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エレナに拉致られた先は

 今俺は全身青色の肌をしたエレナという女性に片手で抱きかかえられ、人形のような扱いを受けている。


 エレナの脚力はグラン並みに凄かった。建物の上をひょいひょいと跳躍で飛び移り、街の端へと向かって一直線に走っている。


 試しに逃れられるか藻掻いてみるが、エレナの力が強すぎて抜け出せそうになかった。というより、エレナの豊満な胸が顔にむにゅっと当たり、気になってドキドキが止まらない。ドキドキする心臓…ないんだけどね。


「あの、どこに連れていく気ですか?それに貴女の胸が盛大に当たっているんですが…」


 エレナは興奮を抑えられないような満面の笑みで答えてくれる。


「異精霊なんて珍しいんだもん。兄様から連れ出すために子供達に手伝ってもらったんですもの。貴方、私を楽しませてよね!」


 ん?質問したのに会話が成立していないように思える。こっちの話、もしかして聞いてない?それとも好奇心が勝って俺の話なんて眼中にないのか?俺は逃れるために、最終手段としてエレナの胸を鷲掴みし、揉みしだいて隙を作ろうと試みた。


 もみもみもみもみ…。


「貴方、私の胸なんか触って何やってるの?揉みたいなら幾らでも揉んで良いわよ。減るものじゃないし」


 どうやらエレナには羞恥心がないようだ。こっちは覚悟を決めて女性の胸を触るという所業をしているというのに、エレナの羞恥心のなさに、女性の胸を触っているという性的興奮が一瞬で冷めた。まあ、性欲もないんだけどね。


 街の端に到着すると、氷の壁に三ヶ所の穴が開いていた。エレナは迷わず、真ん中の穴へと突き進んでいく。


 氷の穴を抜けると、円形の氷の壁に囲まれた場所に到着した。氷の壁の向こう側には氷の段差が幾重にもあり、その段差に腰をかけるように魔族の子供達が座っていた。


 俺は瞬時に悟った。ここ闘技場だ!エレナは俺と何かを戦わせる気みたいだ。


 エレナは俺を無造作に落とすと、距離を取り、戦う構えを見せる。


「さあ、異精霊さん、かかってきなさい!貴方の力を見るために、危ない橋を渡ったんだから、ここにいる皆を楽しませてね!」


 俺の選択肢はないのかな?戦う気なんてこれっぽっちもないのに…。


 エレナを正面から初めて見て、エレナの全貌がやっと見れた。


 肩まで伸びたさらさらとしたショートカットの紺色の髪、全身青色の肌、身に纏う服装は、上半身が革で出来た道着に革の帯を結んで留めている。下半身は革で出来た少しぶかぶかしたズボンを履いていて、道着とズボンの隙間からはトカゲのような尻尾が生えていた。靴は履いておらず素足のままだ。


 辺りを見回してみると、子供達の服装も一見革で出来ているように見えた。


 グランだけが世紀末風の服装をしているのかと思ったけど、違ったようだ。この街には布の生地がまったく見当たらない。革をベースにした服装が主流なようで世紀末感が出ていたようだ。


「何ぼけーっとしてるのよ!さっさとかかってきなさい。でないとこっちから行くわよ!」


 エレナは俺の気持ちをよそに、氷の地面がバキバキに砕けるほどの脚力で俺に向かって猪突猛進してきた。


 右ストレートを寸前のところで躱す。避けたら左のアッパーが繰り出され、これもまたギリギリのところで躱せた。


「ほらほら~、どんどんスピード上げていくわよ~。私を楽しませなさいよね!」


 言葉の通り、繰り出す拳のスピードが徐々に速くなっていく。最初の攻撃は様子見のウォーミングアップ程度だったらしい。躱すのが難しくなり、俺はエレナの右ストレートを左側の三本の腕でガードする。


 ガードしたのに三本の腕は呆気なく消し飛んだ。直ぐに再生したけど、力の差は歴然だった。俺ではエレナの相手にはならない。


「ちょっと~、まだまだ軽めのパンチよ!なのになんでそんな簡単にガードした腕が吹き飛ぶのよ。貴方、異精霊なんでしょ?もっと気合入れなさいよね!」


 ん~?エレナはなんか勘違いをしている気がする。俺は一時異精霊化したけど、今は治って風の精霊に戻っているのだ。気合を入れろと言われても無理なものは無理だ。周りにいる観客の子供達もつまらなそうでブーブーとブーイングをしている。


 俺の気持ちも考えない周りの人達に苛立ちを覚えた俺は六本の腕を正面に突き出し、できる限り空気を圧縮していく。


 エレナは俺が何をしようとしているのか少し興味を持ったらしく、ワクワクした表情を浮かべながら、ジッと待っていてくれた。


 待っていてくれるのはありがたいけどそれでいいのか?そう思いつつも俺は空気の圧縮を続けていく。


 流石に空気の圧縮が不安定になってきたところで、俺はエレナに向かって圧縮した空気を解放して吹き飛ばす。


 エレナは勢いよく吹き飛び、正面の氷の壁がバッキバッキに割れながら大の字で壁にめり込んでしまった。それを見た観客の子供達はキャッキャッと嬉しそうな声を上げている。いや、まずはエレナの心配しろよ。


 ヤバッ!衝撃が強すぎたかも、女性に対して壁にめり込むような攻撃なんてする気はなかったのに…。以前と違って魔法の加減が分からなくなっているようだ。


 大丈夫かな~?とハラハラしていると、バキバキと音を立てながら壁から抜け出してきたエレナは満面の笑みを浮かべ「面白くなってきた!」と興奮しているようだった。無事なようで良かったけど、喜ぶなんてこの子、外見は美人なのに性格は非常に残念な子のようだ。


 テンションが上がっていたエレナと観客にいる子供達がピシリと音を立てたように静まり返り、ガクガクと震え出した。原因は分かっている。俺の背後から物凄いプレッシャーが放たれているのだ。振り返りたくないけど、これ振り返らないとダメなパターンだよね?


 俺は恐る恐る、振り返ると、エレナとよく似た女性が額に青筋を立てて魔力の威圧を放っている。腰まである青い髪に、エレナより肌は白く水色に近い、そしてエレナを超える豊満な胸とキュッと引き締まった腰に大きなお尻周りが妖艶な雰囲気を醸し出している。ついでに尻尾も生えている。エレナやグランの母親に間違いなかった。


 両脇にグランともう一人グランに似た男性が立っているので弟さんだろう。グランとの大きな違いは角くらいか、頭の両脇に立派な角が生えている。


「この馬鹿娘め!一度異精霊になった精霊にちょっかいをかけるとどうなるか分からぬのに、無理やり戦わせるとは何事か!頭を冷やせ!」


 女性の尻尾が伸びると同時に、その先端を氷で延長していく。そしてエレナの額に巻き付いてはギリギリと音を立てて締めあげていき、女性の元に手繰り寄せていく。


「お母さま~!痛い、痛いってば~、分かったから離して~」


 エレナは額を締め上げられながら空中でプラプラと吊るされていた。尻尾の力が凄い…。でも首の負担がヤバそうに見えるのだが、グランは止める様子もない。この光景は日常茶飯事なのだろう。俺が口を挟むことではなさそうなので、思った言葉を飲み込むことにした。


「ソラと言いましたか?お客人にお見苦しいところをお見せし、ご迷惑をおかけしたことを深くお詫び申し上げます。わらわはこの街を治めているグレア・アイスフィールドと申します。以後お見知りおきを…、馬鹿娘にはきつく言っておきます。話し合いの場を設けるため、わらわの家に案内いたしましょう。付いてきてくだされ」


 既にきつく締めあげているのに更に追い打ちをかけるのか。この人には絶対に逆らわないと心に刻んでおく。


 グレアが周囲を一瞥すると、観客席にいた子供達が蜘蛛の子を散らすように闘技場から逃げ出していく。


「大人達は呆れて相手をしないせいか、子供達とよく遊んでいるので子供達には人気があるのじゃがな…。ささ、付いてまいれ」


 言われるがままグレアのあとを付いていく。その間ずっとエレナは締め上げられたままでプラプラとしているのだが、道中見かける人達はグレアに挨拶をするだけでエレナには一切触れてこなかった。見慣れた光景なのだろう…。


 街の奥には他の建物より一回り大きな立派な建物が立っていた。ここがグレア家族の家のようだ。家の大きな扉を開いて中に入ると通路も大きい。グレア達の背丈三倍はあるのではなかろうか?辺りを見回しているとグランが俺の疑問を察してか答えてくれる。


「家の中にある応接室で各族長達と会談することもあるので扉と通路はかなり大きめに作っているのですよ。アイスジャイアントは体が大きいですからね。あとでソラを族長達に挨拶させるつもりなのでそのときに分かると思いますよ」


 どうやら街を治めるグレアの他に、それぞれの種族を纏める長がいるようだ。


「この先に応接室があります。そしてここがエレナの部屋ですね。扉を開けます」


 グランがエレナの部屋の扉を開けると、グレアがエレナを無造作に部屋に投げ込む。エレナは器用に受け身をとり、負担のかかった首をコキコキと鳴らしながら調子を確かめている。


「リオンはエレナの監視をしなさい。ソラとはわらわとグランの二人で十分じゃ」


「了解しました。母上!」


 グランの弟はリオンというのか、リオンはエレナの部屋に入ると扉を閉めると、突如として扉が氷で覆われた。逃げ出さないように閂でもかけるかの如く…。


「ではソラ、ついてまいれ」


 グレアとグランの後を更に付いていくと、応接室へと辿り着いた。


 応接室の扉が開かれると、そこには長方形の氷のテーブルに椅子が並べられていた。一つだけ大きいサイズの椅子があった。大きさからしてアイスジャイアントは結構な大きさだと想像がついた。


「本来ならわらわが奥の椅子に座り、両脇の椅子に各部族の長が座るのじゃが、今回は対面で話したいから脇の椅子に座るとしよう。ソラも好きな椅子に座ると良い」


 流石にアイスジャイアントの大きな椅子には座る気になれないので、横に置いてある普通の椅子に座ることにした。


「では、ソラ。お主に聞きたいことがある。山脈を越えた森で何があって異精霊になったのか。そしてメルフィーナのことをな」


 どうやらグレアはメルフィーナのことを知っているようだ。俺はグレアに対して、森の出来事とメルフィーナとの出会いを話すことにした。

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