布の材料を調達しよう
酒場に向かうにつれ、ワイワイと賑やかな声がどんどんと大きくなってくる。
「リン、もう一回!今度こそ負かしてやるんだから~」
「ふふん、掛かってきなさい。何度でも相手してあげるわ!」
リンが腕を組み胸を張って威張り散らしているのが見える。その周りを拳を握って上下にブンブンと振っているドワーフの子供達が悔しがっていた。
大人げない、俺も加わって、子供達に助け舟でも出してやろうかなと考えながら対戦を見てると、子供達は明らかに強くなっているのが俺でも分かった。手を抜かなくても普通に負けそうな気がする…。
リンは手を抜いているのではなく、抜けなくなっているようだ。よく見るとリンの額には汗が滲み出ていた。子供達の相手はリンに任せよう。
酒場を見回してみると、マシロの姿は見えるが、ミカの姿がない。俺はマシロの所へ行くことにした。
「やぁ、マシロ。リンと子供達は凄い盛り上がってるな。俺も参加してみようかと思ったけど、もう子供達にも勝てなそうだ。そういえば、ミカの姿が見えないが、どこに行ったんだ?」
「おかえり、ソラ。私も最初は少し一緒に遊んでたけど、凄く強くなってたよ。リンお姉ちゃんも負けじと頑張ってるもん。ミカおばさんは、布の材料を調達しないといけないって言って、村中のトイレを掃除してくるって言ってたよ」
そこにミカが帰ってきた。大勢の女性陣と一緒で大量の荷車に大きな樽がこれでもかってくらい積んである。
「あぁ、ソラ、良い時に来たね。これから布の材料を貰いに、ピクシー達の住む花畑へ向かうところなんだ。ピクシー達はあんたに直接お礼をしたいって言ってたからね、一緒に付いてきてくれないか?」
人間達を追い返した時のお礼を直接言いたいんだそうだ。俺は二つ返事で「いいよ」と返事をしながら、荷車に乗っている樽に視線を向ける。
「あぁ、これはトイレの糞尿に土と枯草を混ぜて堆肥化させた肥料だよ。村の畑だけじゃ余るから、これを布の材料と交換しているんだ」
村のトイレは汲み取り式で、魔法で土と枯草を混ぜて肥料にしているらしい。土魔法で持ち運びも出来るから手も汚れず、匂いもあまり気にならないんだそうだ。そして、畑やピクシー達の花畑の肥料にもなる。
トイレも掃除出来て、畑の肥料にもなる。一石二鳥だ。
「マシロちゃん、これからピクシー達の所に行ってくるから後を頼んだよ。じゃあ、ソラ、付いてきな」
ミカを筆頭に、女性陣達が荷車を押して、森の奥へと進んでいく。俺は黙ってその後に付いていく。
何十何百と往復しているのだろう。ピクシー達の住む花畑までは平坦で樹々が道を作っている様に両脇に均等に並んでいた。距離的には俺達の住んでいるエンデと変わらない距離に広大な花畑があった。
大小様々で色とりどりの花が至る所に咲いている。その花の周りを親指くらいの大きさのミツバチがブンブンと飛んで、蜜を集めているのが目に飛び込んできた。大きい、クマバチより大きいかも知れない。
肝心のピクシー達は見当たらない。どこにいるんだろうか?そう思っているとミカが大声で「クインシー、来たよ~」と叫ぶ。
すると、花畑の至る所からピクシーが飛び出してきた。花の根の近いところに寝床を作ってるらしく、外から見えなかったみたいだ。
大きさはラピスとレイと殆ど変わらないな~と思っていると、一回り大きなピクシーが花畑からむくりと起き上がってきた。マシロと同じくらいの大きさだと思う、人間で言うと小学生くらいだ。歩きながらこちらに近付いてくる。
「ごきげんよう、ミカ。あまり大きな声を出さなくても聞こえていますよ。それに誰か来るとミツバチが世話しなく動き回るので、気づいていましたよ」
クスクスと笑いながら綺麗な笑みを浮かべている。黄緑の髪に髪と同じ色の目、髪は地面に着きそうなくらいまで長く、羽の邪魔にならない様に三つ編みで結われている。
顔もかなり整っていて美人だが、谷間が見えるくらいの胸もある。見た目は幼いが大人びた魅力を持つ不思議な存在だ。
「ソラ。彼女がここら一帯のピクシー達を纏めている女王のクインシーさ。あんたに直接お礼を言いたいといったのも彼女さ。クインシー、この風の精霊がソラだよ」
「初めまして、クインシーさん。自分はソラって言います。皆の手助けもあって人間達を追い返せたので、あまりお礼を言われる立場ではないと思うのですが、宜しくお願いします」
「えぇ、宜しくお願いします。でも貴方の策がなければ、撃退は難しかったと聞いています。それにフェリーゼから何やらお願いもされているのでしょう?私達も良ければお手伝いが出来ないかな?と思ったのですよ」
その提案を俺は受けることにした。少しでも時間の余裕を取りたい。天候も読めないからね。
簡潔にクインシーやピクシー達に今飛行船を作っていて、大量の布が必要だと説明すると、気球の作成には手を貸せることが可能とのことだった。
今は木の板で布の繋ぎ目を止めているが、樹属性魔法を使えば布を繋げることが出来る為、繋ぎ目に使っている木の板は不要になるし、布に塗っている樹脂もピクシー達がやってくれることになった。
気球に関しては、ピクシー達の全面協力でなんとかなりそうだ。
「さてと、では布の材料を作らなければなりませんね。土の精霊達、お願いできるかしら?」
クインシーが頬に手を当てながら、地面に視線を向けると、複数の土の精霊達がモゾモゾと動き出し、荷車に乗っている樽を次々と運び出して、樽を砕きながら肥料を花畑に広げていく。
樽は使い捨てだったのか…。まあ、肥料っていっても元々は肥やしだし、しょうがないよね。それよりもこの森で初めて俺やマリン、ノア以外の精霊を見かけた。肥料を少し分け与えることで、上手く共存しているみたいだ。
「久々に私が花を成長させましょうか。皆さん、少し離れていてください」
「やったー、女王様の歌が聞ける~。みんな準備しよ~」
ピクシー達がなんの準備かはわからないが、地面に座り始めた。
ミカ達もどうやら初めてのようで、どうしていいのか分からないような困惑した顔をしている。
皆がシーンとした後、クインシーが独りでに歌い始めた。
「ラララ~ラ↓、ラララ~ラ~↑、ラララ~ラ~ラ~ラ~♪」
ガイアス達の歌とは違う、まるで心の中に直接響くような歌声だ。澄んだ声で気持ちが凪いでいくのが俺でも分かる。
その時、バタバタとミカ達が無造作に倒れ始めた。飛んでいるミツバチもどんどんと落ちていくのが見える。何が起こっているんだ!俺は近づいて確認すると、ミカ達は眠っていた。周りをよく見ると、ピクシー達も皆寝ている。
どうやら、この歌声には眠る効果もあるらしく、地面に座り込んでいたのはこのためだったようだ。先に教えて欲しいものである。
歌が続くにつれ、花が徐々に伸び、大きく花びらが開いたと思うと、花が散り、次に果実がなる。そして果実が割れて、中から綿のような姿が現れた。
綿はそれから近くの綿を絡み合い、徐々に大きくなっていく。まるで生きているようだ。
大きくなっていく綿は最終的に荷車に集まり、荷車の中は綿でいっぱいだ。
そして、クインシーの歌が終わると、皆が何もなかったように起き出した。とはいっても、ミカ達は倒れたせいであちこち土まみれになっているが…。
「なんだ、歌が聞こえたと思ったら眠くなって、皆寝ちまってのかい。でも不思議と体が軽いし、体の節々の痛みが無くなってる気がするね~」
体の土を払いながら、自身に起きた状況を説明してくれる。どうやら他の女性達も同じで、体の疲れや痛みがなくなっているらしい。
クインシーの歌には花の成長と、生き物の体調を良くする効果があるようだ。俺には気持ちだけだったけどな、皆が倒れてもあまり驚かなかったし…。
「あらあら、ごめんなさいね。事前に眠くなることを言い忘れていました。これからは気を付けますね」
少し悪戯っぽい笑みを浮かべながら反省の弁を述べてくれる。女王と言っても悪戯好きな面が少しは残っているみたいだ。あまり悪びれた様子ではない。
「さてと、布の材料も手に入ったことだし、帰るよ」
手をパンパンと叩いてミカは帰り支度をする。クインシーやピクシー達は俺達が見えなくなるまで、見送ってくれた。
村への帰り道はクインシーの歌の話題で持ちきりだった。
「やれやれ、色々と良い経験をさせてもらったけど、寝てて殆どよく覚えてないとはねぇ~。ソラは最初から最後まで見てたんだろ?寝れない体質も良いことはあるみたいだねぃ」
確かに、寝れないから暇を持て余すことが多かったが、終始クインシーの歌声を聞いていたのは俺と土の精霊くらいだ。
「あぁ、まさか、役に立つとは思わなかった。でも皆がいきなり倒れたときは驚いたよ。それも歌の影響かあまり気にはならなかったんだけどさ」
「そういえば、帰ったら、男達にちょいとお灸をすえてやらないといけないかもね。リンから聞いたよ。ソラ達が持ってきたお酒を勝手に飲んで、酔い潰れてたんだろう?もっと酒場を出禁にしないといけないかもねぃ」
「別にお酒は余ったからいいんだけど、酒場を出禁にしてお酒が恋しくて起こした行動だと思うよ。多分、出禁を伸ばしてもお酒を飲むために色々と模索してやらかす未来しか想像できないな」
ミカが大きく笑いながら「確かにその通りだ!」と肯定する。
そんなやり取りをしていると村へ戻ってきた。あちこちに見えるドワーフの男性達の足取りが重々しい。
酒場に戻り、マシロに聞いてみると、どうやら慣れないお酒の飲み過ぎで酷い二日酔いになっているみたいだ。
「どうやら、お灸をすえなくても良いみたいだな、自業自得だ」
俺とミカ、女性陣達は顔を見合わせて、腹を抱えながら高笑いした。




