茸の妖精達
マリンとノアに蛇のように変化してもらい、俺とピナコは口の中で久しぶりのジェットコースター気分を味わっていた。
ただ、ピナコは外に出るのも久々でマリンとノアの移動方法も初めてないせいか、俺に抱きついてはビクビクと怯えていた。可愛い子に抱きつかれながらジェットコースター気分を味わえるなんて、ピナコには悪いが役得した気分である。
「ふぇ~、なんか懐かしい匂いがしてきた~」
ピナコが匂いに気づいたってことはそろそろ到着のようだ。マリンとノアも減速し始めた。
マリンとノアの口が開くと、そこに二十年前と変わらぬ沼地があり、周りにはたくさんの茸が生えていた。
やはり、複数の視線を感じる。茸の妖精が何人かいるみたいだ。
「さあ、着いたぞ。ピナコ、悪いんだけど、茸の妖精に語りかけてみてくれないか。その方が茸の妖精達が出てくると思うんだよね」
「ふぇ~、私がしなきゃいけないの~。…分かった~、頑張ってみるよ~」
ピナコは意を決して「茸の妖精達~、出てきて~。少しお話があるの~」と声を震わせながら頑張って声を張り上げた。
…シーン。辺りを見回しても反応がない…。ピナコの怯えているような雰囲気じゃ逆効果だったか?
そう思っていると、辺りに生えている茸の一つが徐々に大きくなり、女性の姿を保ち始めた。
どうやら茸に擬態していたようだ。っていうかあの小ささからピナコより大きくなるとか、質量はどうなっているのだろうか?地面に隠してたのかな?
女性の形になった茸の妖精は全身が白く、瞳も灰色でマシロのような子だった。月明りの光が反射すると体が虹色に光って見える。とても幻想的な姿をした茸の妖精だ。
「用とはなんでしょうか?私達を誘い出し、根絶やしにすることでしょうか?それとも他に何か理由が御座いまして?」
姿を現した茸の妖精は警戒しながら、こちらへと近づいてくる。
すると、ピナコがその女性に向かって大粒の涙を流しながら抱き付いた。
「ふぇ~、ソラ~。この妖精さんが私にこの世界のことを色々教えてくれた人だよ~」
ピナコは女性の胸元に顔を埋めながら泣いている。話に聞いていた茸の妖精が出てきてくれたようだ。ピナコの泣き声が止まらない。余程心配していたのだろう。胸の奥の辺りがジーンと熱くなったように感じた。再会できて何よりだ。
「あら、貴方はいつぞやの子ですね。長らく見かけなかったので心配していたのですが、元気そうで何よりです。どうやら根絶やしに来たわけではなさそうですね。話を聞かせてもらえないでしょうか?」
ピナコが中々落ち着かなかったので、女性はピナコの頭を撫でながらこちらの話を聞いてくれた。
「なるほど、最大二十人まで私達の安全が保障されたのですね。私の知る限り、この沼地にいる茸の妖精は私を含めて九人です。全員呼んできますので、少々お待ちください」
女性が手を口に当てるとピィーっと手笛を鳴らした。すると沼地周辺の茸が次々と女の子の姿になり、こちらへ向かって来た。サイズ的にはピナコと大差ない女の子が八人集まった。茸の妖精って女性ばかりに見える。
菌って増殖、分裂して増えるんだったか?性別は無かったと思うけど、増える分、女性の姿になりやすいのかな?確か、問題を起こしたのも女王って言われていたもんな。流石に服を引っぺがして性別調べるのは人としてダメだしな。
やめやめ、ここは魔法のある世界で俺のいた世界とは常識が違うんだ。可愛い女の子が増える分には問題ないだろう。
「これで全員集まりました。それで私達はどうすればいいのでしょうか?」
「あぁ、北の魔族の女王様が君達をご所望でね。その前にピナ菌が他の茸の妖精でも使えるか試してみないといけないな。ピナコ、お願いできるか?」
「ふぇ~、分かった~。じゃあ、皆私に手を合わせてくれる~」
ピナコの手に茸の妖精達が円陣を組んだような状態で手を合わせていく。
「どうかな?ピナ菌作れそう?」
茸の妖精達は手から白い粉末状の粉を作り出していく。どうやら皆ピナ菌が作れるようになったようだ。
「この菌は茸の妖精なら誰でも作れそうですね。ただ私はオーロラダケという珍しい茸から生まれたので、オーロラダケを作ることが出来るのは私だけなのです。生まれた茸の性質で性格にも偏りがあり、私はお人好しな傾向があるようです」
なるほど、特殊な茸はその個体でしか作れないと、名前からして光の反射で虹色に光るのも納得がいく。
「これなら誰でもアイスヘブンへ行ってもらっても大丈夫そうだな。行ってみたいと希望する人はいるかな?というか名前は皆あるのか?」
「名前は付いておりません。良ければソラさんでしたか?皆の名前を付けて頂けませんか?」
茸の妖精達は期待の眼差しで俺を見てくる。女の子らしい名前を考えなければいけないようだ。
「分かった。女の子らしい名前を考えてみよう」
俺は虹色に光る女性をオーロラダケから取って「ローラ」と名付けた。皆のお姉さんって感じだ。
次に全身茶色の子は「ダイズ」という名前にした。味噌や醤油などの豆類の発酵食品の研究をしてもらいたい。
次は赤紫の子だ。赤と白のワインの間を取って「ロゼ」という名前にした。果実酢や果実酒の研究をしてもらいたい。
次は全身透明な子だ。食べたものがどうなるか気になる子である。触ってみるとゼリーみたいにべたつきプルプルしている。そのためこの子の名前は「ゼリー」にした。ゼリー状の食品が作れないか研究してもらいたい。
次はオレンジ色の子だ。ミリンっぽい色なので「ミリン」という名前にした。調味料用のお酢やミリンの研究に従事してもらいたい。
次は茶色い斑点模様のある二人だ。なんか斑点が穀物に見えたので「アルエ」と「エル」と名付けた。お酒メインの研究をしてもらいたい。
次はマイタケのような服装を着ている子だ。見た目から「マイ」という名前にした。この子は食用の茸とか作れそうだからそれらの研究をしてもらいたいかな~。
最後にふくよかな子だ。エリンギっぽいから「エリ」という名前にした、マイと一緒に色々な茸の研究をしてもらいたい。
ふぅ。これで全員の名前を付けた。皆も自分達につけられた名前に満足している表情を浮かべている。今まで名前がなかったのだ。名前がついて嬉しいのだろう。頑張った甲斐がある。
「これで全員の名前が付いたな。それで誰かアイスヘブンっていう魔族の住む街に行ってみたいという希望者はいるかな?女王自らが望んでいるから待遇は悪くないはずだよ」
ローラの服にしがみ付くダイズ、ロゼ、ゼリー、ミリン、アルエにエル。どうやらこの子達は臆病な子みたいだ。体を小刻みに震わせている。
マイとエリからあまり臆病な感じは見受けられない。二人だけは怯える様子もなく、興味がありそうな表情をしているように見える。これは決まりかな?
「申し訳ないけど、マイとエリにアイスヘブンへ行ってもらっても構わないか?嫌なら別な子を探すが…」
マイとエリはお互いを見合い「一人じゃないなら大丈夫だと思います」とOKしてくれた。
「それで構いませんが、条件といいますか、希望があります。定期的にアイスヘブンへマイとエリの様子を伺いに行っても構わないでしょうか?離れ離れになると心配なのです」
ローラが離れた子の様子を定期的に見に行きたいらしい。ローラには茸の妖精達のメンタルケアをしてもらった方が良さそうだな。
「分かった。グレアには俺から話を通しておこう。じゃあ、マリンとノアに乗って俺達の住んでいる村へ行こうか。住む場所は村へ着いてから考えることにしよう。村はクレインっていう村長が纏めているから俺じゃ住む場所提供できるわけじゃないからね」
マリンとノアの口に俺とピナコが乗り込むと、他の子達はおっかなびっくりで中々乗ってくれなかった。ただ、移動中のジェットコースター気分は楽しめたようで笑みの零れる子が多かった。
村へ着くと、仁王立ちして待ち構えていたグレア達とクレイン達、そしてガイアスとミカがいた。なぜガイアス達もいるのだろうか?あぁ、お酒造りに茸の妖精が欲しいのかな?どんだけお酒好きなのだろうか。
「待ちくたびれたぞ、ソラ!早く、茸の妖精達を見せてたもれ!」
マリンとノアから次々と降りてくる茸の妖精達を見る度にグレアの尻尾がブンブンと横に揺れている。予想以上に居て興奮しているようだ。
「グレア、このマイとエリって子がアイスヘブンへ行ってもいいってさ。ただし、このローラって子が定期的に様子を見に行くのが条件だ。それで大丈夫かな?」
「うむうむ、それくらい問題ない!マイとエリとやら、宜しく頼む。わらわ達に慣れるために今日からわらわ達と一緒に暮らそう。アイスヘブンにも暮らしやすい場所も作ってやろう!」
マイとエリは歓迎されて嬉しいのか満面の笑みでグレアに近寄っていく。マイとエリはグレアに優しく頭をなでなでしてもらっている。良い光景である。こんな体じゃなかったら泣いていると思う。
「そういえば、なぜガイアスとミカがいるんだ?やっぱり茸の妖精目当てか?」
ガイアスとミカは目を見合わせ、苦笑いしながら「そうだ」と肯定した。やっぱり、お酒好きなドワーフさんめっ。
「マイとエリ以外は臆病な性格なんだ。ドワーフの村へすぐには行かせられないと思う。この村に慣れて行きたいって希望する子がいたらドワーフの村へ派遣ってことでどうだ?ローラはどう思う?」
「私はそれで構いません。この村で慣れてからこの子達の気持ちを尊重したいと思います」
「分かった。それでよかろう。ではワシらは帰るとしよう。今日は顔合わせだけでいいだろう」
ガイアスとミカは挨拶を済ませると、ドワーフの村へと帰って行った。
「クレイン、この子達の住む場所を提供してくれないか?ジメジメとして暗い場所が良いと思うんだが…」
「それなら家の地下を改装して茸の妖精達の寝床を作りましょう。何かあった時のため、備蓄を保存する倉庫として使っていたのですが、使う機会がなかったので改装しても問題ないでしょう」
こうして、マイとエリはグレア預かりに、その他の子達はクレインの地下で住むことが決定した。
一応カティにはそれぞれの名前を付けた子の役割を伝えておいた。これで色々な調味料やお酒が出来るはずだ。
次の朝、グレア達がマイとエリを連れてアイスヘブンへ帰ることになった。俺とリン、ローラは見送りのため、村のはずれまでグレア達を送って行った。
「それにしても物々交換をした割には一つも持って帰らないんだな?マイとエリだけでいいのか?」
「あぁ、アイスヘブンでは受け入れ態勢がまだ整っておらぬのじゃ。だから今回のは先行投資というやつじゃ。それとグランとエレナは置いていく。人間の言葉や文化を学ばせておきたい。それに交渉役となる者も必要だからのう」
あぁ~ずっる~、グランはともかくエレナを置いていくとかトラブルメーカーをこっちに押し付ける気満々じゃないか。
そんなことは梅雨知らず、エレナは目をキラキラと輝かせて乗り気のようだ。グランは事前に言われていたのだろう。顔色変えず、頷いているだけだ。
「それではさらばじゃ、また会おう」
グレアとリオン、ドランにマイとエリが森の中へと消えていく。
グランとエレナは用意された建物で暮らし、午前中は人間達の仕事の手伝い、午後は英語と武術の稽古に参加することになった。グランはともかくエレナを置いていくことは解せぬ。グレアにしてやられた気分だ。




