エレナの電撃訪問
エレナがエンデの上から見下ろしていると「この子がお主の知り合いの魔族か?早く降りるように言ってくれるか?」とエンデが助けを求めてきた。
「わっ!樹が喋った!」
エレナが驚いた拍子に落下し、クルクルと前方宙返りをしながら無事地面に着地する。
「エレナ、首を長くして待っているんじゃなかったのか?それにこの樹はトレントのエンデだ。着地が攻撃みたいになってたんだから謝りなさい」
エンデに謝るように諭すと「わかったわ!申し訳なかったわね!」と腰に手を当て仁王立ちで謝罪をしている。その態度、謝罪する姿勢じゃないからね?グレアとグランは何を教えたのだろうか。
「ソラ、この子は何と言っているんだ?言葉が分からないから略せ、威張っているようで謝っているようには見えないんじゃが…」
エンデから見ても謝罪をしているようには見えないようだ。リンも両手を構えて臨戦態勢に入っている。魔族の言葉が分かるのは俺だけっぽいな。上手く翻訳してあげるしかないか…。
「ごめんなさいって言ってるけど、謝っているような態度には見えないよね。一応、これでもこの子、魔族の長の娘なんだけど、教育が足りてないみたいだ。俺が色々指導してみるよ。上手くいく気しないけど…」
俺はエレナに近づき「それでは謝罪になってない。頭を下げてごめんなさいって言うんだ」と教えると、「こう?」と頭を下げながら「ごめんなさい!」とハキハキとした言葉で謝罪をした。うん、姿勢は良くなったけど、言葉の感じ全然謝ってない。まあ、今はこれで良しとしよう。
「まだ謝っているようには見えんが、お主が責任をもって面倒を見るように、他の誰にも出来ないからな」
エンデからエレナのお目付け役を押し付けられた。俺よりも全然強いから抑えることなんて出来っこないのに、どうしろというのか。
「ソラ。この子、誰よ。何か強そうな気配がプンプンするわ!」
リンからすると、エレナは強そうに見えているようだ。警戒を解く気配が微塵もない。
「この子はエレナ。北の山を越えた先にあるアイスヘブンって言う魔族の街に住んでいる魔族だ。アイスヘブンでは問題ばかり起こすトラブルメーカーで森で言うならリンの立ち位置にいる子だね」
リンに例えると「ソラ。私をこの子みたいに思ってたの!」と驚いた表情をしながらエレナを指さしている。
エレナはリンに視線を移すと「この子がエルフ?可愛い~、抱きついていい?」と言いながら、許可を得ることなくリンに抱きつき始めた。
「っちょ、ソラ。やめさせて、この子、力が強くて全然引きはがせないわ!」
リンがエレナを力任せに引き離そうとしているが、リンの腕の筋肉が盛り上がり、血管が浮き出ているにもかかわらず、エレナを引きはがせる感じがまったくない。
どうやらエレナはリンより遥かに身体能力が高いみたいだ。まあ、魔族だし、一応年上のお姉さんだしね。
「エレナ。抱きついていい?って聞きながら許可なく抱きつくんじゃない。嫌がっているぞ」
「えー、そうなの?引き離そうとする力が弱いから照れてるのかと思った。じゃあ、離れるね」
エレナはリンを解放すると、リンはさっと後ろに距離を取り、体を震わせて猫のようにシャーと威嚇し始めた。
「わー、可愛い~。ぎゅっとしたいわ。もう一回抱きついちゃダメ?」
「ダメ、どう見て嫌がってるだろ。それにリンだから怪我してないみたいだけど、他の子なら怪我するかもしれないから絶対するなよ。エレナが手加減できてるとは思えないからな」
「ちぇー」とぶーぶー文句を垂れているが、リンが引きはがせない程の力を持っているのだ。出来るだけ接触を控えるようにしてもらうしかない。ここはアイスヘブンではないのだ。
「じゃあ、この子と戦わせてもらえない!この森の人達がどれくらい強いか知りたいわ!」
目をキラキラ輝かせて俺を見つめてくるが断固拒否する。
「これから夕食でそのあとすぐに寝るんだ。戦う暇なんてない」
エレナが肩をガックリ落として「戦えないの…」と落ち込んでいく。
「ソラ、この子さっきから何を言ってるの?分かるように説明しなさいよ。貴方しか言葉がわからないみたいなんだから!」
「あー、リンが可愛いからもう一回抱きつきたいって言ったり、リンと戦ってみたいっていうから、これから夕食でその後は寝るからダメだって言ったんだよ。そしたら落ち込んだだけだ。気にしなくていい」
「もう一回抱きつかれるのは勘弁してほしいわね。でもエレナって人と戦ってみたいわ。私より全然強そうなんだもの。でもやるなら明日の朝ね。マリンとノアも誘うわよ。今あの子達の方が私より全然強いのよ。私が負けても敵討ちしてもらうんだから!」
ふんふんと鼻息を荒くしながら、やる気満々のようだ。まあ、どれくらい力の差があるか分からせるにはいいのかな?一応、エレナには手加減しながら戦うように言うか。
「エレナ、明日の朝ならリンは戦ってもいいって言ってる。でも手加減してやれよ。さっき抱きついてた感じ、力の差が歴然だったからな」
エレナは姿勢を正し、尻尾をフリフリと振りながら「ホント!なら明日が楽しみね。あと寝る場所も宜しくね。私、野宿なんて嫌だからね!」と喜びを爆発させている。
「その言い方、グレアに許可なく来たのか?あとでこってりと叱られても俺は知らないからな」
エレナは目を泳がせながら「別に一日二日山で過ごしたこともあるし、それと変わらないから大丈夫よ。たぶん…」と口籠る。
アイスヘブンならともかく、他の人達に迷惑をかける分、同じなわけがない。でもグレアに愚痴れる伝手もない。エレナの自己責任だし、これ以上深く考えるのはやめよっと。
「リン。エレナは泊まる場所も用意してほしいみたいなんだが、村に泊まれそうな場所ないか?多分、夕食もご馳走になるつもりだと思う」
「ドワーフの村なら酒場があるけど、この村にそんな場所ないわね。仕方ないからうちのベッドを貸してあげるわ。前より大きくなったから今日はマシロと一緒のベッドで寝るから」
ボリボリと頭を掻きながら、リンは家の中へと入っていく。
「ねぇねぇ!どうなったの!私の寝る場所とかある!」
目をキラキラさせて俺に言い寄ってくる。
「リンが今日は自分のベッドを使わせてあげるってさ。夕食も多分食べさせてくれるよ。エンデの中が家になっているから、壁を壊したりするなよ?さっき足と尻尾突き刺してただろ?」と穴が空いていた場所を指さすと、もう穴が塞ぎかかっていた。エンデの自己修復が早いことに少し驚いた。
「もう治ってきてるじゃない!喋る樹の中に住むなんて面白そうね。早く案内して!」
俺が扉を開けて、家の中に招いてあげると、中ではマシロが料理の最中で、リンに話しかけられいた。どうやらエレナの寝床と食事の話をしてくれていたらしい。
「お帰りなさい、ソラ。その人がお客様のエレナさん?食事の準備に少し時間がかかるから椅子に座らせて待たせといてね」
リンに鍛え上げられたマシロは動じることなく、テキパキと指示を出しながら料理の続きをしていく。
「あー、あの子も可愛い~。ねぇねぇ。抱きついてもいい?」
俺はエレナの尻尾を掴んで制止させる。それでもずるずる引きずられているのだが、やらないよりはマシだ。
「料理中の邪魔はしないの。食事が出来るまで大人しく椅子に座って待ってろ、それが出来ないと夕食抜きにするからな!」
流石に美味しそうな匂いが漂っている中、夕食抜きは効果抜群だったようだ。エレナは大人しく空いている椅子に座ってくれた。
料理が出来るまでの間、リンが家の中の簡単な説明をしてくれる。
キッチンの脇の扉にはゴミ箱兼トイレがあり、家の奥は寝るためのベッドが置いてある。昔より大きめのベッドで寝やすそうだ。玄関の脇にはシャワー室を完備。汗をかいたリンが教えるついでに一緒にシャワーを浴び始めた。
中からキャッキャッとエレナの喜ぶ声が聞こえてくる。どうやらアイスヘブンでは体を洗う習慣がないようだ。出てきたエレナの髪と素肌は艶々になっていた。着替えはリンの服を着ているらしくパッツンパッツンで少しきつそうだ。
「エレナの服、匂うから私の服を貸してみたんだけど少し小さいみたいだから、少し待っててって言っといて、ティアのところに行って、大きいサイズの服を貰ってくるわ」
そういうと、リンは家を出ていった。
「あ~、すっきりした。あの子なんて言ってたの?この服伸び縮みして着やすいけど、少し小さいのよね」
「大きいサイズの服を取りに行くって言ってたぞ。エレナは気づいてるか知らないけど、エレナの服、匂うらしいぞ。革製だから洗うことも出来ないしな」
「えぇ~、大事にしてる服なのに~」と驚きを隠せない程、落ち込んでいるようだ。
「寒いところだと匂わなくても、暖かい場所だと匂うんだと思うよ。服は貰えるみたいだから革製の服は天日干しするといい、それで匂いは少しマシになるはずだ」
俺のいた世界では、お相撲さんのまわしは洗うことが出来ず、天日干ししていたはずだ。洗えない服は天日干しである程度誤魔化せるはず、たぶん…。
リンはすぐに戻ってきた。どうやらケイティの服を貰ってきたらしい。確かに背格好は似ているからサイズは合いそうだ。
エレナは人目を気にせず、俺の目の前で着替え始めた。豊満な胸が姿をあらわにする。一応、目を逸らすが、気になってモヤモヤし始めるころには着替えがもう終わっていた。
「この服はサイズピッタリね!ありがとう、リン!」
ニコニコした表情でリンに感謝を述べている。
「サイズピッタリでありがとうだってさ」
「なんとなく雰囲気で分かったわ。でも言葉の壁ってやっぱり面倒よね。人間の言葉を覚える時も苦労したし」
それな、今のところ俺しか分からないから一々略さないといけないし…、そう考えていたところ、マシロが「夕食出来たよ~。皆椅子に座って~」と指示を出す。
今日の夕食はパンに、ハンバーグのようなひき肉と野菜の炒め物、それに野菜たっぷりのスープのようだ。見ているだけでも美味しいというのが分かる。
エレナはフォークとナイフ、それにスプーンの使い方は分かっているようだ。上手に使い分けてハンバーグやスープを食べている。
なんと、ハンバーグの中にはチーズが入っており、チーズインハンバーグなるものだった。エレナは目を白黒させて「美味しい、なにこれ~」と絶賛している。
「うふふ~ん。マシロの料理は日々進化しているのよ。美味しくて当然よ!」
雰囲気で「美味しい」と言っているのは分かっているみたいだ。俺の手間が省ける。
エレナが一番に夕食を終えたことからもかなり満足いったようだ。そして食卓を囲んでいる面々に視線を移し「この家は色々な種族がいるのね。アイスヘブンと似ててなんかホッとするわ~」とだらけ始めた。
まあ確かに、風、水、土の精霊にエルフ、花と茸の妖精が揃うなんてこの森でも他にないと思う。その分、やらかしている面子が揃っているんだけどね。
夕食が終わると、借りたベッドで寝始めようとしたエレナだったが、ベッドに乗るや否や飛び起きて、ベッドを両手で押し始めた。
「なにこれ!なんかふわふわで跳ね返ってくるわ!このベッド欲しい~、ねぇねぇ、ソラ。これ持って帰りたいんだけど、余ってないか聞いてみて!」
俺はベッドのマットレスを確認すると、確かに押すと跳ね返ってくる感触がある。シーツを捲ると、そこにはポケットコイルのようなバネを均等に並べ、生地で整えたものだった。まさか、俺のいた世界のマットレスに似たものが既に出来ているとは想像していなかった。
「リン、このマットレスどうしたんだ?俺の世界にあったものと瓜二つなんだが…」
「あー、それね。ティア達貴族はそれに似たマットレスを使ってたらしいんだけど、ガイアス達が見習いの練習には持ってこいだって改良してくれたものよ。ソラの世界にも似たようなものがあるなんて奇遇ね。ガイアスが聞いたら喜ぶと思うわ」
凄い、けどアイスヘブンでは使えなさそうだ。だってあそこ氷で出来た建物の中で生活しているからね。バネがすぐ折れて使い物にならなくなる。どう説明したものか。
「あー、エレナ。悪いんだけど、このマットレスはアイスヘブンじゃ使えないと思うぞ。寒さでバネがすぐ折れて使い物にならなくなるだろうからな」
「そんな…」
エレナはガックリと肩を落とし、膝から崩れ落ちた。余程、衝撃的だったのだろう。
テンションだだ下がりのエレナはベッドに入るとすぐに寝息を立ててスヤスヤと寝てしまった。
それを横目に、食器の片付けを終えたマシロとリンは隣のベッドで一緒に抱きながら眠りに入った。
この光景、尊過ぎる。
その後、マリンとノアは村の掃除に出かけ、ラピス、レイ、ピナコは俺の暇つぶしに将棋とオセロに付き合ってくれた。
結果は俺の圧勝だった。ラピスは「そんな、あたしがソラに負けるなんて…」と驚いていたが、こちとら精神と時の部屋で散々精霊達相手に指し合っていたのだ。
自分の成長に喜びを感じていると、夜が明け、リンとエレナの試合が近づこうとしていた。




