師匠の押し売り
自警団団長、イザーク・ラムダがその騒ぎに気付いたのは、執務室の外から聞こえてきたざわめきによってだった。
有事に即座に反応できるよう、イザークの執務室には一切の防音が施されておらず、自警団詰め所内の騒ぎが手に取るようにわかるのだ。
騒めきの音源は、窓の外……自警団員たちが訓練に用いる演習場からである。
「……?」
イザークは、筋骨たくましい肉体を自警団の制服に包んだ、壮年の男であった。日々の激務の心労故か、オールバックにまとめた髪には白髪が目立ち始めている。
その、筋骨たくましい肉体を、窓際に立たせて、中庭の様子を伺う。
はたして、そこにはある意味で想像通りの光景が広がっていた。確かに、事前に演習場を使うかもしれない、とは言われていたのだ。
すなわち、複数の魔術師や武術家に取り囲まれる、バーコードハゲの姿と、それを見物するように出来た、自警団員の人垣……取り囲む側の魔術師武術家は、イザークほどの熟達した戦士ならば一目でわかる程に殺気立っていた。
「じゃあ、改めてゲームの説明をしよう」
取り囲まれたバーコードハゲ――草間 闘は己の頭部に指を突き付けて、言った。
「俺は避けないし防がない。ただ立ってるだけだ。反撃もしない。
お前らが、何らかの方法でおれのこの……髪型を崩せたら、そいつを綾の指南役にしてやるよ」
ああ、これは殺気立って当然だな、と、イザークは苦笑した。
彼を取り囲んでいる面々は、アハトベルンならば知らぬ者のいない有数の魔術師、武術家ばかりだ。それを前にして、暗にハゲ頭さえ何とかできない、と言っているような試験内容では、馬鹿にされていると思われても仕方がない。
実際、馬鹿にしきっているとしか思えない態度であった。一体、何があったのやら……
執務をいったん中断し、執務室を出るのと、演習場から爆音が響いたのは同時だった。
ああ、仕掛ける側は、完全に殺しにかかっているな、と他人事のように思った。
実際他人事だし、欠片の心配もしていなかった。
演習場にたどり着いた時には、もうもうとした土煙があがって、バーコードハゲの姿は見えなくなっていた。なおも足りない、とばかりに魔方陣による光弾が、炎の雨が、武術家たちの放つ生体エネルギーのほとばしりが、それぞれ闘のいるであろう場所に向かって解き放たれていく。
町の一つ二つ、吹き飛ばせそうな魔術武術が荒れ狂っても、周囲に何の被害ももたらさないのは、それより格上の魔術結界の存在故にであろう。
「アルトエレガン殿」
その魔術結界を展開している魔王に、イザークは開口一番に問いかけた。
「何が、どうなっているのです?」
「馬鹿が闘を怒らせたから、プライドズタズタにしようとしてるところだよん」
町を吹き飛ばしかねない攻撃を完全に防ぐ高度な魔方陣を、コンパクトにかつ完璧に制御しながら、魔法陣の担い手は涼しい顔で返答した。
一人、中の様子がうかがえない綾だけが、おろおろと取り乱していた。
「綾、そんなに取り乱さにゃいの。闘なら心配にゃいわよ」
「いや……それに関しては、全然全く、これっぽっちも心配してないっていうか、信頼してますけど……」
訂正、割と平静であった。
「審査条件が、髪型って……さすがに、大丈夫なんでしょうか……」
「あー、そういやあ、綾ちゃんは闘の武術体系、あんまり知らなかったっけか」
アルトエレガンは土煙や爆炎で全く視界が聞かない結界内部を指さして、
「闘の体得してる争神流ってのはオープンワールドじゃあ、有名な武術体系でね。
髪の毛一本に至るまで、常に気を漲らせてる、っていうのがお題目で、あいつはそれを完璧に実践できるんだよ……だから、大して問題ない」
攻撃がやみ、土煙が晴れていく。それに従って、攻撃していた魔術師、武術家たちの顔色がどんどん青くなっていき……
そして再開される攻撃の嵐。爆音、炸裂音、轟音……魔術師武術家たちは、目の前の存在を拒絶するかのように半狂乱になって、研鑽を積んだ魔術を、あるいは鍛錬の末に行きついた武術を闘に向かって叩き込む。
そんな連中の様子を、面白そうに眺めているのは、一人の老人だった。酒の肴にちょうどいい、とばかりに手酌で酒を流し込み……一切、手出しをしようとしない。
そう、この老人。あの場に来ておきながらこの試験に参加していないのである。
「何の騒ぎだよ、こりゃあ」
「あら、ガロード」
「おや、ガロード坊や」
「ガロードさん」
騒音をバックミュージックに三人の間に割って入ってきたのは、三人の顔見知りだった。超人の話題になると早口になる事に定評のある自警団員の、ガロードである。
同量であるアイにとっては若干うんちくが喧しいが頼れる同僚であり、超人志願者でありならがオープンワールドの事に疎い綾にとっては、何か聞けば十倍になって返してくれる頼りになる知恵袋であった。あの事件からこっち、急激に親しくなった現地人の一人である。
「いやあ、綾の教師役の選抜でな。
全員失格って事にしたんだが相手方が納得しなくてなぁ。闘の髪型を変えさせたら勝ちっていうゲームにシフトして、この騒ぎよ」
「なんですかそりゃあ」
アルトエレガンの説明に、ガロードは目を丸くして、
「初手から論外じゃないですか、そんなの」
ある意味、究極のダメ出しをしてのけた。聞きとがめた参加者の何人かが、人が殺せそうな視線を投げかけてくるが、ガロードはあえて無視した。
「言うわね、ガロード。にゃんで論外なの?」
「いや、だってお前……実力云々以前に、知識が足りない。
綾ちゃんの師匠になるって事は、最低でも超人について詳しくないと」
ガロードの視線の先で、もうもうと立ち込める土煙が晴れていく。
「アルトエレガン様の相方のバーコードハゲ、って時点で、顔と名前が一致しなきゃ、問題外だろ。
その上、草間 闘相手にして、髪型を乱したら勝ち? 挑む方がどうかしてる」
土煙が晴れた後に佇むのは、見るも見事なバーコードハゲ……その威風堂々たる姿には、毛ほどの乱れも感じさせない。
人生の全てをささげて研鑽し、竜をも屠れる魔術の粋が、あるいは、たゆまぬ鍛錬の元に、町一つを吹き飛ばす領域まで到達した武が、通用しないという現実が、バーコードハゲの形をしてそこに立ちはだかっていた。
「草間 闘って言ったら、髪型にこだわりのあるバーコードハゲ……
どんな激しい戦いにおいても、その髪型は小動もしない。それゆえについた二つ名が『最強のハゲ』。有名な話だ」
「……綾が目指す者は、これ、だ」
自分自身の胸を親指で突き刺して、闘は真っ青になった挑戦者たちを見回して、断言した。
「お前らは、お呼びじゃない」
エシャロットの森の里の壊滅……ウーンファースという名のエルフが中心となって引き起こそうとした、エルフによるエコテロリズム未遂事件から、十日。
あの日から、綾はディンブルゲン自警団の団員寮に、闘とアルトエレガン共々、住み込んでいた。
無論、宿を借りているだけではない。綾はディンブルゲン自警団の団員達から、超人になる為の基礎的な魔術訓練を受けるという目的があり、闘とアルトエレガンはその護衛である。
「で、追い出された連中はどう? レイロフ」
自警団員でごった返す自警団団員寮の食堂で、アッシュブレッドを齧りながら、アイは隣の同僚に問いかけた。アッシュブレッドの独特の風味が、アイの五感を刺激し、食欲をそそる。自警団団員寮の食事は毎度雑なバイキング形式で、早い者勝ちがルール。
今日の昼食は名店のアッシュブレッドが仕入れられた、という事で、いつもよりも熾烈な競争となったが、アイは何とか勝ち抜いて目的の物を手に入れた。
「全然……あれだけ鼻っ面叩き折られたのに、町から出ていく気配ないよ」
レイロフと呼ばれたエルフは、肩をすくめて
「特に、黒い格好のおばあさん……その界隈じゃあ、黒魔女、なんて呼ばれてるらしいけど、あの人は要注意だ。
オッドアイの奴が、あの婆さんが仕掛けた魔術の仕掛けを、アルトエレガン様のアドバイスで十個くらい、外したってさ。全部瞬間移動の魔方陣だったらしい」
「隙を見て浚う気満々ね……呆れた」
「アルトエレガン様に言われなきゃ、気付けなかったって、悔しがってたよ。御年三百歳の人間らしいし、後継者探しに必死なんだろう」
「有名人にゃの?」
「アハトベルンの魔術を扱うなら、知らぬ者はいないレベルの大偉人なんだと。
人間なのにエルフやフェアリー顔負けの魔術を使いこなして、多くの魔術書を書き記したらしい。知らんけど、親父がそう言ってた」
エルフでありながら、そのたぐいまれなる魔力の全てを身体強化に用いる、自警団有数のグラップラーは、他人事のように嘯いた。
「親父に『エルフなのになんでこの方を知らないんだ』って嘆かれた」
「あー……あんたの親父さん、魔術師だもんねえ」
「まあ、それくらいには凄い婆さんらしい。人間なのに並のエルフより長生きって時点で、気合入ってるしな」
「気合の入れ方間違ってる気がします」
紅茶を両手で抱え込むようにして啜りつつ、綾は嘆息した。綾が選んだのは、アッシュブレッド二つに、野菜のスープだ。
これが、綾自身の自前の才能をもてはやされている、というのならば、多少は天狗になったかもしれないが……注目を浴びているのは、綾の中にある無限動力――エーテルドライブである。
綾の体内……心臓部分に埋め込まれたそれは、もとをただせばエーテルボムという星をも砕く超戦略級の爆弾であり、ガゼロットという地球系列世界が引き起こした諸々の騒動でその存在が発覚した。
そんなとんでもない爆弾、放置しておけないと諸々超人組合が策動した結果、綾は闘とアルトエレガンというけた外れの超人二人と知己を得る事となった。その策動の際に、綾のエーテルボムは雷管を外され、無力化されたのだが……このエーテルボム、雷管を外すとエーテルドライブという無限動力機関に早変わりするという、厄介な性質を持っていた。
ところ変われば品変わる、とはよく言ったものだが、オープンワールドにおいては世界変われば品変わる……世界ごとに異なる物理法則の差によって、Aという世界では万物を切り裂く剣も、Cという世界では鈍らに早変わり。逆もまたしかり。一つの世界で突出した技術は、別の世界では全く役に立たないことが多い。
本来なら、エーテルボムやエーテルドライブも、世界を隔てればうんともすんとも言わないガラクタになり下がる……筈、だったのだが。
「……ほんと、厄介な話ですよねえ」
綾は、最近よくやるようになった手遊び――闘が、綾にオープンワールドの基礎常識を教える際に行ってくれた行為をしつつ、嘆息した。
即ち、掌で袋を作って、その中で魔術を発動……発光させる、という手遊びである。最近、出来るようになった。
「こら、綾。はしたにゃいでしょ」
「あ、すいません、つい……」
食事中の手遊びを叱責され、綾は食事に没頭した。
生体の例外性――生命体の体内でのみ、物理法則は生命体の生まれた世界の物が適応されるという、オープンワールドの基礎常識。これによって、綾は人間爆弾から人間無限動力という、傍で聞いていたら意味不明な経歴の変化を遂げた。綾はエーテルドライブが開発された世界で生を受けた人間であるため、普通ならガラクタになり下がるエーテルドライブも、体内でなら無限動力機関として万全に機能する。
無限動力。使いこなせば無限の魔力及び生命力。どこの世界に行っても引く手あまたの、才能の塊の爆誕である。何なら電極ぶっさして文字通りの人間無限動力として運用するなんて企む奴らがいても、不思議ではない。
さて、降ってわいたこの才能……綾にプラスに働いたかと言われれば、NOと言わざるを得ないだろう。この体質故に、綾は故郷の世界の政府から身柄を拘束されそうになり、危うい所を助け出されているし、その後別件で誘拐と命の危機を一度ずつ体感した。
そして、現在進行形で、綾の悩みの種になっている。
「才能があるのに使わないのはもったいない、なんて余計なお世話ですよ」
今朝がた、白銀の二つ名を持つ魔術師が去り際にはなったセリフを思い出し、綾は不快感を隠し切れずにいた。綾からすれば、好きで得た才能でもないというのに……
普通の人間なら、才能の上に胡坐をかくか調子に乗るところだろう。実際、綾もそうなりかけていた。自分が、選ばれた人間だとひそかに調子に乗って……十日前の事件が起こり、盛大に天狗の鼻を粉砕された。
今の綾に、その手の傲慢は存在しない。
ただ、手に入れた才能を使って、唯一の自由への道……乙種超人への道をまい進するのみである。
「しかし、それだけ才能に恵まれて、目指すのが乙種超人かあ……」
「なんです? レイロフさん」
「いやあ、何」
綾がこの十日で知己を得て親しくなった自警団員の一人であるレイロフは、とても言いにくそうに、
「ガロードの奴に聞いた話だと、乙種超人って物凄いブラック職業だっていうじゃないか……連中みたいに強制するのはともかく、もうちょっと他になんかないのか、とは思う」
「う゛」
図星であった。綾が、二の句が継げなくなるほどには。
何せ、乙種超人と言ったら、大砲で人間砲弾よろしく打ち出されるのが基本的な業務で、住む場所は賃貸からはお断りされ隔離施設のようなものが作られる有様。そのうえ、基本的人権である参政権すらないというドがつくブラックだ。
救いを求めるように、隣で食事をとっていた闘とアルトエレガンに視線を送るも、
「事実だな」
「平の超人は基本使い捨てみたいなもんよ」
と、返答はにべもない。
「ほぼほぼ、俺達が強制しているようなもんだ。他の選択肢をお前がとったとしても、俺は止めんよ」
「――私は、乙種超人がいいんです」
綾の脳裏によぎったのは、総髪のエルフの嗤う姿。状況に流されて、他に選択肢がないから等の、受動的な理由ではない、自己の意志で乙種超人を目指すことになったきっかけ……間違っても、感謝の情など抱きようがないその男への反感をバネに、綾は断言する。
「けど、まだ自衛する自信はないんで警護のほど、よろしくお願いします」
「……自信満々に言う事じゃあねえな。
後、その手にした二個目のアッシュブレッドは食うな」
「え!? なんで……」
「勘って程でもない。変な匂いがする」
闘の言葉に、アルトエレガンは綾が食べようとしたアッシュブレッドを自身のものと取り換え、一口ほおばって、
「うん。催眠誘導系の毒入ってるねこれ」
話題の渦中である綾達の会話に、ひそかに聞き耳を立てて、なおかつアッシュブレッド完食済みの連中が、吹いた。
せき込む周囲の何人かに、闘は呆れて、
「お前らのには入ってねえから、安心しろ」
「催み……!? そんな具体的な毒、あるんです!?」
「パン焼く時に魔方陣と一緒にコネコネすりゃあね。条件付けは難しくない。
このまろみは……魔法に興味を持たせるように誘導するだけか。ま、効果は子供だましだね」
「ってか、アルトさんは大丈夫なんですか!?」
「もちもち。そもそも、普通の毒が効くような体してないさね。化け物だもの」
「って事は――!? ちょ! 配膳係誰!?」
綾がピンポイントに狙われたことに気が付き、アイが血相を変えるも、闘が制した。
「もう逃げてる。追っても無駄だ」
「わかってたんにゃら、にゃんで捕まえにゃかったのよ!」
「追ったら逆効果な気がしてな。勘だ」
「勘かあ」
この男が勘と言ったら、それはもう絶対である。
アイリーンもいい加減、長いとは言えない付き合いの中でその辺りが理解できていたから、深くは突っ込まなかった。
「大方、そちらを追っている隙に綾に接触しようとか、そういう腹積もりだったんだろうがな」
「って事はこの魔術パンは囮かあ……うえ、不味っ! 後味最悪だわこれ!
もうちょっと味に気を配れよ味に!」
おそらく聞いているであろう自体の黒幕に向かい、その計略の失敗を突きつけるように言い放つ闘。その相方は、毒入りパンを齧りながら悲鳴を上げていた。
――綾達にイザーク団長からの呼び出しがかかったのは、そんなやり取りを経て、昼食を終えてからの事である。




