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その男はハゲだった  作者: 清河 桂太
とあるエルフの話をしよう
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 とある地球系列世界の、日本が殺人黴の放流によって滅んでから、半年後――とある世界の、とあるエルフの王国。オープンワールドで、全ての地球系列世界に喧嘩を売るという、前代未聞の行為を行った国。

 その首都は、今まさに戦火に飲み込まれようとしていた。

 雄大な大自然に溶け込んだ町並みは、粉々に砕かれた上に炎に包まれて跡形もなく、石造りの宮殿すらも、ところどころから火が上がっている。町の大通りには武装した兵士たちが乱戦を繰り返し、血の花を至る所で咲かせていた。


「バスティーユ王! 裏手にも火が……!」

「わかっている! ええい……!」


 悲鳴交じりの臣下からの報告に、この国の王、バスティーユは歯噛みした。


(どいつもこいつも、エルフの癖に機械文明に毒されおって……!)


 自身の崇高な理念を、理解しようともしない敵対者達を、心の中で罵る。

 そうエルフ。今、この国に攻め込んでいるのは、人間ではない……こことは異なる世界に住まう、エルフ達の連合軍であった。

 異世界病をものともせずに、彼らがこの世界に出張ってきたのには、理由がある。

 ありていに言ってしまうと、バスティーユはやりすぎたのだ。未開世界への侵略行為、というだけでも語るまでもない戦争犯罪なのに、黴を用いた大量殺戮で、国一つの全人類を抹殺してしまった。

 あの世界の人々の死が、オープンワールドに与えた影響は、大きかった。ただ死んだのではない。黴によって、生命力を根こそぎ吸い尽くされる、という悍ましい死に方を……

 今、地球系列世界の世論は、反エルフ……反亜人一色に染まっている。これに耐えらえなかったのが、この国とは関係のない、普通に暮らしていたエルフ、亜人達である。人間でない、というだけで差別され、石を投げられ、避けられる日々……しかも、反論しようにも、正論で返されてしまうのだ。

 お前達は、それ以上の事をやったのだ、と。

 こうなったら、エルフの恥は、エルフが雪ぐしかないと連合軍を結成。超人組合に協力を要請し、この世界に鎮圧のための軍を送り込んだ。

 その結果が、この火の海だ。殺人黴はとうの昔に対策をとられ、無価値なものになり下がった。これが、真にバスティーユが作り出した作品ならば改良してさらに強力な黴を作り出し、いたちごっこを演じる事も可能だったかもしれない。

 だが、実際は弟の放棄した計画を、当時の研究員たちの記憶から、手探りで再現して完成しただけの代物である。バスティーユにそのような知性は存在しなかった。


(……大体、人に差別されたのならば、我等の軍勢に加わって、共に人種の廃絶を目指すべきだろうに、何故に我等をなじるのだ!?

 たかが、未開の人の国の一つや二つ……!)


 自分が行った行為が、どれほどの悲劇を生み出したかを、バスティーユは考えようともしない。彼にとって、人とは自然を汚す害虫であり、それを潰すことは賞賛されるべき行為である筈だった。

 攻め込んでくるエルフの軍勢の中には、当初は反人類連合軍に属していた者達もいた。彼等は、あの地球系列世界のあり様を知ってから、手のひらを返して敵についたのだ。

 民の中にさえ、バスティーユに反目して、敵方につくものが現れる始末だった。


「国王陛下! こちらです――!」

「わかった……!」


 戦火が、国王の広間にまで及んできている。撃剣の音と悲鳴が、直接耳に聞こえるまで近づいてきている……もはや、一刻の猶予もない。

 王家に伝わる隠し通路……それを使っていったん落ち延びてから再起を図る。それが、今バスティーユが考えている将来設計だった。

 ……もはや、バスティーユの国に再起を図る力も人心も残っていない事に、彼は気づいていなかった。否、気付いていながら、意図的に考えなかった。

 それは、忌むべき思考の放棄であり、怠惰である。彼の治世は、こんな怠惰の繰り返しで行われていた。間違っているのは自分ではなく、現実の方だと、思考を放棄して理屈を並べ逃避してきた。

 たまりにたまったそのツケを、彼は今払わされることになる。

 玉座の一部、仕掛けのスイッチとなる宝石を押して、隠し扉を開く。

 傍らの壁に、薄暗く底の見えない階段が口を開けて――


「突撃ぃっ!!」


 そいつらが玉座の間に侵入してきたのは、そのタイミングだった。

 バスティーユは、思わず振り向いてしまい――目が、あった。


「――!?!?」


 暗き洞のような、何も感じない、不気味な目がバスティーユを見つめていた。

 近衛兵が、抜刀してその目の持ち主を排除しようとして――声もなく、斬られた。

 目の持ち主が振るった、片刃の刃に、正中線をなぞるように、左右真っ二つに。恐ろしいまでの切れ味だった。

 王族のみが知る隠し通路と、バスティーユの間に立ちはだかったのは……


「…………」

「な」


 異装の男であった。少なくとも、バスティーユにとっては、そう表現してもいい男だった。

 浅葱色のだんだら羽織を着た和服の男……知っていれば、たったそれだけの文章で終わってしまうその男の姿を、バスティーユは単なる異装としか見なさなかった。

 彼が、自分が滅ぼした世界の事を少しでも知っていれば、異装だなどと、連想できないはずなのに……彼の、自らが滅ぼした世界への認識とは、つまるところ、その程度だったのである。

 見れば、玉座の間の入口からは見慣れた格好の兵士達……敵国のエルフの兵士たちが殺到してきている。

 目の前の男ただ一人が、異国のいでたちをしていた。


「き、貴様……超人か……!?」


 近衛兵を問題にもせず一周する戦闘力、一瞬で隠し通路の前に立ちはだかったスピード。二つを総合して結論を出したバスティーユに、男は皮肉気に笑った。


「久しぶりに会ったというのに、第一声がそれですか」

「は……!?」


 唖然とするバスティーユの前で、男は纏めた髪を解いた。同時に、髪の色と目の色を、元の金髪碧眼へと戻す。その変化を見届けたバスティーユの目が、驚愕に見開かれていく。


「ま――マルコか!?」

「ええ、はい。あなたの弟の、マルコですよ」


 何故、放逐したはずの弟がここにいるのか……バスティーユの疑問は尽きなかったが、それらをすべて棚上げすべきだと、バスティーユは思った。

 チャンスだ、と。

 人間との融和、互いに手を取り合って生きる世界。

 そんな、甘ったるい事を口走る様な男なら、口先だけでどうとでもなる……! 何故ここにいるのかは知らないが、うまく利用すれば、この難局を乗り越えられるかもしれない……!

 そう、考えて、言葉を紡ごうとした。


「まる」


 最後まで、言わせてもらえなかった。

 言葉の半ばで、視界の左半分が削れた。


(え――?)


 続いて、左目に激痛。


「あっがあああああああああああっ!!!?」

「ああ、失礼」


 不意打ちの激痛に、目を抑えてのたうち回るバスティーユに、マルコは心の籠っていない声で、身振りだけは大げさに謝罪の意を示す。


「つい、うっかり。我慢が出来なくて……

 片目を、抉ってしまいましたよ」


 指先にえぐり取ったバスティーユの目を掲げながら、己の兄を嘲笑った。


「あが、が、が……!」

「さあ、ご同行願いますよ、兄上。

 あなたには、戦争犯罪人として、裁判が待っているのですから」

「き、貴様……マルコぉっ! こんな――」


 またも、最後まで言わせてはもらえない。刀がかすんだかと思えば、今度は人差し指に違和感。見ると人差し指の第一関節から先が、きれいに切り取られていた。痛みさえ感じさせない、鮮やかな切り口だった。

 圧倒的な速度で、斬り飛ばされたのだと気付くのに、数瞬かかった。


「ま、まる――」


 再び、人差し指の違和感。今度は、第二関節から先が、消えていた。


「口を動かしていないで、足を動かしていただけますかな? 兄上。

 連行するには、足さえついていればいいのですから……」


 マルコは、彼の弟は、ぞっとするような目で、バスティーユを見つめていた。


(これが、本当に、あのマルコなのか!?)


 バスティーユを見つめる弟の目に、背筋に悪寒が走る。間違っても、かつて自分の前で青臭い理想論をぶちまけていた甘ちゃんが出来る目ではなかった。

 見回せば、彼に付き従っていた重臣達も、兵士達に捕縛され、手に縄をかけられている。

 王族と、その重臣に対する扱いではなかった。


「貴様……! マルコぉっ!」


 今度は、第三関節が斬り飛ばされたが、バスティーユは構わずに言い切った。


「このような行いが、許されると思っているのか!? 我は、このディスブロウガルクニスベリオクロスハゲルティニクストアバーゲンタロスデクゲートゴエボロスの、王であるぞ!」


 長い名前を言い切る前に、次は中指の第一、第二、第三関節まで切り飛ばされてしまった。

 その姿に奇妙なユーモアを感じてしまい、マルコは小さく笑った。


「しまったな……痛みがないから忠告にならん。

 之定じゃなくて適当な鈍らでも持ってくるんだったな」

「おら――ぶつくさ言ってないで立て!」


 兵士達の一人が、バスティーユの腕を縛り上げて、無理やり立たせた。その動作にバスティーユへの気遣いは一切ない、乱暴の極みであった。

 すれ違う際に、エルフの兵士が嫌悪感に満ちた目で、マルコを見た。マルコの方は平気な顔でそれを受け流している。


「は、放せ無礼者! 私は……」

「糞の王国の糞の王だ。知っていますよ、そんな事は」


 バスティーユの知るマルコならば、絶対に使わない表現で、バスティーユを罵倒するマルコ。追いつめられた現状を何とかしようと、バスティーユはマルコに言葉をかける。


「マルコ! こいつらに何を吹き込まれたのか知らんが、目を覚ませ!

 栄えある我らが王国を焼くなど、道理の通らぬことを……!

 今の貴様を、父上が見たらなんというか……」

「自分で処刑しておいて、酷い言い草ですな、兄上」


 マルコは、連行されるバスティーユに並んで歩きながら、言葉を交わす。

 その反応に、バスティーユはありもしない可能性を見出した。

 そうだ、この甘ちゃんならば、情に訴えかければ、何とかなるかもしれない……! 先程のあれは、何かの間違いだ! そうに違いない!


「そ、そうだ! お前の侍従だった、エルメスを覚えているか!? 子供の頃から、お前の面倒を見ていた――今は、城のどこかで! おいエルメス! いるか!? エルメス――」

「ああ、いるでしょうなぁ」


 兵士達に連れられて、玉座の間を出たバスティーユの目の前には――


「この中の、どこかに」


 地獄が、広がっていた。


「――は?」


 一瞬、バスティーユは、己の網膜に移りこんだ光景が、理解できなかった。脳が、理解を拒んだのだ。

 真っ赤な、血の海。エルフの体の破片、臓物、骨の破片が広がっている……ところどころに見える、茶色っぽい塊は、いったいなんだ?


「そういえば、斬りこんでいる最中に、何やら親し気に話しかけてきた輩がいましたが、あれですかな? まあ、見ての通り、刻みましたが」


 バスティーユの重臣の一人が、目の前の光景に耐え切れず、嘔吐した。赤いじゅうたんの中に、また一つ、茶色っぽい塊が広がっていく。

 ああ、あの塊は、誰かが、目の前の光景に嘔吐した痕跡なのだと、バスティーユは気が付いた。血と吐しゃ物の混ざり合った匂いが嗅覚を刺激する段階になって、ようやく、バスティーユは目の前の地獄を認識できた。

 探していたエルメス……その生首と、目が合った。驚愕に凍り付いたまま、首を落とされたようだった。

 嘔吐しそうになるのを堪える事が出来たのは、王族としての最後の意地だった。


「ま、マルコ……? お前……」


 血の海の中を、水しぶきならぬ血しぶきを上げながら引き連れられて、バスティーユはマルコを見た。よく観察すれば、その服装は至る所に血が付着していた。

 周囲の兵士達の視線が、自分に、そしてマルコに集中するのがわかる。そして、その視線に含まれた、隠しようのない嫌悪感も……

 仲間からなぜか嫌悪される、超人となった弟。そしてその体は血まみれで、今の発言……バスティーユの乏しい知性でも、正解にたどり着けるくらいには、情報が揃っていた。

 まさか。

 まさかまさかまさかまさか!


「お前が……お前がやったのか!? これを!?」

「ええ。はい。まあ、そうなりますな」


 なんでもない事のように答え、マルコは兄の縄を引き、先を促す。


「攘夷……と言っても、貴方にはわからんでしょうな。

 まあ、魁となって露払いをさせていただきました……なぜか、評判はいまいちのようですが。一匹残らず皆殺しにしてしまったのがよくなかったのでしょうかね」

「い、一匹……!? 宮殿には……お前を、子供の頃から知っている者達もいたのだぞ!?」

「ええ、それが何か?」

「お前の婚約者もいた!」

「ああ、何やら再会を喜んでいた雌豚ならいましたなぁ。斬りましたが」

「お前の、母親も……!」

「ええ、いましたね。斬りましたが」

「子供も! 妊婦も!!」

「斬り殺しましたよ」

「……! き、貴様っ! エルフの心を、何処に置き忘れたぁっ!」


 もはや、情に訴えかけて助けを乞おうという計画すら忘れ、バスティーユは純粋にマルコをなじった。

 対するマルコは、表情を凍り付かせ、一呼吸おいてから、答えた。


「かの世界にて。粉々に果てて消えました」


 ――かくして、ディスブロウガルクニスベリオクロスハゲルティニクストアバーゲンタロスデクゲートゴエボロス世界において、大規模テロを実行した国家の制圧は、終わりを告げた。

 首謀者であるバスティーユは、裁判にかけられて銃殺刑が確定。重臣たちともども、刑に処される事となる。






 かの世界の西本願寺で気を失った後――マルコが連れてこられたのは、窓一つなく薄暗い、コンクリ張りの一室だった。超人組合の、反亜人派閥の独断であった。

 小さな電球だけが光源の室内で、マルコは執拗な尋問に晒された……が、平然としていた。

 拷問尋問とは、自供を拒む人間に対して行われて、初めて効果が発揮されるものだ。

 自分の意志で、情報をぺらぺらと吐き出す相手を、どう拷問しろというのだ?

 そもそもの話、超人に片足突っ込んでいるマルコに対して、常人用の拷問器具など、役立たずもいい所である。

 エルフの王国を攻め落とすのに必要な情報……隠し通路の有無や、王家のみが知る仕掛けの存在などあらかた聞きつくした超人組合側は、次はマルコを政治的に利用しようと試みた。

 が、それも叶わぬ事だった。


「……敵の戦意を削ぐ演説をしろ? そんな事よりも、斬りこんだ方が早いでしょう。

 エルフなど、言葉でどうこうするよりも、斬った方がいい」


 理想を完璧に砕かれて、思想が反転したマルコの精神は、ガンギマリ過ぎていた。二言目には、斬れだの殺せだの物騒な言葉をつなげて、穏健派時代の面影など欠片もありはしない。

 エルフの事を劣等種と堂々と認め、その上でエルフを廃絶すべきだと主張するエルフ。

 こんな奴をエルフの王族のマルコという触れ込みで人前に出したら、超人組合の反亜人派閥による悪質な洗脳を疑われて、イメージダウンにつながりかねない。


「故郷の世界に切り込むのならば、是非に私を魁にお使いください。

 宮殿の奴らを皆殺しにして見せましょう」


 取り調べの半ばにそう自己主張をしたので、話半分で突撃を任せてみたら、本当に宮殿のエルフ達を――自らの許嫁や母親までも含めて、皆殺しにして見せた。

 当然、この残虐行為は問題になり、マルコは戦闘後拘束された。その際も、一切の抵抗はせず黙々と指示に従い、自分から超人用の拘束服を着て、裁判の被告人席に座った。

 そうして迎えた裁判――事が事なので、超人組合の関係者のみで行われた極秘裁判で。


「叶う事なら、兄も殺したかったのですが、裁判があるのでは仕方がないでしょう……精々無様に死んでくれることを祈るばかりです」


 拘束服に身を包み、椅子に縛り付けられながらのうのうとマルコは言ってのけた。何一つ、己は間違った事はしていない、と。

 案の定、亜人派閥の者達は、反亜人派閥の人間達による悪質な洗脳が行われたと主張したが……マルコがこれを頑なに否定した。


「私はただ、この世の心理に至っただけです。洗脳だなどと、滅相もない。

 エルフは劣等種。この世に存在してはいけない悪性腫瘍。切り捨てるのに、何の問題があります?」


 他の派閥の人間達はおろか、反亜人派閥の構成員たちさえも、マルコの物言いに鼻白む中、派閥の中心人物であり、円卓の一員であった超人……西本願寺でマルコの直接対応した、あの超人である……は、マルコに利用価値を見出した。

 裁判が終わり、牢獄に放り込まれたマルコに、その超人は面会して話を持ち掛けた。


「マルコ……貴様、乙種超人になってみないか」

「乙種超人? 私が?」

「ああ。我が派閥の魁となって、亜人共を斬り殺す仕事だ。貴様には十分その資格があり、力もある」

「…………」

「腹が立たないか? 俺達がこうして会話している間もエルフ共が我が物顔でのさばっている、という事実に」

「俺も、そのエルフなのですがね……問題にならないのですか?」


 言わずともわかる事を、改めて問いかけると、超人は涼しい顔で断言した。


「確かに貴様はエルフだ。だが、エルフを殺すエルフならば、害虫を殺す益虫とみなすべきだろう。少なくとも、俺はそう見た。違うか? 益虫」


 虫けら呼ばわりされてもマルコの心は平静そのものだった。


「少し、考えさせてください」

「まあ、じっくり考える事だ。幸い……時間は、たっぷりとある」


 懲役八十年。それが、極秘裁判でマルコに課せられた刑罰だった。


「新しい名前も、考えておけ」

「……?」

「今の貴様はマルコ。ただのマルコだ……それでは、格好がつくまい。

 それとも、あの長ったらしい王家の名前に固執するか?」

「まさか……適当に、考えておきますよ」





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