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その男はハゲだった  作者: 清河 桂太
魔術学院編
81/89

オープンワールドにおける「神様」


「とりあえずドラゴンテールの塊肉お願いします!」

「さて、何処から話したもんかね」


 当てつけとばかりに最高額のメニューを注文されて、ギャランは苦笑しながら言葉を探した。それに対して、綾はジト目で、


「とりあえず、何で私の情報を漏洩したのか、とか、その辺りから聞かせてください……気のせいでなければ、私の身の回りの情報って最重要機密扱いでしたよね?」


 それに対する返答は……色々と、不親切な代物だった。


「そりゃ、しょうがないじゃん。

 神なんて保守的なもんだよ」

「へ?」


 疑問符をうかべる綾の理解を放置して、ギャランはつづけた。


「だって、寿命のスケールが人間と違いすぎるからなあ。

 千年万年、何てのはついこの間。億年兆年でようやく一昔ってスケールで生きてるんだから、昨日今日で生きてる人間の変化に合わせられないのも無理ないだろ? 人間の単位で判断してたら朝令暮改なんてレベルじゃない。

 超人組合に従う事云々でさえ、いまだにぶつくさいう神々がいるんだ。

 そこに、自由に移動できる無限動力なんて――」

「ちょ、ちょちょ! ちょっと待ってください!」


 ギャランの並べる言葉に、軽いパニック状態に陥りながら、待ったをかけて、問いを重ねた。


「そ、その物言いだと、ギャラクシアさんが神々の代弁者、みたいな立ち位置、って事になりませんか!?」

「え?」

「『え?』って!?」

「…………」


 綾の疑問に、ギャランは答えなかった。ただ、何かを求めるかのような視線を、闘の方に投げかける。視線を受けた闘は嘆息して、


「ただでさえ、色々とトラブル続きの所に、この騒ぎだからな。

 今のこいつは、実技が中心でオープンワールドの歴史については棚上げだ。

 お前の事も知らないし、テンペスト事件の事も概要しか知らん」

「ああ、なるほど……つまり、俺らのせいと」


 ようやく、自分の説明が、綾の理解の範疇外であることに気が付いたらしく、ギャランの視線が宙を泳いだ。

 オープンワールドのあれこれを学ぶ機会を、自分達が奪っていると知っただけに、気まずいらしい。


「と、言う事は、だ。テンペスト戦役のあたりから話したほうがいいのかねえ」

「勘弁してくださいギャラクシア」


 女神メルシルパルは、頭を机に打ち付けんばかりに横たえて、うめいた。


「あの事件に関して詳しく話すなら、私は席を外します……!

 私、いまだに夢に見るんですよ!?」

「……との事なので、テンペスト戦役については詳しく説明できないけど、いい?」

「あ、はい……それで、構いませんけど……」


 話の水を向けられて、綾は直前に感じた違和感を口にする。


「戦役、扱いなんですね。ギャラクシアさん」

「ギャラクシア呼ばわりはやめて。ギャランでいいよ。

 ……まあ、そりゃあね。起こった事を考えれば、立派に戦争してたわけだし。

 一部の神々は口先だけ取り繕って、事件扱いしてるけれども、そんなの虚しいだけっしょ」


 陰湿さのかけらもない口調で、ギャランはコーヒーに砂糖を加えていく。


「テンペスト戦役……概要は、知ってるそうだけど」

「はい。神々に、勇者達が復讐した……復讐、しすぎた。そういう事件でしたよね」

「そう、それだ。

 神々が、勇者達を粗略に扱った事で反撃を喰らって、数え切れない数の人間、世界、神が滅ぼされた。

 最終的に、穏健派の勇者と穏健派の神々の間で条約がむすばれて、超人組合のひな形が出来たのは、知ってると思うけど」


 どばどば、と擬音が付きそうなほど大量の砂糖が、ギャランのコーヒーに投入されていく。


「この、超人組合の設立に、神々が関わってるのは、知らないみたいだね」

「は、はい……! 初耳です!」

「まあ、神々からすりゃ、超人組合を放置しておけないのは、当然の理屈だ」


 ほぼほぼ砂糖の泥と化したコーヒーで唇を湿らせながら、ギャランは


「勇者召喚を違法とし、その代わりに戦う勇者の集団……神々からすれば、冗談みたいな話さ。

 言い方は悪くなるが、神々にとって人間は自分達の為に存在する生命体であり、それが神に歯向かうってだけでも大ごとなのに、集団になって戦争を仕掛けてきた。

 お灸をすえりゃあいいと考えて戦って見りゃあ、神側に死者多数。多くの世界が、神ごと滅ぼされる有様。

 穏健派の神々がようやく取り持って終戦を迎えたかと思えば、自分達のしてくることを違法扱いで文句をつけてくる。

 生き残った穏健派以外の神々は思う。冗談じゃない、ってな。

 けど、神々は超人組合を拒絶できなかった。何故か。

 神々の側に、超人組合の設立を防ぐだけの力が、残ってなかったからさ。テンペスト戦役で、神々はズタボロもいい所……いまだに、当時の傷がいえないって神も大勢いるぐらいだからな……精神的なあれこれなら、メルシルパルの姐さんがそれにあたる」


 ちらりと、ギャランの視線が女神に向けられた。耳を抑えていやいやをするメルシルパルの姿から、先ほど感じていた神々しさは欠片も感じられない。


「見ての通り、穏健派の神々の間にも、トラウマ刻み込まれた神々は数多い。

 放置しておいたら、第二第三のテンペスト戦役が起こるかもしれない。けれど、止める力はない……ならばどうするべきか。

 その答えが、発想の転換さ」

「……! そうか……」


 綾は、ギャランの言わんとすることを理解し、口にした。


「止められないなら、運営する側に回ればいい……!

 神々は、超人組合の、スポンサーになったんですね? 制御できるよう、首輪をつければいい……!」

「半分当たり。半分外れだ。

 正解は……スポンサーになった上で、新しく神を作って、そいつを超人として組合に所属させたのさ」


 親指で、自分の胸を指して、ギャランは首肯した。


「そういう意図で作られた、特別製の神……

 ギャラクシア・ロード・オブ・ロード……なんつう中二染みた名前の裏には、そう言った事情があるのさ。

 宇宙の神々を統べる者、故にギャラクシア・ロード・オブ・ロード――それだけの戦闘力を期待して作られた神造神。それが俺さ」

「……あれ?」


 そこまで聞いて、綾は一つの疑問に思い当たった。


「その割に、って言っちゃあ失礼ですけど……超人組合は、超人組合してますよね?」

「ん? あー、言わんとすることはわかる」


 神々を統べる者――そんなお題目通りの戦闘能力を、目の前の男が持っているのなら、この男が説明していた、神々が超人組合の設立を認めるまでの流れに説明がつかない。

 それだけの戦闘能力を持っていたのなら、力で押さえつければいい話なのだ。


「俺がお題目通りの戦闘力持ってるんなら、超人組合なんてとっくの昔に有名無実化してる、って言いたいんだろ?」


 ギャランは、気にした風もなくからからと笑って、


「全然、そんなことないから、安心して」

「は、はあ……」

「もともと、神なんてーのは……あれだ。エルフやドワーフなんて目じゃないくらいの、一世界特化の究極みたいな存在さ。

 よく使われる例えが、魚だな。

 人間が広塩性魚。海水でも淡水でも、自由気ままに生きていける。

 亜人が海水魚。海じゃないと生きていけない。

 で、神や魔族が深海魚。深海じゃあ無敵の力を振るえるけど、それ以外の世界には飛び出しただけで青色吐息……

 ま、ここまで極端じゃないにせよ、自分の世界を飛び出したら万能とは程遠くなるのが神って生命体さ。そんな生命体を、無理やりすべての世界に適応できるように改造した上で最高のスペックを求めた結果――

 器用貧乏の、生きた見本みたいな中途半端な奴が生まれた訳」


 再び、ギャランは自分の胸を親指で指す。

「つまりは、俺だな。

 戦闘能力は超人の中でも上の中……円卓の中じゃ一番弱い自信があるね。円卓のメンバーって言ったら、超人組合でも上の上……その上澄みだけを掬い取ったような集団なんだもの。

 円卓の中に入れるのだって、神々の意図を代表する存在だから、っていう、もっぱらの評判さね」

「ドラゴンテールの塊肉でございます。

 切り分けてお召し上がりください」


 説明を続けるギャランをよそに、給仕がドラゴンテールの塊肉を運んできた。それは、絵に描いたような漫画肉と言うべき物体だった。例えるなら、巨大なドラゴンの尻尾を輪切りにして、そのまま焼いて出したような……幅は三十センチほど、長さは一メートルにも及ぼうかという、巨大な肉の塊だった。皿の隅には、複数のソースが小皿に盛られている。

 無論のこと、単純な火を通すだけ、という料理ではないだろう。これだけの大きさの肉を純粋に火力で焼いたら、中まで火が通らず表面が黒焦げになるし、第一注文から出品までの時間が短すぎる。

 この短時間で作り上げたのなら、何らかの形で魔法が用いられてるとみていいだろう。


 湯気を上げるドラゴンの肉という、普段なら目の色を変える光景が広がっていても、綾は真面目に話を聞いて、ギャランの方に集中していた。


「……それじゃあ、ギャランさんも超人組合の初期メンバーなんです?」

「おうよ。万年6番。年季だけは入ってるよ」

「……あの、私の知ってる円卓メンバー、半分以上二千才オーバーしてるんですけど……ひょっとして円卓って、そういう集団だったりします?」

「偏った人脈してんなあ……」


 呆れるギャランをよそに、闘は運ばれてきたドラゴンテール……その、巨大な塊肉を切り分けながら補足する。


「流石に、二千才以上はその三人で打ち止めだから安心しろ。ほら、お前らの分だ」

「むむ……! ドラゴンステーキ……!」

「こ、この肉が私の月給全部分……!」


 話のさなかに目の前に差し出された誘惑に、綾の中の真面目さが揺らぐ。揺れ動く内心を表すかのように豊かに変わる顔色に、ギャランは笑って食事を促した。


「別に、食べながらでも全然かまわないよ」

「じゃ、じゃあ……遠慮なく、いただきます!」

「ごちになります! 食べきれるかにゃあ……!」

「食べるは表面だけで、骨際は堅くて食用に適さないから、見た目ほどのボリュームはありませんよ」

「まあ、かみ砕けるだけの顎の力があれば美味いんだけどな。珍味って奴さ」

「……地球系列の人は必ず頼みますよね、ドラゴンステーキ。世界によっては、すじっこくて硬いだけの代物なんですけどねえ」


 目を輝かせる綾とアイに、メルシルパルは苦笑いして水を差すようなことを口にした。ギャランはそんなメルシルパルに眉をひそめて、


「けど、ファンタジーを体感する料理って言ったら、これ以上のもんはないだろ?

 水差すような事言うのよせって、姐さん」

「それは確かに、そうですけど……」

「姐さんがドラゴンステーキ嫌いなのは、あれだろ? ドラゴンファイア事件」

「……そうですよ。後始末、大変だったんですからね、あの事件」


 そんな、神様同士のやり取りをよそに、口の中のドラゴンステーキを、飲み下してから、綾がほう、と嘆息した。

 牛肉とも、豚肉とも違う芳醇な油のうまみが、口いっぱいに広がっていく。噛めば噛むほど味が広がる、というよりは、噛んだ端からほろほろと口の中で崩れて、形を残さない。

 メルシルパルはああいったが、少なくともこの世界のドラゴンステーキに関しては、文句なしに高級食材に相応しい味を持っていた。

 食べきれるか不安になるボリュームだったが、この食感、味ならばいくらでも入りそうであった。むしろ、乙女として食べすぎが心配になるくらいだ。


「おいしい……!」

「はは。そういう顔してもらうと、奢り甲斐があるってもんだな」


 砂糖塗れのコーヒーを飲み干して、ギャランは笑ってみせた。


「食べながらでいいから聞いてくれ。

 まあ、そういう訳で、俺は言ってみりゃあ神の意志を代弁する派閥――神様派閥、とでもいうべき派閥の代表な訳だ。

 俺個人の思惑とは別に、派閥として、君の超人入りはやめてほしいなあ、としか言いようがない」

「……それは、やっぱり、保守的な思想からですか……?」


 口内の肉を嚥下してから――口に含んだまま会話するのはどの世界でもマナー違反である――綾は言葉を紡いだ。


「勿論だ。うちの派閥は全体の傾向として、頭が固い奴ばっかりだかんなあ。

 まあ、神って種族の寿命スパン考えたら当然の事じゃあるんだが。

 ガゼロット世界の神なんて、うちの技術が~って悲鳴上げてたしな」

「ガゼロットに神様、いたんですか」

「いたんだよ。ちょっとどころじゃなく傲慢な奴が。

 まあ、そういう思惑があって……」


『――寺門綾! 寺門綾さん! いまなら、神の奇跡三回セットでお得な――痛い痛いほっぺがまた痛い!』


 神託で勧誘をおっぱじめたメルシルパルの頬を、ギャランと闘が引っ張って止めた。


「色々、裏で策動させてもらったって事。君の情報をアハトベルンにばらまいたのは、俺達で間違いない。

 事の機密性云々は……初期の情報漏洩がド派手で、情報の扱いそのものがワンランク下がっちまってねぇ」

「初期の、というと」

「ウーンファース」


 エシャロットの森の事件で知己を得た少女の兄の名が、ギャランの口から飛び出した。そこに、好意的な解釈は一切なされていない。


「とかって言ったっけ。あの事件の中心人物」

「はい……」

「そいつの情報源が、かなり組合の内部に食い込んでてね……しかも、小遣い稼ぎに結構な範囲とつながってたみたいで、何処まで情報が漏洩してるか分かったもんじゃない。

 だから、下手に情報封鎖するよりも、限られた範囲で情報を共有したほうがいい……っていう建前で、俺達が情報を流した。本当の所は、君に、アハトベルンの魔術師に落ち着いてもらう為。

 今回の一件、王室及び魔術学院側に君の存在を教えたのは俺達だが……それ以外は知らんのだよ。ほんとに。

 で、ここに来たのも……ぶっちゃけ、君目当てさ」


 メルシルパルの頬を手放し、ギャランは人差し指を綾に突き付けた。


「君の瞳に乾杯。なんていう、ロマンチックな理由ならよかったんだが……

 君に、乙種超人になられると、派閥として困るから、根回しと説得をしに、俺たち自らが動いた。それだけの話だ。今日俺と姐さんが揃ってここ……支部のVIP席占領してたのも、君が来るだろうって予測立てて、待ち構えてたからなんだよ。

 直接、口頭で説得出来りゃあ、それ以上の事はないからね。

 なあ、お嬢さん。君が、何を思って乙種超人なんてブラック職業を目指してるのかは知らないが――それは、本当に、乙種超人にならなきゃならないような理由なのかい?」


 じっと、まっすぐに綾の目を見つめて、ギャランは問いかけてきた。


「今日一日だけで、耳にタコができるほど言われたともうけど……乙種超人なんて目指すより、この世界で魔術師にでもなった方が、余程平穏で、幸せな生涯を送れるぜ。

 乙種超人って職業は、修羅場も山ほどくぐる羽目になるし、人も大勢殺すことにもなる……世の中の、汚い部分も山ほど拝むことになる。何より、世間様からの扱いは、化け物以外の何物でもない。

 世界によるが、公共機関の使用が禁止されて、石投げられるような扱いだって受けることになる」

「…………」

「嘘だと思うかい? 人間、だれしも君みたいに、怪物の隣で生きていけるほど心が強くない。石を投げられ云々は、超人ならだれもが通る、陳腐な体験談さ」


 ギャランの口から出てきた言葉は、全てが正論で、真摯なものであった。学院の教師たちが口走った超人への偏見ではない、当事者としての真剣な忠告だった。


「逆に、この世界に骨を埋めるって言うんなら、俺達が全力でバックアップする。

 神様からのバックアップだぜ? 魔術師として、成功が約束されたも同然だ」

「ありがとうございます。ギャランさん、メルシルパル様。わざわざ、ご足労していただいて」

「いや、ご足労って程のものでもないけど……」


 だからこそ、綾も、真摯に答えた。


「けど、ダメなんです。

 私は、乙種超人がいいんです。

 乙種超人でなければ、ダメなんです」


 あれから二十日が経とうとしているが――綾はあの情景を思い出さない日はない。

 血に染まる集落。悲鳴、命乞い、哄笑……あの、悪魔のような男が、エシャロットの集落で巻き起こした、決して許してはならない悲劇を。

 あの時、綾は何もできなかった。ただ、震えている事しかできなかった。挙句の果てに、遺された子供達さえも手にかけようとしたあの男を前に、その身を盾にする事しか、出来なかった。

 あれは、全く意味のない行動だった。たったの五秒、時間を稼ぐ事しかできなかった。その五秒さえ、土方マルコシアスという男が、気まぐれの言葉遊びで与えた猶予に過ぎなかった。

 あの時、綾の手に力があったなら。

 体内の無限動力を使いこなし、超人として、あの男を止められる力があったのならば。

 後悔があり、それを晴らすための道筋があるのならば、綾のとる道は一つである。


「だから、ごめんなさい。お二人とも。

 私は、貴方がたの言葉に甘える事は、出来ません」

「……そうかい。残念だ」


 綾の決意が伝わったのか、ギャランは頭を掻き、メルシルパルは無言で嘆息した。

 生半可な言葉や説得では、この決意は動かせない。そう悟ったのだろう。


「君が、乙種超人にこだわっているのはよくわかった。わかったが……はいそうですかとそれを認めるわけにもいかないのが、俺達の立場でね。

 しがらみの多い渡世の義理って事で、ね……勘弁してくれ、とは言わないし、許してくれともいうつもりはない。

 ただ、そういう集団がいる事を把握だけはしてほしい、って所かな」

「……はい……あれ?」


 ドラゴンステーキを小さく切り分けながら、綾はふと思った疑問を口に出す。


「って、言う事は……ギャランさん達は、私を直接どうこうする気はないんですね。

 てっきり、力づくもありなのかと……」

「いや、やらねえよ!? 力づくとか! ……ってか、その言い方からして、直接排除されかかった事、あんの?」

「……はい、まあ……」

「土方だ」


 言葉を濁す綾に対し、闘はストレートに固有名詞を出した。それを聞いたギャランとメルシルパルは、思う所があるらしく、オウム返しにその名を口ずさんだ。


「ひじかた」

「土方……!」

「確かに、あいつの派閥的には……けど、そこまでするか、あの馬鹿……!」

「……ギャランさん達的には、あの男は、ありなんです?」


 何気なく口にした一言。

 それは、綾にとって重要な意味を持つ問だった。この答え如何では、目の前の男達との関係も、色々と変わってくるだろう。


「限りなく、無しよりの有、かな。派閥としては。

 神様も一枚岩じゃねえから、難しいんだこれが」


 空になったコーヒーカップに、直接コーヒー用の砂糖とミルクをがっつり注ぎ込んで、ギャランはしかめっ面をした。


「まず、神ごとに亜人へのスタンスが違うからなぁ。

 亜人大好きって神様もいれば、人間至上主義の神様もいるし、平等主義の神もいれば、バリバリに肩入れする神もいて……」

「そういった神々が、各々の思惑をぶつけ合う派閥が、我等の派閥なのです。

 派閥として、表立って敵対するわけには参りません」

「一部の神様からのウケはいいからねえ、あいつ。現に、ジャパンレスの神様からは聖人認定受けてるし」

「そう……ですか」


 若干の失望を覚えつつ、綾は言葉を飲み込んだ。

 派閥を抜きにすれば、個人的にはどう思うのか――そんな踏み込んだ内容を問うには、綾と彼等の関係性は薄すぎる気がしたのだ。


「……派閥云々抜きにしたら、どうなんだ?」


 そんな綾の意志を、闘が代弁してくれた。

 思わず、綾の視線が跳ね上がって闘の顔に集中した。精悍な相貌は、何一つ揺らぐことなくギャラン達を見据えている。

 ギャランは、砂糖とミルクの混合物を、飲み干してから呟く。


「んなもん、決まってんだろ。

 無しよりの、無しだ。

 エルフのエコテロリスト化に歯止めがかからない以上、ああいう鬼瓦的な役割が必要とされてるのは、理解できる。

 だが、奴は明らかなやりすぎだ」


 対するメルシルパルは、複雑な心境のようだった。遠い、今は届かない何かを見つめるような目をして、ゆるりと言葉を結ぶ。


「……私は、あの子を、子供の頃から知っています。

 私の管轄した世界の出身ですもの。あのように、狂う前の純真だった時代を、よく知っています」

「……! 狂う、前……?」

「元から、あんな子ではなかったのですよ。

 そんな過去を知っている……いえ、あの子の故郷を管轄する神だからこそ、私に、あの子の何かを否定する資格はないのです。

 ごめんなさい、寺門さん」


 メルシルパルの一礼と共に、気まずい沈黙があたりを包み込んだ。

 土方マルコシアスの、狂う前……狂いに狂い切った今しか知らない綾からすれば、想像する事も出来ない領域である。


「……そうは言うが、奴の故郷は無神地帯で、他にも山ほど事案があったんだろう?

 当時の事はそこまで知らんが……キリがないだろう」


 自分の分のドラゴンステーキを切り分けながら、闘が沈黙を破った。

 その中の単語に、聞き覚えのないものを見出して、綾は思わず問うた……最近、脊椎反射で質問する事が多いな、と思いつつ。

 あるいは、現状の話題の気まずさに、話題をそらすため、綾が質問する事を先読みして、闘は言葉を選んだのかもしれない。


「さっきも言ってましたけど、無神地帯……って、何なんですか? 闘さん」

「文字通り、神のいない世界の事だ。

 テンペスト事件の折に、大勢の神が死んだのは知っての通りだが……その際に、神が皆殺しにされた世界の事を指す。

 神の、自分の世界へのかかわり方は、世界毎に異なるが……無神の状態が長く続くと色々と不都合が出てくるのが普通だ。

 そういった不都合をなくすために、無神地帯を一括で管理してる女神が、ここにいるメルシルパル……神の世界でも相当な大物だぞ。こんなでも」

「女神メルシルパルって言ったら、アハトベルンでも有名な女神様よ。

 うちにも、神棚があるわ」


 アイの視線が、神々しさの欠片もない美少女に向けられる。


「まさか、直接お目にかかれるにゃんて思わにゃかったわ」

「でもって、目の前で化けの皮がはがされるとは思わなかった、かな?」

「い、いや……そんにゃ事は……」


 不敬一歩手前のジョークをギャランから飛ばされ、アイの頬がひきつる。対するメルシルパルは、気にした風もなくため息を一つついて、


「別に、失望してくれてもいいんですよ? アイリーンさん……

 正直な話、信者の前で神々しさを保つのも、疲れるんで……」

「え?」

「出会った時の、神々しいオーラ、力んで出してるんです」


 ふん、と一息入れると、ぺかーと、メルシルパルの体から『神々しいオーラ』があふれ出した。その姿は、綾が初見で見とれた時と全く同じものであったが……諸々聞いた後で見ると、受ける印象はだいぶ変わってくる。

 それは、アイも同じだったらしく、乾いた笑いをうかべながら、


「り、力んで保つもんにゃんですか、神々しさって……」

「ぶっちゃけ、神のオーラで精神作用云々の、力押しなんですよね……円卓の皆さんからすれば、子供だましもいい所で……

 それがなくても、円卓の皆さんにはお世話になりっぱなしですし。

 闘さんも言ってましたが、無神地帯って数だけが多くって……私以外にも担当の神はいますが、とてもじゃないですけど対応が追っつかないんです。

 例えば、炎を司る神様がいる世界があるとします。そんな世界で、神がいない状態が続いたらどうなるか、想像がつきますか? 火に関する物理法則が、無茶苦茶になって安定しなくなるんですよ。

 そう言ったあれこれを安定させるのが優先で、それ以外はどうしても後回しになりがちでして……地球系列世界みたいに、放任主義の世界でも、仕事はありますし……

 なので、超次元犯罪が起きた際には、超人組合に頼る事になりがちでして」

「俺とこいつの距離感が近いのも、その関係だ。

 一緒に仕事する機会が多いからな」


 言ってから、闘は大きく切り分けたドラゴンステーキ……その骨際の部分にかじりついた。本来なら食用に適さない部分も、超人の顎ならば気安く食べられる、という事だ。

 咀嚼する闘の説明をギャランが受け継いだ。


「無神地帯ともなると、万全に管理を、とはいかないからね。

 神が万能と言えるのは、自身の世界においてのみ……よその世界を、大量にとなると、どうしても必要最低限、大雑把になっちまうのさ。

 だから、よその世界なら神が直接対応するべき超次元犯罪も、組合に丸投げせざるをえない……それ故に、円卓のメンバーとメルシルパルの姐さんは顔なじみになっちまってるのさ。

 本来は、神の威厳とかの関係でこういう親しみは、持たれちゃまずいんだけどな」

「神様を前にこう言う事を言うのも何ですけど、ままならないもんですね……」

「全くです」


 自身の権威を貶めるような発言にも関わらず、メルシルパルは気にした風もなく笑顔を崩さなかった。


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