一難去ってまた一難
グレア達の言葉を分かるのは現状、俺しかまだいない。そのため、対応は俺に一任されることになった。解せぬ。
「ソラ、エレナが迷惑をかけたようじゃのう。我が娘の無作法、申し訳ない。だが、謝罪のためにわざわざわらわが出向いたわけではない。この村の代表と話がしたいのじゃが、話の場を用意してもらえないだろうか?」
どうやらクレインに用があるみたいだ。グレアが来るくらいだ。何の目的があってこの村まで来たのか見当がつかない。
俺は村の中心にあるクレインの家にグレア達を案内した。道中の村人達はグレアの貫禄に圧倒され、遠巻きで見物していた。
クレインの玄関をノックすると、カティが出迎えてくれた。
「ソラ様、噂は聞こえています。また北の魔族の方々がお見えになったとか。それでご用件は何でございましょうか?」
「あぁ、この人はグレア、北の魔族が住んでいるアイスヘブンを纏めている人で、この前来たエレナとグランの母親です。どうやらクレインに用があるらしく、案内しました。クレインさんはいらっしゃいますか?」
「えぇ、いらっしゃいます。では、中にご案内いたしますね。どうぞ、こちらへ」
カティの後に付いていくと、一階の広間に通され、手前にあるソファーへ座るように勧められた。ソファーに座るのは用件のあるグレアだけで、ソファーの後ろに俺とドランが立って見守る形となった。
カティが「ではクレインお嬢様を呼んできます。ついでにお茶の準備も致しますので、少々お待ちください」と言いながら奥の部屋へと消えていった。
しばらくすると、クレインを連れてカティが出てきた。クレインはグレアの対面のソファーに座り、カティはお茶の支度のためかキッチンへといそいそと行ってしまった。
「お待たせしました。私がこのソラ村の代表を務めさせてもらっているクレインと申します。グレアさんとお聞きいたしましたが、この村へはどのようなご用件で来られたのか伺ってもいいでしょうか?」
クレインは毅然とした態度を取ろうと頑張っているが、握っている拳が震えている。初めて見る魔族に緊張しているみたいだ。
俺がグレアに通訳すると、グレアは興奮した表情で用件を語り始めた。
要約すると、俺がグランに持たせたお土産のチーズと果実酒が美味しくて、その製法を知りたくてアイスヘブンの職人であるドランを連れてグレア自ら出向いたらしい。
他にもエレナに着せた服が革製ではなく綿で出来た生地で、伸縮性があって肌触りが良かったため、これを機に衣食住の文化も教えて欲しいとのことだった。
それをクレインに伝えると、クレインの視線が俺に向かってきた。悩みの種を持ってきたのはどうやら俺達の行動のせいだったようだ。巻き込まれた形のクレインが少し涙目になっている。「ごめんなさい」と謝っておく。
カティがお茶とお菓子を用意しながら「横から失礼します。教えるのは構わないと思いますが、見返りはあるのでしょうか?でなければ一方的な奉仕になってしまいます。そちらはどのようにお考えでしょうか?」と俺に視線を向けながら問いかけてくる。
その視線は私達を巻き込まないで欲しいと訴えているように見えた。二人ともごめんね…。
「グレア、教えるのは構わないけど、見返りがないと難しいみたいだ。アイスヘブンからは何が出せる?クレイン達が欲しそうなもので」
グレアは頬に手を当てて考え込むと「わらわではこの村に必要なものが思いつかないのう。ソラ、お主に任せる。アイスヘブンに何があるかは大体知っておるであろう?」と俺に丸投げしてきた。まあ、何が必要かやり取りは俺がした方が良いだろうけど、丸投げはなくない?
俺はドランに視線を向けると、ドランはキラキラとした期待の眼差しを俺に向けるだけだ。ぐっ、自分で蒔いた種なのだから自分で尻ぬぐいするしかないのか…。
「アイスヘブンの特産っていえば、海に近いから魚や塩と、寒さで野菜や果物が甘いってことくらいだと思う。クレイン達はこの中で欲しいと思う物はある?」
「魚は川の魚を食べるので少しは需要あると思いますが、それより、塩と野菜や果物が甘いという方が重要です。この森では塩の調達は岩塩と森を東に抜けて海まで取りに行かないといけませんから、それに甘味は花からの蜜に頼っているのが現状です。今はレイ様に任せっきりなので量があまり取れないのです」
人間の住む地域では蜜蜂が作る蜂蜜が貴重な甘味だったらしい。だけどこの森では蜜蜂は見かけなかったんだそうだ。恐らく魔物が強すぎるせいで蜜蜂が生息することが出来ないのではないか?ということらしい。その代わり、花の妖精のピクシーが蜜蜂の代わりに花の受粉を手伝いながら蜜を集めているんだそうだ。
最初はラピスがやっていたらしいのだが、レイが仕事を覚えたらレイに丸投げしたらしい。レイだけでは取れる量も少なく、甘味は祝いの席で使うのが殆どなのだそうだ。ラピスめ、怠惰な生活をしているからだらしない体になるんだ!
「塩と甘い野菜や果物の需要は高いってさ。魚も需要はあるけど、川でも取れるから種類によるんじゃないかな?」
「ふむふむ、それなら上層をもう少し広げて収穫量を増やさねばなるまいな。種を持ってきてこちらで栽培するという手もあると思うが…」
「あー、それは出来ないと思うよ。寒い地域だからこそ甘くなるから温暖な地域のこの森じゃあまり甘くならないと思う」
「そうか…、なら塩と甘い野菜と果物で手を打とう。他に何か思いついたらその時に追加すればよかろう」
こうして塩と甘い野菜と果物を交換条件にアイスヘブンとソラ村の文化交流が始まった。
クレイン達の話し合いが終わると、俺が村を案内することになった。まずは俺の住んでいる家を案内することにする。やりたいことがあるのだ。
「ここが俺の住んでいる家だ。トレント族のエンデの中に住んでる。意外と中は広いから快適に暮らせてる」
「ワシがエンデじゃ、北の魔族の方々、お見知りおきを、エレナによく似ておるが、親族かな?」
「あー、エレナの母親だよ。エレナと違って飛び蹴りみたいな着地なんてしないから問題ないよ」
「そうか…、ごゆるりと滞在なされよ…」
一通りの挨拶が済むとエンデはいつものように寝てしまった。
「エレナの話をしていたようじゃが、エレナは何をしたのじゃ?」
エレナが俺を探しに来た際、物凄い勢いでエンデに着地をして足と尻尾が突き刺さったことを話す。
「あの馬鹿娘め、妖精に攻撃まがいのことをするとは何事じゃ!帰ったらもう少ししつけをしなければならんな」
「まあ、和解したことだから、程ほどにね。中には一緒に住んでる家族がいるから紹介するね」
玄関を開けると、リンが仁王立ちで待ち構えていた。
「その人がエレナのお母さんね!エレナにそっくりね、グランよりも強そうだわ」
と言いながら、リンはグレアに向かって殴りかかっていく。この子は強い人見つけたら殴りかからないと気が済まないのだろうか?
グレアはリンのことをエレナとグランから聞いていたらしく、殴りかかられても顔色一つ変えずに人差し指だけで攻撃を受け止めている。突き指しそうで冷や冷やするが、涼しい顔を見るに、余裕があるように見える。
「きー、なんで指一本で私の攻撃が止められるのよ~。強すぎでしょエレナのお母さん~」
流石の無作法に見てられなかったのかマシロが止めに入る。両脇に両腕でガッチリと掴まれ、グレアから遠ざけられる。
「もう、リンお姉ちゃん。お客様相手に突っかからないの。見ているこっちの気にもなってよね!」
グレアは引き離されるリンを見ながらクスクスと笑いが零れている。身に覚えがあるのだろう。俺も覚えがある。
「この子は小さい頃のエレナにそっくりじゃな、かなり迷惑をかけられているんじゃないか?」
「確かに迷惑ばかりかけられているけど、こう見えて根は優しいし、見てて退屈しないからあんまり嫌われてないんだよね。あぁ、エルフの里の人達からは嫌われているか、あそことの交流は絶っているからね」
「それはどういう意味じゃ?」
グレアにリンとマシロの境遇を簡潔に話すと、グレアの体から魔力が漏れ始める。凄い魔力量のようで、俺以外の皆は身体をぶるぶると震わせている。
「ほぉ、外見の違いや魔力が強いからといって我が子を遠ざける者がおるとは思わなんだ。エルフの里とはわらわも交流したいと思わないの~」
周囲の状況を見たグレアがゴホンっと咳払いすると、魔力の漏れがなくなった。「すまぬな、怒りで少し魔力が漏れてしまったようじゃ」と詫びた。
気を取り直して、俺はレイを呼んだ。
「ソラ~、僕に何の用?」
俺はレイの額に指を押し付け思考を送り込む。
「うわ!ソラ~、何するの~」
ふっふっふ~、レイには北の魔族の言葉を勝手に送り込んだ。俺以外にも言葉が分かる人が欲しかったのだ。ラピスはダメだ。やる気を感じない。
「ソラ、お主、この妖精に何をしておるのじゃ?驚いているように見えるが?」
「あぁ、精霊と妖精には相性が良ければ思考を送り合えるんだよ。この子はレイっていうんだけど、魔族の言葉の知識を送り込んだから覚えたはずだ。レイ、グレアの言葉は聞き取れるようになったかな?」
「喋れるようになったけど、いきなりは止めてよ~。ビックリするじゃん!」
次はマリンとノアを呼んで、同じく知識を送り込んで魔族の言葉を覚えさせる。
「この精霊達がエレナを怪我させたというマリンとノアか?わらわもこの子達と一勝負してみたいのじゃが、良いかの~?」
「パパ~。エレナのお母さんと勝負してみたい~。良い~?」
グレアもマリンとノアもやる気のようだ。
「じゃあ、グレアと俺達は訓練場に行こうか。ドランはレイに村を案内してもらおう。ドランはアイスヘブンの職人だから先に見てもらった方が良さそうだし」
こうしてグレアと俺、マリン、ノア、リン、マシロが訓練場に、レイとドランは村を見て回ることになった。




