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その男はハゲだった  作者: 清河 桂太
とあるエルフの話をしよう
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終わりの始まり


「奇病?」

「はい。それも、致死性の高いものが、関東を中心に広がっているそうです」


 監察方からその報告を受けて、近藤と土方は顔を見合わせた。関東と言えば、二人の故郷であったから、自然と興味をひかれた。


「それは、コロリや麻疹とは違うものなのかね?」

「はい、どちらとも違います」


 熱下痢嘔吐と言ったわかりやすい副作用は、一切なく、ただ只管に体の力が抜けるのだという。

 自身も医術の心得があるという監察方の山崎は見聞きしてきた症状を、具体的に表現した。


「筋肉が、不自然なほどに衰えていき、最終的には骨と皮になって死亡する……病気にやられて痩せるのとは違う、何かに筋肉を吸い取られていくような……」

「感染力は!?」

「患者に近づいただけでも、ほぼ確実に発症するとの事。将軍様も、この病気にかかられて……」

『なっ……!?』


 将軍死亡。つまり、奇病による感染が、江戸城の中枢にまで伸びている、という事だ。


「幕府は関所を閉じる事で病気の感染を食い止めようとしているようですが、病はすでに関所を超えたとか」

「ひ、日野は!? 多摩のあたりはどうなったのだ!?」


 血相を変えて己の故郷の名前を出す近藤だったが、山崎は沈痛な表情で顔を横に振るばかり。


「近藤さん、気を抜いてる場合じゃないぜ。これを機に、長州の奴らが攻め込んでくるかもしれねえ!」


 脱力して座り込む近藤を、土方は叱咤した。


「う、うむ! そうだな……! いつでも戦えるように、臨戦態勢を整えよう……!

 しかし、トシよ……! 新選組には、関東出身の物が多い……! この情報、洩れれば脱走者を生みかねんぞ……!」

「だからって、緘口令は無理がある……将軍様まで死んだとあっちゃあ、京雀たちに伝わるのも時間の問題だ! ……どうするか……」


 結果を先に言うと、近藤の懸念通りになった。

 風聞で奇病の存在を知り、故郷に残してきた者達の安否確認をせんと、隊内から脱走が相次いだ。

 しかも、奇病の感染速度は凄まじかった。近藤達が長州の攻撃を警戒し、軍備を整えている間に、奇病の感染は京都をとうに通り越し、長州にまで達していたのである。


「長州の方でも奇病が!?」

「はい……奇兵隊など、隊員がバタバタと倒れて、崩壊状態との事で……」

「おいおい、ってぇ事は……!」


 その報告を聞いた土方は、最悪の可能性に気が付いた。

 この病は、下痢発熱などのわかりやすい症状は、一切ない――


「おい、山崎。お前、最近、体に違和感はないか?」

「は?」

「例えば――気組みが、刀に通しにくいとか」

「はあ……確かに最近、気組みが体を通しにくいといいますか……」

「なんてこった……!」


 土方の脳裏によぎるのは、底抜けに明るい笑顔の持ち主である、彼の弟分だ。


「俺達も、奇病にとっくに感染してる……!」

「は!? しかし……!」

「総司の奴と同じ仕組みだ! あいつは、とっくの昔に起き上がれなくなってる体を、無理やり気組みで動かして戦ってたんだ!

 俺達も、奇病でとっくに倒れてるところを、気組みで持ちこたえてるに過ぎねえ!」


 その証拠に、総司はしばらく前から労咳が悪化し、床に臥せっている。状況証拠はふんだんにあった……だが、確証はない。


「山崎! 円子の奴を呼んで来い!」

「円子先生を……!?」

「天狗の知恵を借りるんだよ!」


 天狗の知恵……オープンワールドで培った、先進的な知恵の類を、借りるのである。元より技術のブレイクスルーなど一切気にせず、知識を教える事に躊躇い等無かったから、マルコは聞かれればなんでも答えた。

 ただ、土方達が知りたいような軍事的な知識は、マルコの専門ではないため、その知恵袋が役に立つことは今までなかったのだが……


「飛沫、接触……いや、空気感染か。おそらく、とんでもなく感染力が強い病原菌だ」


 ウィルス、細菌の類ならば、マルコの専門分野である。自身も体のだるさを覚えながら、それをおくびにも出さずに知識を披露する。


「ただ、下痢も発熱もめまいも、何の副作用もなく、筋肉だけを摩耗させる病原菌、なんて聞いたことも見た事もない……! 筋ジストロフィーとは根本から違う……!

 この世界の科学技術じゃあ、細菌が見えるような顕微鏡は希少で手に入らない……!

 恐らく、全くの未知の病原体だ……! 土方さん、俺を関東に行かせてくれ!」

「関東へ!?」


 言うまでもなく、病原の発生源であり、危険地帯である。だが、マルコは構わずに言った。


「ええ……どの道、俺は手遅れです」

「……! そうか、お前もか」

「ええ。ここの所、今一気組みが安定しない……

 だが、それはどうでもいいんです。重要なのは、病原菌がどこから発生したのか、大本を探る事……! 必ず、事の元凶を突き止めて、治療法を見つけ出してみせます! だから!」

「そうか……では、耳は隠していきたまえ。道中、無用な混乱を生む」


 近藤の指示に従い、総髪で耳を隠し、髪色は黒。懐かしい、壬生浪士組時代のマルコの装束だった。


「はは……懐かしいなあ。円子太郎の再現だぁ」


 病床に横たわりつつも、沖田の笑顔は揺るがない。揺るがないまま、マルコへ語り掛ける。


「道中……ごほっ、お気をつけて……」

「ああ。お前こそ――体を、大事にな」


 ――おそらくは、これが今生の別れになるであろうことは、お互いによくわかっていた。

 沖田は労咳にやんだ体を、気組みでようやく堪えていたのだ。そこにこの奇病で、完全に虫の息であった。

 だが、多くの言葉は交わさなかった。

 二人には、それで十分だった。


(奇病への仇討、治療という形で果たしてみせる)


 異世界の専門家としての決意を胸に、親友に見送られて、マルコは一路、関東へと旅立った。

 旅路のさなか、彼が垣間見たのは地獄だった。

 静まり返った街。ところどころから立ち上る腐臭と死臭……一軒一軒、軒先を覗く気にもなれない。小鳥のさえずり、犬の遠吠えさえも聞こえない。見事な門構えを誇っていたであろう松が、見る影もなく枯死している。


(動物にも……植物にも感染するのか!? どんな病気だ一体……!)


 マルコは、脚力を強化し、馬並みの速度で駆けながら、それらを通り過ぎ、歯噛みする。

 時折、生きている人の気配を感じる事もあったが、見捨てた。


(すまん)


 心の中で詫びながら、マルコは関東へひた走る。目的地に近づけば近づくほど、生き物の気配は希薄になっていき、植物さえも枯れ果てて――

 それらの地獄を踏み越えて、マルコは今、江戸の町に立っていた。


「誰か――! 誰かいないか!? 生きているものは――!!」


 わかり切った問いを、腹の底から張り上げた大声で投げかける。

 返事は、ない。あたりに漂っているのは、腐臭と死臭、沈黙のみ……


「御免……!」


 たまらず、マルコは、目についた屋敷へ飛び込んだ。

 立派な門構えをもった、武家屋敷であったが、無人であった。

 布団にくるまれたいくつかの腐乱死体、土間で動けなくなったと思われる小間使いの死体が転がるだけで、動くものは何一つなかった。

 間近で感じる腐臭に、口元を抑えながら、マルコは辺りを伺った。


(江戸全体が、こんな状況なのか……!?)


 マルコ自身も、限界が近い。体が重く、立っている事さえ億劫だった。


(ここで膝を折ったら、二度と立ち上がれん……!)


 必死に、体を鞭打って動かし、持ち込んだ糒を水で流し込む。

 食欲も、飲み込む元気もなかったが、無理やり飲み込んだ。


(気組みを振り絞れ……! せめて、異変の元凶だけでも、掴まねば!)


 そうでもしなければ、この死者たちが報われない。

 軒先においてあった、故人の物と思われる杖を拝借して、マルコは周囲を探索する。


(くそ……みんな死んでるから、情報の集めようがない……! 初動が、遅すぎたか……!)


 せめて、生存者がいるうちにここに来れなかった事が、悔やまれた。


(死体の腐乱具合で、発生源を辿るか……? いや、気組みの有無で病状が変わってくる以上、当てにはならん……せめて、生存者……!)


 マルコの後頭部に、衝撃が走ったのは、江戸の大道を這うように探索していた時だった。

 比喩揶揄ではない。実際の衝撃だ。


(――!?)


 まるで、金づちを振り下ろされたかのような衝撃に、ぎりぎりの均衡で保たれていたマルコの体のバランスが、崩れた。

 マルコは倒れた。

 倒れながら、見た。


(は――?)


 マルコ以上に、この世界に似つかわしくないモノを――

 完全密閉型の防護服に包まれた、複数人の人影を。そのうちの一人が、木製のこん棒を手にしていた。

 その一撃が、自分を襲ったらしい。


(何が、おき――)


 全身に滾っていた魔力が、途切れてしまった。髪と目の色が、元の金碧を取り戻す。


『――!? 金髪……!?』


 驚愕が、マルコの全身を襲った。

 防護服の人影から聞こえてきた言葉に、聞き覚えがあったからだ。






 それは、マルコの故郷の、エルフ言語だった。






 全身の力が、まるで、生命エネルギーを吸われたかのように、無くなっていく奇病。

 以前に開発した、生命エネルギーを吸いつくす悪魔の黴。

 点と線が、つながった。


(あ――)


 否、否、否否否否否否。繋がらなかった、のではない。無意識に、そんなはずはないと、目を背け続けていた事実が、目の前に現れた……これは、それだけの話だ。

 この地獄を作り出したのは――


『お、おい! この方は……マルコ様だ! 行方不明になっていた、マルコ様だぞ!』

『すぐに、バスティーユ王に連絡を! なんでこんな、人間のふりなど……!』

『完全に、黴に侵されている……! 周囲に、もう人間はいない! 早く俺達も、引き上げるぞ!』


 自分の故郷のエルフ達と、自分の作り上げた、研究成果だ――

 病原菌ではなく、黴だった。あの悪魔の黴が持つ爆発的な繁殖力なら、この感染の速さも納得がいく


『聞こえますか? マルコ様! この周囲に、もう汚らわしい人間はいません!

 そんな、人間のふりなどしなくても大丈夫です!』

「お゛」


 担架に乗せられて、どこぞに運ばれる。

 ぴしりと、心のどこかで音がする。

 汚らわしい人間? この国に、そんな奴らはいなかった。

 乱暴な奴、気に入らない奴はいたが、彼等も彼等なりに、精いっぱい、よりよい明日を手に入れようと足搔いていた。


『この世界の人間が、汚らわしい文化を広める前に、未然に防ぐことが出来ました!

 後は、後発の部隊が、緑化計画を推し進めれば……この国は、我等の物です!』


 がらりと、心のどこかで音がする。

 ぴしり、がらり、ぴしがらりと、何かが崩れる音がする

 汚らわしい文化? この世界のどこに、そんなものがあるというのだ?

 彼らの文明は自然と寄り添っている段階だった……少し観察すれば、そんな事は簡単に理解できたはずだ。

 どこかの武家屋敷の片隅の、テントに運び込まれて、得体のしれないものを注射される。


「栄養カンフル剤です! これで、ひとまずは……!」

「しかし、マルコ様が生きていたとは……バスティーユ王もお喜びになります!」

「あなたが行方不明になっている間に、我等の国も変わりました!

 特に、人の国などはすでに攻め滅ぼされて跡形もなく、緑の大地へと!」


 なるほど、こいつらは、末端の兵士に過ぎず――マルコが、長兄と政治的に敵対していた事など露ほども知らないらしい。

 人との融和。エルフと人との理想郷。互いが互いに手を取り合って、暮らしていける世界。

 思い描いてきた美しい情景が、音を立てて崩壊していく。


「既に、この世界は、エルフの物も同然です!」

「お゛お゛……」


 この世界が、エルフのモノ? 馬鹿を言うな――

 この世界は、この世界を真摯に生きる人たちのものだ。我等の物などではない。


(近藤さん、土方さん、総司、源さん……)


 今も、自分を信じて、屯所で待っているであろう仲間達。彼等の顔を思い浮かべて、マルコは刀を握った。


「お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛!!!!」

「ま、マルコさ――」


 結論を先に記す。

 栄養カンフル、とやらの効果は、絶大で――瞬きほどの時間もかけず、哀れなエルフの兵士たちは血煙となって江戸の大地に消えた。






 西本願寺――禁門の変の際、長州藩兵を匿ったという容疑から、監視の意味も込めて移転した、新選組の屯所が、ここにある。

 そこに、男が佇んでいた。

 和服にだんだら羽織。両手に、抱えきれないほどのエルフの生首を引き下げていた。乱暴に、髪同士を硬結びでくくられた生首は、どれも恐怖と絶望に歪んでみるに堪えない代物であった。

 生首の塊を、ごみでも捨てるかのように境内に放り投げて、マルコは屯所へと足を踏み入れる。


「事態の確認が終わった! みんな! 無事かぁっ!?」


 どういう背景でこの世界への攻撃がなされたのか――それを、関係者の口から聞きだすのに、時間がかかってしまった。

 周囲を警戒しながら歩き、捕らえたエルフの兵士を尋問、息が切れれば手に入れたカンフル剤を注入して回復したら、又エルフを捕らえ――

 瀕死からの強制回復を何度も繰り返して、マルコの体はボロボロの状態だった。もはや、歩くのもやっとという体で、屯所を歩いて回る。


「ぱっつぁん! 左之! 源さん! 周平君!」


 なんでも、マルコの故郷では、マルコがいなくなってから政権を握った長兄が、一気に発言力を増して、融和派を処刑。実の父さえ手にかけた。

 あまつさえ、マルコが行方不明になったのは悪意ある人間の仕業であると発表し、その勢いのままに、人間の国に侵攻をかけたらしい。

 その際に用いられた兵器が、この世界でも用いられた、黴……長兄が開発したという触れ込みの、殺人黴だ。あの兄は、黴に対する安全策も何も用意しないまま、それを兵器として用いて人間を虐殺したそうだ。

 後は、テラフォーミング魔術を用いて悪魔の黴を除去し、自身の世界を完全併合。そのまま世界王を名乗ると、他世界のエルフの国々と連合を組み、自然破壊を繰り返す他の地球系列世界に宣戦布告をしたという。


「近藤さん! 土方さん! 総司!」


 だが、戦果は芳しくなかった――当たり前だ。

 生体の例外性……生命の体内なら、その世界の法則が適用されるという、オープンワールドの常識。人間のみが、その性質の恩恵をフルに預かれるもの。

 逆に言えば、その恩恵をあずかれないもの――あまりに物理法則に依存した小さな生命や、エルフの様な亜人にとって、異世界渡航は不安定な物となる。

 頼みの綱の殺人黴は、異世界に行った途端にうんともすんとも言わなくなり、エルフ達は異世界病でまともに戦えない。この結果に、マルコの兄は鼻白んだ。国内からも、この侵略行為は性急だったのではないか、と疑問の声が上がった。

 武名をもって王座に就いた者は、武名を保てなくなった時にその座を失う。泳ぎ続けなければ死ぬある種の回遊魚に似ていた。マルコの兄が、まさにそれだった。エルフの連合の盟主など名乗り、全地球世界に喧嘩を売ってしまえば、なおさらのことだ。

 そんな中、唯一戦果らしきものが上がったのが、この世界だった。

 それは、不幸な偶然だった。この世界の生命が持つ生体エネルギーの法則性と、マルコの世界の魔術が、そっくりそのままと言っていい程に、類似していた事。

 たったそれだけの偶然が理由で、この世界は、殺人黴の繁殖を許し、マルコの兄から、侵略先として目をつけられた。

 マルコの兄の体面を守る為。そんなくだらない理由で、毎日を必死に生きていた人々が大勢死んだ。

 黴を散布するための先遣隊が江戸にひそかに到着し……マルコと、接触した。

 この一件は、すなわち、そういう事だった。


「ぱっつぁん! 左之! 源さん!」


 親愛なる仲間たちの名前を呼ばわりながら、マルコは屯所を練り歩く。

 死臭はしない。腐臭もしない。

 ならば、生きているはずだと、信じて――


「近藤さん! 土方さん! 総司――!」


 部屋という部屋を、くまなく調べて、何一つ見つからず。

 マルコは、何かがあったのだと、当たり前の発想に至り……外に出た。

 そこには、完全防備の防護服に身を包んだ、人影が三つ、佇んでいた。

 一も二もなく、抜刀して首を取りに行くマルコ。その一撃は、鮮やかな手並みであったが――躱された。


「……!」


 追撃は出来たが、やらなかった。

 相手に殺気を感じなかったから? 最初の一撃を躱した技量を警戒した? どちらも、否である。

 マルコが手を緩めた理由は、防護服越しに見えた顔に、見覚えがあったからだ。


「平助――山南さん」

『……やあ、円子君……』


 意外な相手の意外な姿に、マルコは目を丸くして問いかけた。


「どうしたんだい、その恰好……! まるで、オープンワールドの……」

『……いろいろ、事情があるんだが……君になら、こういえば伝わるかな』


 山南は、防護服越しにくぐもった声で、告げた。


『この世界の、げえと、が明けやすい場所の一つが、高台寺月真院の、近くだったんだ』

「成程……」


 高台寺月真院。伊東甲子太郎をはじめとした御陵衛士の面々が拠点として用いている場所である。

 一つの世界による、未開世界への軍事侵略……しかも、黴を使った一方的虐殺だ。オープンワールド、超次元国家連合……ひいては、超人組合が関与してもおかしくない。

 そうしてゲートを開けて事態に介入しようとした先に、平助達がいて……どうやら殺人黴から保護してもらえたらしい。

 奇跡的な偶然であった。神の意図が働いた、と言われても納得ができる。


「と、いう事は、もう一人の方は……」

『超人組合の者だ』


 三人目の男から、こちらを侮蔑する様なあからさまな視線を感じたが、マルコは何も感じなかった。


『ディスブロウガルクニスベリオクロスハゲルティニクストアバーゲンタロスデクゲートゴエボロス王国の、マルコだな?』

「……その通りですが、よく覚えてましたね、正式名称」

『我々に、ご同行願おう』

「同行するのはいいんですが、その前に……」


 マルコは、辺りをきょろきょろと見回して、平助に問うた。


「平助。ここにいるんなら、近藤さん達がどこに行ったか、知らないか?」

『……っ!』

「報告を、しなきゃ、ならないんだ」


 平助は、防護服越しでもわかる程にはっきりと、表情をゆがめた。


「平助」

『……………』

「何を、そんなに、泣きそうな顔をするんだ?」


 その理由が、マルコにはわからない。


「超人組合と一緒にいるって事は、事情を知ってるんだろ? なら……そこは、お前のせいだって、怒鳴り散らすところだろう? 何を、そんな……」

『……死んだよ』

「死んだ?」

『ああ……お前が、出ていってから、総司がすぐに……後はもう、雪崩を打つように、みんな倒れていって……俺達が、異世界で治療を受けてから、戻ってきた時には……もう……

 遺体は、荼毘にふした』

「そうか」


 事実が、マルコの耳から脳に染み渡っていく。


「死んだか。近藤さん達が」


 山南の、痛ましいものを見るかのような目線も、第三者の超人の、気味の悪いものを見るような視線も、気にならなかった。


「はは……」


 崩れかけた理想に、最後の一撃が加わって――砕けて消えた。

 あれほど夢見た、人とエルフの共存の夢が。


「ははははははは……」


 笑った。何の感情も籠らない、笑いを上げた。

 マルコというエルフは、両の目から涙を流しながら、ただ壊れたように笑った。

 笑って、笑って、笑い続けた。


「ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは……」


 エルフと人の共存? 笑わせてくれる。

 そんな事、出来るわけがない。前提からして間違っていたのだ。

 優性種族と劣等種族、何故同じ視線で物を語るのか。

 自然と共に生き、毎日を一生懸命に、よりよい明日を手に入れようと努力していた、よき人々と、差別偏見にまみれて、下らない政治ゲームで、相手を知ろうともせず国を亡ぼすエルフ。

 どちらが劣等かなどと、語る価値すらありはしない。

 エルフが劣等に決まっている。


『円子……』


 鯉口を斬り、抜刀しようとする平助を、山南が制した。


『平助……! 落ち着きなさい!』

『止めないでくれ! わかってるだろ山南さんも! こいつは、ここで殺さなきゃ――殺してやらなきゃダメなんだ! こんな残酷な事が、他にあってたまるかよ!

 だってこいつは、何もしてないんだ!』


 山南が息を呑む。平助もまた、泣いていた。


『ただ、この世界に流れ着いて、こいつなりに、乱世を生きて……! その終わりがこれなんて、あんまりじゃないかよ! なあ! 山南さん!!』

『それは……』

「ああ、そうだな……」


 両の目から流す涙を止めぬまま、マルコは平助の言葉に肯いた。


「そうだ。その通りだよ平助。俺はここで、この世界で、死ななきゃならない」

『円子君……! 何を馬鹿な!』

「俺が作ったんだ……」


 山南の、咎める声を無視して、マルコは罪を告白する。


「このカビは、俺が作ったんだ! 兄貴じゃない!!

 俺が、俺が作ってしまったものなんだ……!」

『……ああ、知っている……超人組合の方でも、そう、調べはついているそうだ』

「だったらわかるだろ!?

 ぱっつぁん、左之、源さん、周平君、近藤さん、土方さん、総司……みんなみんなみんなみんなみんなみんなみんな! 俺が殺したんだ!!

 俺の黴が殺したんだよ……!」


 凍り付いていたマルコの精神にひびが入り、悲しみが噴き出す。

 その場に泣き崩れるマルコに、平助と山南はかける言葉が見つからなかった。

 ただ一人、超人組合の人間を覗いては……


「貴様の都合などどうでもいい。俺達と一緒に来るのか、来ないのか、どっちだ?」


 山南と藤堂がむける咎める視線も無視して、超人組合の男は冷酷に言い放った。

 その冷酷さに、マルコはかえって救われた。下手に優しい言葉をかけられるよりも、余程ふさわしいとそう考えたのだ。

 涙腺が壊れて、止め方がわからなくなった涙を流しながら、マルコは問いかける。


「……その前に一つ、聞きたい……」

「なんだ?」

「お前たちの派閥だ。超人組合には、複数の派閥があるという……お前は、エルフとの関係を、どう考える派閥だ?

 敵対か、融和か。どっちだ?」

「敵対だ」


 ある意味、目の前の男は、自分の同類なのかもしれない、と、マルコは脳裏のうすぼんやりとした部分で思った。

 融和、とでも答えておけば、話が早いかもしれないのに、馬鹿正直に答えるとは恐れ入った。あるいは――


「そうか……」


 今、マルコの心に襲い掛かりつつある、衝動に、気付いたからこそ、正直に言ったのかもしれなかった。


「ならば、言う事はない。この身、好きにするといい」


 それだけを言い残して、マルコはその場に倒れて気を失った。その肉体は、とっくの昔に限界を超えていたのだ。




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