戦い
ディンブルゲン北門前の草原は、今や戦場となっていた。
草原を、黒色の影が駆け抜けてくる。
黒色の影、エシャロットウルフが止まることなく一吠えすると、その眼前に鈍く輝く魔方陣が発生した。続いて二吠え目を合図に、魔法陣が激しく発光し、炎の礫があたりに降り注ぐ。
エシャロットウルフが用いる魔法――通常なら、当たればたちまち火だるまになる火力を誇る代物だが。
アイはなんのためらいもなく、その只中に身を投じ、顔面だけを腕でガードした。身をひるがえして礫の間を潜り抜け、それでもよけきれなかった数発が、アイの体を捉える。
接触し、爆炎がアイの体を包み――それだけだった。
焦げ跡一つなく、炎の中から飛び出してきたアイの姿に、エシャロットウルフたちが狼狽するのが気配で伝わってくる。
その隙を逃さず、アイはフルスイングのビンタを、すれ違いざまにエシャロットウルフの一匹に叩き込んだ。
雷鳴と稲光が戦場に響き渡り、一匹のエシャロットウルフがその身を炭化させて草原に横たわる。
味方がやられたのを見て、複数のエシャロットウルフがその殺意をアイに向けるが、アイは構わずに駆け出した。
「どっせぇいっ!!」
気合の雄たけびと共に、アイに気を取られたエシャロットウルフの体が大きく吹っ飛んだ。腹部への蹴り――人間が受ければ、確実に内臓が破裂する一撃だったが、エシャロットウルフは着地と同時に身をひるがえすと鮮やかに構えなおして、唐突な乱入者を睨みつける。
「ちっ……! 自信なくすなぁ!」
一撃を放った乱入者……大鬼のバリーは、エシャロットウルフと正面から対峙した。
エシャロットウルフがバリーに向かって駆け出しながら低く吠え、魔法陣を展開し、氷の槍をバリーに向かって解き放つ。バリーはその槍をかざした左腕で受け止め、エシャロットウルフに向かって大きく踏み込んだ。
跳び下がろうとするエシャロットウルフの首筋を、そうはさせじと右腕でひっつかみ、掌に力を込める。
ごきり、と掌越しに鼓膜を揺らす鈍い音と共に、首の骨が折れた。大鬼の握力は、支援魔法の効果で、凶悪なレベルにまで引き上げられていた。
ようやく一匹。エシャロットウルフをしとめたバリーの背中に、近寄る影が一つ。
「バリー!」
「アイか……!」
相手が同期の桜であり、信頼できる戦士であることを確認すると、背中合わせになって周囲を警戒する。二人を難敵とみなしたエシャロットウルフの群れが、遠巻きに円を描く様に彼らをとり囲んだ。
「支援魔法抜きなら何回死んだ!?」
「五回ってところかにゃ。あんたは?」
「三回かな……僕の勝ちだな」
「勝ち負け競うもんにゃの? これ」
軽口を叩きあいながら、油断なく敵を睨みつける。
「支援魔法、凄いな! こんなのは初めての経験だぞ! エシャロットウルフの魔法が直撃してもぴんぴんしてるなんて! 流石は2000年生きた魔王の体の一部だな!」
「あんまり慣れ過ぎない方がいいわよ! 多分、こんな豪勢にゃ支援魔法で戦うにゃんて、二度とにゃい経験だから!」
「……全体的に、魔法抜きなら何人ぐらい死んでると思う?」
「さあ」
悲鳴、雄たけび、怒号、叱咤激励……様々な種類の声が混ざり合ったオーケストラに耳を傾けながら、アイは素直な意見を答えた。
「グロス単位じゃにゃい?」
「……支援魔法がなかったら、今頃ここは、自警団の死体だらけって事か」
攻めあぐねてとびかかってきたエシャロットウルフの一匹を、バリーの剛腕が捉えた。背骨をへし折る手ごたえと共に、エシャロットウルフの体が吹っ飛んでいく。
「けど、そんな状況でも今のところは死者は0……だと思う、たぶん」
「魔王様の力のおかげで、何とか戦線が保ててるって事か……! 皮肉な話だな」
「にゃにが?」
「怒るなよ? 僕は、父さんから魔王アルトエレガンは、この町の独立を阻んだ悪魔だって言い聞かされて育ったんだ。それが今は、こうやって僕達を助けてくれている!
父さんになんて言ったらいいと思う?」
「転生召喚テロにゃんてやったやつらが悪いって、拳で言い聞かせにゃさい!
そのせいで、巡り巡ってこんな大修羅場ににゃってんだから!」
「はははは! まったくだな!」
「何をやっている!」
攻めあぐねているエシャロットウルフ達に対し、横合いから怒号が飛んだ。見れば、ローブを羽織ったエルフがいた。ロングボウに矢をつがえて、アイ達の事を狙っている。
「魔法で制圧しろ!!」
『――ウォゥッ!』
号令と共に、エシャロットウルフ達が雄たけびを上げ、虚空に魔方陣を描く。アイ達を取り囲んだ魔方陣から、一斉に炎弾、氷塊、雷球がうち放たれた!
360度、全方位からの逃げ場のない攻撃に、アイ達はアイコンタクトすらなく動いた。
かがんだバリーの背中を踏み台にして、アイの体が上空に飛ぶ。狼たちの、指揮を下した男の視線がアイに集中したその瞬間!
バリーは円陣の一方、指揮を下したエルフのいる方向に突撃を仕掛け、アイは中空で、柏手を打った。衝撃を与えられた肉球によって、雷鳴と稲光が戦場に走る。
「がっ……!」
『……!』
視線を集中させたところに閃光を受け、一同の目が眩んだ。唯一雷光を背にして駆け抜けたバリーのみが視界を確保し、そのまま魔法の包囲網を走り抜ける。
炎弾、氷塊、雷球を魔法で強化された腕で打ち払うという力業で駆け抜け、目を焼かれたエシャロットウルフの間をすり抜けて、エルフの首筋に手を回した。
「悪いな。僕達にも余裕がない」
「――!」
何を言おうとしたのか。
命乞いか、罵声か、はたまた崇高な理念とやらを並べようとしたのか。
何をかを言おうとしたエルフは、何一つ言葉を発せずに、バリーにその首をへし折られた。
アイは地面に着地すると同時に視界を取り戻しつつあったエシャロットウルフを数匹しとめ、バリーに駆け寄った。
「バリー!!」
「アイ……悪いが、僕はいったん下がる」
苦痛を堪えながら、バリーは両腕をアイに見せた。肉がそげ、焦げ付き、凍り付いて……骨が見えるほどにボロボロになった両腕を。一発二発ならいざ知らず、集中砲火を腕で防御するという、力業の代償だった。
いくら強力な支援魔術だからと言っても、限度があるという事だ。
「……! よくもまあ、この腕で……わかった! ここは私がにゃんとかするから、あんたはいったん下がって治療を受けてきにゃ!」
「すまない……! すぐに戻る!」
「ゆっくりしてきにゃ!」
北門――支援部隊の待機している方向へ駆け出すバリー。その背を追おうとするエシャロットウルフ達に向かって、アイは柏手を叩いた。雷鳴、稲光。
エシャロットウルフ達の注目が自分に集まったのを確認してから、アイは身構えた。一吠えで魔方陣が展開され――おや、とアイは違和感を覚えた。
二吠え目で魔法が解き放たれる前に、大きく踏み込んで、先頭にいたエシャロットウルフの顔面にビンタを叩きこむ。炭化して崩れ落ちる敵の横をすり抜けて、円陣の外円を、弧を描くように全力疾走し、魔法を回避し――
またも、一吠えで構築される魔方陣。それを見たアイは、確信と共に声を張り上げた。
「みんにゃ!! 指示を出してる奴に集中的に叩いて!
こいつら、単純にゃ命令しか聞かにゃいし、出来にゃい!」
『――!?』
飛来する魔法を回避しながら、アイは自分の敵――円陣を組んでいるエシャロットウルフを睨みつけた。彼らは、アイが円陣から抜け出たにもかかわらず、いまだに陣形を変えずにその場にとどまり、愚直に魔法を放ち続けている。
エシャロットウルフの身体能力を考えれば、明らかに、直接とびかかった方が合理的な距離にも拘らず、だ。
アイは、会議でのアルトエレガンの発言を思い出していた。
曰く――単純な命令しか聞けない。曰く――特定の波長の魔力が乗った声にのみ命令を聞く。
それらの特徴を合わせて考えれば、このちぐはぐさにも納得は行く。
即ち、先ほどのエルフが放った『魔法で制圧しろ』という命令を、愚直に守っているのだ。
「っ! 散会せよ! 後は勝手に戦え!!」
横合いから放たれた別の命令に反応し、円陣を組んでいたエシャロットウルフが散会し、思い思いにアイとの間合いを取り始める……その声に、アイは聞き覚えがあった。
(ウーンファース……!)
しかし、これで、確定した。
先程は野生の本能で戦い、アイ達を追い詰めていたのは、「勝手に戦え」と命令されていたから。そこに、魔法を使えという型にハマった命令を下されたせいで、一気に弱体化したというわけだ。
自警団員たちの攻撃が、雄たけびと共に、エシャロットウルフの間に混ざった敵兵たちに集中する。その中の一人が、恐怖に負けて思わず叫んだ!
「ひっ……! ウルフ共!! 俺を守れぇっ!」
(しめた!)
アイは内心でガッツポーズをとり、喚いたエルフに向かって駆け出した。
一部のエシャロットウルフが、叫び声をあげたエルフを取り囲んだのを見て、エルフに向かってとびかかる「ふり」をする。見え見えのフェイントであり、いつものエシャロットウルフなら嘲笑と共に見逃すであろう行動だ。
だが、今のエシャロットウルフ達は、エルフを守るという単純な命令下で動いているから――叫んだエルフを守ろうと、全力で見え見えのフェイントに対応する。
アイが見せたフェイント……彼女がとびかかるように見せかけた軌道上の何もない空間に向かっていくつもの魔法が飛び交って……隙だらけになったエシャロットウルフの顔面に、アイのビンタがさく裂した。
避けるそぶりさえ見せず、黒焦げになるエシャロットウルフ。叫び声をあげたエルフを守る、という命令を第一にするよう調整された彼らにとって、自衛のための反応すら二の次三の次なのだろう。
再び、同じように踏み込み、フェイントをかける。対応も全く同じ、全力で守ろうと反応し、アイへ隙を晒し、ビンタされる……そんな単純行動を、繰り返す事数回。
「あ……あ……!」
「にゃるほど。一人につき、命令権の有るウルフは一定数しか与えられてにゃいのね……そして多分、ウーンファースの奴は上位の命令権を行使できる……」
守る狼たちを全滅させられ、腰を抜かすエルフに、アイは笑顔で笑いかけ、
「ちょっと、寝てにゃさい」
かなり優しく、肉球を押し付けた。




