アイスヘブン
俺はグランの後に付いて雪原の地平線をただひたすらに歩いていく。魔力の痕跡や目印らしきものが見当たらないが、方角は分かっているのだろうか?俺がソワソワして心配している様子を察してか、グランが答えてくれる。
「太陽の位置でおおよその方角は分かっています。それに私達の住むアイスヘブンは山の麓にありますので、山脈が見えれば山の形で場所が分かります。そろそろ精霊達が見えない距離まで移動したのでここからは走って向かいましょう。歩きだと何日かかるか分かりませんから」
グランの住んでいる街はアイスヘブンと言うらしい。今まで歩いていたのは精霊達に配慮していたとのことだ。まあ、精霊達の前から全力で逃げるように走り去るのは良い印象を与えないだろう。あとは俺に対して、別れの余韻を与えてくれていたのかもしれない。グランは気遣いの出来る良い人みたいだ。
「ではソラ。私の背中にしがみ付いてください。飛ばしますので振り落とされそうだったら気軽に言ってください」
グランは少ししゃがんで俺に背中にしがみ付くように促す。俺は言われるがままグランの背中にしがみ付いた。
「では行きますよ!」
ドンッと足を踏み込んでグランがいきなり走り出した。正直、腕が六本なかったら振り落とされていたと思う。それくらいの勢いと衝撃だった。後ろを振り返ると、足の踏み込みで発生している雪煙で何も見えない。グランの足は漫画でよく見るぐるぐると線で描かれているかの如く回転している。残像でも見えているようだ。
それにしても意外と空気の抵抗が無い。魔力感知で見てみると、グランの正面に風の障壁みたいなのが張られている。風魔法で空気の抵抗を減らしているようだ。どれだけ速く走っているのだろうか。最低でも車よりは速く走っているのは確実だと思う。周りが雪原で景色が変わらなくてもそれだけは分かる。
「ソラ、飛びます。気を付けてください」
唐突にグランから声がかかる。グランが跳躍すると、下から鰐のような魔物達が口を開けて飛びついてきていた。
そんな魔物達に対して、グランは拳を振り落として拳圧だけで魔物達を次々に雪原にめり込ませていく。
「すみません。あれは、ミラーゲーターという魔物で周りの風景に溶け込み身を潜めるのを得意としているのです。私でも近づくまで気づきませんでした。ここから先も似たような魔物が何種類かいますが、私が対処するので安心してください」
結構大きな鰐だったけど、拳圧だけで制圧してしまうグランの戦闘力に俺は安心感を覚えた。アイスヘブンにいる魔族は皆これくらいの戦闘能力があるのだろうか?俺はアイスヘブンの人達とは絶対に敵対しないとを心に誓った。
その後も十メートルはあるであろう巨大なイカやタコのような魔物に遭遇した。見た目通り打撃が効かないとみるや否や、蹴りの風圧で触手をスパスパと切り落としていた。どれだけ凄い脚力をしているんだろう。風魔法を使っていたとしても強すぎる。
というより、こんな何もない雪原で良くあんな魔物達がいるな。カモフラージュしていても獲物などやってこなそうに見えるが…。その問いに答えてくれたのはグランだった。
「あの魔物達の狩場は海の中です。流石にこの雪原をうろつく魔物は殆どいませんからね。雪原にいるときは休んでいるときなので気づきにくいのです」
だから水中を泳げるような見た目の魔物ばかりだったのか。納得していると日が徐々に傾き、辺りが暗くなり始めた。
どうやら白夜の地帯を抜けるようだ。これで精神と時の部屋ともお別れである。長かった。時間の感覚が麻痺してどれだけ経ったことか…。これでやっと一日の流れが分かる!
「正面に山脈が見えてきました。もう少しで着きますよ」
グランの言う通り、正面の地平線から山脈が見え始めた。遥か右側に見える山の中に円形に削れているの山が見えたが、そちらには目を背ける。まだあのまんまなのか…。あまり時間は経ってなさそうだな。
グランは目当ての山が見えたのか、その山に向かって一直線に向かっていく。
「着きました。この下にアイスヘブンがあります」
山の麓にあると言っていたが、周りは雪原である。海の中に街があるってことなのかな?
「夜は除雪しないので雪に埋もれてしまうのです。日が昇ってきましたし、今回は私が除雪しときましょう」
そういうとグランは雪原に手を付き、氷魔法で雪をカーテンを開くように左右へ押しのけていく。
すると、張られている氷の下に氷で出来た街が現れた!
「建物の殆どは氷で出来ていますが、比較的暖かい上の階層には土が盛ってあり、畑があります。下に行くほど寒くなるのですが、精霊のソラなら問題ないかと思われます」
どうやら暖かい空気は上へ、冷たい空気が下へ行くのは分かっているらしい。階層が分かれているってことは用途によって階層が分かれているってことかな?それにしても特別大きな建物は見当たらない。お偉いさんはどこに住んでいるのだろうか?
「あまり大きな建物が見当たりませんね。ここを治めている人はどこに住んでいるのですか?」
グランが少し俯き、顔に影がかかる。そしてゆっくりと質問に答えてくれた。
「昔は大きなお城があったようなのですが、権力を欲したものがいてアイスヘブンは存続の危機に瀕したことがあるそうです。そのため、権力の象徴のようなものは取り壊されたと聞いています。今は私の母上がこの街を治めていますが、民より少し大きめな建物に住んでいます。私と弟、あと妹がいるので四人住むには十分だと言っていました。それに従者達はそれぞれ建物を用意していますから、大きな建物は必要ないようです。アイスジャイアントという体の大きな魔族がいるのでそれに合わせて天井や通路、扉が大きくはなってはいますけどね」
なるほど、過去の騒動のせいで取り壊されたのか。それにしてもグランの母親が街を治めているってことは、俺を呼んでいるのは女王様ってことか!?メルフィーナに似ているって言ってたし、さぞかし美しい女性なのだろう。昔のことは気の毒だと思うけど、グランの母親に会うのが楽しみになってきた!女王様のコスチュームとか着てくれないかな?
「入口は山の麓の洞窟にあります。行きましょう」
グランに付いていくと、山の中央にぽっかりと穴が開いており、中に入ると踊り場のある折り返しの階段があった。
階段を下りていくと、周りが徐々に岩壁から氷の壁になっていく。そろそろ街の入口が近そうだ。
「ようこそ、ソラ。ここがアイスヘブン。北の魔族が住む街です」
そこには氷の天井から差し込んだ光が無数の氷の建物に反射して、青や白の輝きが街全体を包み込んでいた。まるで宝石で作られた街のような光景が目に飛び込んできた。
「寒そうではありますけど、凄く綺麗なところなんですね」
「えぇ、私達はもう見慣れているのですが、そう仰っていただけると嬉しいですね、では街の一番奥に私達の家があります。そこまで案内しましょう」
グランの後に付いていこうとしたところ、グランに向かって魔族の子供達と思われる子達がグランを取り囲んでしまった。羊のようなふわふわの毛をした子、狼のような顔をしている子、ユキヒョウのような顔をしている子など様々だ。
「しまった!ソラ、逃げてください。妹のエレナがいます!」
グランが忠告した頃には、俺は既に全身青色の肌をした女性に拉致られていた。




