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その男はハゲだった  作者: 清河 桂太
魔術学院編
84/89

強制芝居


 色々あった王都からの帰り道……行きとは違い、帰りは馬車を普通に用いた行程となった。アルトエレガンが化けた馬と、ターゴ達が相乗りで用いてきたという馬の二頭立てで、馬車は一路学院への帰途につく。


「オラも最初は、大人しく牢屋に入ろうとしたんだ」


 その荷台の上で、ターゴが綾達に説明を続けていた。


「けれど、門限か近づくにつれて、頭がぼーっとなって……体が勝手に、脱走しちまっただ。王子達の言葉によると、枷を引きちぎって暴れて、正気を完全に失っていたそうだよ」

「引きちぎって暴れるって……周囲への被害は?」


 眉を顰めるアイに答えたのは、カミーユだった。


「そこは、かろうじて残っていた意識で、ターゴさんが最低限に抑えたそうです」

「死人出したら取り返しがつかねがったがら、こっちも必死だったべ。そんでもけが人多数出しちまったんで、校則には従っておいた方がいいって事になっただ」

「……そういえば、カミーユさんはどうやって正気を取り戻したんですか?」


 話に入ってきたカミーユに、綾が話の矛先を向けた。


「王太子がカミーユさんの下り云々言っていた、って事は、何かしら理由があるんじゃ……」

「理由と言っても、想像もつかないんですけどね……私は、途中から、ターゴさんを王太子だとする幻覚……なのか、催眠なのか、まだわかりませんけど、そういうのの影響をうけなくなったんです」


 カミーユは、当時の事を思い出すように、ゆっくりと語りだした。


「最初は、戸惑いましたよ。王太子も含めて、みんなでターゴさんや私を担いでるんじゃないか、って。

 けど、だんだん、怖くなっていって……王子じゃない、って叫ぶターゴさんを無視して、周囲は動いて……虐めにしても、不敬罪に片足を突っ込む内容ですよ? もう、悪い夢でも見ているような気分でした。

 ターゴさんは、確かに、容姿と身分と成績とで良くも悪くも目立っている人ではありましたけど、こんな扱いを受けるいわれはない筈です。

 そんなときに、一人で泣いてるターゴさんを見つけてとっさに……」

「ハンカチを、差し出してくれたんだべ」


 ぽつりと、カミーユん言葉を引き継ぐように、様にターゴが独白する。


「あれは、この状況が始まってから、一週間くらいしてからだっただ。

 泣いても喚いても、ノイズになって周囲には気付かれない中で、あれは……神様に出会った気分だっただぁ。

 ……うれしかっただぁ。柄にもなく、縋りついて泣きわめいただよ」

「それがきっかけで、私達は互いが正気だと気付く事が出来て……王子に引き合わされて、事態を解決するために、一緒に動くことになったんです」

「へぇー、ボーイミーツガールだねえ」

『…………』


 さらっと会話に加わってきた第三者に、一同の視線が集中した。

 そう。馬車の中にいるのは、綾とアイ、闘。ターゴと、カミーユ――そして。


「…………ギャランさん」

「なんだい? 綾ちゃん」

「なんで、ついて、来てるんです?」


 時間がなかったことから先送りにしていた問いを、綾が放った。

 第三者の闖入者であるギャランが、ふっと遠い目をして返答した。


「綾ちゃんを絶対超人にするなという、姐さんからの指示」

「えー……?」


 確かに、別れ際、メルシルパルが涙目でギャランに何かを言伝ていたが。この男、何食わぬ顔でするっと馬車に乗り込んできたのである。押し問答する時間さえ惜しかったので、そのまま発進したが……


「いやね。俺も姐さんも、こんな事したかないんだよ?

 けど、派閥そのものからの指示となると、どうしても強く出れなくてねえ……」

「……超人って、参政権失う買う代わりに、政治的なあれこれからは自由なものだと思ってました」


 寂寥を背負って呟く姿からは、綾が抱いていた超人のイメージとはかけ離れた、俗っぽいものが漂ってくる。


「いやあ、実際問題、超人組合だって人間っていうか、知的生命体の集団だしねえ。

 派閥とか思想の差とかは出てきちゃうもんなんだよ。

 頼むよ綾ちゃん。俺も、この一件に関して、アドバイス位はするからさ」


 両手を合わせて拝み、頼み込むギャラン。神が人を拝むという、よく考えたらなかなかないシチュエーションである。


「まあ、ギャランさんの事は、私がなんとかしよう」


 ギャランの後に言葉を紡いだのは、ターゴであった。

 綾達が驚かされたのは、発言そのものに、ではない。その口調が、初めて会った時に見せた、威厳ある王族のモノへと変わっていたからだ。


「ターゴさん!?」

「……結界内部だ。忌々しいが、これほどわかりやすい判断基準もそうそうない。

 結界内部での私の言動は、勝手に威厳ある王族のモノへと、変換されてしまうからね。

 おかげで、一通りのマナーは身についてしまったよ」

「結界内部って……ここから学院まで、だいぶん距離がありますよ!?」


 思わず馬車から身を乗り出せば、遠く月明かりに照らされた山肌に、ぽつりとつき立つ象牙色の塔が一つ……その大きさは、まだ綾の人差し指程度のものにすぎない。それ程の距離が、未だにあるというのに。


「だが、事実だ。

 ……寺門さん。我々の一件にどう関わるかは、君の判断に一任しよう。

 どんな結果であれ、恨むようなことはしない。これは、王太子殿下も同じだろう」

「えっと……関わらない、っていう選択肢は……」

「無論、可能だよ。君はもともと、この世界に何の案系もない外様な訳だからね」

「…………」


 綾の視線は、自然と彼女が最も頼りにしている人間……草間 闘に向けられる。

 視線に対する対応は、冷淡なものだった。


「もう、言える事は全部話した」

「…………」


 まるで、突き放すかのような物言いだったが、綾はそうではないと理解していた。草間 闘がここで心底こんなセリフが吐けるような冷淡な人物なら、綾との縁をとっくに切って自由な身になっているだろう。

 既に、闘はこの一件に関して、アドバイスらしきものを綾に送っている。

 言葉で、あるいはテキストにつけた付箋で……

 特に、テキストについた付箋。これはきっと、無意味なものではあるまいと、綾は思うのだ。

 その上で、闘は言った。『この一件には関わった方がいい』と。

 わざわざ言葉に出してそんなアドバイスをしたからには、そこにはきっと意味がある。綾は己の直感と……己の信じる、草間 闘という男の善意を、信じた。


「……まあ、もう少しだけ口出ししちゃうとね」


 アルトエレガンが相棒の言葉の足りなさを補うように、口を開いた。馬となって、馬車を引きながら。


「綾ちゃんがここで知らんぷりしたとしても、事態は解決する」

「……へ?」

「いや、もう解決してる。

 推理小説で言う、三つのダニット。フーダニット――誰がやったか、ハウダニット――どうやったか、ホワイダニット――なぜやったか。

 全部突き止めて、坊主……王様に報告してあるんだわ。

 綾ちゃんに前に話したスカートの中云々の話をぶっちぎって、犯人の頭の中を覗いてね。

 下品だけど、こんな大ごと引き起こしてる相手だし」


 馬車内部にいた人間全員が、一斉に息を呑んだ。

 この、得体のしれない事態の全てを、この魔王は把握したうえで既に解決しているというのである。おそらくは、彼自身が保有する卓越した魔術能力を駆使して。

 綾は、以前この魔王自身が語った、超人組合の円卓の選抜基準を思い出していた。


(強くて、便利な奴……!)


 単純戦闘能力だけではない、問題解決能力の高さ。それこそが、円卓に所属するのに必要なもの。

 ただの、おちゃらけた怪物ではない、正真正銘の魔王としての姿を、綾は垣間見た気がした。


「ただ、色々問題があってこれ以上手出しできんのだよ。

 ……このままだと、事件は解決するが、傷口がでかくなる。そうわかっていても、な」

「傷口……ですか?」

「わかりやすくいやあ、ターゴ坊やだな。

 よく考えてもみろよ。このまま犯人が捕まったとして……この坊やはどうあがいても魔術学院で学生続けるのは難しい」

『あ……』


 馬車内部の視線が、ターゴの美貌に集中する。

 言われてみればもっともな話だった。被害者とはいえ、王太子の名を騙ってしまったターゴは、無罪放免では済まされないだろう。ここは、綾が暮らしていた地球系列世界とは違う、王権政治で統治された世界なのだ。

 民主政治では考えられないような、体面の問題で、彼は魔術学院を不名誉な形で追放されるだろう。

 自身にとって不吉な情報を提示されたにも関わらずターゴは動揺する様子がなかった。

 ある程度は覚悟の上なのか、理想の王子様を演じさせようとする干渉によるものなのかは、わからなかったが。


「私からすれば、命が助かるだけで儲けもの、なのですがね」

「ことはお前さんだけじゃない。同じように騙りやらされてる三人も、何らかの形でしわ寄せがいく事になる。

 他にもいくつか、問題になりそうな点を上げていくが……いるか?」

「いえ……言われなくても、わかりました」


 綾は、首を横に振って


「要するに、闘さんが『関わった方がいい』と勧めて、王太子達が何とかしようとしているのは……事態の事後処理、なんですね?」

「そういう事」


 アルトエレガンの首が180度回って、綾の顔を見た。御者席に座っていた闘が、無言で馬体の尻に蹴りを入れて、元に戻すように促す。


「……事件の悪影響を、可能な限り少なくするために、出来る事は多いし、関わる事は綾ちゃんにとってマイナスにはならないと、俺も思う」


 くるりと首を戻しながら、アルトエレガンは言葉を紡いだ。


「何せ、事態は超デリケートだかんね……そういう意味じゃあ、ギャランがついてきたのも歓迎すべきかもな。当事者の意見が聞けるし」

「……そう言われると、なんかすっげえ嫌な予感がするんだけど……」


 唐突に話題を振られ、ギャランが苦虫を嚙み潰したような顔をした。


「……つまり……そういう事、か?

 うわあ、藪蛇じゃねえか……! メルシルパルの姐さん、泣くぞ……」


 一連の話の流れから、『何か』に思い当たったらしく、ギャランの渋面はさらに深いものになっていく。


「……まあ、今決める事でもない。

 本日は、色々とありすぎた。事情の説明は、明日にするべきだろう。

 時間は一晩、十分にある。今日はゆっくりと休んで、明日、私達の話を聞いたうえで、考えてほしい」


 話を結んだターゴの視線の先――王立魔術学院の正門前で、衛兵が槍を構えて立ちふさがった。闘は手綱を操り、馬車の速度を落として、停車させる。


「止まれ! ここは――」

「王立魔術学院の学生だ。門限には間に合っていると思うが」


 槍を構えた衛兵の言葉に、堂々と返すターゴ。王太子という事になっている男の登場に、衛兵は慌てて居住まいを正した。


「……! これは、王太子殿下! 失礼を……」


 そこに、相手を嘲る様な空気は見えず、本心から敬礼をしているように見える。学院関係者の間ですら、徹底してターゴ・サック=王太子だという認識のすり合わせが行われている証拠であった。


「ちょうどいい。諸君。

 この異常な状況を今から証明してみせよう」


 畏まる衛兵を前にターゴは一度魚振り返って宣言した。

 そして、衛兵に向かって言葉を――真実を紡ぐ。


「彼女達とは、王都にいる本物の王太子への報告の際に一緒になってね。

 時間も迫っていたので、ご一緒させてもらったのだよ」

「は――!?」


 嘘偽りのない真相を示した言葉への返答は、


「馬が逃げた!?」


 的外れもいいところな、偽り交じりの代物であった。


「私は王太子ではない。ただの、田舎者のターゴ・サックだ」

「ミス・寺門が借りた馬は、王室の専属調教師が調教した馬ですよ!? それが、逃げるだなんて……」

「学院全体が、妙な催眠魔術の影響で、私を王子だと思い込んでいるに過ぎない。このことは王子も把握していて、関係者を罪に問うつもりはないそうだ」

「……はあ、わかりました。それでは、そのように処分しておきます」

「御覧の有様さ」


 会話と呼べない会話を披露して、ターゴは肩をすくめてみせた。


「推測だが、今の会話は『ミス寺門が出かける際に使っていた馬が逃げたので、私の馬を貸して二頭立てで馬車を引いてきた』という報告にすり替えられているのだろうね」

「いやあの、そもそも、私馬を借りてないんですけど!?」

「借りていた、という風に脳内変換されているのさ」


 綾の反論に、何でもない風に答えるターゴ。絶句する綾の横で、アイが眉をひそめてため口で問うた。


「……それだと馬の頭数が矛盾しにゃい……? こういう所の馬って、きっちり管理されてると思うんだけど、間違ってる?」

「いや、その通りだ。魔術学院の馬は、外出許可と合わせて厳密に管理されている」

「それじゃあ、後々になって資料に矛盾が出てこにゃい?」

「予測だが……彼は仕事が終わるころには、細かい事は忘れてしまうよ。

 王子が馬車で帰ってきた、程度の事しか覚えてないだろう。上司に報告さえしないはずだ。

 今までも、似たような事……事後の書類的な矛盾から催眠を突破しようとして、芝居を何度か試したが、何の変化もなかったからね」


 話には聞いていたが、実際に目の当たりにさせられると凄まじいものがあった。事実、真相に関する対話をしているというのに、衛兵は全て聞こえないかのように――実際、聞こえていないのだろう――馬車の中の人員の頭数を確認している。


「……? こちらの、バンダナをしめたお方は? リストにはありませんが」

「ああ、彼か」


 衛兵の目がギャランに止まり、誰何すると、ターゴが代わりに答えた。


「彼は、ミスターギャラン。ミス寺門が、王都の超人組合から、新しく募った警備の人間だよ」

「な……!?」


 思った以上にストレートな内容の説明であった。案の定絶句する衛兵に、ターゴは嘆息と共に、


「いやなに。君は知らないだろうが……ミス寺門の才能を惜しんだ一部教師が、かなりなりふり構わない勧誘を彼女に行ってね。

 それが原因で、身の危険を感じたらしい。私も、その場面を肉眼で確認したので、言い返せなくてね。それに……」


 言葉の終わり際に、囁く様に衛兵の耳元で説明した。すると、それまでの渋面が嘘のように、明るく朗らかなものとなった。


「そう言う事ならば問題ありません! どうぞ、お通り下さい!」


 門扉を馬車でくぐりながら、ギャランが目を白黒させてターゴに問うた。


「……すげえな、一体どんな魔法使ったんだ?」

「ありのままを。

 ミスターギャランが、ミス寺門のアハトベルン定住を支持する立場にあると言っただけです」

「成程。そう言われちゃあ学院側からすりゃ、拒絶する意味がねえわな……しっかし」


 ギャランは眉をひそめて、言った。


「……末端の衛兵でもああいう対応するあたり、綾ちゃんの囲い込み云々の方針は徹底して学院全体に伝わってんのな」

「……」


 その言葉の内容に、うんざりさせられる綾……ギャランは魔術学院を支持する立場にあるが、それでも口に出さざるをえなかった。




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