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その男はハゲだった  作者: 清河 桂太
魔術学院編
87/89

突然の大舞踏会


 相変わらず催眠毒塗れでろくに食えたもんじゃない昼食を終えて、綾はアイ、アルトエレガンの二人と合流した。アイが昼食を、王都のパン屋のアッシュブレッドで済ませたと聞き、綾がうらやましがるという一幕があったが、それはさておき。


「団長も、学院の食いつきっぷりにはドン引きしてたわよ」


 午後のコマすべてをボイコットして、学院内を探索……広大な第一キャンパスの廊下を歩きながら、アイは要件を報告していた。一連の、綾に対するなりふり構わない囲い込みに対する、イザークの反応である。


「『そんな状況にゃら、無理して滞在する事もない、陛下への説得はしておくから、すぐにでも戻ってきていい』ですって」

「……それで、イザーク団長は、この騒ぎについて何か……?」

「偽王太子の騒ぎね。普通にびっくりしてた。ただ……さすが団長。冷静だったわ。犯人がいるとしたら、転生者で、用いられてるのは転生スキルに違いにゃいって」

「その辺りは、ターゴさんも同じ結論を出してました」

「天然転生者……超人組が手出しできにゃい、何て言いだすはずだわ」


 二人のやり取りに、アルトエレガンが口を開いた。


「坊主……この国の王様も、えらい苦労してたぜ。何せ、王城丸ごと能力の影響かだから、調査を命じようにもおかしな風に変換されて、手間がかかるからなあ。

 かといって、事が事だから俺に協力を仰ぐのも、最低限にせにゃならんし」

「まさか、協力してねえよな」


 無粋とわかっていても、神派閥の代表として、言わずにはいられないのだろう。ギャランの言葉に、アルトエレガンは手を振った。


「ノンノン。最低限、能力に抵抗するための術式は教えたが、それだけだよ。

 それ以上は口出しもせず、ずっと眺めてた」

「……まあ、ならいいけどよ……」

「お互い大変だよなあ」

「お前らは気楽でいいよ」


 いたわるようなアルトエレガンの言葉に、ギャランはげっそりと疲れた風に呟いた。


「俺なんて、派閥の関係上後始末やらなんやらにまでずっぽり関わらなくちゃならない。無神地帯だから、仕事の多さも倍率ドン……」

「え……? 超人は、関わっちゃ駄目なんじゃあ……?」

「超人ならね。俺の場合、超人である前に神派閥の神の一柱だから、仕事としてやらなきゃならない事が多すぎるんだよ」


 綾の問いに、うんざりとばかりに天を仰ぐギャラン。


「天然転生者が騒ぎ起こしたら、どうしたって転生に関わるメカニズムの見直しやら、運命因果律の調整やらが議題として挙がる……これだけの突飛な騒ぎ、なかった事になんてできないし。嗚呼、姐さんの悲鳴が今から聞こえるようだ……」


 声が響き渡る廊下で、誰憚ることなく会話をしているのに、行きかう人々は見向きもしない。やはり、このあたりの処理は全自動なのだろう。


「ミス寺門。今、よろしくて?」


 綾の背中に声がかかったのは、ギャランが嘆息した直後だった。

 声の発生源は、背後。その声質に、綾は聞き覚えがあり、一瞬体がこわばった。見ると、隣に立つカミーユも、頬をひきつらせている。


「……何か、御用でしょうか。マーキュリーさん」


 裏返ろうとする声を持ち直すのに、少なくない努力が必要だった。振り返ると、そこには、予想通りの……今、この状況で、いろんな意味で一番合いたくない女性がいた。

 エリス・マーキュリー。

 謎の天然転生者が用意した配役の中で、恐らくは『悪役令嬢』枠を割り当てられてしまった少女である。


「そんな、身分卑しい小娘よりも、公爵令嬢たる私と交友を深めませんか?」

「えっと……」

「貴方の類まれなる才能は、卑しき身分の者にはふさわしくないと、思うのですけれども」

「…………」


 痛い痛いと、綾達は心の中で叫んだ。何が痛いって、この、口を開くたびに品位を下げているような言動全てが、恐らくは黒幕の能力で強制されているものだという事だ。

 あるいは、元からこういう性格で、能力の影響下で悪目立ちしてしまっているだけなのかもしれないが……

 さて、どう断ったものか……断らない、という選択肢がない以上は、せめて相手の面子を立てる形で断りを入れたいのが、一連の事情を知るものとしての人情なのだが……

 綾が、助けを求めるように周囲に視線を向けると、闘が嘆息と共に一歩前に出た。そして、折り目正しく一礼して、


「失礼。ミス・マーキュリー。発言の許可を」

「……許可します。何事ですか?」

「はっ。ここにいる寺門 綾は、貴族とは程遠い地球系列世界の日本という国からこの国にやってきています。

 可能ならば、身分の近しい者同士の方が、羽を伸ばせましょう。

 ただでさえ、王太子をはじめとした多くの殿上人に目をつけられてしまっているのです。貴族のマナーのまの字も知らぬ小娘からすれば、それだけで息がつまるというもの。そこに、噂に名高いマーキュリー公爵家の令嬢との対話など……

 マナー面は不足し、心理面では呼吸もままなりません。互いにとって不幸になりかねません故、可能ならば、ご遠慮願えれば……」

「……あら。王太子とのひと時は息がつまると?」

「はい。王太子殿下の人格が素晴らしいものである事は万人が知るところ。彼女も、王太子に見込まれている事実は光栄に思っております。故にこそ、そのような偉大な人物に無礼を働かないか、気が気でないのが、今の彼女の現状なのです。

 この程度の事実を、貴女に伝える事さえ、私という人間を介してしかできない……その程度のマナーさえおぼつかない小娘です故。

 なにとぞ、ご理解のほどを……」


 王太子の威光を、下品ではない程度に利用して、なおかつ相手の顔も潰さない論調であった。マーキュリーも、気分を害した風もなく


「……まあ、そう言う事ならばよろしいわ。

 身分卑しい者には、卑しい者なりの使い道がある、という事ね」

「…………」


 ナチュラルにディスられている対象のカミーユは、心中複雑そうだった。

 それはそうだろう。一連の発言が、天然自然の者だったならば反感も覚えるだろう。憎悪だってするかもしれない。だが、訳の分からない能力下で制御された結果として出されたものとなれば……一体どう反応するのが正しいのか、対応に困るだろう。

 実際、綾も彼女に対してどう反応するべきか判断がつかなかったから、闘に応対を丸投げする事になったのだ。

 そんな、カミーユの反応が、マーキュリーのお気に召さなかったらしい。目を見開き、カミーユを睨みつけて、マーキュリーは声を荒げた。


「……何よ、その目は……! 卑しい平民如きが、私を哀れもうとでもいうの……!?」

「い、いえ……! そのような事は、決して……!」

「何が、決して、よ……! 毎夜二人で王都に出かけて、王子の寵愛を受けれて……私の事を、いい気味だとでも思っているんでしょう!?」


 相手の剣幕に、カミーユは押し黙った。気圧されて、と言うよりは、何を言っても逆効果だと諦めたという方が正確だろう。その、達観したような対応がまた、マーキュリーの逆鱗を刺激するのだ。

 とんだ負のスパイラルである。下手に言葉をかけようものなら、逆効果になりかねない辺りが悪辣、と言わざるをえない。


(真犯人は、この辺りも計算に入れて配役したのかな……?)


 姿どころか、影さえ見えない天然転生者の悪意を疑い、綾は眉をひそめた。もし配役そのものに悪意があるのならば、真犯人の意図も見えてくるのだが……

 アルトエレガンは、推理小説の三つのダニットに例えて、事態が解決した事を教えてくれたが……綾が今のところ把握しているダニットは、ハウダニット……どうやったか、くらいのものであり、それも『異世界スキルを使ってやった』という、推理とさえ呼べない、非常にざっくりとした推察でしかない。

 犯人は誰かも、なぜ犯行に至ったのかもわからない状態では、手詰まりもいい所である。


「ふん……けれど、勝ち誇っていられるのもここまでよ。平民……!

 一週間後に行われる、大舞踏会に、貴女の席はないわ!」

「え――!?」


 マーキュリーの言葉に、カミーユが目を丸くして声を上げた。その反応を、自分の都合のいいように――あるいは、学園全体を包む能力によって――解釈したのか、マーキュリーは勝ち誇ったように言葉を並べていく。

 公爵令嬢という騙りにふさわしい美貌が、目は血走り頬はつり上がって醜く歪んでいく。


「そうよ……! 伝統ある大舞踏会で、王太子からエスコートを受けるのは、私なんだから……!」

「だ、大舞踏会……!?」

「舞踏会用のドレスさえ用立てられないような平民には縁のない世界の話よ……!

 精々、歯噛みして眺めているといいわ!」


 吐き捨てるように言い切ってから、マーキュリーはその視線を綾に向けた。


「ミス・寺門も、こんな身分卑しい平民よりも、相応しい人間との付き合い方をマスターする事をお勧めするわ。

 それでは、失礼……!」


 身をひるがえし、マーキュリーはこの場を後にする。

 取り残された綾達は、言葉もない。

 まるで、三文芝居の一場面を、無理やり見せられているかのような気分だった。とりあえず、綾は周囲を見回し、カミーユに声をかける。


「え、えっと……大丈夫ですか? カミーユさん」

「ええ。はい……大丈夫です。

 この位は、いつもの事なので」


 肩を落とし、呟く姿に芝居の影は見当たらない。実際、いつもの事なのだろう……色々と。

 ただ、カミーユはそれだけで済ませられない何かを見出したらしく、眉をひそめた。


「けど、妙ですね……」

「妙?」

「ええ。マーキュリー様が私に絡むときは、サンバイザー様か、ボルガード様……ターゴさんがとりなすまで収まらないのですけど……」

「サンバイザーさんと、ボルガードさんですか」


 それぞれ、異なる役割を割り当てられている二人が話題に上り、綾は連想した疑問を、カミーユに問いただした。


「あの二人、どういう『役割』なんだと思います?」

「……言いたくはありませんけど、私のヒロインとした物語としてとらえた場合、ヒロインの味方となるナイト役……じゃないでしょうか」

「……いつも、そうなんです?」

「ええ。いつも、三人の誰かが止めるまで、マーキュリー様は私を詰るんです」


 なるほど、と綾は首肯した。ターゴが図書館で言っていた『観ていればわかる』の意味が、今更ながらに理解できたのだ。

 毎度毎度、絵にかいたような悪役令嬢ロールプレイが、ヒロインを守るナイトロールプレイで中断させられていれば、主役が誰かは自明の理だろう。

 主役に抜擢された側は、うれしくとも何ともないだろうが……


「それは、偶々でとかじゃなくて……?」

「はい。ただ型通りに動いているというよりは……マーキュリー様自身が自分の感情を制御しきれていない、という印象を受けました。

 誰かが止めなければ、止められないほどに、私への反感が強いのでしょう」


 という事は。逆に言えばたった今、三人の制止を受けずに引き下がった状態は、制御が出来ている、という事になるが……

 綾は、改めて身震いした。『役割の範疇内で、喜怒哀楽を発露している』とターゴはこの能力を表現した。確かに、マーキュリーの役割からすれば、王子と必要以上に親しくなるカミーユの存在は殺したくなるほど憎らしいだろう。

 感情の大本となる役割がなんにせよ、抱く感情そのものが当人のもののまま。そこだけは自由なのだと、言い切る事も出来るだろうが、綾はそうは思えない。

 これではまるで、感情も含めてその人間を玩具にしているようではないか……!


「改めて、怖い能力ですね……」

「ええ……本当に、そうです」


 傍観者である綾でさえ、震えがくるのだ。当事者であるカミーユが感じる恐怖は想像もつかない。綾は、闘がこの一件に関わるように進言した理由の一端を、垣間見た気がした。

 オープンワールドの、転生スキルの暗黒面。こんな悪用のされ方もするのだ、という警告も含まれているのだろう

 とはいえ、能力の怖さについて語らった所で誰も得をしない。気を取り直して、綾は話題を転換する事にした。


「『伝統ある大舞踏会』……とかって言ってましたけど、カミーユさん、何かご存じですか?」

「いえ、それが全く」


 無関係な話題ではない。先ほどマーキュリーが口にしていたとある単語についての話である。学園関係者であるカミーユならば既知の事実かと思い、問いかけたのだが、返事はつれないものだった。


「そんなものがあるなんて、今初めて聞きました」

「……あの、カミーユさん」


 嫌な予感がする。綾は、己の予感に従って、カミーユに進言した。


「よろしければ、何ですけど……午後からは、生徒達への聞き込みを中心に動きませんか?」






 はたして、綾の嫌な予感は的中した。


「大舞踏会、どんなドレスを着ようかしら……!」

「ターゴ様のダンス姿なんて、私、想像しただけで眩暈が……」

「ボルガード様のエスコートを受けるのは、誰になるのかしら?」

「サンバイザー様の逞しい胸板に、身を委ねたい……!」


 女は口々に意中の男性への思慕を交えて、


「ミス・寺門。どうか、大舞踏会において、貴女のダンスパートナーの栄誉を私に……」

「ダンスパートナーはお決まりですか? ミス寺門。どうか、私の手を……」


 イケメン軍団は、歯の浮くようなセリフと共に綾の手を取りたがりながら。

 彼ら彼女らの話題は、一週間後に行われる大舞踏会、とやら一色であった。


「ど……どういう事なんでしょうか……!?」


 イケメン軍団の追跡を振り切り、図書館の一角で体を休めながら、綾はカミーユに問いかけた。


「いかに、私がアハトベルンの文化に疎いと言っても、これが異常なのはわかります……!

 昨日まで……いえ、午前中まで、話題にするそぶりもなかったのに、急にこんな……」

「……私にも、わかりません。ただ一つだけ、言える事があります。

 自分達だけが置いてけぼりで、周囲だけが得体のしれない物に対して、この感覚は……」


 カミーユは、震えようとする自分の体を押さえつけるように、抱きしめながら、言葉を紡いだ。


「私達が、『敵』の能力で、今の役回りを押し付けられ始めた時と、同じ……!」

「じゃ、じゃあ……『敵』が、何かをしてきた、って事ですか?

 それって、つまり……! 『敵』がこちらの動きに対応してるって事……!?」


 綾、タオローという新しい協力者をえた直後にこの反応である。無関係というのは都合がよすぎる妄想だろう。


「別に、不思議にゃ事じゃにゃいでしょ」


 本棚の書物を、出したり入れたりして弄びながら、アイが綾の言葉を肯定した。


「『敵』が何者で、何処から事態を見守ってるのか知らにゃいけど……タオロー老師が大っぴらにターゴと話して、なおかつ王都から綾と一緒に帰ってきたのは、それこそ学院の関係者にゃら全員が知っている事実でしょ」

「ま、少なくとも綾ちゃんに関する情報共有は行われてるわな」


 自身の存在があっさり許容されたこと思い出し、ギャランがつぶやく。


「っていうか、雑談に位参加してやったらどうだよ、闘」

「…………」

「……プラスに、考えましょう」


 ギャランの言葉にさえ沈黙を貫く闘に、綾は問いかけようとしなかった。ただ、自分の思いを口にするのみである。


「敵から反応があった、という事は……敵が、私達の行動、存在を疎ましく思っている証拠です」


 闘は『言える事は全部話した』と言っていた。その言葉を綾は信じたのだ。

 すなわち、これ以上闘達に意見を求める事は、出来ないししても意味はない。


「私達の行動、行為が完全に無力で、敵の能力が圧倒的ならば、こんな風に動く必要はない筈です。

 つまりは――」

「敵は、少なくとも、私達を脅威だと思っている……そう言う事ね? 綾」

「ええ」


 アイの問いに、綾はうなずいて――


「……多分」


 自信無さげに付け足す姿に、闘を除いた全員がずっこけかけた。


「ちょっと、綾……」

「だ、だって……こういう推測というか、推論するのって初めてなんですもん!」

「もうちょっと、自分の気づきを信じにゃさいにゃ」

「無理ですよぅ! よく言うでしょ!? この世で自分程信用できない物はないって!」

「あのねえ」

「……い、今まで、『敵』が私とターゴさんの行動に、反応した事はありませんでした」


 アイに呆れられへこたれる綾に、カミーユが引きりつつもフォローらしきものを入れた。


「この一か月、『敵』がリアクションを起こしたのは、私をヒロイン役に抜擢した一回のみ……! その事を考えれば、寺門さんの推察も、的外れではないかと!」

「へ……? それじゃあ、カミーユさんが、主役の役割を与えられたのは、最初からじゃないんですか?」


 てっきり、正気云々とは別に、配役そのものは最初からだと思い込んでいた綾は、目を丸くして問いかけた。


「いえ……サンバイザーさんとボルガードさんが、関わるようになって……私がヒロインのような立ち位置になったのは、ターゴさんと王太子に報告に行くようになった辺りからですね……

 それ以前は、別の人がヒロインのような立ち位置にいて、ターゴさんに頻繁に話しかけていたとか……」

「成程……こっちも、『立ち位置がそれらしいから』程度の理由で抜擢された可能性が高いですね」

「ターゴさんも、同じ結論でした」

「と、なると……」


 綾は改めて先ほどまで目撃していた現象を振り返り、呟いた。


「この、大舞踏会っていうイベント、『敵』にとっては重要な意味を持っているのかもしれません」






「大舞踏会……その話ならば、私達の方でも耳にしたよ」

「伝統がどうとか言っておったが、どうだかのう」


 時は夕方。一通りの情報収集を終え、予定通りターゴとタオローに合流した綾は、まず一連のイベントについて報告をした。

 場所は、馬の厩舎の前である。

 昨日は嵐のように同行を申し込んできたイケメン軍団もターゴとタオローの存在に鼻白んで、遠くから見守る事しかできていない。偽の地位とはいえ、流石は王太子といった所か。


「今日は、その関係で忙しくなってしまって、情報収集どころではなかったよ。

 タキシードの採寸に、日程の確認……特にタキシードは、事が終わったらどう処分するのやら……」

「普通にもらって帰ればいいんじゃにゃい?」

「私は田舎の農夫だよ。最高級のタキシードなんて着る機会さえない。持ち帰っても箪笥の肥やしだ」


 アイのからかうような言葉に、ターゴは深く嘆息しながら、厩舎の脇に置かれた馬車に飛び乗った。流れるように、カミーユに手を差し出して、その身を引き上げる。

 傍らでは、アルトエレガンがこれ見よがしに大型馬に変形し、観衆にどよめきが走った。

 綾達からすればいい加減慣れた光景だが、よく考えたら、王室にため口をかけるような魔王が文字通り馬車馬になるというのも、中々ない光景である。


「もったいないのう。お前さんなら、どこに行っても引く手あまたじゃろうに。

 何だったら、この国で騎士団に入っても出世できよう」


 ひょいと馬車に飛び乗りながら、タオロー老師はターゴの農夫発言を惜しんで見せた。ターゴは苦笑して、謙遜して見せる。


「いやあ、それ程のものではありませんよ。私が身体能力強化を会得したのは、楽に土地を耕すために過ぎませんし……騎士など、とてもとても」

「……凄まじい才能の無駄遣いじゃなあ。

 お主が王太子役になったのも、真面目にその辺りが理由かもしれんぞ?」

「と、言うと?」

「やっかみ。反感。才能を惜しんで……そう言ったものが理由で、王太子役に当てはめられた……まあ、可能性じゃよ」


 綾、アイ、ギャラン、闘の順で馬車に乗り、御者台には闘が座った。


「だとしたら、物凄い大きなお世話だと思います」

「たはは、耳が痛いのう」


 ターゴを自分に当てはめて、頬を膨らませる綾に、彼女の才能を惜しんでカーウァイ連邦くんだりからはるばるやってきた老人は、全く悪いと思っていない風に笑った。


「しょ、少々お待ちください! 殿下!」


 出発しようと馬車が動き出した段になって、厩舎の衛兵から制止の声がかかった。馬車内に集った全員の、何事かという視線にたじろぎつつ、その衛兵は告げる。


「ミス寺門においては、今夜は学内で待機してほしい、という学院長から直々のお言葉が……」


 衛兵に集中していた視線が、そのまま、馬車内の綾に向けられた。視線を向けられた綾にとっても、初耳の事であった。


「え? ……いや、あの。今初めて聞いたんですけど……」

「は、はい……なんでも、ミス寺門の異世界スキルに関して、調べる準備が整ったと……」


 思わず、綾の思考が止まる。

 異世界スキル。

 綾のそれを調べる事は、学院に来た目的の一つであり、本来ならば優先すべき事の筈なのだが……


(怪しい……)


 これから王都に出かけよう、という段になってこれでは事実かどうか疑わしい。今までの学院側の振る舞いからしても、綾の囲い込みの為に、何かをしようとしている、と考えた方が自然だった。

 あるいは、綾に自由にふるまわせる事自体を、嫌っているのかもしれない。

 綾以外の者達もそう考えたのだろう。衛兵に向ける視線は、非好意的なものばかりだった。


「その事ならば後でも出来るだろう。

 今、ミス寺門は非常に大事な案件を相談している所なのだ。彼女の将来に関わる、大事な案件をね」


 決して居丈高になる事はなく、ターゴが衛兵を嗜めてみせた。


(役割の使い方が上手い……!)


 綾は感心させられた。王太子がこのように言ってしまえば、暗に『王室を中心とした囲い込みの準備』だと解釈せざるをえないだろう。

 そして、そう言われてしまえば、王立魔術学院としては、引き下がらざるをえない。


「学院長には、私から弁明しておく。

 だから、今日の所はここを通してはくれないか?」

「は、はっ! 殿下がそうおっしゃられるのならば!」

「ありがとう。君の顔は、覚えておくよ……名前は?」

「ウィリアム・バルト、と申します!」

「ウィリアム・バルト。うん、よく覚えておこう」


 敬礼する衛兵をしり目に、馬車は一路王都へと向かう。


「物は言いようじゃのう」

「後で、実際に王太子に言づけますから。嘘は言っていませんよ」


 からかうように酒瓶を傾け始めたタオローに、ターゴは肩をすくめてみせた。


「それにしても、大舞踏会、か……」

「ターゴさん?」

「私とカミーユさんは平民だし、そのせいで知らなかった可能性もある。

 一応、殿下に聞いてみよう」



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