異文化交流と調査
山間につき立つ魔術学院のふもと、切り開かれたグラウンドに、生徒達がずらりと並ぶ。
乳袋の形状のジャージに身を包み、気を張り詰める綾。そして居並ぶ生徒達。向かい合うようにして佇む体育教師とタオロー老師……ここまでは、昨日の実技の時間と全く同じ光景である。
だが、王立魔術学院のグラウンドには、昨日とは決定的に違う点が存在し、生徒たちの度肝を抜いていた。
それは、タオロー老師の背後に居並んでいた。タオローと同じ、大陸風の服装に身を包んだ、禿頭の男達……一目でただ者ではないとわかる男達を背に、タオローは朗らかに笑った。
「昨日見た感じ、儂一人では手に負えなさそうだったんでな。
質の問題ではなく、数の問題でな……儂一人じゃ、全員教えきれん。故に――」
タオローが軽く手を上げる。その動作を合図にして、男達は一糸乱れぬ統率された動きで姿勢を正し、咆哮した。
『サーイエッサー!』
「うちの道場の若いもんから、教え方の上手い奴を選りすぐってみた。
ざっと……一人当たり4~5人担当できるか。そういう訳じゃ、お前ら。
見どころのありそうな奴、元気が有り余っとる奴、色々おるから……鍛えてモノにしてみせい」
『サーイエッサー!』
何故服装が大陸風なのに受け答えは英語なのか、これがわからない。地球系列出身の綾からすれば突っ込みどころ満載のちぐはぐな集団を前に、生徒達は口々に囁き合い、ざわめいた。
「ま、まさか……老師の一門の、幹部クラスか……!?」
「ああ、あの帯の色は、間違いない……!」
「まさか、老師の一門に教えを乞う機会がくるなんて……!」
どうやら、目の前の集団が学院に来たことは、相当にすごい事らしい。一部の生徒など、感涙にむせんでいる始末である。
「そうじゃのう……無限動力のお嬢ちゃんと、王太子と……ついでにそこのお嬢ちゃん」
タオローは、綾、ターゴ、カミーユの三人を順番に指さして、背後の門弟たちに告げる。
「この三人は、儂が責任もって引き受けよう。後を、お前達に預ける」
殊更、この三人を名指しで集めて見せたタオロー老師の意図は明らかだった。
授業の体を借りた、情報交換の場にするつもりだろう。
『サーイエッサー!!』
グラウンドの空気を震わせる最敬礼に、綾はそうか、と今更気が付いた。
(文化の元になった、転生者が違うんだ……!)
恐らくはタオロー老師が暮らしている地方の礎を築いたのは、アメリカからの転生者か、転移者なのだろう。それ故に、言葉のみが独り歩きして文化の間に根付いているのだ。
大陸風の文化っぽいのに言語だけアメリカ風なのもどうなのか、というちぐはぐさは気になるが……よくよく考えれば、中世ヨーロッパ風の文化体系なのに言語だけ日本語なフラグレアも、よその国の事をどうこう言う筋合いはない。
探せば、中国語にアフリカ文明とか、ドイツ語にインド文明とかそう言った組み合わせの国も、アハトベルンにはあるのかもしれない。
あるいは、言語面で侵略を受けた異世界の文明が、文化面で抵抗した結果が、今の状態なのかもしれなかった。
そして……これは、綾の想像だが。
天然転生者が多数存在するというオープンワールドにおいては、このような文化形態の世界は珍しくもなんともないのだろう。
また一つ、オープンワールドに関して賢くなった綾は、タオローの言葉通りに動こうとして――
「お、お待ちください! タオロー老師!」
そこに、待ったをかける声が上がった。
場の全員……生徒達と、一糸乱れぬ統率で動く門下生たちの視線を一身に受け、胸をそらす声の主は、美しい女性だった。金髪で、縦ロールの髪を隠すことなく誇るその姿に、綾は見覚えがあった。
エリス・マーキュリー。
一連の能力内で、ターゴの許嫁という事にされている少女である。
「……ほいほい。何かな、お嬢さん」
「なにゆえに、カーウァイ連邦でも名高いタオロー老師ともあろうお方が、そのような平民に自ら教えを授けるのか、その辺りを……」
マーキュリーの傲慢な物言いに、門弟たちの一部から殺気が上がり、マーキュリーに息を呑ませた。殺気立つ一部の門弟達に身振りで落ち着く様に示し、タオローはマーキュリーに向き直った。
そのまなざしに、侮蔑や敵意はない。
ただ、強い憐みの色があった。
「いやなに。深い意味はないわい。
単に、儂の都合じゃ。昨日の事もあるでな」
……個人的な依怙贔屓と解釈され、逆効果になるとしか思えない物言いであったが、実態を知っていると、それ以外言いようがないのがわかる。
彼女からすれば、目の敵にしている少女が、王子と一緒に偉大な人物の薫陶を受けようとしているのだから、面白かろうはずがない。その道理はわかるのだが。
何せ、事実をありのままを説明しても、意味がない。王太子なりすまし事件の事態解決の為に話し合いがしたいという真相をそのまま話しても、頓珍漢な内容に変換されてしまうのだから。
どうせ言っても無駄なら、ある程度変換の使用のないストレートな物言いの方がいいとタオローは判断したのだろう。
「し、しかし……!」
「もう、決めた事じゃ……ジェフリー」
「何でしょう、老師」
名前を呼ばれた門弟の一人が、タオローの背後に跪く。
「あの子は、お前に預ける」
「サーイエッサー!」
指示を下され、直立不動に戻り、ジェフリーと呼ばれた男はマーキュリーに向き直った。
「随分と元気のいいお嬢さんですな……あいにくと、カーウァイ連邦には貴族政治など存在しません! どうか、お覚悟を……!」
「いえ、いえ……! そんな、そんな事ではなく……!」
騒ぎながらジェフリーに連行されるマーキュリーを、綾達は言葉もなく見送った。傍から見れば、『悪役令嬢が見る目のある教師に文句をつけるも相手にされず留飲を下げる場面』なのだろう。実際、ギャラリーの中にはあからさまに笑いをこらえている者もちらほら見受けられたが、当事者たちの感想は違った。
その背中にふと疑問がわき、綾は傍らの二人……ターゴとカミーユに問いかけた。
「……あの人、元は、どんな性格の人だったんでしょう? こんな事になる前の為人は……」
「さあ……私もターゴさんも、マーキュリーさんとは縁がなかったので何とも」
「……何を差し置いてもわかるのは」
困ったように首をかしげるカミーユとは対照的に、ターゴは自信をもって断言した。
「正気に返ったら、たぶん頭抱えてのたうち回る事になるんじゃないかな。私みたいに」
「言われたとおり、頭数だけは揃えてみたぞ」
中国武術の太極拳のように、ゆっくりとした動きで生体エネルギーを漲らせる三人に、タオローが朗らかに笑いながら告げた。
「が――役に立つのはおらんな」
「と、おっしゃられますと……」
「何人か……それこそ、ターゴ坊や並みに仕える腕利きを呼んだつもりだったんじゃが、見事に引っかかりおってな。
調査には役立ちそうにもないわい」
言葉の意味を違える者は、この場にはいなかった。即ち、今日ここに居並んだ門下生たちは、魔術学院で起きている現象の調査の為に呼び出されたのであり……
その全てが、敵の能力に影響されて無力化された、という事だ。
「タオロー老師の門下生……超人予備軍も大勢いると聞きますが、それでも……?」
「おうよ。事前に状況はよく言い聞かせておいたのじゃがな……敷地内に入った途端、ターゴ殿下ターゴ殿下と……」
「……と、言う事は……例外になる条件は、単純に、生命エネルギーの総量ではない……?」
「もしくは、相当なハイスペックを要求されるか。なんにせよ、調査は振り出しじゃな」
「そうなりますね」
「ちなみに、儂が許される範囲で学内を歩き回ってみた感じ、特にこれと言った違和感は感じんかったな。まあ、爺一人が歩き回っただけじゃから、意味があったかどうかはわからんがな……」
衆人環視の中で情報交換を行っているにも関わらず、周囲は無反応であった。おそらく、ターゴ達の会話は、それらしい実技のアドバイスやそれに対する返事として変換されているのだろう。
パンチ、キック、チョップと、昨日と同じように綾は繰り返す。昨日と異なるのは、ほんの少し、その速度が上がっていた事だった。
繰り返しながら、綾はタオローに問いを投げかけた。
「っていうか、タオロー老師も、調査に、協力して、くれるん、ですね……!
聞いては、いました、けど……意外、です……!」
「そりゃあ、な。この仕事と引き換えに、魔術学院に潜り込ませてもらったんじゃから、仕事は真面目にせんとな……お嬢ちゃん。少し、脇を締めてみようか」
成程。タオローの中で、一連の事件に対する調査強直は、綾への指導と引き換えの仕事という認識らしい。
「昼食を終えてからは、私とタオロー老師、寺門さんとカミーユさんに別れて学内を捜索する事になります。
表向きは……不慣れな二人を、案内するという風にとりつくろえば、後は勝手に能力が矛盾を埋めてくれるでしょう」
こちらは、スムーズに生体エネルギーを使いこなしながら、流れるような動きで構えを組み替えつつ、ターゴがこれからの予定を確認するように口にする。
「肝心なところが相手の能力任せなのが歯がゆいが……そうするのが早いか。
ままならんもんじゃなあ」
「ええ、全くです」
タオローとターゴ、二人は言葉を交わすと同時にため息をついた。




