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その男はハゲだった  作者: 清河 桂太
魔術学院編
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押しかけ師匠


 ポニーテールの少女――寺門綾がその空間に入って最初に感じたのは、既視感だった。

 綾が以前、ディンブルゲンの自警団で、アルトエレガンから講義を受けた講堂と、作り自体は全く同じである。舞台を中心に、扇状に広がっていく階段状の座席と椅子……それらに隙間なく着席した人々。いわゆる、階段教室というべき作りだ。

 違うのは、自警団の講堂が多くて百人にも満たない規模だったことに対して、こちらは数千人という大人数が収容できる規模だという事と――

 前回の講義では聴衆側に立っていた綾が、今回は教団側に立つ事になった、という点であった。

 教壇に立った年かさの教師が、目前に1メートルほどの魔方陣を展開し、聴衆に向かって声を張り上げる。


『えー、本日はお日柄もよく……』


 そして続く、えらそうな訓話……聞かされる方からすれば、中身がないも同然の長話。こういった風物詩は、どこの『学校』でも同じだなあ、と綾は心の中で苦笑する。

 勿論、表面には出さない。自分なりにきりっとした顔で、教師から名が呼ばれるのを今か今かと待ち望んでいる。


『……王国の未来を担う者としての自覚をもって……』


 ……待ち望んでいる。


『ノブレスオブリージュと、昔の人は言いました。高貴なる者には義務が生じるという……』


 …………待ち望んでいる。


『であるからして……私が言いたいのは、爵位には義務が付属するという、当たり前のことを、諸君らが忘れていないか、という――』


 ………………待ち、望んでいる。

 長い。

 学園物の風物詩、と割り切ってはいたが、それを差し引いても、話が、やたらと、長い。

 聴衆の席を見回せば、何人かはあくびをかみ殺したり、舟をこいだりと各々の態度でこの拷問のような時間をやり過ごしている。

 少し生徒の様子に注意していれば気付きそうなものだが、壇上の教師はそんな様子もなく長話に熱中している……『すごくためになる話をしている』自分に酔って、生徒を置き去りにするタイプの教師らしい、と綾は察した。


(こんな人に、魔法は教わりたくないなあ……)


 そう思う綾であったが、現実とは無情なものである。今、綾が身に纏っているのは、この王立魔術学院の学生服……地球系列世界の制服を参考にしたというそれは、青いブレザータイプの学生服だった。

 綾は、彼をはじめとした魔法使いに、魔術を学ぶためにこの学園へとやってきたのだから。


『ええー、それでは! 本日より、この学園で、諸君らと共に学び、魔術の研鑽を行う事となった、新しい仲間を紹介したいと思います!』


 ようやくお声がかかり、張りつめていた糸が切れそうになるが、何とか立て直した。促されるままに壇上に立ち、咳ばらいを一つしてから、声を上げる。


『イザーク・ラムダ様の紹介により、当学園へ入学いたしました、寺門 綾と申します!

 不束者ですが、どうぞよろしくお願いします!』


 イザーク・ラムダ。アハトベルンでは知らぬ者のいない、偉大な勇者の名前が出てきたことで、静まり返っていた講堂内部がざわついた。

 『アハトベルン』フラグレア王国王都に存在する、王立魔法学院の大講堂での一幕であった。


(どうして、こんな事になっちゃったんだろう……)


 一礼し、生徒達の拍手に包まれながら、綾は自身がここに来ることになった事の顛末を思い出していた。






 事の発端は、一週間前――アハトベルン有数の大都市であり、亜人都市の二つ名で知られる、ディンブルゲンでの事。

 自警団中央詰所の階段教室。アルトエレガンがかつて教鞭をとった場所に十数人の客人……と言っていいかはわからないが、押しかけてきた人々が詰め込まれていた

 ある者は、黒一色とのローブに身を包んだ老婆。ある者は白地に金刺繍を施された豪奢なマントを羽織った端正な顔の作りをした中年男性。ある者は、大陸風の衣装に身を包み、現在進行形で酒を飲んでいる老人……何処をどう見ても共通点の見えない、カオスな面々であった。

 その、カオスな面々に対し、ディスターニャ――アハトベルンでも名高い高級紅茶を配膳しながら、自警団員アイリーン・ストラフォスは、冷や汗を流していた。

 彼女は、このカオスな面々に、一つの共通点を見出していたのだ。

 雷獣……掌に発電する肉球を持ち、高い身体能力を兼ね備えた純粋な戦闘種族と、人間のハーフとしての嗅覚が、嗅ぎ取っていた。


(強い)


 どいつもこいつも、ディンブルゲン自警団最強クラスのアイリーンを、問題にしないような戦闘能力の持ち主だと、雷獣として、自警団員として培った戦闘勘が囁いてくる。

 特に一番問題なのが、酒をかっ喰らっている老人だ。


(団長と同じ……いや、それでも難しいか?)


 自身が知る中でも、自警団最強の戦闘能力者である、イザーク・ラムダと比肩しかねない隙のなさであった。酔っぱらってなお、その存在感は揺るがない。いや、酔っぱらっているからこそ、存在感が強いのか。

 周りも老人の存在感に気圧されているのだろう。老人に近づこうともせず、周囲にぽっかりと無人の空間が出来上がっていた。

 アイの視線に気が付いたのか、老人は手酌をやめようともせず会釈して、


「わしはいらんぞい。これがあるからな」


 からからと、紅茶の配膳を断った。

 アイの一挙手一投足を、油断のない目で見据えながら。その視線に、寒気を覚えずにはいられない。


(怖い怖い)


 おそらく、老人がその気なら、アイは一瞬でなぎ倒されていた事だろう。

 ぴりぴりと、張りつめた空気がアイの肌を刺激する。紅茶の配膳役に、普段その役目を担っている事務員ではなく、アイリーンが指名された理由が、この空気であった。


(この場で殺し会いでもおっぱじめるつもりか、あんた等)


 そう、声を大にして言いたくなるほど、この場に集った面子は緊張感を漂わせていた。まるで、周りの人間すべて敵と言わんばかりの態度である。


(ま、ある意味でその通りにゃんだろうけどさ)


 周囲全てが敵。道理である。

 何故なら、今日この場に集った者達の目的は、ただ一つ。

 ――人間無限動力、寺門 綾の師匠にならんと、呼んでもいないのに立候補してきたお歴々なのだから。


「ど、どうでした……?」


 問題の中心人物である綾は、廊下で待機していた。茶を配り終えて講堂から出てきたアイに、内部の様子を問う。アイはにっこりと笑顔を返して――


「もう、バチバチよ。お互いライバル意識むき出しで、今にもおっぱじめそうなくらい」

「うわー……!」

「これ、貰うぜ」

「あ、こらアルト――!」


 余った酒飲みの分の紅茶を、ひょいと摘まみ上げたのは、人外の化け物であった。

 いや、人外というくくりなら亜人都市ディンブルゲンでは珍しくとも何ともないのだが、こいつは人外のベクトルが違う。

 のっぺりとした漆黒の肌に、頭部はくちばし状の甲殻に覆われ、顔の上半分はうかがえない。後頭部からは羊の角と山羊の角が生えて、背中には蝙蝠の羽根に、臀部からひょりりと細長い尻尾。

 絵物語に出てきそうな、典型的な化け物であった。魔王アルトエレガンと呼ばれる、この都市ではちょっとした有名人であり、アイにとっては気安く話しかけやすい顔なじみであった。


「もう、そういうのは、返事を待ってから飲みにゃさいにゃ。

 私が後で飲もうと思ってたのに、全く……」

「あー、すまんすまん。しっかし、呼ばれてもないのによくもまあ、集まったもんだなあ……どうするよ、闘」


 ディスターニャを音もなくすすりながら、アルトエレガンは壁際に座る自身の相棒に意見を求めた。

 壁際に座るその男は、ハゲていた。

 それもただのハゲではない。絵にかいたような見事なバーコードハゲである。

 年齢は、髪型のせいで老けて見えるが20代前半。Tシャツにジーパンの上から、直接トレンチコートを羽織るという奇異な格好をしていた。

 彼は、草間 闘という名の、超人である。


「是非もない。俺が面接して、終わりだ」


 重厚感のある低音で、手短に答える。そんな彼に、アイは手にした書類をひらひらとアピールして、


「資料とか、いる?」

「いらん。勘で決める」


 この男が「勘」といいだしたら、もはやそれは確定である。

 その勘を信頼していた一同は、言葉もなく全権を一任する事にした。


「綾。アルト。ついてこい」

「あっ……は、はい……!」

「へーい」


 話題の人物である綾と、自身の相方に一声かけると、二人を連れ立って講堂に踏み込む。

 途端、内部にいる人間達の視線が、闘と綾、アルトエレガンに集中する。


「…………」

「ひっ……!?」


 緊迫した空気の中に突如放り込まれ、下手な口笛を吹いて余裕を晒すアルトエレガンと対照的に、身を縮こませる綾……闘の肩を持つと、その身を盾にするように後ろに回り込んだ。

 盾にされた闘は、周囲を一瞥すると、短く結論を口にした。


「――全員失格」


 実内に張りつめていた空気が、緩んだ。

 全員の目が、点になったからである。闘を盾にした、綾も含めて。


「そういう訳だ。茶を飲み終わったら帰れ。

 行くぞ、綾」

「ちょ、ちょっと待て……待て待て待て待て!」


 綾を伴い講堂を出ようとした闘に、豪奢なマントを羽織った壮年の男が、慌てて待ったをかけた。


「いきなり出てくるなり、何なんだ!? 何者だ、貴様は!?」

「……その疑問が出てくる時点で、答えを言ってるようなもんだがな」


 綾の体を先に講堂から出るように仕向け、綾と講堂内の面々の間に立ちはだかるように立ち止まってから、闘は返事を返した。


「俺は今、お前達を審査にかけた。その審査に、お前たちは全員落ちた。

 そう言う事だ」

「白銀の、落ち着きな。それは、なんとなく予想がつくけどね」


 豪奢なマントの男を嗜めて――白銀、というのが彼の二つ名らしい――黒衣の老婆が口を開く。


「……一体、何をもって不合格、としたのか……その判断基準くらいは教えてほしいもんだね」

「そこの酒飲み爺以外は論外。その酒飲み爺も下心が見え見えだからだよ」


 唯一論外ではない扱いを受けた酒飲み爺――酒を飲んでいた老人は、おやおやと目を見開いて、


「こんな爺の役立たずを前にして、よくもまあそんな理由が吐けるのう。草間殿」

「下の話じゃねえ。着眼点の話だ」


 わかっていて話題をそらそうとする酒飲みだけではなく、室内に集った魔術師全員に対して闘は告げた。


「お前ら全員、何処から綾の事を聞きつけたのかは知らねえが――

 綾がなりたいのは、『超人』だ。『魔法使い』や『武術家』じゃない」

「何を馬鹿な……」


 白銀、と呼ばれた壮年の男は、闘の物言いを鼻で笑って、


「我等は、いわばそれを防ぎに来たのだ。

 無限の魔力……それを、たかが超人に費やすなど、才能の無駄遣いもいい所だ」

「…………」


 綾の意志を完全無視したその発言に、闘の肩眉がはね上がったのきづけたのは、アルトエレガンと、酒飲みの老人だけだった。


「その少女には、その才能を正しく伸ばせるすぐれた師が必要だ。そうだろう?」


 自らがそうだ、といわんばかりの傲岸不遜な態度の白銀を前に、闘は動かない。

 が、アルトエレガンはその気配に不穏なものを感じたらしく、


「へ、へいへいへーい。闘ちゃーん? 落ち着けって、な?」

「俺は落ち着いてる。

 俺に言わせりゃあ――」


 自分を諫める言葉を軽く受け流しつつ、室内の人間達を睥睨し、


「たかが『アハトベルン』程度の王様にする方が、才能の無駄遣いだと思うがね」

「何……!?」


 白銀の態度に負けないくらいに傲慢かつ辛辣な言葉をぶつけて見せた。

 『アハトベルン』とは、今綾達がいるこの世界の名称であり、一万以上あるオープンワールド……互いの世界を認識し、異世界間を行き来する世界間コミュニティの一つである。

 そう、この世界は一万あるうちの世界の一つに過ぎず……ぶっちゃけた話をしてしまえば、オープンワールド全体から見ればこれと言った名産もない、ド田舎もいい所というのが、世間様一般からの認識だ。

 つまり、闘の発言は『お前ら程度の田舎者が偉そうな口を叩くな』という意味を持ってくるのだ。

 案の定、室内の人間は例外なく殺気立ち、その視線を闘に集中させる。

 対する闘は、講堂内に満ちた殺意をそよ風のように受け流しつつ、言葉をつないで見せた。


「だが、確かに俺程度の言葉じゃあ、納得できまい。そこで一つ、ゲームをしよう」



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