。見てよこのベッド。固くて寝心地が悪いのよ!!」
どうやら、俺をマットレス代わりに使ってみたいようだ。氷の上に革が敷いてあるだけだからそりゃそうだよ。俺もこんなベッドには寝たくない、固そうだし、冷たくて凍死しそうだ。でも魔力を覆えば寒さや暑さは防げるんじゃなかったかな?もしかしてエレナが出来ないだけか?俺は疑問を投げかけてみる。
「グランは体に魔力を覆えば寒さや暑さを防げるって言ってたから、魔力で固いのも防げるんじゃないのか?」
エレナは指を立ててぐるぐると回しながら、詳しく説明してくれた。
「それは起きている時だから出来ているのよ。寝ちゃうと解けちゃうから痛いし冷たいの。これは私だけじゃなくて兄様やお母様も同じのはずよ」
起きてる時は魔力を覆うことは維持出来ているけど、寝るとどうしても解けてしまうらしい。これ俺を使うんじゃなくてドランにベッドの改善を要求した方が良いんじゃないか?それともそこまで頭が回っていないのか?仕方ない。明日、ドランにベッドの改善を提案してみるか。体毛の多い種族が多いのだからマットレスを作るための毛には事欠かないはずだ。
「それにしてもベッドとタンスしかないって質素過ぎないか?おもちゃや人形とかはないのか?」
エレナはポカンとした表情で「おもちゃや人形って何?それって面白いの?」と質問を質問で返してきた。暇を潰す娯楽の類もないみたいだ。ここでも将棋とオセロを広めないといけないらしい。
「暇を潰すための頭を使うゲームみたいなものだよ。明日ドランにでも作ってもらうから、詳しくはその時に説明するよ」
溜息を吐きながら答えている中、エレナはもう一度ベッドをバシバシと叩き「そんなことより早くベッドにうつ伏せになりなさい」と俺のマットレス化を催促している。
そんなやり取りをしていると不意に扉の方からコンコンとノックする音が聞こえてきた。エレナがすぐさま扉に向かい、扉を開けると、そこには子供に羊の衣装でも着せたのかと思わせるふわふわとした女の子が立っていた。
「ミレスも来たわね!ソラ、この子はミレスって言って、ゴレスの一番下の娘よ!いつも私の抱き枕になってもらっているの!」
エレナは腰に手を当てて仁王立ちで説明してくれる。
「あ、あの、ミレスっていいます。ソラさんのことはお父さんから聞いています。宜しくお願いします」
両手をモジモジとさせながらクリクリした目でこちらを見て挨拶をしてくれた。可愛すぎる。胸がキュンとする程の可愛らしさだ。ぬいぐるみと錯覚してしまいそうだ。ゴレスは毛が長くて顔が全く見えなかったが、アイスジャイアントの顔は意外と可愛いのかもしれない。機会があったら顔の毛を除けて拝んでみたいものである。
「ご丁寧な挨拶、ありがとう、ミレス。俺はソラっていうんだ。宜しくね」
挨拶を交わしている最中だというのに、エレナはベッドに戻ってまたバシバシと叩いて催促をし始めた。ミレスの手前、逃げ道を防がれた気分である。しかたなく、俺はベッドの上でうつ伏せになった。
俺がうつぶせになると、ミレスは俺の頭の上の位置に移動し、こちらに顔を向けた状態で横になり始めた。枕の代わりに使われているのが良く分かる行動である。エレナめ、こんな可愛い子を枕にするなんて、なんて羨ましいことをしているんだ。
そう思っていると、エレナが俺の上にうつ伏せで乗っかかってきた。どの位置が寝やすいか探しているのか俺の上でモゾモゾと動いている。良い位置が決まったらしく、ミレスを引き寄せ、お腹に顔を埋めた。
「やっぱり、ソラが下にいると柔らかくていいわ~。これならぐっすり寝られそう!」
そう言い残して、エレナは毛布をかけたらスヤスヤと寝息を立てて寝てしまった。この所業、怠惰過ぎやしないか?ミレスはもう慣れているようで、可愛い寝顔でスヤスヤと寝息を立てて寝ていた。この二人、寝つきが早過ぎる…。羨ましい。俺が人間の時なんてベッドに入ってもすぐに寝れたことなんてないのに!
エレナとミレスが寝てしまったので、俺にはやることが無い。というか動けない。っていうか頭の後ろに柔らかいでかメロンが二つのしかかっているのだが!!
心臓がバクバクしそうだ。バクバクする心臓ないんだけどね。それにこんな体じゃなかったら俺の息子が暴走しているに違いない。ラッキースケベに現を抜かしてみたものの、エレナの性格を考えると、一気に冷めた。外見が良くても中身が残念美人なせいで冷静さを取り戻せたようだ。
さて、俺はやることもないので、精神と時の部屋みたいな世界で極めた無の境地で時間をやり過ごすことに決めた。
何も考えず、ただぼーっと時が流れるのを待つ。
……。
…………。
……………………。
ガバッといきなりエレナが飛び起き、その動きで俺の無の境地が解かれた。
「ん~~~。よく眠れた~。体が全然痛くないわ。やっぱり、ソラを下敷きにして正解だったわね!」
「人のこと下敷きにするのが正解のはずがないだろ!もういいだろ。エレナ、どいてくれ」
エレナに文句を言いつつ、上から退いてもらい、やっと解放された。ミレスも目を擦りながらだが、起きてきた。まだまだ眠たそうだ。
「もう朝だし、私達は朝食に行くわね!ソラはどうするの?」
エレナは眠たそうなミレスを抱きかかえ、ミレスはエレナの胸で二度寝を始めてしまった。どうやらこの光景がこの二人の日常らしい。
「俺はドランに用事があるからドランのところに向かうよ。ドランは朝どこにいるんだ?食堂か?」
「朝と昼と夜の食堂には殆どいるわね。合間を見つけては工房で作業しているのを見かけるわ!なら一緒に食堂に行きましょう。付いてきなさい」
エレナがミレスを抱きかかえつつ、食堂に向かっていく。俺はその光景を羨ましがりながら付いていく。
食堂に着くと、人の気配はなかった。俺達が一番乗りである。
キッチンからドランが出てきた。
「エレナお嬢様はいつも早いですね。今日の朝食はスープですよ。ソラ様から教えてもらった調味料を入れてみたので美味しくなっているはずです。ささ、召し上がってください!」
エレナとミレスがテーブルに着くと、二人分のスープが出された。見た感じ、飴色のスープに野菜と肉が煮込まれていた。色から察するにタマネギをとろみが付くまで炒めたものが入ったオニオンスープのようだ。美味しそうではある。俺は食べれないけれど…。
二人はスプーンを使いながらスープを食べ始めた。
エレナはガツガツとスープを頬張りながら「これ!美味しいわね。おかわり!」とすぐに完食しおかわりを要求する。対するミレスは上品にちびちびとスープを口に運び「いつもより美味しいです~」と言いながら食を進めていた。
ミレスの方がお嬢様に見えるのは気のせいだろうか?一応族長の娘だし、お嬢様ではあるのかな?エレナにも見習ってもらいたいものである。
二人の食事をよそに、俺はドランの元に駆け寄った。
「ドラン、話があるんだが、この街におもちゃってないのか?それと氷のベッドを改善したいんだけど、協力してもらえるか?毎回エレナの下敷きにされるのはごめんなんだが、それにそろそろ森に帰りたい」
ドランは俺が森に帰りたいと言った瞬間、ガッカリとした表情を浮かべたが、すぐに表情を取り繕い「そうですね、ソラはこの街の住人ではありませんからね」と納得するように頷いてくれた。
「おもちゃに関しては、ありませんね。昔はあったらしいのですが、作れるものがいなくなってしまったのでそのままなのです。氷のベッドに関しては改善したいと思っていたのですが、良いアイディアが浮かばず、革をシーツのように使うのが現状です。ソラ様はどちらのアイディアもあるのですか!」
ドランは目をキラキラさせて、俺に期待の眼差しを向ける。
「おもちゃはすぐ作れそうな将棋とオセロを作ろうと思う。ベッドに関しては木材があれば木材をベースに台座を作って毛皮を集めて敷き詰めてマットレスにしたいと思ってる。木材と毛はすぐに集まりそうかな?」
「どちらもありますが、ベッドに関しては二つか三つ分の量しか木材はないと思います。あとでホワイトウルフとホワイトライガーに取りに行かせましょう。毛は糸を紡ぐのに大量にあるので十分な量があると思います。何分体毛の多い種族が多いですからね。なくなっても毛繕いさせればすぐに集まります。食事はもう出来ているので他の者に任せても大丈夫でしょう。ソラ様、今から工房へ行っても宜しいですか?」
「あぁ、頼むよ」
そう言うと、ドランは他の者に食堂を任せて工房へ案内してくれた。
「ここに倒された樹が並べてあります。好きに使ってください。毛はあちらに山積みになってます」
工房の手前の壁に丸太にされた樹が十本程積んであった。確かにこの量ならあまりベッドを作るには足りなさそう。でもベッドや将棋、オセロは一つでも作ればあとはドランがそれを元に量産してくれるだろう。
俺はドランに正方形の板と駒を作ってもらい、その板に手を彫刻刀のように変化させ、格子状の線を掘り、駒には漢字を掘っていく。将棋はこれで完成である。何度も作っているのでお手の物だ。
オセロも同様に板に格子状の線を掘り、丸い駒は反対側を焼いて黒くし、表と裏が分かるようにした。
ベッドに関してはログハウスみたいに嚙み合わせて出来るように加工してもらった。
他のホワイトウッホ族にもお手伝いしてもらい木材と大量の毛をエレナの部屋に運んでもらうことにしたのだが、道中、グレアと遭遇し「エレナの部屋よりわらわの部屋が先であろう」と言われ、先にグレアの部屋へ行くこととなった。
グレアの部屋に到着すると、氷のベッドは氷魔法で瞬く間に消され、木材を組み上げてベッドを作っていく。中には隙間のないパレットを敷き、十センチくらいの底を作り、底に毛を大量に敷き詰めてマットレスのように仕上げていく。
最後に革のシーツを乗せれば、ひと先ずはベッドの完成だ。寝心地はグレアに試してもらうことにした。
「ふむ。冷たくもないし、柔らかくて寝心地が良いな。これならぐっすりと寝れそうじゃ」
どうやら満足いくものが出来上がったようだ。何よりである。
安堵していると、扉の方から「あー、私が先のはずだったのに~」とエレナが文句を言い、駆け付けたグランとリオンが羨ましそうな表情で俺に視線を向けてきた。
文句なら俺じゃなくてグレアに言ってね。俺に文句を言われても困る。俺はグレアに視線を向け、身の潔白を訴えた。




