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飛行船の試運転

 次の日の朝、日課となっている洗濯が激減し、昼食前には終わってしまった。やっぱり原因は着る人や使う人が汚れていたせいだったようだ。


 口々に「体がスッキリして、熟睡してしまった」と普段より遅れてくる女性も多かった。女性陣でこれなのだから、男性陣も熟睡して遅刻している人が続出していると思う。


 早めに洗濯が終わったので、飛行船の様子を見に、滑走路へと向かうことにした。


 滑走路に着くと、職人達が出来上がった矢をゴンドラに乗せている最中だった。リンもお手伝いをしているのが見える。


「リンも手伝いをしているのか。感心感心。ガイアスはどこにいる?飛行船の試運転をどうするか話し合おうと思ってたんだが…」


「飛行船の試運転!私も行く行く~!ガイアス~、ソラが呼んでるわよ~」


 リンがガイアスを大声で呼ぶと、甲板からガイアスが覗き込むようにしてこちらに顔を出してきた。


「あぁ、ソラが来たのか。リン、そんな大声を出さなくても聞こえている。何か話があるなら昇ってきなさい。こっちは最終確認をしているところだからな!」


 ガイアスは漏れがないかどうかチェックしているようだ。


 俺はリンを連れて、地下二階から階段を上がっていく。


 地下一階を通り過ぎる時にチラリとバリスタが設置してある部屋が見えたが、両脇に傘立てのような設置されている。


 そこにバリスタの矢が置いてあった。片方で二十本だから両側で四十本。俺の部屋も合わせると全部で八百八十本ってとこか。十分な矢の数だと思う。


 甲板に上がると、ガイアス達は天井のない箇所にある手すりを補強しているところだった。転落防止のため、高めに設計されている。落ちそうな子がいるからだろう。


「よく来た。それでソラ。何か用か?」


「あぁ、飛行船の試運転をしないといけないだろうと思って、相談しに来たんだ。いつ頃からいけそうかな?」


「物資の搬入を一旦止めればいつでもいけるぞ!それで、試運転だがどうするつもりだ?目的地とかあるのか?」


 少し考え込んでいると、横からリンが「山に行きたい!雪持ち帰りたい~!」と騒ぎだした。


「リン。山は下と上から風が来て不安定だからダメだ。俺は森をぐるっと一回りすればいいと思ってる」


 リンはいつものように頬をぷぅっと膨らませて拗ねている。試運転なのに危ないところなんか行けるか!


「ソラが風を操ればいいじゃない!風の精霊なんだからそれくらいやってよ~」


 往生際の悪いリンは俺を利用しようとしてくる。風の精霊だからと言って、練習もしないでぶっつけ本番で飛行船を覆うような風の操作なんて出来るわけがない。即座に却下する。


「リン。飛行船を覆うような風の操作なんてやったこともないのに出来るわけないだろ。ダメったらダメだ」


「へぇ~。飛行船を覆うような風の操作が出来ればいいのね!私に心当たりがあるわ、待ってて!」


 リンはにんまりと笑顔を作ると、ゴンドラから飛び降り、村へと走っていった。なんだろう。嫌な予感がする。俺はガイアスに視線を向けると、ガイアスは思い当たることがあるようで、口を開いた。


「多分、マシロを連れてくる気だな。マシロは魔力が多いし、魔力操作の精度も高い。空気中から水の生成に成功したのもマシロだったからな。これは雪山に行くことになるな…」


 マシロか…。でも魔力の操作が上手いといってもぶっつけ本番で出来るだろうか?不安だ。


「ガイアスはどう思う?雪山に行くとなると危険度が上がると思うんだが、それでも行きたいと思うか?」


「どうせ飛行船を飛ばす時点で危険なことには変わりないんだろう?それに難しい方が挑戦のしがいがあるってもんだ。ガッハッハッ!」


 ここで職人魂を持ち出されても困るのだが、仕方ない。リンは止まりそうにない。雪山で何か出来ることを考えるか。


「雪で飲み物でも冷やしてみるか?果物のジュースやお酒を冷やせば美味しくなるはずだ。お酒の方は飲んだことないから聞いたことがあるだけだけど…」


 それを聞いたガイアスと職人達は「それは本当か!」と食い気味で反応した。やばい、話題にしたの失敗したっぽい。


 俺がガイアスや職人達から詰められていると、村の方からマシロを連れてリンが戻ってきた。やはり、心当たりはマシロだったらしい。マシロは仕方なさそうな表情でリンに手を引かれている。


 甲板にリンとマシロが到着すると、雪山へ飛行船を飛ばす方向で話がどんどん進んでいく。流石に今からだと夜までに戻ってこれるか分からないので、飛行船の試運転は明日の決行となった。


 一応、マシロは実際に風魔法で飛行船を覆えるか、試しに魔力を広げていき、飛行船を魔力で覆えることは確認した。魔力の消費もそこまでではないらしく「行けそうだよ」と言ったらリンとガイアス達は大喜びだった。


 人選で選ばれた人達は、明日に備えて早々に家に帰宅してしまった。選ばれなかった職人達はバリスタの矢の作成とシャワー室の改良をするらしい。あの数じゃ全然足りないんだと思う。


 残された俺は、マリンとノアにお願いして、気球のガスの供給をお願いした。飛行船が浮くギリギリのところまでガスを注入した方が良さそうだからだ。


 そういえば、重りはどうしようか…。ロープは一杯あるから問題ない。問題は飛行船を止める為の人選だ。マリンとノアに視線を向けると、大きくなったマリンとノアだけで事が足りそうだ。足りなかった場合は、増援を呼んで来てもらえばいい。


 少し大雑把な計画だけど、いくら準備しても俺の不安は消えそうにないので、考えることをやめた。失敗したらリンとガイアスのせいにしてやる!


 日が昇り始める頃には、リンとマシロ、ガイアスと人選で決まった職人、十二人が揃っていた。雪を入れる樽もちゃっかりと用意してくるあたり、かなり気合が入っていると思う。お酒が絡むといつもこうなのだろうか?多分、そうなんだろう。


「こっちの準備は万端だぞ!あとは飛行船が浮くだけだな!」


 飛行船を飛ばすために、マリンとノアが気球にガスの注入を頑張って往復している。


 すると、徐々に飛行船が浮き上がった。ガスの浮力が勝った瞬間だ。


「おぉ~、本当に浮いたぞ!よし、ペダルを漕げ!プロペラを回して速度を上げるんだ!」


「了解!」と職人達がペダルを漕ぎ、プロペラが徐々に回転するにつれ、飛行船の速度と高度が上がっていく。滑走路には着陸要員でもあるマリンとノアが手を振って見送ってくれていた。


 飛行船が飛び立つと、操舵手はガイアス、ペダルを漕ぐドワーフの職人が四人、残りの六人は地下二階の休憩室のハンモックで休みを取っている。時折、地面に落ちる音が聞こえてくるが慣れないハンモックに苦戦しているのだろう。慣れれば快適だとは思う。


 リンは甲板を駆け回り、森の上空を楽しんでいる。落ちないか冷や冷やするが、リンなら落ちても自力で何とかしそうな気がする。魔法があるから余計にそう思う。


 マシロは景色を一通り楽しんだ後、ガイアスと交代で操舵手をしていた。マシロも飛行船に興味津々だったらしい。笑みが溢れんばかりに零れている。その笑顔を見ていると少し気持ちが落ち着いてきた。


 ペダルを漕ぐ職人が疲れ切ると、代わりの四人が交代していく。十二人いるから三回のローテーションで一回りする感じだ。


 ローテーションが一回りする頃には、雪山がもう目と鼻の先まで近づいていた。そして雪山に近づくにつれ、風が強くなり、飛行船が大きく揺れ始める。


 マシロが甲板の中心へと向かい、魔力を広げて飛行船を包み込む。そして風魔法で風の影響の相殺を試みる。


 すると、少しずつ揺れが収まり、飛行船が安定するようになった。少し揺れはするが許容範囲だと思う。


 雪山までもう少しの距離というところで、プロペラを左右反対に動かして飛行船を旋回させる。船首部分だと樽が運べないので、船尾から雪山に近づくしかないからだ。


 そして後ろ向きになったら、プロペラを両方逆回転させてバックさせる。


 そして地下二階の扉を開いて雪山に接岸させる。


 接岸したら用意した樽にリンと手の空いている職人達が用意したスコップで雪をこれでもかってくらいに詰めていく。「お酒!お酒!お酒!」という掛け声が聞こえてくるがきっと気のせいじゃない。


 雪山をじっくり楽しむ時間はない。マシロの負担が増えるからだ。持ってきた樽に雪を詰め終えると、プロペラの回転を戻し、村の方へと舵を取る。


 現状、何事もなく全て上手くいっている。マシロも少し疲れた様子を見せていたが、大した問題はなさそうだ。リンと手の空いた職人達は雪の入った冷たい樽を触ってはにやけた顔をしている。早く冷たいお酒が飲みたいと顔に書いてある。


 ペダルを回す職人がもう一回りする頃には滑走路に戻ってきた。雪を入れて重くなったせいか、飛行船の高度を下げやすくなってるみたいだ。見る見るうちに地面が近づいて来る。


 地面が近づいたらロープを垂らす。それを待機していたマリンとノアが引っ張って飛行船を地面に降ろすのだ。


 マリンとノアがロープを引っ張るとずるずると引きずられてく。そして徐々に速度が落ち、マリンとノアが甲板に上ってきたらその重さで飛行船を地面に降ろす。


 少し強引な降ろし方なせいか、地面に降ろしたときの衝撃が少しあったが、ゴンドラ部分は壊れていないので良しとしよう。


 マリンとノアはトカゲみたいに体の一部を切り離し、重りだけを甲板に残す。見た目はウンコが乗ってるみたいで気持ち悪いが仕方がない。


 日が暮れるまでに戻ってこれてよかった。そういえば、軽食を持って来ていなかったみたいで、乗員は水しか口にしていなかった。相当お腹が空いていると思う。


 今夜の酒場は凄いことになりそうだ。


 ゴンドラから酒場まで雪の入った樽を職人達が持っていくと、酒場には待ちかねている男性陣と興味のある女性陣で溢れかえっていた。酒場に入りきらないので外で待機している人がいるくらいだ。


「雪を持ち帰ったぞ~、これでキンキンに冷えた酒が飲めるな!どんな味になるか楽しみだ!」


「じゃあ、さっそく雪をお酒や果物のジュースに入れて飲んでみるか?」


 俺の話を聞いた途端、周りの人達がピクリと止まった。何か変なことでも言っただろうか?


「そんなことしたらお酒が薄くならないか?それでも美味しいのか?」


「果物のジュースは薄めて飲んではいたけど、お酒は聞いたことないな。元々冷やす魔法みたいなのがあって、それで冷やしてたから…」


「ソラ!そんなのあんまりだ。期待していたのにお酒を薄めないと飲めないなんて聞いてないぞ!」


 ガイアスの発言に周りの人たちは同調してうんうんと頷いている。薄めないで冷やす方法でも考えろということだろうか?俺の体なら出来なくもないだろうけど、実際に出来るかは試してみないと分からない。


「分かった分かった。薄めずに冷やせれないか試すから、誰かお酒を持って来てくれ」


 ミカがお酒の入った杯を持ってきた。一番最初に飲みたいと顔に書いてある気がする。


 俺は雪の入った樽に腕を突っ込み冷気を抜き出せるか試す。体の中を白い霧が動いているのが見える。どうやら冷気だけを抜き出せることは出来るみたいだ。


 そして反対の腕に冷気を移動させ、指をマドラーのように変化させる。


 冷気を纏わせたマドラーでお酒をぐるぐると混ぜていくと、冷たくなった杯の表面が結露していく。


「結露したからお酒冷えてると思うよ。ミカ、飲んでみな」


 ミカが喉を鳴らし、冷えたお酒をごくごくと飲んでいく。


「ぷはぁー、なんだいこれは!キンキンに冷えてて凄く美味しいよ!皆も早く飲みな!」


 ミカが太鼓判を押すと、皆が我も我もとお酒の入った杯を俺に向けてくる。俺は仕方なく、お酒が冷えるまで混ぜ続ける。マシロだけはお酒を禁止されているので、果物のジュースだ。


 皆「美味しい!」と次々にお替りを要求してくる。


 冷気だけを取り出したとはいえ、雪の入った樽は見る見るうちに溶けていく。


 結局、全ての雪の入った樽が溶け終わるまで、俺はお酒を混ぜ続ける羽目となった。俺だけ仕事量多くないか?


 夜中から雨がポツポツと降りだした頃、村中から呻き声が聞こえるようになった。


 どうやら冷たいお酒の飲み過ぎてお腹を冷やしたせいで、お腹の調子を崩した人たちが続出したらしい。


 雨の降るなか、お腹を崩した人達の呻き声が村中に響き渡っていた。

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