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その男はハゲだった  作者: 清河 桂太
魔術学院編
74/89

王室からのご招待


「少々、困った事になりました」


 イザークは、自らアルトエレガン達に紅茶を注ぎ、着席を促してから、話題を切り出した。

 そりゃあそうだろうと、と内心で思いつつ、紅茶を味わう闘達。理由がなければ、わざわざ執務室に呼び出したりしないはずであり、この面子を呼び出す理由と言ったら、厄介ごと意外思い浮かばない。


「それは、今朝がたの連中と関係があるのか?」

「あるといえばありますが……まあ、寺門さん関係ではあります」


 自らも紅茶を傾けながら、イザークは言葉を選んでいる様子だった。が、しばらくすると意を決したように状況を告げた。


「……端的に申し上げましょう。

 寺門さんの事情が、王室にバレました」


 王室。

 このディンブルゲンで王室と言えば、一つしか思い当たるところはない……


「えっと、たしか、ディンブルゲンで王室って事は」

「ディンブルゲンはフラグレア王国の領地だ。俺達が散々使ってる、異世界転移用の巨大魔方陣の所有者でもある」


 理解が追い付かない綾に、闘が補足を入れてから紅茶を口に含んだ。


「で、王室はなんて言ってきてんだ? 事が、超人組合……俺が嘴突っ込んでるって理解した上で言ってきてんのか?」


 アルトエレガンという怪物は、アハトベルンという世界では悪い意味で有名人である。四十年前に起きた転生テロを単騎で鎮圧し、テロ組織の実働部隊をせん滅してのけた怪物として、アハトベルンの司法関係者の間では、恐怖と共に語り継がれてきた。

 その化け物が、直に守っている相手に、口出しをしてくるのかと、アルトエレガンはそう問うているのだ。


「アルトエレガン殿の威を借りて、その上で私の威をもってしてもなお、黙る事はありませんでした」


 そこにプラス、王都では公爵でさえ道を譲るとされる、『アハトベルン』勇者の名を使っても、黙る事はなかったと、イザークは答えた。

 その返答に、アルトエレガンは眉をひそめた。


「アハトベルンは、地脈を使ったエネルギー革命のおかげで、エネルギーには困ってなかったはずだが、欲出した奴が出てきたか?」

「欲を出したのは、金銭故ではなく、探求心故にですよ、アルトエレガン殿」

「あー、なるほどね」


 イザークは暗に、今自警団詰め所に押しかけている連中の同類であると、アルトエレガンに答え、一同は得心した。


「つまり、才能がもったいない、っていうあれですか」


 綾が、若干うんざりした口調で呟く。


「『かような異才の持ち主ならば、何故王立魔術学院に入学させぬのか』と魔術通信で国王陛下に叱責されてしまいましたよ」


 肩をすくめるイザークであったが、軽く済ませていい事柄ではないと、綾は気が付いた。

 今の発言が確かなら、綾の身柄を求めているのは――


「この国の、国王陛下が、直々に……!?」

「いや、そんな重くとらえる事じゃないからな、綾ちゃん」


 王権政治に馴染みのない綾は、想像以上の事態に慌てだしたが、アルトエレガンは軽く済ませていた。軽くどころか、王室への経緯を欠片も見せない口調で、


「あー、そうかー……あの坊主ならそういうよなー」

「坊主!?」

「ああ、そうか。寺門さんは知らないのか」


 目を丸くする綾に、イザークは苦笑して、


「この世界は、四十年前のアルトエレガン様による転生テロ被害者の救助がきっかけで、オープンワールド入りしたんです。

 その関係で、王室とは親しいというか……」

「どっかから、俺が死者蘇生までできるって調べた王室が、難産の王妃を助けてくれって頭下げてきてね。で、出産を魔術で手伝って、それ以来の仲だ。

 その時生まれたのが、今の国王。奴に関しちゃ、オムツ変えた事あるぜ俺ぁ」

「見ての通り、ざっくばらんな付き合いなんですよ。

 特に国王陛下に関しては、ミドルネームにまで取り入れられている距離感だ」

「さらに言えば、ここにいるイザーク坊やは、国王陛下の兄貴分として、公私にわたって信頼されてるのさ。息子の名前も、一部流用されたんだったか?」


 そこまで言って、アルトエレガンは、自分が坊やと呼ぶ勇者の存在を、つい最近まで認識していなかった事実に思い当たった。

 いや、存在そのものは知っていたのだが、自分の知り合いだと気付かなかった、というべきか。四十年前の転生テロの際、好き好んで転生先に居残った変わった男の事を、アルトエレガンは前世の方……イソベタカオで記憶していたため、イザーク・ラムダというフルネームでは連想が出来なかったのである。


「……考えて見りゃあ、割とニアミスはしてたんだなあ。

 それで気付かねえとは、間抜けな話だ」

「私の方は、割と頻繁に話題を耳にはしてましたよ。

 てっきり、忘れ去られているか、公私混同を防ぐために避けられているのかと」

「そういう気遣いは、俺ぁしねえよ? バリバリに公私混同するタイプだからな!」


 自慢にもならない事を胸を張って断言するアルトエレガンに、綾は戸惑いつつも問いかけた。


「えっと……重く考える事じゃない、ってどういう……?」

「ああ、ごめんごめん、綾ちゃん。

 要するにな、この国の王様に関しちゃ、俺とイザークでつーかーで通じるから、何とかなるって事と……君の身柄云々は、そんな大事じゃないって事さ」

「え?」

「ようするに」


 紅茶を飲み干して、それまで黙っていた闘がアルトエレガンを指さした。


「この馬鹿の影響で、この国の王様は魔術オタクなんだよ」

「……そこは、研究熱心と……」

「んな言いつくろわなくてもいいぞイザーク坊や。ありゃ、ただの魔術マニアだ」


 苦笑して訂正を加えるイザークの努力を、アルトエレガンが無駄にした。


「最たるものが、『ギャラルホルン』だな。魔術の発展のためつったって、王都の中央にあんなもん普通はおっ建てねえって」

「え? ギャラルホルンって、何か問題あるんですか?」


 綾は素直に問い返した。王権政治に縁のない綾は、ギャラルホルンの存在に違和感を覚えていなかったのだ。様々な世界を駆け巡り、様々な政治形態に理解のある闘とアルトエレガンは、綾の疑問にそれぞれ答えた。


「王城のすぐ近くに、王城よりも巨大な建築物を、周囲の反対を押し切って建てるなんて、普通はしない。

 王城ってのはそのものが国の象徴であり、王城より巨大な建物は、権威が傷つくからな」

「さらにいやあ、もともとあの辺りには職人街があって、それを無理やり立ち退かせたもんだから当時は大バッシングを受けたもんさ……もう一八年も経つのか。いやー、懐かしい」

「今だから、こうして笑い話にできますが」


 話題に乗っかって、イザークも当時の情景を懐かしむように、


「当時は王太子だった国王陛下が、周囲の反対を押し切ってやり始めた事業だったから、『王太子が魔王に洗脳された』なんて言われて……危うく、私の所にアルトエレガン殿の討伐令が下されるところだったんですよ」


 シャレにならない新事実を話し始めた。


「え? 何それ俺ちゃん超初耳」

「そりゃあ、討伐される本人に漏らすような真似はせんでしょう。下されてたら、私とアルトエレガン殿はもっと早くに再会できていたでしょうね。

 敵味方で……まあ、私が一瞬で殺されて終わっていたでしょうが」

「いーや、わからんぞ? 転生スキルってのは、それそのものが特異点だからな」

「おい、話がズレてってるぞ」


 二人だけの世界に没頭しそうだったのを、闘の一声が引き戻した。


「おう、悪い悪い。

 んー、まあ、要するに、魔術マニアが欲出して、人材として綾ちゃんを欲しがってるって話だからな。俺とイザーク坊やで叱りつけりゃあ、黙るって」

「けれども、逆に考えれば渡りに船と言えます」

「うん?」

「え?」

「……どういう意味だ?」


 イザークの言葉に、一同全員の頭に疑問符が浮ぶ。その疑問にこたえるべく、イザークは言葉を並べる。


「いっその事、国王陛下の要請に答える、というのも一つの手です。

 ほとぼりが冷めるまで、王立魔術学院に、寺門さんを入学させるのです」


 王立魔術学院。綾にとっては、初耳な単語が出てきた。


「……すいません、不勉強でわかりません」

「まあ、色々と目まぐるしかったから、無理もありません」


 綾の脊椎反射の問いに対して、イザークは笑顔でさらなる説明をつけ加える。


「王立魔術学院は、国王陛下がアハトベルンの未来を担う人材育成機関として設立された、フラグレア王国首都近郊にある学習施設です。

 主に、貴族の子女を対象にして、幅広い分野の魔術及び魔術を応用した各種技術を教えています」

「まー、要するに、魔術マニアがハッスルして、趣味と実益を兼ねて作った学校だよ」


 アルトエレガンが身もふたもない事を言い、紅茶を飲み干した。


「結構、貴族同士の横の連帯っつーか、政治的な繋がりを作る場としても、役に立ってる。成程。坊主の権威を利用すんのな」


 アルトエレガンは納得した様な様子だったが、その相方は眉をひそめて、


「理に適ってはいる……が、根本的な部分は大丈夫なのか?」

「囲い込みですか。そこはまあ、色々と工夫は必要でしょうが……」

「そこじゃない。綾自身の意志だ」


 肝心要の部分を指摘した。もっともな話である。事が、綾自身の身の振り方に関わってくる以上、当人の自由意思を無視する事は出来ない。


「これは……確かにその通りだ。申し訳ありません、寺門さん、先走ってしまった」


 指摘されるまでその事に気づけず、イザークは反省しきりで、綾に向かって頭を下げた。綾は慌てて、


「い、イザークさん。そんな、謝らなくても……」

「それで、どうする? 綾ちゃん。どっちを選んでも、ある程度はなんとかなるぜ?」

「むむむ」


 アルトエレガンに促され、綾は考え込んだ。

 正直に言えば、魔術学園云々には、興味がある。

 魔術を教える学園。地球系列世界で暮らしてきた綾にとっては完全なる未知の世界であり、ファンタジーを肌で感じるまたとない機会だ。超人を目指す云々抜きで、個人的に行ってみたい、という欲望はあるのだが。

 一方で、ディンブルゲンを離れるという事に対して抵抗があるのも事実だった。

 ディンブルゲン自警団に所属している武術家たちにいろいろ教わって、手ごたえを感じ始めた矢先にこの騒ぎが起きた。可能なら、ディンブルゲンで身体強化を学び続けたいところではあるが……


「ディンブルゲンに残るなら、アルトエレガンさんが、王様を叱りつけて黙らせる、って言う事ですよね? その上で、私への押しかけ師匠達に対応すると」

「そうなるな」

「……それ、王様は確実にいい顔しないですよね?」

「まあ、確実にブー垂れるな」

「へそを曲げられるでしょうな」


 国王への親しみを込めたそれぞれの表現で、アルトエレガンとイザークは国王のリアクションを口にした。


「まあ、綾ちゃんが考えるような、それが原因で俺やイザーク坊やの立場が悪くなるって事はないから安心しなって」

「一方で、王立魔術学院にいくのなら、王様の顔も一応立てられて、押しかけ師匠達も黙らせられると」

「まあ、王立魔術学院に喧嘩を売るような真似、そうそうはしない……と思う」


 アルトエレガンの言葉に勢いがないのは、綾に対して行われた諸々を目撃しているからであった。何せ、綾を弟子にするために早々に催眠毒入りのパンやら、誘拐の下準備やらをやらかしてくれる連中である。王の権威で思いとどまってくれるかは、怪しい所だった。


「自信、ねえなぁ……極まった魔術馬鹿なら、それでも押しかけ師匠しそうなんだよなあ……まあ、そうなったらそうなったで、とっ捕まえりゃあいい話だけど」

「……イザークさん。正直に答えてほしい事があるんですけど」

「なんでしょう、寺門さん」


 少し考えてから、綾はストレートな問いをイザークに投げかけた。


「どっちが楽です?」

「王都に行ってもらった方が、圧倒的に楽ですね」


 イザークも、歯に衣を着せぬストレートで応じた。


「現状……寺門さんがディンブルゲンに在住される状態だと、彼等を取り締まる方法がありません。自警団事務所に魔方陣を仕掛けた黒魔女殿に関しては、物証有の魔術の不正使用で逮捕状が出せますが、それ以外には対処が出来ません。毒入りパンの一件は、耳にしましたが、こちらは誰の仕業か物証がないため、難航するかと。物証、食べられてしまいましたし」


 ジト目で見られて、下手な口笛でごまかすアルトエレガンであった。


「一方で、王立魔術学院に寺門さんが向かわれた場合は……寺門さんの魔術を学ぶ環境は、王室の保証するところになります。

 王立魔術学院で教鞭をとる魔術師たちは、国王自らがスカウトした精鋭であり、それぞれが爵位を保有する貴族でもありますから、身元は保証されています。

 多くの貴族に対して教鞭をとる立場である以上、魔術の実力だけでは測れない要素も必要だという事です。いかに一流の魔術師といえでも、一朝一夕で就職できる場所ではない。そこに押しかけて師匠面するのは、彼等では無理でしょう」

「成程……魔術学院という存在そのものが、防壁になるわけですね」

「そして、メリットはもう二つ、あります。

 一つは王立魔術学院の生徒に対し、今回綾さんに対して行われたような違法行為が発覚した場合、即座に逮捕状が出せます。貴族の子弟達が集う学び舎ですから、その辺りは厳格なのですよ。

 防犯意識もしっかりしていますから、今回のように、毒入りパンなどとてもではありませんが出せません。

 ただし、デメリットもあります。

 まず真っ先に思い浮かぶのは、他ならぬ王立魔術学院側主導の囲い込み……彼等にとっても、寺門さんの才能は喉から手が出るほどに欲しい筈。国王直々にお声がかかる程の逸材……確実に、仕掛けてくるでしょう。

 そして、それは学院側だけではなく、生徒側にも言える」

「え?」


 学院はともかく、生徒と言われて、綾は理解が追い付かなかった。彼女の中で、生徒と言ったら未成年で大人の庇護下にある、というイメージが強かったがゆえに、だ。

 そのイメージは、続くイザークの言葉で一新される事となる。


「わかりませんか? 学院に通う人間は、多くが貴族の子弟……領地に帰れば、将来は領主という人間もいます。

 自分の領地を豊かにするため、国内での発言力を得る為に綾さんの身柄を確保しようと動くでしょう」

「あ……」


 ところ変われば品変わる……世界が変われば、常識も変わるのだ。貴族の子弟ともなれば、ノブレスオブリージュの言葉通り、様々な義務が生じる。その義務に、年齢は関係しない。

 学生と言える年齢で、そのような義務を背負う事など、綾の常識では考えられない事であった。


「つまり、どっちみち囲い込みには要注意、って事ですか……」

「ええ。もちろん、我々もただあなたをそこに放り込むわけではありません。

 護衛に、アイリーン君を付けます」

「アイさんが?」


 ディンブルゲン自警団員の中でも……否、『アハトベルン』世界人の中でも綾が最も親しくして、なおかつ信用している雷獣の名前を出されて、綾の顔が明るくなった。


「そうなったら、俺も警護の名目で張り付かせてもらう」


 さらに後押しするかのように、闘が声を上げた。

 綾の中で、アハトベルン人というくくりの中で一信頼しているのが雷獣のアイなら、超人くくりの中で最も信頼――親愛、と言ってもいいかもしれない――しているのが、このバーコードハゲ、草間 闘であったから、その警護が受けられるとすれば、百人力だ。

 いや、元から綾の警護役として張り付いている以上は当たり前の事なのだが、それでも気の持ちようが違ってくる。

 違ってくるのだが、それでも、綾は嘆息せずにはいられないのだ。


「……私個人の意思としては、このままディンブルゲンで鍛錬を続けたいですけど……それだと各方面に迷惑がかかっちゃうみたいですし……」

「迷惑、というほどの事でもないが、確かにイザーク団長の言う通りにした方が、手間はかからんな」


 闘が紅茶を飲み干してから綾のつぶやきに捕捉を入れる。アルトエレガンは、首を傾げ……否、傾くを通り越してくるりと回転させてから、


「そんな悩むほどの事かい?」

「悩みますよ! だって、話聞いた限りだと、お貴族様がいっぱいいるところじゃないですか! 私、貴族用のマナーとか全然なんですけど!」


 綾はしり込みしている理由の一つを、声を大にして主張した。その内容には、元小市民現勇者であるイザークとしては、大いに共感できるところがあった。

 自分が、綾のような立場だった時の事を思い出し、イザークは嘆息して理解を示した。


「気持ちはわかります。私も、最初は貴族の相手とかガチガチに緊張したものです。

 平成を生きた日本人にお貴族様のご機嫌とれとか、質の悪いジョークですよね」

「ですよね!? ですよね!?

 ちなみに、どうやって慣れたんです? コツを教えてください」

「私の場合は、慣れたというか」


 異世界における貴族対応の先人から示されたのは――


「平民階級出身の勇者、という事で、お目こぼしして頂いただけというか……今考えると胃が痛くなるようなミスを連発してしまっていましたね。

 当時は欠片もそんな事気付いてませんでしたねえ……今の私が、目の前で同じことやられたら、笑顔でキレる自信がありますよ、ハハハ」


 夢も希望もない絶望的なコメントであった。


「ハハハじゃなくて! 私、勇者でも何でもない小娘なんですが!?」


 どうあがいてもマナー違反を笑って許してもらえそうにない立場である。いや、実際問題としては、勇者と同レベルの特例VIPである為お目こぼしを貰える可能性が高いのであるが……そこはそれ、本人の気持ちの問題である。


「そして、メリットはもう一つ、ありますよ。寺門さん。

 ……いろいろあって、棚上げになっている、貴女の転移スキル。その詳細を、魔術学院なら調べる事が出来ます」

「あ……」


 言われて初めて、綾はその存在を思い出した。

 転移スキル――遠くはテンペスト事件の引き金ともなった、地球人が異世界に転移した際に体得する、極めて特殊なスキル群の総称である。

 異世界召喚、異世界転移とは、種類によっては、神をも殺せる領域に達する事があるというそれを求めて、古来より繰り返し行われてきたのだ。これら転移スキルは、魔術とはまた別の――物理法則を無視したとしか思えない法則で動いており、そのメカニズムは2000年の歴史を持つオープンワールドにおいてさえ、全く未解明なブラックボックスとされている。

 そして、それは当然、綾の中にも芽吹いているはずであった。

 なのだが……それがどのようなスキルで、どんな名称なのか、わからない。別に、綾の周囲がうっかりしていた、とかではなく、アハトベルンという世界そのものが、そう言ったスキルの存在を把握するのに不便な世界なのである。

 世界によっては、ステータスオープンの一言で済ませられたり、ステータス等を直接見れるオーブとか便利な道具もあるというのに。この辺りも、アハトベルンという世界がオープンワールドの中で田舎とされる理由なのかもしれなかった。

 しっかりとした魔術機関で、綿密な検査を受けなければ、スキルを把握できない。それが、アハトベルンの物理法則であった。


「そういえば、私にもあったんでしたっけ。スキル」

「ええ。ガゼロットが地球系列世界である以上、何らかのスキルは確実に」


 イザークが肯く。彼はここ最近の騒ぎで、ガゼロット云々の無限動力に至るまでの事情を全て知らされていた。


「スキルかぁ……どんなスキルなんでしょうか……」


 せめてもの現実逃避に、様々なスキルを体得した自分を夢想する綾。イザークのような身体強化で無限動力を効率的に運用する自分……


「ま、どんなスキルにせよハズレって事はないから安心しなよ。

 要は使い方だ」

「ちなみに、アルトエレガンさんの知ってる中で一番すごいスキルって何です?」

「質問がおおざっぱだねえ……そうだな」


 アルトエレガンは、2000年以上生きて培った知識の中から、該当する情報を探り出し、言葉にする。


「『プラモデル』ってスキルで戦闘能力持ちのプラモの軍団作って魔王を袋叩きにしたり、『餡子』ってスキルで、国一つを糖尿病の集団にして滅ぼしたり、『ネットスーパー』で物流破壊して世界一つを経済破綻に追い込んだり」

「物騒なのばっかじゃないですか!」

「2000年生きた魔王の印象に残るもんなんて、物騒に決まってんだろ」


 悲鳴を上げる綾に、闘のごもっともな突っ込みが入った。

 顔を青くして頭を抱える綾の耳に、自警団内部のざわめきが聞こえて――


「ええい! 貴様では話にならん! 本人に直接面談を願いたい!」

「だから! そういうのは午前で締め切られてて――」

「北の大通りで傷害事件発生! 実働部隊の増援願うとの事!」

「イザーク団長に面会を願いたい! 寺門殿の事で話があると――」


 ……聞こえてくる内容の半分以上が、綾関連なのは気のせいだと思いたい。団長の執務室にいて聞こえる音、という事は、現場では結構な騒ぎになっているはずで。


「気のせいでなければ、現在進行形で、トラブルメイカーになっちゃってますよね、私……」

「そうだな」


 これに関しては気配りなど一切せず、事実のみを簡潔に口にする闘。そこに、アルトエレガンからさらなる追い打ちがかかる。


「ちなみに、今現在この団長室に対して、防諜の魔術術式潜り抜けて盗聴してる奴が23人。

 うち三人は直接この室内にテレポートして、綾ちゃんの事確保しようとしてたね。盗聴含めて、俺が全部シャットアウトしたけど」

「乱入しようとした奴らは、現行犯で捕まえられませんか?」

「そういうと思って牢屋に誘導しといたぜ」

「ありがとうございます」


 イザークとアルトエレガンの掛け合いを聞き、もはや、選択肢があるようでない事を思い知らされた。自分がいるだけで周囲の師匠志願者がレミングスよろしく全自動で牢屋に飛び込んでいくなどと、とんだ罰ゲームである。


「……イザークさん。今の話を聞いて、私、覚悟を決めました。

 王立魔術学院、行かせていただきます」

「……心中、お察しします。そして、ありがとうございます」


 綾の中の葛藤を思い、イザークは深々と頭を下げた。


「約束しましょう、寺門さん。貴女がディンブルゲンに戻ってくる頃には、かような騒ぎは二度と起きないようにしておきます。アハトベルンの勇者として、最大限の努力をもって」

「まあ、固く考えなさんな。綾ちゃんの所への押しかけ師匠が落ち着くか、綾ちゃんが必要最低限の技術を体得したら、ディンブルゲンにもどりゃあいいわけだし。

 さて、そうと決まりゃあ、すぐ行動だ。入学の準備が整い次第、王都まで俺が担いで送るぜ」


「え? 担いでって……」


 アルトエレガンの言葉で綾が連想したのは、アルトエレガンが馬車を下から持ち上げて飛行する空の旅……アハトベルンという世界に暮らす中で、二度ほどお世話になった移動方だ。

 おそらくはアルトエレガンが魔術で細工をしているのだろうが、高高度を飛んでるにもかかわらず気圧差のあれこれがなく、のんびり地平線を眺められるので綾自身はかなり気に入っている移動方なのだが……


「……目立ちません? あれ」

「目立って、押しかけ師匠共を引き連れてく必要があるんだよ。カルガモの親子よろしくな」

「……そんな微笑ましいもんじゃないですよね? それ」


 そして入学の準備が整った一週間後。

 寺門綾の身柄は、ディンブルゲンから王立魔術学院の御預りとなり、多くの師匠志願者の望みを絶ち切る事となったのだった。

 なお、空を飛んで王都に向かった際、その微笑ましくないカルガモ親子のような光景が実際に見られたことを、ここに記しておく。



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