好意的な敵
魔術学院の授業は、午前二コマ、午後二コマの計四コマ行われる。学院内で複数行われる授業の中から、自分に見合った授業を選択する、大学でよくある履修方式だ。
午前の授業は『結界の精神作用』、『実技・体術』。午後の授業は、『五感に対する魔術の発展』、『医療分野における魔術応用』というものをそれぞれ選んで履修したのだが、午前の二コマ目、『実技・体術』以外は、綾にとって何ら実りのある内容ではなかった。
ラグルドがあれこれやらかしてきた午前の一コマ目と同じく、午後の三コマ目、四コマ目も惨憺たる内容で……それぞれ別の教授が担当したのだが、二言目には『魔術は素晴らしい』『超人なんて糞』という持論を聞かれてもいないのに展開し、常に綾を意識している始末。
四コマ目など、苦々しく思った王太子が、ラグルドと同じように叱責を喰らわせたほどだ。
綾は、『真面目に授業を受けたい学生さんに、悪い事をしてしまったかも』と罪悪感すら抱いてしまった。
ラグルドだけではなく、全体の傾向として御覧の有様である。学園全体の方針として、綾個人を囲い込みに来ている……ここまでわかりやすく態度に出されると、いっそすがすがしい程だった。
無論のこと、すがすがしい云々は言葉の綾。ここまであからさまに態度に出されては、綾もいい気分はしない。むしろ、このまま学院にい続けてもいいものか、という身の危険さえ感じる。
このまま流されるがままに学生寮にでも入ろうものなら、寝ている間に何をされるか分かったものではない。一刻も早く、魔術的な事に関する専門家……アルトエレガンと合流を果たし、身の安全を確保せねば、安心して眠る事さえできない。
不安はいくつもある。王太子からの呼び出しの真意や、何故カミーユと連名だったのか? 思わせぶりな闘の言葉の意味は……上げたらきりがないくらいには。
ただ、悩んでいても意味がないのも事実。アルトエレガンとの合流が必須である以上、王子の真意やその他諸々は、その時になって改めて確認すればいいのだ。
かくして、綾は魔術学院総務課に外出許可を申請し――若干引き止められはしたが――受理されて王都を目指すことになった。
午後に王都に遊びに行く際は、学園が所有する馬を使っていくのが通例らしいが、綾に馬を乗りこなす技術などありはしないので、裏技を使う事にした。
即ち、馬より早い男――闘に馬車ごと担ぎ上げてもらい、ダッシュで王都に向かう。
ビジュアル面は最悪で、魔術結界も糞もない状態で走るので乗り心地も最悪という方法である。他に選択肢があるなら、そっちを選ぶべきだろう。
綾も最初は、アイに騎手を任せ、相乗りして王都に向かおうとしたのだが……するとどうだろう。呼んでもいないイケメン軍団が、下心丸出しで相乗りを提案してきたではないか。
ああ、この学院は総務部含めて信用しちゃいけないな、と思い知らされた瞬間であった。綾の外出許可申請が、既に学院中に漏れている証拠であった。プライバシーも糞もありゃしない。
一応、伝家の宝刀『ハゲが好き』で切って捨てて断りを入れたのだが……諦める様子は欠片もなかった。下手な移動手段で王都に向かおうものなら、後をつけられることは確実だ。
下心ありありのイケメン軍団を引き連れていくぐらいなら、多少見た目は悪くとも、物理でぶっちぎって引き離したほうがマシというものだ。
かくして、綾は多少のトラブルに見舞われながらも、王都の一角にある酒場――グレイプニルに到着したのだった。
「…………」
超人組合アハトベルン支部 酒場『グレイプニル』。この世界の公用語でそう書かれた看板を見上げた後、店全体を見回す。
なんというか、そこにあったのは、綾の想像をはるかに超えた建築物だった。
スケールが大きい、というのではない。その逆であった。
「……闘さん」
「なんだ?」
「こう言っては、なんですけど……小さくありません? ここ」
そう。綾の目の前にある酒場は、超人組合というオープンワールドの一大組織の支部というには、あまりにも小規模な代物だった。
そりゃあ酒場としてはかなり大きい。外観は、木造の二階建てで、サイズはちょっとした学校の体育館ぐらいは余裕で務まりそうな規模である。
ただ、綾の知る超人組合の本部と比べてしまうと……思い出されるのは、超人虎の穴を出入りする際にちらっと見えた向かい側のビルディング。
比較対象が東京ドームになってしまうのは地球系列世界人の悪い癖だとわかってはいるのだが、綾の中で比較対象としてわかりやすいのが、これ以外にないのだから仕方がない。遠目に見た超人組合の本部は、東京ドームを2~3個縦に重ねたようなボリューム感のある、見上げると首が痛くなりそうな巨大建造物だった。
「これで、超人組合の支部って……」
「綾……アハトベルンはね、所詮田舎、にゃのよ」
戸惑う綾の両肩をぽん、と叩き、アイは遠い目をした。
「これと言った名産もなく、魔法技術も魔方陣を用いたオープンワールド向けじゃにゃい代物……そんにゃところに、大きな支部にゃんて、あっても宝の持ち腐れ、って奴にゃの。悲しい事に。
よその世界の大使館も、アパートメントの一室とか、そういう規模で、赴任者たちにとっては左遷先っていう認識にゃの……その程度の大使館さえ、置いてにゃい世界の方が多いくらい」
「……世の中、厳しいんですね……」
言い合いながら、綾達は両開きのスイングドア……西部劇でよく見るタイプの奴を押し開けて、酒場内部に入った。
超人組合の支部としては小さな、と言ってよかったが、内部は肌に直接照り付けてくるような熱気にあふれていた。
一目見て、綾はこの酒場の大まかなつくりを察した。どうやら、入り口から見て左右半分に別れているらしい。
右半分が、いわば酒場エリア。こちら側は天井まで吹き抜け構造になっており、規則正しく並べられたテーブルに、一目でそうとわかる超人予備軍――骨と皮まで体を絞ったスキンヘッドたちがワイワイと酒を酌み交わしている。
左半分は、カウンターの添えつけられた事務所だ。こちらは二階部分があるらしく、天井が低くなっており、妙な圧迫感を醸し出していた。
闘は、迷うことなくカウンターに向かい、事務員の女性に声をかけた。
「超人組合会員番号9番、草間 闘だ」
告げると、酒場内部の空気が一気に静まり返った。超人組合会員番号9番を名乗るバーコードハゲ……その意味に気づけない者は、この酒場にはいないのだ。
そんな周囲の様子にかまわず、闘は言葉を続ける。
「人……化け物と、待ち合わせをしてる。
会員番号10番、アルトエレガンは来ているか?」
「い、いえ……! いらっしゃって、いませんが」
「そうか……じゃあ、奥の方に席を一つ、とりたい。
空いてるか?」
「VIP席、ですか……それが……あいにく、二つとも……」
怖気づく受付嬢の声を中断させたのは、店の奥から響いてきた声だった。
「相席いいぜ! こっちこっち!」
その声に、闘の肩眉が跳ね上がったのを、綾は見逃さなかった。
声の発生源は、店の最奥に鎮座する丸テーブルのうちの一つである。バンダナをしめて、髪を逆立たせた男が、陽気に手を上げて、手招きをしていた。
「よう! 闘! こっちだってこっち!」
名指しで呼びかけられ、闘は嘆息した。
「……あいつと相席でいい。
アルトエレガン……それと、ターゴ・サック、カミーユ・アルターの二人。そいつらが俺か、寺門綾を訪ねてきたら、案内してくれ」
「は、はい……承りました」
「闘……知り合いにゃの?」
奥の席の男との関係を、アイが問いかける。
「ああ。一応、仕事の同僚って事になる」
「同僚……?」
疑問符をうかべる綾とアイを引き連れて、闘は奥の席――髪を逆立たせた男の元へと向かう。道すがら、探るような緯線の雨が綾達を含めた三人に浴びせられるが、闘はどこ吹く風と言わんばかりに受け流した。人ごみは、特に避けるまでもなく自然に割れて、目的の席まで直進する事が出来た。
この辺りは、有名になってしまったメリットデメリット、という奴だろう。
たどり着いてみると、VIP席らしき席は一つの丸テーブルと、床面に一回り大きな魔方陣が描かれているだけの簡単なつくりだった。おそらく、魔法陣には防音その他の効果が乗っているのだろうが……いつか使った王室御用達の喫茶店の一室と比べると、VIPと呼ぶにはあまりにアレであった。
魔方陣テーブルは二つ並んでいて、一つは、一目で高級とわかる服装に身を包んだ、綾と同年代らしき男女が顔を寄せ合って居心地悪そうにしていた。服装からして貴族なのだろう。超人組合に、何かを頼みに来たVIPなのか……一目では、詳しい事はわからない。
その後ろでは、おそらくVIPの護衛であろう、人間が二人。一人は、ハゲ頭に骨と皮というオーソドックスな超人スタイルの男で、もう一人は筋骨隆々の大男なのだが……なぜか、天井の梁に片手で掴まって、筋トレらしきものをしていた。
(な、何故に筋トレ……)
胸に沸いた疑問を飲み込んで、綾はもう一つ魔方陣テーブル……自分の目的地に目をやった。その丸テーブルには二人の人影が座っていた。
一人は、バンダナをまいて髪を逆立たせた男。服装は、ゆったりとした民族衣装風の上からマントを羽織っている。
もう一人は……
「……!」
綾は、今日一日だけで美少女美青年の類を、飽きるほど見てきた。そう思っていた。
だが、それが誤りであることを、目の前の女性に思い知らされた。
その少女は、神秘的、と言っていいほどに完成された美貌の持ち主であった。彼女の前では、あの王太子でさえかすむのではないか、と思えるほどの。
ゆるくウェーブのかかった金髪は腰のあたりまで伸びて広がって、光を反射せんばかりだ。服装は、純白のぺプロス……ギリシャ神話の登場人物が着るような、体のラインを一枚の布で緩やかに覆う形式のものである。
まるで、彼女が座っている場所だけが、全くの別世界のような、そんな印象をうける美少女であった。
『――聞こえますか』
綾の脳裏に、囁くような声が浮かび上がる。
『――聞こえますか、寺門綾。私は、今、あなたの心に直接語り掛けています』
ゆっくりと、心の奥底に染み渡るような、美しい声であった。
『――超人を目指すことは、よしなさい。あなたはこのまま、アハトベルンに定住するのです。超人などという血まみれの職ではなく、穏やかで平和な魔術師を志しなさい』
その美しい声は、甘く囁く。綾にとって、決して受け入れてはならない事、受け入れられない事を。
それはできない、と声を大にして言い返したかったかが、体が言う事を聞かない。
信じがたい事だが、綾は今、金縛りにあっていた……それも、指一本も動かない強烈な奴に。
『――今なら、宝くじを引いても一等が当たる幸運がおまけでついてきます。何でしたら、美しい男神とお見合いできる権利も一緒につけましょう』
……なんか、ものっそい俗っぽい事まで言い出した。
『――それでも足りないのならば……って、痛い痛い! 主にほっぺが痛ぁい!』
気が付けば、綾の体は自由を取り戻していた。見ると、闘とバンダナの青年の二人が、美少女の両頬に手を伸ばし、思いっきり引っ張っていた。
美少女の頬は柔らかいのか、うにょーんと景気よく伸びていた。
「――もう! 神託中にちょっかい掛けるのはおやめなさい!」
己の頬を弄ぶ二人を振り払い、少女は声を荒げた。が、怒られた側は悪びれることなく開き直った。
「いきなり神託なんて下すお前が悪い」
「つーか、出会い頭に何やってんだよ、姐さん」
丸テーブルの席に座りながら、闘は吐き捨て、バンダナの男は呆れて突っ込みを入れる。
「あ、あの……今の、って」
「あー、気にしなくていいよ、お嬢さん」
呆然とする綾に、バンダナの男はけたけた笑って、
「お嬢さんが受けたのは、単なる神託。
内容は……まあ、想像つくけど、受け止め方はご随意にってね」
「……ギャラクシア! あなたはどっちの味方なのです!?」
「俺はいつだって、かわいい女の子の味方だよ」
美少女に問われ、平然と言い返すバンダナの男。その視線は、綾とアイの間を、見定めるように動いて……
「ふむ」
「あ、あの……?」
バンダナの男は、立ち上がると、綾に向かって微笑みかけた。
「お嬢さん。無限動力だとか、俗っぽい事柄は抜きにして、個人的にお付き合いなどいかがでしょう」
『へ!?』
綾とアイ、二人の喉から出た声が唱和する。
バンダナの男の視線も、体の向きも、全てが綾に向けられており、今のストレートなセリフが綾を目標にしたものなのは明らかだ。
綾は、改めて目の前の男を見た。年のころは二十台といった所か。顔の作りは美青年と言ってよかったが……あいにくと、ただの美青年は今日一日だけでお腹いっぱいなほどに見てきたし、口説かれもした。
それらインフレした美青年たちに比べて、野性味は感じられたが……それだけだ。
綾にとって、青年の申し出には何ら魅力はない。なので、お決まりになった断り文句を並べるだけである。
「すいません。私、男の人はハゲてる位がちょうどいいと思うタイプなので、お断りさせていただきます」
「はげぇっ!?」
さすがにこの断られ方は想定してなかったのか、男はしばし凍り付いてから、肩を落とした。そして、無言で二人の分の椅子を引くと、先に着席していた闘に絡んでいく。
「へいへいへいへい、闘ちゃん、闘ちゃんよぉ。
女なんて欠片も興味ないー、みたいな顔しといて、ちゃっかり女の子ものにしてんじゃないよー」
「ものにした覚えはない。勝手にあいつが言ってるだけだ。
ハゲがいいなら毟ってやるが?」
「遠慮しとく。どうせまた生え変わるしな。
それより二人とも、座りなよ」
「は、はあ……」
面喰いながら、男が引いた席に着席する綾とアイ。二人はとりあえず、気になっていた事を聞くことにした。
「あの、闘さん……」
「なんだ?」
「このお二人は、お知り合いなんですか? 随分、親し気にしてますけど……」
頬を引っ張って見せた美少女と、柄にもなく絡んで見せた男。普段の闘からは考えられない対応である。かなり気安い間柄のようだが……
疑問に対する闘の返答は、衝撃的なものだった。
「男の方は超人組合会員番号6番、ギャラクシア・ロード・オブ・ロード。円卓の同僚。
女の方はメルシルパル。無神地帯担当の女神だ」
「えんっ……!?」
「めがっ……!?」
アイと綾、それぞれが絶句し、二人の顔を凝視する。固まる二人に、闘からさらなる爆弾が投下された。
「この二人の顔は、よく覚えとけ、綾。乙種超人になるんならいやおうなしにかかわる事になる顔だし……
何より、明確に、お前の敵と言える連中だからな」
綾は、一瞬自分が何を言われたのか理解できなかった。
「おいおい、随分な言われようだな」
「そこは、敵ではなく……反対派閥、と言ってほしいものです」
闘の物言いに苦笑いする姿からは敵意など欠片も感じられない。
だが、闘の物言いを、彼らが否定しないのもまた、事実であった。
「じゃあ聞くが――綾の情報をアハトベルンにばらまいたのは、お前らじゃないのか?」
「……!?」
思わず、綾の視線がギャランの相貌に集中する。
闘の言葉が事実なら、綾の置かれた状況の元凶は、前の前にいる男……その所属する派閥、という事になる。
「あ、それは俺らだよ」
綾にとっては重要な意味を持つ疑問に、なんでもない事のようにあっさりとギャランが答えた。
「まあ、その事も併せて、お話しようや……今日の所は、俺の驕りで」




