気球を膨らまそう
森を徘徊しながら、沼地へ向かうのは初めてだ。でも森の中でも沼地が何処にあるのかは分かった。薄っすらと発光する茸が目印になっている。
沼地に近付くにつれ、動物や魔物の気配がどんどんと薄れていく。多分、匂いがきついんだと思う。おそらく硫黄の匂いがしているのだろう。俺達には嗅覚がないので分からないが…。
それに沼地に近付けば近づくほど、樹々が瘦せ細り、手で触れると木の皮がボロボロと簡単に崩れ落ちていく。草もほとんど生えていない。生えているといえば茸くらいか。
森を抜けて沼地に着くと、発光している茸のおかげで、胞子と様々な茸が色とりどりに煌めいて、それぞれが自己主張するように輝き、幻想的な光景を作り出していく。
「パパー、綺麗だね~。こんな所にガスっていうのが湧いているの~?」
「あぁ、そうだよ。この光景は俺達だけの秘密だからな。生身のリンやマシロは近づくと危ないと思うからな」
「分かった~、パパとの秘密~」
マリンとノアは、幻想的な光景と俺との秘密が大変気に入ったのか、ポヨンポヨンと飛び跳ねて喜んでいる。
さて、今のマリンとノアの大きさじゃガスを運ぶには小さすぎるな…。
「マリン、ノア。悪いんだけど、出来るだけここにある沼地から土と水分を取り込んで体を大きくしてもらえるかな?ただ大きくなるんじゃなくて、細長くなって欲しいんだ」
「分かった~、やってみるね~」
マリンとノアはおもむろに沼に入り、土と水分を吸収してどんどんと細長く大きくなっていく。見た目は大きなミミズになってしまった…。蛇に真似てもらった方が少しかっこよくなる気がする。
俺はマリンとノアに触れて思考を送り、外見を変えてもらうことにした。ミミズから徐々に蛇の形へと変わっていく。
「パパー、これでどう~?かっこいい~?」
「うん、最初のやつよりは断然にかっこいいぞ。じゃあ、次はガスを出来るだけ体内に取り込めるか試してみてくれ」
「うん、分かった~。ガスを取り込んでみるね~」
沼からコポコポと音を立ててガスが噴出している場所にマリンとノアが口を開けてガスを取り込んでいく。よく出店で使われる細長い風船のように、徐々に前の方からぷくぷくと膨らんでいくのが見てとれる。
体の七~八割といったところまで膨らむと、マリンとノアが徐々にふわりと浮き上がっていく。明らかに浮力が勝ってしまっているのだ。
「マリン、ノア。ガスを少し吐いて、降りてこい!吸い込み過ぎて空に浮いているぞ!」
マリンとノアが少しずつガスを吐いていくと、空から徐々に降りてきた。どうやら体の六割が丁度良い塩梅のようだ。
「パパーみてみて~、少し跳ねただけですっごい飛ぶよ~。面白いね~」
体をくねらせてボヨンボヨン跳ねている姿は少しみっともない姿に見えるが、楽しそうならまあいいか。でも見た目はあれだな。蛇っていうよりはツチノコみたいな形になってしまったな。希少性だけは上がった気がする。
「どれくらいガスを吸えばいいか分かったかな?じゃあ、次はエンデの所まで戻った後、ドワーフの村まで行こうか。ここからドワーフの村への道は分からないからね」
「分かった~、じゃあ、エンデの所まで戻るね~。パパは乗ってく~?その方が早いと思うよ~」
確かに、普通に歩いていくより、大きな蛇の形になったマリンとノアで進んで行った方が早そうだ。俺は頭の上に乗らせてもらい、まずはエンデの所へ帰ることにした。
蛇の体って凄いんだな、マリンとノアは蛇の様に体をくねらせ、森をどんどんと突き進んでいく。多少の勾配など関係がない。それに体が大きいせいか、魔物達も見かけた瞬間にすぐさま逃げていく。あっという間にエンデの所を通り過ぎ、ドワーフの村へ向かう。
通り過ぎる際、エンデが凄い形相をしていたが、ただ驚いただけだろう。俺が上に乗っているのも見えていたはずだから蛇の形をしたのがマリンとノアだと分かったはずだ。トレント経由で森に情報はすぐ伝わると思う。
ドワーフの村へ向かう道中、日が徐々に昇って辺りが明るくなっていった。村へ着く頃にはいい時間になっていると思う。
「マリン、ノア。ドワーフの村を突っ切ると流石に怒られそうだから、村を迂回しながら滑走路のある空地に向かってくれ。そこに膨らませたい気球があるんだ」
「分かった~。村を迂回して滑走路?ってのがある場所にいけばいいんだね~」
滑走路に着く頃には日が昇り、ゴンドラの周りに人だかりが出来ていた。ドワーフの職人達だと思う。マリンとノアがどんどんとその集まりに近付いていく。
ガイアスを含むドワーフ達はこちらに気づいた後、即座に臨戦態勢を取り始めたが、俺が上に乗っているのを見るや否や
臨戦態勢を解除した。でも皆が一斉に顔をしかめ、自分達の鼻を指でつまんでいく。
「ソラか?それにその下にいるのが前に言っていた土と水の精霊か?この酷い匂いはなんだ!一旦離れてくれ!」
どうやら、沼の土と水を取り込んだせいでマリンとノアはとても臭いらしい。エンデが凄い形相になっていたり、魔物がすぐ逃げたのも外見じゃなくて匂いだったようだ。嗅覚がない俺達の誤算である。
「悪い、俺達は嗅覚がないから匂いが分からないんだ。一旦ガスを気球に入れた後、近くの川まで案内してくれないか?村の中に入ると大変なことになりそうだ」
ガイアスが渋々、鼻をつまみながら気球の後ろにある注ぎ口のような出っ張りから樹属性魔法で樹脂を剥がし、マリンとノアが注ぎ口からガスを注入していく。
注入し終えたら注ぎ口をロープで縛ってガスが漏れないようにする。一回では全然膨らんでいないので何十回も往復することになりそうだ。
気球にガスを注入し終えると、ガイアスは指を指して「あっちに川がある。直ぐに行ってこい、臭くて敵わん」と方角だけ教えてくれた。
俺達は教えてもらった方角へ森の中を進んでいくと、言われた通りの川があった。そこでマリンとノアを洗い、付近の土と川の水で再度細長く大きくなってもらう。
滑走路に帰ると、今度は匂いがしないのか、職人達は安堵した後、皆に叱られる羽目になった。
「ソラ。土と水の精霊が大きいし魔物の形を取らせるのはやめてくれ!それにあの酷い匂いもだ!精霊だから気づかなかったのは仕方ないがもっと注意してくれないか!」
結局、蛇の形は却下され、ミミズの様な形へと戻されてしまった…。それにガスを取りに行く際に匂いが付くかもしれないから、リンがいる時にガスを供給するようにときつく言われた。
幻想的な光景と蛇の形での森を突き進んでいた高揚感が一瞬で現実に引き戻されてしまった…。




