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その男はハゲだった  作者: 清河 桂太
魔術学院編
76/89

カミーユ・アルター


「ミス寺門。ちょっといいかな?」


 綾に声が駆けられたのは、散々な結果になった自習の時間が終わり、次の授業を受ける為に移動をしている最中の事だった。

 振り向けば、そこには数人の男達が立っていた。魔術学院の制服を着た男が二人と、ライトメイルを纏った男が二人。ライトメイルの方は、アイと同じようにマナー違反にならない範囲で、常に制服の男達への脅威を警戒している。

 そのいで立ちと態度を見て、どこぞの貴族のお坊ちゃんとその護衛だろうと、アイは辺りを付けた。


「あ、はい……あの、どちら様です?」


 いかに能天気な綾と言えども、先ほど思考誘導をかけられまくった影響か、若干の警戒を態度で示しながら応える。

 それを見た制服の青年は、苦笑をひらめかせて、


「ああ、失礼……私は、アンディ・ボルガードという者だ」

「ロイヤル・サンバイザーという」


 二人とも、黒髪を短く切り上げていたが、その体格は水と油というほどに異なっている。

 アンディ、と名乗った青年は、線は細く肌は白い。

 ロイヤルと名乗った青年は、日焼けした肌にがっしりとした体格の持ち主で、大きめの制服で包んでもなお、自己主張する筋肉が制服を押し上げ、体のラインを晒している。

 それでいて、二人とも、やせぎす、厳ついという特徴はあったものの、美貌と言っていい容姿を誇っていた……のだが、綾の感性にはいまいちピンとこない。

 美男子の究極系ともいえるターゴを見た後なので、どうしても彼が比較対象となってしまい、感覚がマヒしてしまっていた。

 ……まあ、綾の場合は、意中の人の容姿が別ベクトルに突っ切っている、というのが大きいのかもしれないが。


「あ、はい。初めまして、寺門 綾と申します……

 それで、何か、私に用でしょうか?」


 思いつつ、それをおくびにも出さずに、二人に問いかける。


「いや、次の実技までの間、話でも、と思ってね……構わないかな?」

「……いや、まあ……お話くらいなら、構いませんけど……」


 戸惑う綾と対照的に、アイは冷めた目で二人の青年を見ていた。


(早速、来たか――)


 生徒側による、綾という人間に対する囲い込みの第一陣であろう。

 ならば、相手の爵位は……生半可なものではあるまい。

 反応がいまいちな綾に対し、ライトメイルの護衛の一人が、苛立たし気に言い放った。


「口を慎んでいただきたい! ここにおられるのは、公爵家のお歴々でありますぞ!」

「こっ……!?」


 爵位を持つ貴族の中でも、トップランクに位置する人々なのだと、綾の拙い貴族知識でも理解できてしまい、思わず居住まいを正す。


(初手で公爵か……!)


 これは、いきなり大物が出てきたと、アイは身構える。


(けど、ボルガードにサンバイザー、にゃんて公爵家、聞いた事もにゃいけど……

 こんにゃ所で大法螺吹いたら、即不敬罪でとっ捕まるし、嘘ではにゃいはず……私が知らにゃいだけで、有名にゃのかしら)


「こ、公爵家の方々が、私なんかに何の御用でしょうか?」

「私なんか、などと、謙遜はよくありませんな」


 畏まる綾に、ボルガードは苦笑して言ってのけた。


「貴方の体が秘めた才能は、今この国では知らぬ者がいないほどに、有名な話だ」

「…………」

「その才能の身の振り方の事で、少し話が出来ればと思ってね」


 すがすがしいほど開けっ広げに、綾の無限動力目当てだと断言してのけた。あまりに予想外の言葉に、綾の顔が凍り付く。


「おい、ボルガード……」

「ここで、下手にお世辞を並べても意味がないだろう? サンバイザー」


 眉を顰めるサンバイザーに対し、ボルガードは何でもない事のように平然と返した。


「失礼。改めて自己紹介を……

 私の名は、アンディ・ボルガード。この魔術学院の学院長の孫。

 これなるは、我が友ロイヤル・サンバイザー……フラグレア王国騎士団団長の長子です。

 双方、家門の爵位は公爵……以後、お見知りおきを」

「は、はあ……」

「この後、予定はございますか? レディ」

「予定っていうか、次の授業が……」


 次の授業は、屋外で行う身体強化の訓練。超人志望の綾としては絶対に外せない科目である。これに関しては、綾は先ほどのようにサボる気はなく、かなり真剣に取り組むつもりだった。


「成程。超人志望としては、実技に手を抜くつもりはないと。

 しかし、我々としては、実技に手を抜いてもらいたい……もっと言えば、我々の国に永住してもらいたいのですよ……さて、どうしたものか」

「えっと……」


 このボルガードという男、そういう性格なのか、それとも当てつけなのか、かなりズバズバとした物言いをしてきた。これには綾も反応に困ってしまい、縋るような視線をアイ達に向けてくる。


「自己都合優先でいいと思うわよ? 相手も、不愉快みたいだし」

「そりゃあ、不愉快にもなる。

 いや、貴女方が悪いわけではないのは、百も承知だ」


 アイの言葉に、サンバイザーという名の巨漢は表情をゆがめて言い放った。


「だが、学院長からの命令とはいえ、方法問わずに女をものにしろ、だなどと……!

 あの物言いでは、まるで強姦魔だ。騎士をなんだと思っているのか!」

「……と、言う事でして」


 憤懣やるかたなし、という態度の相棒を止めようともせず、ボルガードは肩をすくめた。


「我々としても、お爺様の手前、何もしないわけにもいかず……要するに、アリバイがあればいいのですよ。あなたにアプローチをした、けど失敗をした、という証拠が……」

「……な、成程……中間管理職、みたいな感じですか?」

「まあ、似たようなものですね。見張りもいるので、バックレるのも無理がありますし」


 ある意味とても失礼な綾の例えを、ボルガードは特に咎める事もなく認め、ちらりとおつきの兵士達を見た。

 どうやら、綾を欲する家の方針と、彼ら自身の思惑が、全然かみ合っていないようだ。結果、茶番を演じなければならない、という話の用だった。


「お爺様が、我々に適性のない無茶ぶりをしてきて、困ってしまって……それで、いかがです?」

「え、えっと……それじゃあ、お断りさせていただきます」

「ありがとうございます」

「えっと……それで、いいんですか?」


 学院長――自身の祖父の言いつけを守らなければ、ボルガードの立場がなくなるのではないか、という問だった。

 思わぬ相手方の優しさに、ボルガードは思わず苦笑いを浮かべて、


「お気遣い感謝します、優しいお嬢さん。確かに、貴方を説得できればこれ以上の事はないのでしょうが……レグン教授のやらかしの後に、あまりに欲むき出しでごり押しては、双方が不愉快になるだけでしょう。

 おそらく、レグン教授のあれこれも、お爺様の采配によるものでしょうし……むしろ、私としては貴方に申し訳ない気持ちでいっぱいなのですよ。

 祖父が、どうもご迷惑をかけたようで……」

「い、いえいえ! そんな、滅相も……めっそうも……」

「ある、のでしょうな。

 それでは、失礼いたします。行こう、サンバイザー」


 ボルガードはあくまで紳士的に場を収め、サンバイザーと共にその場を立ち去ろうとした――その時。


「貴方! 自分が何をしたかわかっていますの!?」

「……!」


 怒声が、広大な第一キャンパスの廊下に響き渡った。

 思わず視線を発生源にやれば、綾達からは離れた廊下の端で、そこには向かい合う二人の女性がいた。

 一人は、先ほどの教室内で綾と視線を合わせた少女であり、もう一人は……


『うわ……』


 思わず上げたアイと綾の声がキレいにハモる。

 そこにいたのは、金髪縦ロールに整った大人びた容貌を持ち、真紅のドレスに身を包んだ令嬢であった。綾のイメージする、高慢ちきな貴族令嬢像にぴったりと当てはまる少女がそこにいた。

 アイと綾、二人は顔を寄せ合い、声を潜めて言葉を交わす。


「あ、アイさん……こ、こってこて! こってこての貴族のお嬢様ですよ……!?

 金髪の縦ドリルとか、私、初めて見ました!

 アハトベルンだと、ああいうのが普通だったりするんですか……!?」

「い、いやいやいやいやいやいやいやいや! そんな事にゃいから!

 流石に、あそこまでイメージ通りな子はそうそういにゃいから!」

「あー、彼女は……」


 声を上げた令嬢に覚えがあるのか、ボルガードは説明をしようとして……綾達のいるところにまで、二人の会話が聞こえてきた。


「貴方のような平民が、私にぶつかっておいて、一言の謝罪もしないだなんて!」

「いえ、あの、それは……!

「一体、どういう教育を受けてきたら、そのような――」」

「……ちっ、又か……! ボルガード、ちょっと行ってくる……!」

「サンバイザー……!」


 サンバイザーの方が走り出し、言い争う……否、一方的に少女を詰る金髪縦ロールと、被害者の少女の間に割って入ろうとした……そう、した。しようとして、出来なかった。

 サンバイザーよりも先に、二人の間に割って入る影一つあったからだ。

 黄金色に波打つ髪に、程よく日に焼けた肌。割って入った人影は、まごうことなく、ターゴ・サック・フラグレアその人であった。

 途端、綾達の元まで聞こえていた勢いはどこへやら。金髪縦ロールのお嬢様は遠目で見てもわかりやすい程にしおらしくなり、そそくさとその場を立ち去っていく。黒髪の令嬢に向かって、ターゴが一言二言何かを話しかけて、去っていく令嬢の後を追った。

 そして、後に残されたのは呆然とした黒髪の令嬢……


「……あれは、一体……」

「エリス・マーキュリーですよ。ターゴ殿下の許嫁の。

 家門の爵位は、私達と同じ公爵。今見聞きした通り、気難しい方ですので、どうかミス寺門もお気をつけて」


 綾の疑問に、ボルガードが忠告付きで答えた。

 ターゴに出番をとられ、すごすごと帰ってきたサンバイザーが、吐き捨てるように、


「高慢ちきで、嫌な女だ。世の中の全てが、爵位と宮廷での力関係で出来てると思っていやがる」

「サンバイザー。よさないか」

「あの子にぶつかった云々だって、どうだかな」


 ボルガードに窘められてもなお、サンバイザーは金髪縦ロールに対する不満を止めようとはしない。


「みんなが言ってる事だぜ、ボルガード。

 あんなのと結婚しなきゃならない、王太子に同情する、ってな。俺ならごめんだね。

 一昔前に流行った、悪役令嬢もの、だったか? あれみたいに、婚約破棄したほうがいいんじゃないかって、もっぱらの評判だ」


(あ、この世界にも、やっぱりそういうサブカルあるんだ……)


 思わぬ地球系列世界との共通項を見つけてしまった綾であった。あるいは、地球系列世界で流行っていたものが、この世界に流入したのかもしれない。


「サンバイザー。そうは言っても、貴族間の婚姻は、政治的要因の方がはるかに強い。

 お前の言う、悪役令嬢もののように、王室の許可もなく婚約破棄などすれば……」

「廃嫡もあり得る……か? それこそ、まさに悪役令嬢もの、だな」

「あの……それで、あっちの子は……」

「あっち?」


 首をかしげるサンバイザーに、綾は取り残された少女に視線を向けた。その動作で綾の問いの意味を理解して、サンバイザーは答える。


「ああ、あの子か……マーキューリーの奴と違って、傲慢さなんて欠片もない、平民の子だよ」

「平民……? ここ、平民も入れるんですか?」

「入学資金と、貴族の推薦さえあれば……とはいえ、それ程厳しものではなくて魔術学院は誰にでも門戸を開いていますよ」


 綾が思わず漏らした魔術学院への偏見を、嫌な顔一つせずに訂正していくボルガード。


「領内で見込みがある、とされて貴族の推薦で入学した平民は、この学院でもかなりの数がいます。領地によっては、平民から見込みのある人間を発掘するために、地球系列世界に倣って小学校、なるものを作った場所もあるとか。

 正確には、ミス寺門も彼等と同じくくりになりますよ」

「あ……そうか。私も、イザークさんに……」

「ええ。イザーク・ラムダ殿の推薦でここに入学されていますから。

 彼女は、そんな平民の一人……学力を買われてこの学院に入学した子ですね。

 確か、名前は……カミーユ・アルター」

「カミーユさん……」


 綾は、様々な意味で印象に残った少女の名前を、口に出して脳に刻み込んだ。



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