土方マルコシアスの誕生
独房で過ごす時間を、マルコは無為に過ごしたわけではなかった。
気組みを用いた自己鍛錬を欠かさず行い、力が衰えないように心掛けた。購入した木刀を構え、平晴眼の構えを熟達させていく。
鍛錬だけではない、知識もどん欲に集めた。もっとも、それらは多分に、趣味の領域ではあったのだが……西は魔術の書から、学術書、東は新選組関連の娯楽小説まで、マルコは地球系列の書物を雑多に読み漁った。
マルコの元に、その来客が訪れたのは、五十年程懲役が過ぎたころだった。
車いすで面接室に現れた人間が何者か――マルコは、一目見て分かった。
「平助……! 平助か!?」
「やあ、円子……久しぶりだなぁ」
しわがれた声で、新選組の魁だった男――藤堂平助は同胞との再会を懐かしんだ。
五十余年ぶりの再会だった。
車いすの主が友好的なのに対して、車いすの押手は正反対の態度をとった。嫌悪感を隠そうともせず、舌打ちして……
「平助おじさん……! なんで、こんな悪魔に……!」
「ああ、わかってる。わかってるよ、お前がこいつを嫌いな事は……だが……
いや、言っても始まらないか……長話になる。
だから、お前は、外で待っていなさい」
「わかりました……お気をつけて……!」
それだけで人を殺せそうな目でマルコを一瞥してから、若者は足音荒く面接室を出る。
その若者の顔に、マルコは懐かしい友人の面影を見た。
「面影があるな……山南さんの?」
「ああ……山南さんの、お孫さんだよ……山南さんは、今、床に臥せっててここに来れる状態じゃあない。
お前の事は、よく言い聞かせているんだがなあ」
「悪魔扱いとは恐れ入った。だが、いい事じゃないか……まっすぐな青年だという証だよ」
「お前はまた、そういう露悪的な事を……」
「事実だ。君達あの世界の生き残りにとって、俺は悪魔も同然だろう。
……本当に、久しぶりだな」
「ああ、そうだな……儂は、年をとった。お前は、あの時のままなのだな」
「エルフだからな」
自分自身への嫌悪感を露骨に出して吐き捨てるマルコに、藤堂は双眸に涙をにじませた。
「本当に……あの時、殺してやれなくて、すまなかったな……円子……」
「よしてくれ。俺は俺で、新しい生き方を見据えつつあるんだ。そんな謝り方をされたら、話題に困るだろ」
「新しい、生き方か」
「ああ。俺は、超人組合に入ろうと思っている」
超人組合。マルコがそこに入る事が何を意味するかは、容易に想像がついた。
「エルフを、殺すのか、円子」
「ああ、殺すさ。最後の一匹に至るまで殺しつくす。
エルフを絶滅させてから、一人腹でも切るさ」
「腹を……」
「新選組局中法度」
切腹というワードに反応した藤堂に、マルコは己の根拠を提示した。
「士道ニ背キ間敷事――あの戦いで、女子供まで手にかけたんだ。
士道不覚悟もいい所だろう」
「円子……」
「いや、そもそも……今の俺に、新選組を名乗る資格があるのかどうか……壬生浪でさえ恐れ多い。
今の俺を近藤さんが見たら、大いに嘆くんだろうなあ」
自らも眦に涙をうかべて、マルコは過去を思い返す……彼にとって、新選組で近藤達と駆け抜けた四年の月日は、それまで培ってきた年月全てを塗りつぶす程に、輝かしいものであった。
故にこそ。
「だが、腹を裂くのは最後だ。すべてのエルフを殺し、エルフを絶滅させてからだ。
そうでなければ、俺は終わらん。終われんのだよ、平助」
「……そう、か……」
藤堂は、そんなマルコの姿を見て、憐憫の情を感じずにはいられなかった。エルフが持つ長寿は、多くの種族がうらやむところではあるが……藤堂は、マルコにその種の憧憬は欠片も抱けない。
長すぎる人生は、この男にとって拷問の種にしかならないだろう。この男は、誰かに殺してもらうか、寿命でくたばるか……どの道死ぬまで、エルフを殺すためだけの機械になり果ててしまった。
「お前は、長生きして……長い人生で、その生き方を貫くつもりなのか……」
「貫くさ。それしかできん」
自分に嘘をつけない生真面目さは、何一つ変わっていないのに。
ただの一つ、歯車が狂っただけで、マルコはこの通りの有様になった。
「……正直に言うよ。今日、儂は、超人組合の連中に頼まれてやってきたんだ」
「超人組合の?」
「親亜人派閥の奴らに、お前の説得を頼まれたんだ」
反亜人派閥の戦力増強を嫌った勢力の差し金だと、藤堂は素直に告白した。
これは、マルコにも薄々想像はついていた。極秘裁判で存在そのものが禁忌となりつつあるマルコとの面会は、関係者とはいえ今は一般人にすぎない藤堂では、申し込んでも断られるだけだ。
何かの力が働かなければ、面会さえできない。それが、今のマルコだった。
「だが、無理だな。お前は、どうしようもない。
もう、止まらないし、止まれない……そうだろう?」
「ああ、その通りだ」
「なら、儂も止めんよ……正直、話を持ってこられた時から、むかっ腹が立っていたんだ。
エルフに故郷を滅ぼされた人間に、どうしてそんな事が言えるのか……
超人組合の庇護下で暮らしてる関係で、断れないのがなお腹立たしい」
「日本は、今どうなっているんだ?」
「相変わらずの、殺人黴天国さ。虫けら一匹いやしない……」
そこからは、雑談になった。
マルコ側は、牢獄内での工夫した気組みの振る舞いや、購入した新選組関連の書物への駄目だし等。
藤堂の方は、あの戦争が終わってからの近況報告だ。
御陵衛士や高台寺月真院の近くに住んでいた事で、治療が間に合ったあの世界の日本の生き残りが、超人組合の紹介で、別の地球系列世界に移住した事。
あの地球系列世界が『ジャパンレス』という名前でオープンワールドに参加した事。
日本大陸は殺人黴の繁殖で手が付けられず、立ち入り禁止区域に指定されている事。
山南と明里の祝言、藤堂の別世界の人間との結婚……出産から、育児に至るまで。
後半は、もはや一方的に騙り続ける藤堂に対して、マルコは聞き手役に徹していた。
五十年.エルフにとってはさほどではない時間だが、人間にとっては老いて朽ちるには十分な時間であった。話したい事、教えたい事は山ほどあったのだろう。
面会時間はとうに過ぎているはずなのに、咎める声はどこからもかからなかった。あるいは、説得が長引くことを予想した親亜人派閥が、裏から手を回したのかもしれない。
まあ、手を回した側も、まさか雑談で時間の大半を潰されるなどと、予想していなかっただろうが。
「最後の新選組隊士、って言われると、誰だと思う?」
「難しいな。最後まで生き残った、という意味では稗田利八、とかいう奴がそうなんだろうが……最後まで新選組であり続けた人と言えば、土方さんだろう。
他は、恭順するか野に下ったわけだし……生き方の苛烈さが、な。
俺があのまま新選組に所属して、他の地球系列世界と同じような歴史を歩んだら、迷いなく土方さんに付き従ってただろう」
「その前提はちょっと卑怯じゃないか……それにしても並行世界とはいえ、自分の存在が歴史小説の一部になっているのはなあ……」
「凄く今更だな、それ。歴史の一員としては、気恥ずかしいか?」
「気恥ずかしいというか、気後れする。儂と山南さんなんぞ、途中で死んどるからなぁ。
これに関しちゃあ、円子のおかげだって、山南さんは今でも感謝してるぞ。
まあ、そのお孫さんは、伊東さんの思想に染まってああだが……」
「まあ、そう言ってやるな。俺が悪魔だというのは、伊東さんが正しいよ。
……こうしてみると、俺という存在が、いかに幸運に恵まれていたかがわかるよ」
話の種になった新選組小説の数々を脳裏にうかべながら、マルコは苦笑した。
「小説の世界に、当時の俺なんかが乱入したら、物の数秒で斬られて終わりだったろうに」
「そりゃあ、浪士組に異人が混ざってりゃあなぁ。
儂達の世界の近藤さんが、勝海舟に論破されて揺らいでたからこそ、生き延びた訳だし。
正直に言うと、出会ったころの儂らは、近藤さんが何と言おうと理由さえそろえばお前を斬るつもりだったからな」
「細い奇跡と奇跡が繋がって、奇縁となったか……」
面会室の扉が荒々しく叩かれ、面会時間の終了が告げられたのは、マルコが遠い目をした丁度その時だった。
「やれやれ……随分、話し込んでしまったな……」
「老人の話は長いものと、相場が決まってるもんだ……久しぶりともなれば、なおさらだ」
相変わらずマルコに敵意むき出しの若者を伴って、藤堂は軽やかに笑った。
「じゃあな、円子――いずれ、地獄で会おう」
「地獄?」
「そりゃ、俺も人を斬りすぎたからな。地獄行きがふさわしかろうよ」
暗に、生きているうちは二度と会えないだろうという、メッセージだった。
それは、そうだろう。親亜人派閥も、制限時間を無駄話に費やした男に、次のチャンスは与えまい。これが正真正銘、藤堂平助とマルコの最後の会話になる。
「……ああ、そうだな。いずれ地獄で会おう」
語りたい事は山ほどあって、言葉の洪水がせり上がってきそうになったが、堪えた。
短く、その言葉だけで、対話を打ち切ろうとした。
だが……別の人間が、別の思惑を、こらえきれなかった。
「何が地獄だ……! 地獄に行くのはお前だけだ! この悪魔め!」
「なっ……!? こら! 天祐!」
山南の孫が、荒い語調でマルコをなじったのだ。窘める藤堂の言う事も聞かずに、山南の孫は思いのたけをぶつけてきた。
「小父さんやお爺様たちは、天国に行く! お前はそれを、地獄の底から眺めていればいい!」
「……エルフに天国も地獄もないが……ああ、確かにな」
悪意の限りをもってなじられて、マルコは悪い気はしなかった。
彼の怒りはどこまでも正当なもので、マルコが咎める筋合いなどありはしない。むしろ、その言葉と培った知識が化学反応を起こして、マルコに笑いの衝動をもたらした。
「悪魔。悪魔か……くはっ、はははははははははははははは……」
「な、なにがおかしい!」
「よさないか! 天祐!」
「いや、いいんだ平助。おかげで、いい事を思いついた」
山南の孫を叱咤する藤堂を、マルコは片手で制して、
「ありがとう、山南のお孫さん。おかげで、悩みの一つが解決した」
「な、なにを……」
笑顔で語りかけられ、鼻白む山南の孫に言葉をかける。
「マルコシアス」
「まる……なんだって?」
「ソロモン王が使役したとされる、72柱の悪魔のうちの一体。
翼と蛇の尾を持つ『狼』の姿をもって召喚者の前に現れ、取引をする相手に対しては、とても『誠』実だという。
苗字は、そうだな……最後の新選組隊士である、土方さんからお借りしようか」
「土方マルコシアス。多少長ったらしいが、それが俺の新しい名前だ」
――30年後、釈放と共に乙種超人試験に合格し、オープンワールドの亜人達を恐怖のるつぼに陥れる超人の、誕生の瞬間であった。
とある世界
とある場所
リムジンの内部にて
「…………」
「土方さん! ひーじーかーたーさーん! 起きてください! つきましたよ」
「む……もう着いたのか。藤堂君」
「ええ、つきましたよ。珍しく、熟睡していたみたいですけど」
「ああ。懐かしい夢を見たよ……君の、ご先祖様が出てきた」
「ご先祖様って……誰です? 土方さんにかかわりのあるご先祖様って、数が多くて……」
「一番最初だ」
「ああ、藤堂公のご落胤とかいう……」
「そうだ。そのジョークを、好んで使っていた……」
「ジョークて」
「証拠など何もなかったからな……それで、この後の予定は、何だったか」
「えっと、『集落』に行って新人超人の様子を見て、その後はスポンサーとの会食ですね」
「スポンサーか」
「なんか、部隊名を新選組にしないかって提案が上がってるらしいです」
「またか」
「はい、またです」
「俺に、新選組の名は相応しくないと、何度も言ってるんだがな……」
「……その割に、土方さん新選組スタイルやめませんよね。髪も浅葱色だし」
「ああ。かっこいいからな」
「はあ、左様ですか……」
「君も、もう少し身だしなみに気を付けたまえ、藤堂君。
顔の作りは平助に瓜二つなのに、身だしなみで何もかもが台無しだぞ」
「うへあ、藪蛇……!」




