閑話 敗戦後の後始末(クローヴィス博士視点)
時は少し遡り、帝都へ帰還後――
私が目を覚ますと、そこは軍部にある自室の天井だった。窓から差し込む日の光が顔にチラつき、目が覚めたようだ。
ベッドから起き上がり周りを見回すと、机には雑に積み上がった研究資料の数々、部屋の出入り口には遠征時に持って行った私の荷物が置きっぱなしだった。
遠征に出る前は足の踏み場に困るくらい資料が散らばっていたのだが、荷造りついでに片付けてくれたのだろう。机の上は資料で一杯だ。
時間を確認してみると、お昼の11時だった。帝都へ帰還してからぐっすりと眠ってしまったらしい。スコルピオンの中や野営でも寝たはずなのだが、疲れが取れずに溜まっていたようだ。
遠征の後始末は将軍に任せてしまった…。これで何度目だろうか。当分、将軍には頭が上がらない。爵位も上だから当然と言えば当然なのだが…。
私は着替えて、部屋を出る。
まずは軍部の連絡部門へ向かって移動する。将軍が今どこにいるか聞かなければならない。
連絡部門のある部屋の壁には小さな窓口があり、そこで用件を言うことになっている。
「すまない。クローヴィス博士だが、アーノルド将軍が今どこにいるか知らないか?」
「将軍は王様より、ご報告を受けたいとのことで、今は王城で謁見している最中かと思われます。正午過ぎには戻られると思いますが、面会依頼でも入れておきましょうか?」
「あぁ、宜しく頼む。あと、クレインが今どうしているかも聞いておきたい。今どこにいるか分かるかな?」
受付の軍人は少し困った表情をした後、意を決した表情に変わり、クレインの居場所を教えてくれた。
「クレイン様は訓練場にいらっしゃいます。ただ…、将軍が辺境から連れ帰った村人達の面倒を見ることになったそうで、辺境の村人とは思えない身体能力と魔力を不審に思い、情報を掻き集めているみたいなんです。カティ様がいるので遅かれ早かれ、ノンベルト博士の実験がバレるのは目に見えています。それが分かった時、どうなるか予想が付かないのです」
私は額に手を当てて、唸るような溜息を漏らす。クレインは貴族にしては面倒見が良いし、優しすぎる。なので村人の面倒は適材適所なのだが、ノンベルト博士の実験の成果だと知れば、怒らずにはいられないだろう。将軍と私もとばっちりで相手にされなくなる可能性もある。
「それは将軍が命令したのか?クレインに率先してその役目を押し付けるようなことしないと思うのだが…」
「中にはまだ小さい子供達もいて、クレイン様が引き受けると申し出たみたいです。将軍でも断る言葉が見つからないようで、そのままクレイン様が村人達の面倒を見ることに…」
「それはいつの話だ?」
「今日の早朝のことです。クレイン様が気分を紛らわせるために訓練場に向かったところ、鉢合わせしてしまったようで…」
タイミングが悪かったとしか言いようがないな。
クレインがあそこまでお人好しなのは公爵の爵位を持ち、嫌がらせを受ける下位の爵位の貴族達を小さいころからよく庇っていたからだ。ティアはそれによく巻き込まれていたのだが、上手い立ち回りで切り抜けていた。
ただ、二人が軍人になったのには理由がある。二人とも婚約者がいるのだが性格が悪かった。小さいころは大人しく聡明な男性だったのだが、年齢を重ねるにつれて相手を陥れたり、嫌がらせをするのが楽しくなったのか、狡猾な性格になってしまったのだそうだ。
それで、婚期を延ばすために二人とも父親の将軍に働きかけ、軍人になった。クレインはともかく、ティアが軍人らしくないのはそのせいだ。とばっちりを受けた侍女のカティとケイティは文句も言わずに付き従っているが、内心どう思っているのか。貴族会で見かけるより軍部にいる方が笑顔を見せているし、嬉々として付き従っている気がする…。
深く考えるのはやめにして、今どうするか考える。どの道バレるのなら私から話した方がいいか?その方が誤解も少ない気がする。
「私からクレインに話をしてみよう。訓練場に向かう。将軍の面会依頼は頼んだ」
「了解しました。成功をお祈りしております」
私は訓練場に向かって、歩き出す。
訓練場に着くと、クレインを筆頭に村人達が訓練場内をぐるりと走り回っていた。年の小さい子はそれを端っこで座りながら眺めている。
走っている村人の数をザッと数えてみると大体百人ってところか。座っている子供達は十人。合計で百人以上か。予想していたより多いな。もう少し少なくなると思っていた。
クレインが私に気づき、こちらに向かってくる。
「皆、私が戻ってくるまでそのままのペースを崩さずに走りなさい!分かりましたか?」
「はい。クレインさん!」
クレインの言うことを村人達は直に聞いているようだ。流石としか言いようがない。
「あら、博士。こちらに用があるなんて珍しいですね。もしかして、体力を付けることに目覚めたのですか?」
クレインの言葉が刺々しい。既に村人達について、ある程度の情報が集まっているのかもしれない。見渡してもいつも側に控えているカティが見当たらないのだ。彼女は侍女の伝手を使って情報を集めるのが得意だ。恐らく、今も情報を集めさせているに違いない。
「クレインと話がしたくて、来たんだ。少し二人で話が出来ないかな?」
クレインは背筋が凍りそうになるような笑顔で「えぇ、構いませんよ」と返事をしてくれた。正直、怖い。
俺は訓練所の脇にある武器保管庫でクレインと二人で話をすることにした。
「ここなら、二人で話せるし、他の人に話し声が聞こえることもないだろう」
「あら?そんなに私と二人で話をしたかったんですか?カティがいない隙をつくなんて、博士もやるようになりましたね」
ホホホホホとわざとらしい微笑みを浮かべながら、私を冷たい眼差しで見ている。
「単刀直入に聞く。あの村人達のこと。どれくらい知っている?カティに情報でも集めさせているんだろう?」
そう聞くと、彼女の表情が真剣になり「憶測でいいのでしたら」と私に確認を求めるように口を開いた。
「ノンベルト博士の実験が辺境の村で行われ、そのせいで大勢の人が亡くなったこと。生存者は実験の成果で身体能力と魔力が向上したこと。それを父が半ば強引に帝都に連れて帰ってきたこと。くらいですかね?どうです、当たっていますか?」
俺は額から流れ出る汗をハンカチで拭きながら「概ね、その通りだ」というしかなかった。
「なぜ、あんな酷い実験を行ったのですか!博士はご存じだったのですよね?どうして止めれなかったのですか!」
クレインは食って掛かる様に私を責め立てる。
「あの実験は私ではなく、師匠であるノンベルト先生の実験だったのだ。それに身体能力と魔力の高い人間の寿命が高いのには理由があるのではないかということで、国王より承認されたと聞いている。国王はもう生い先が長くないと身近に感じているのだろう。私にまで寿命を延ばす研究をするように勅命するくらいだからな」
クレインは納得しない表情で聞き入っている。国王の勅命では私達、研究者はそれに応えるための実験や成果を出さなければいけない。
「父はどこまでご存じなのですか?」
「全て知っているであろう。あの人は汚れ仕事を率先して受ける人だからな。というより、他にやる人がいないとも言えるが…」
クレインは大きく息を吸って、吐いて~を繰り返し、深呼吸して落ち着こうとしている。
「王の勅命なら、私達ではどうしようもありませんね。八つ当たりをするようなことをしてしまい、申し訳ありませんでした」
私に対してクレインは深々とお辞儀をする。
「いや、気にしなくて構わない。それより将軍に会っても同じことをするなよ。クレインにそんなことされたら、将軍、かなりがっかりするはずだからな」
私は苦笑いをしながら、将軍を庇う言葉を口にする。
「分かりました。出来るだけ普通に接するように心がけます。ただし、このことに関してはティアには内緒にしてほしいのです。あの子は無関心を装うことに長けてますが、内心は臆病で優しい子なので…」
クレインが貴族街の方に視線を向けて喋る。どうやらティアは実家に戻っているみたいだ。あんなことがあったんだ。軍部じゃゆっくり休めなかったのだろう。
「分かっているよ。ティアには内緒だ。それよりもクレイン、村人達をどう説得したんだ?君には心を打ち明けているように見えるが」
「これも内緒ですよ。軍に残るにしても軍から離れて村に戻るにしても体力は必須能力です。そのため、彼らには体力作りは自分達のためであり、幼い子供達のためだと言って、基礎的なトレーニングから始めているのです」
クレインらしい最もな理由だった。でも村に戻すには難しいと思う。身体能力と魔力の高い人間を軍部や貴族達が見逃すはずがない。
「もしかして、逃がすことも視野に入れているのか?」
私は思ったことと疑問をつい口にしてしまった。
「えぇ、軍人としては失格でしょうが、あの人達の身体能力と魔力なら北東の森でも生きていけると思っています。あそこまで逃げ切ることが出来れば、当分は追われないでしょう」
彼女の表情は真剣で嘘など一切言っていないことは明白だった。
「確かに森まで逃げられたら、今の私達では追うことは難しい。だが、バレたら君だけじゃなく将軍含め、家族道連れだぞ!そこまでの覚悟をしているということか?」
「だから内緒にしてほしいのです。だめでしょうか?」
珍しくクレインが上目遣いで私を見つめてくる。そんな顔をされたんじゃ、秘密にするしかないじゃないか!
「内緒にはしておくが、機会が訪れるまでは待ってほしい。それまでは大人しく体力作りに励んでくれ」
「機会が来ると思いますか?」
クレインはそんな機会がやってくるのか不思議そうに首を傾げている。
「私は森の住人達が帝都へ攻めてくる可能性が高いと思っている。その時に乗じて逃がせることが出来れば、責任の追及はされないんじゃないかな?」
「それは博士の感ですか?博士の感、当てになったことない気がするんですけど」
クスクスと口を手で押さえながら、ニヤニヤと笑っている。
「可能性の話だ。イグナイトヘッドを破壊した原因が分かっていないだろう?最悪、帝都を攻められることも視野に入れておけってことだ」
「可能性の話でしたね。了解しました」
彼女が私に向かって敬礼をすると同時に、扉をガンガンと叩く音が響いてきた。
「博士!私です。入っても宜しいでしょうか?」
どうやら、将軍が戻ってきたらしい。私とクレインは目を見合わせると、人差し指を口に当て、内緒だよと確認し合う。
「あぁ、将軍。入ってきて大丈夫ですよ」
扉が勢いよくバァーンと開くと、そこには勝ち誇った表情を浮かべる将軍の姿があった。何かいいことでもあったのだろうか?
「おぉう、クレインもいたのか。村人達とは良くやっているか?その何か嫌なことがあったりしなかったか?」
クレインを見た途端、心配する親の表情に変わっていく。
「博士がわ、た、し、と話したいことがあって、丁度話が終わったところです。では博士。私は訓練場に戻ります。ごきげんよう」
クレインが意味ありげな笑顔を作りながら、退出していく傍ら、将軍の表情がどんどんと険しい表情になっていく。
「ほぅ、クレインと話したいことがあったと?それは私もぜひ聞いてみたいものですな」
クレインとの会話が終わったと思ったら、続いて将軍と会話することになるとは、精神的にドッと疲れが押し寄せる。
「クレインは村人のことに関して、殆ど知っているっという話ですよ。それを弁明するために将軍を庇ったのに、問い詰められるようなことをされるとは心外です」
内緒にしていることは隠しつつ、将軍を庇ったという情に訴えかけ、クレインとの会話を誤魔化す。
「やはり知られてしまいましたか…。それにしてもクレインが怒っている様子が見受けられませんでしたが、何を言ったのですか?」
「国王の勅命で仕方がなかったんだって言ったら、落ち着きましたよ。流石に国王に向けて怒ることは出来なかったみたいですね」
将軍は眼をクワッと開いて「国王のせいにしたのですか!他に知られたら大変なことになりますよ!」と怒鳴られた。
「将軍とクレインが言いふらさないって分かっているから言ったんですよ。それとも将軍が責任を取ってクレインに嫌われますか?」
将軍は首を横に振って、「それは嫌ですな、国王の責任にしときましょう」と手のひらをくるんと反した。
「それより、何か良いことがあったんじゃないのか?そんな顔をしていたように見えましたが?」
将軍は胸を張って「よくぞ聞いてくれました」と自信満々の表情で語りだした。
森にはスコルピオンを容易に破壊するものがいたこと。長命種のドワーフとエルフが存在していたこと。これを聞いた国王は大変興味を持ったようで、軍に予算をくれることが決定したらしい。
「スコルピオンを作ると言い出した時は、貴族達はクーデターでも起こすんじゃないかと言われ、攻城戦用のソードバスターやシールドバスターのバスターキャノンを作った時もそれで貴族街を狙い撃つ気なのだろうと反論され、挙句の果てには貴族街を覆う障壁を発生する装置まで作らせられましたからな。国王の勅命とこの予算でGトータスを完成させることが出来るかもしれません」
私はその話を聞いて、心から大喜びをした。Gトータスは都市戦略兵器として製作している亀型の兵器のことだ。ひっそりと貯めた予算で作ってはいたのだが、完成まではもう一歩というところで止まっていたのだ。これでGトータスが完成するかもしれない。
「将軍。ありがとうございます。Gトータスが完成すれば、森の再侵攻も可能になるかもしれません。早速、開発の予定を立てましょう!」
私は将軍とガッシリと握手を交わした。この時、私はテンションが上がり過ぎて、クレインが森へ村人を逃がそうとしていることを忘れてしまっていた。
次回は帝都攻略戦時の話に飛びます。




