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その男はハゲだった  作者: 清河 桂太
魔術学院編
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妙なトラブル


 さて、様々なトラブルを内包した実技の授業も終わり、時間は昼食。

 普通なら一息付けるところが、綾に心安らかなる平穏は訪れなかった。

 よくもまあ、これほど取りそろえたものだという様々な種類のイケメンが、共に昼食を、と立て続けに誘いをかけてくる。

 囲い込みの為の、ハニートラップである。ここまであからさまだと、いっそすがすがしいくらいだった。

 それに対する綾の返答は――


「わ、私! 男の人は禿てるくらいがちょうどいいので!」


 だの、


「か、髪型に見解の相違が!」


 だのと、バーコードハゲを盾にして切って捨てる、というものだった。

 断るたびに、傍らのバーコードハゲに刺すような視線と敵意がぶつけられるがお構いなしである。

 最後の一人にお断りを入れて、その背中を見送る綾。当事者にされた闘は、ため息と共にその後頭部にチョップを一発、叩き込んだ。


「あいたっ」

「突っ込みどころは多々あるが、もう少し、何とかならんのか。断り文句」

「だ、だって……」

「これで、明日、連中が揃って頭剃り上げてきたらどうするつもりなんだよ」

「…………」


 言われて思わず、そうなった未来を連想する。

 口説き文句を連投する、バーコードハゲのイケメン軍団……言っちゃあ悪いが、凄まじく笑える絵面であった。


「そこは、心に決めた人が~ぐらいに言っとけばいいのに……」


 アイの方も綾の断り文句はあんまりだと思ったらしく、嘆息と共にダメ出しをした。

 大勢の生徒でにぎわう食堂……王立魔術学院の食堂は、自警団団員寮と同じく、ビュッフェ形式である。とはいえ、種類や品質に関しては自警団団員寮の非ではなく、一般自民の綾からすればTVでしか見た事のないような高級食材がずらりと並ぶ。

 中には、ドラゴンステーキという、ファンタジー世界ならではの高級料理も……思わず、手が伸びそうになったのを、堪えるのに苦労した。

 朝一番の授業の事を考えると、何が仕込まれているか、わかったもんじゃないからだ。

 とはいえ、何も食べないわけにはいかないので……


「闘さん、お願いします」

「…………」


 結局、闘の勘だよりで選んでもらったものを食べる事にした。頭を下げてしばし待っていると、闘が両手に三つの皿を抱え、適当な料理を盛り付けて帰ってきた。

 サラダとパンを中心とした献立であった。綾の好物であり、とってきてほしいとリクエストもしたアッシュブレッドが含まれていないのは……


「やっぱり……?」

「ああ。勘って程のもんでもない。高級食材の類は、全滅だったな」


 やはり、催眠系の毒が仕込まれていたらしい。それも、高級食材や好物のアッシュブレッドを中心にして……! 思わず高級品に手が伸びる、一般ピープルな思考を見抜いた、実に悪辣な罠であった……!

 闘がこう言うのならば、仕方がないとあきらめてサラダを中心としたメニューをたべる事にした。三人は綾を守るように挟んで食堂の席へ座る。

 一般的なメニューとはいえ、やはり貴族向けの高級品ばかり使われているからだろう。普段口にするサラダより、幾分か美味しかった。


「こりゃ、イザーク団長に本格的に報告したほうがいいかもしれにゃいわねえ」


 肉っ気の一切ないメニューに嘆息して、アイは呟いた。魔術学院の綾に対する執着は、イザーク団長の想像をはるかに超えている。まさか、ここまでなりふり構わずに行動してくるとは……


「晩御飯は、外食してもいいって話でしたよね」

「ああ」


 綾は、最初の授業を受けるまで、ラグルド教授に教えられた寮での決まり事を思い出していた。学生寮で決められたような一通りの決まり事に加えて、異質な点が一つ。

 午後の授業が終わってから、消灯の時間までは自由行動が認められており、消灯までに寮に帰ってくるのなら外食も許可されるのだとか。

 まあ、普通に考えて、一流レストランも真っ青な学生食堂を無視して外食するような真似はしないだろうから、有名無実化している決まり事であったが……綾の立場からすると、外食したほうがマシというものである。


「アイさん、この周囲のレストランで、信用できそうなところってあります?」

「……うーん。王都には、あんまり詳しくにゃいのよね……闘とアルトに聞いた方が早くにゃい?」

「王都の方に、超人組合が支部にしてる酒場がある。

 アルトの奴ともそこで合流する予定だ」

「へえ、じゃあ今晩は――」


 食事を勧めながら、これからの予定を話し合う三人。

 綾がうなじに異物感を覚えたのは、闘の言葉に返事をしようとした、そのタイミングだった。思わず後ろを振り向くも、そこには行きかう生徒たちの姿があるのみ。


「……?」


 異物感を取り除こうと、うなじに手を伸ばすと、指先に引っかかる感触。それを引き抜いてみると、そこにあったのは一枚の、四つに折りたたまれた紙きれだった。


「どうしたの? 綾」

「いや……なんか、うなじに……」


 訝しがるアイに、綾は答えながら紙切れを開く。

 そこに書かれていたのは、簡潔なメッセージだった。




『今夜 酒場グレイプニルにて話がしたい

 ターゴ・サック、カミーユ・アルター』




「――!」


 綾を絶句させたのは、メッセージの内容ではなく、メッセージに添えられた、固有名詞の方である。

 王太子と、彼に庇われた少女という、たったそれだけの関係性の筈の、二人の連名が、そこに書かれていた。

 横からそれを除きこんでいたアイも、硬直する。仮にも、一国の王太子が行う呼び出しの方法としては、あまりに……

 闘が横から手を伸ばし、紙片を握りしめた。


「人ごみに紛れて通りすがりざま、お前の襟元にそれを放り込んだのは、その女で間違いない」

「気付いてたんにゃら……」

「放っておいた方がいい気がしてな。勘だ」


 この男が勘と言ったら、それはもはや確定事項である。

 その事をよく知っていた二人は、それ以上の追及をやめざるをえなかった。

 王太子が関わってくる事柄である。アイと綾は、流石に、声を潜めて、


「こ、これ……カミーユさんが勝手に名前を使ってる、って言う事じゃなくて……」

「そんな事で王太子の名前使ったら、下手すりゃ不敬罪ものよ……たかが呼び出しに、命がけの橋渡るにゃんて割にあわにゃいわ。

 囲い込みにしても、連盟にする意味がにゃい。

 闘、あんたの勘、どうにゃの?」

「一通りの事を、言わせてもらえれば」


 こちらは、二人と違い声を潜める様子も見せず、食事を進めながら応じる。


「連名の真意を確かめるにしろ、どうするにしろ。

 この呼び出しには、答えざるをえないところだ」

「な、なんでです?」

「これに書かれてる、酒場の名前」


 酒場グレイプニル、という単語が、二人の脳裏によぎる。


「俺達が、今夜行こうとした酒場と同じ場所――超人組合の支部がある酒場の名前がそれだ」

「な……!?」

「さらに言えば」


 絶句する綾を正面から見据え、闘は言葉をつづけた。


「お前個人としても、この要請には応じておいた方がいい」

「……それは、勘、ですか?」


 ここに至って、綾は一つの事柄を思い出していた。

 魔術学院最初の授業、ターゴ・サック・フラグレアとのファーストコンタクトの時に、闘が口にしていた意味不明なセリフ――


『綾の身柄は、俺が守り切る。それは保証する。

 だが、いま学園内で起こってる、妙なトラブル。

 これに関しては、口出ししかできん。その事を、よく覚えておけ』


 闘の言う、妙な、トラブル。

 その一端が、この呼び出しだというのか……視線で問うも返ってくる返事はにべもない。


「勘って程のもんじゃない。

 ただ、お前っていう人間を把握したうえで、そう判断しただけだ」



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