ギャラルホルンにて
『アハトベルン』、フラグレア王国王都、次元航行ターミナル『ギャラルホルン』。
王都の中央にそびえたつ王城よりも巨大な塔が、それだ。この巨大構造物は、何も巨大な魔方陣の内臓のみを目的として作られたわけでは、ない。もしそうなら、王都の真ん中ではなく、郊外のあまった土地にでも作ればいい。
そこを、無理を通して――既存の建物すべてを、住民の反発を無視して取っ払い、王城の近くにより大な建築物と言う、権威を貶めかねない物をおっ建てたのには、ちゃんとした理由があるのだ。
違う世界への扉を開くともなれば、その魔方陣の起動には莫大な魔力が要求される。そのエネルギー源として、王国の人間達は大地を流れる魔力の流れに着目した。それを最も効率よくくみ取れるのが、王都の中央部だった。
さらに別の問題もある。水が低きに流れるように、世界にもまた、世界間の穴の開きやすい場所というものが存在する。それもまた、王国の中央部だった。
他の場所に穴をあける事は、無論可能ではある。あるのだが、それには大量のエネルギーが要求される。この場所なら、他よりも少量のエネルギーで穴があけられる……ここでも、エネルギー問題に直面するというわけだ。
エネルギーの収集効率と、消費効率。双方の条件を満たした場所が、王都の中央部だったのである。
エネルギー問題……オープンワールドの異世界ゲート周りの分野では、常に付きまとう問題である。『リッターホルン』や『アハトベルン』では問題の解決に成功し、安価での異世界旅行に成功していたが、多くの世界では難問となって立ちはだかっている。
そんな、転移魔方陣のVIP待合室にて。
「……!」
少女……イザベラは床を踏み鳴らしたい衝動を堪えた。
視線の先には、文章が浮かび上がった魔方陣。そこには、フラグレア王国の公用語で、こう書かれていた。
『現在、エルフ及びハーフエルフに対し出国制限が発令されています。
ご理解とご協力をどうぞよろしくお願いします』
その内容に、普通のエルフなら、差別だと喚きたてるか、泣き寝入りするかのどちらかだろう。だが、イザベラはどちらでもなかった。
「やられた……!」
自分達にかけられた出国制限を受け入れたうえで、歯噛みした。
その傍らでは、アイリーンが旅装を解かぬままに座り込んでいる。今、このVIP待合室は、二人の貸し切り状態だった。
「あー……嫌にゃ予感が、当たったわ。
にゃがい付き合いににゃっちゃいそうね、私達」
「ええ、全くですわ……! まさか、私達が出る前に、こんな偶然が……!
幸い、被害者は出なかったからいいようなものを……」
アハトベルンのエルフの出国制限の理由――別世界のエルフが引き起こした、転生トラックテロ。
それに対する、過剰な報復を警戒しての、出国制限……これは、エルフに対する差別ではなく、エルフ達を守るための制限だった。
転生トラックテロをはじめとした乱暴狼藉が、地球系列世界における、エルフ差別の原因である以上、この措置は妥当としか言えないだろう。
むしろ、この制限がかかること自体、王都の上層部に根付いていた亜人蔑視の思想が、薄れてきている吉兆であると言える。
だが、よりにもよって……
「この、肝心な時に……!」
尊敬する小父から託された密命が、最初期の段階で躓いたことにいら立ちを隠せない。
「どうする? にゃんだったら、私だけでも向こうに行こうか?」
「それでは、意味がありませんわ!」
アイの提案が、現状に対してとりうる唯一の方法だと理屈ではわかっていた。だが、それでは意味がないのだ。
「私が直接、アルトエレガン殿に上奏しないと……!」
「団長の名前を出したら、ある程度融通は聞きそうだけど……」
「それは……確かにそうですが……」
イザベルは眉をひそめた。しばらく考えた後、諦めたように首を横に振って、
「いいえ、やめておきましょう。
そんな横紙破りをしたら、地球系列世界の人種からの、エルフへの反感を、刺激する事になりかねません。
アルトエレガン殿が、叔父上の話通りのお方ならば、いい顔はなさらないでしょうし」
(いやあ、案外笑ってやり過ごすんじゃにゃい?)
あの短い旅路の中、ひょうきん物のアルトエレガンしか知らないアイは困惑を隠せない。
団長と同じく、このイザベラという少女も、やたらアルトエレガンを持ち上げて厳格な人物だと思い込んでいる節がある。
「西暦系の世界には、エルフの作った組合があるそうだけど……そことつなぎを取る?」
「残念ながら、ツテがありませんわ……いえ、ないというよりは」
イザベラは、苦虫をかみつぶしたような顔をして、
「エルフ労働組合の方々には、兄達が、随分と無礼を働いたようですので……」
「あー……接点は接点でも、マイナスな接点にゃのね」
兄。
その名を口に出す際のイザベルは、複雑そうな顔をしていた。
話にしか聞いていないが、そうとう過激な思想の持ち主であることは確かだ。家族としての親愛と、エルフとしての思想の相反が、彼女の中で整理が出来ていないのだろう。
(私の知ってる兄妹とは、随分違うわね)
アイは、先日の事件――ガゼロットが絡む、異世界転移事件で知己を得た、とある兄妹を思い出す。妹とは旅を共にし、兄ともある程度は話した。
兄の方は騒乱のさなか、第197地球世界に置いて行かれた後、迎えが来るまでの短い時間話をしただけだが――
それでも、綾の話をする時の、あの親愛の情が籠った表情は忘れられない。
(人それぞれの兄弟愛、か)
なんとなく、あの兄妹の顔が見たいと思うアイの耳に、部屋の外からざわめきが聞こえた。
「おやめください! ここは今、貸し切りで!」
「ええい! どけ! 私は関係者だ!」
何事かと聞き耳を立ていたら、人の言い争う声と共に、複数人の男達が待合室に入ってきた。入室を咎める係員を、数の力で押し通ったらしかった。
押し入ってきた全員に共通しているのは、整った顔立ちと、金色の髪――そして、鋭くとがった耳。エルフ、と呼ばれる亜人、その集団であった。総勢で6人。
男達の一人……長いマントと一際豪華な刺しゅうを施された服をまとった青年が、イザベルを見据えて声を張り上げた。
「見つけたぞ、イザベル!」
「お兄様……!?」
兄。
あの男はどうやら、話にしか聞いていなかった、イザベルの兄らしい。と、アイは身構えた。なぜVIPルームに現れたのかは――聞くだけ野暮というものだった。
「……追手、ね」
椅子から立ち上がり、兄弟の間に割って入るアイ。すると、イザベルの兄――確か、ウーンファースという名前だったはず――は舌打ちした。
「雷獣……! そこを、どけ!」
「どかにゃいわよ」
威圧的に怒鳴り散らすウーンファースを睨みつけて、アイは身構えた。
男達は、全員が端正な顔立ちの美男子ばかりだったが……お近づきになろうとは、とても思えなかった。
「……報告にあった、あの、裏切り者の手の者か」
全員の視線に、同じ感情が……アイに対する根強い蔑視が色濃く表れていたからだ。こんな目で他人を見られるような人間とは、仲良くなりたくない。
男達の一人が、ウーンファースに恭しく問う。
「どうします?」
「やる事は変わらん、イザベルを連れて帰る」
「……! 正気ですかお兄様! 正気で、あんな計画が成功するとでも!?」
「すっかり、あの裏切り者に感化されおって……!」
妹からの詰問に答えず、ウーンファースは忌々しげに吐き捨てた。そして、男達に手ぶりで指示を出す。
連れて行け、と。
無言でイザベルと距離を詰める男達が、三人。アイは一応、一言だけ警告した。
「止まりにゃさい」
判り切っていた事だが、警告は無視された。男達は足を止めることなく、アイの体を押しのけようとして。
「――!」
その瞬間、アイの体が沈んだ。足が地面と水平になるまで開き、上体を倒し、平たく体を伸ばしのである。そして、前に突き出された右足が、目にもとまらぬ速さで男達の一人の足を払う。
一人の体が、回転して、横に並んでいた男一人を巻き込んで倒れこむ。
足を払った勢いをそのままに立ち上がりながら、その足首がらせんを描いて、残った一人の首筋を強かに叩いた。
途端に、意識を失って倒れるエルフ。
まずは一人。
「ぐあっ……!?」
「この……!」
足払いをかけられた男達がもがいて立ち上がろうとするも、その顔面にサッカーボールキックが叩きこまれた。衝撃で、白目をむいて意識を手放す。
これで二人。
下敷きになっていた男が、意識を手放した仲間をどけようとするが――サッカーボールキックで振り上げられた足が、そのままかかと落としの形で振り下ろされ、強烈な一撃を顔面に食らった。
きっちり、三人。
室内の様子をうかがっていた係員から、悲鳴が上がった。
傍観者の反応を置き去りにするほどの、鮮やかな鎮圧劇だった。
「すごい……!」
「雷獣は、肉球だけじゃにゃいのよ」
感嘆の声を上げるイザベルに、にっこりと笑って返す。ガゼロットのサイボーグ相手にこりていたアイは、もとより体得していた肉球に頼らない戦い方を、さらに突き詰めていた。
歩み寄ってきた時の無警戒ぶりからして、大方、雷獣が相手だという事で、雷対策の魔術でもかけていたのだろうが……アイを甘く見たのが運の尽き、といったところか。
一瞬で倒された仲間たちの姿に、残されたウーンファースを中心としたエルフ達が騒ぎ出す。
「貴様……っ!」
「あ、抜いちゃう?」
歯噛みして、腰のレイピアに手をかけるウーンファースに、アイは気絶したエルフを靴先で小突きながら、
「抜かれちゃうと、こんにゃに優しくは出来にゃいけど……いいの?」
アイの足元で、うめき声をあげるエルフ達……あれほど強烈な打撃にも拘らず、三人はまだ息があった。意識を失うけれども死にはしない。そういう手加減の仕方であった。
情報を引き出すため、相手を殺さず捕縛しなければならない状況が多い、自警団ならではの手練手管である。
「これは身内の……我らの問題だ! 自警団風情が手出しはするな!」
「そうは言っても、嫌がる相手を無理やり連れ去るだにゃんて見過ごせにゃいわよ。
未成年者略取誘拐、って言葉知ってる?」
自警団員としての建前を並べて、アイは肩をすくめて見せた。それがなくとも、一通りの事情を聞いている身としては、ウーンファースの暴走――と、言っていいだろう――は見過ごせない。
「……裏切り者の手先め!」
とうとう、残ったエルフ二人がウーンファースの前に出て抜刀し、切っ先をアイに突き付けた。部屋の外から聞こえる悲鳴が、さらに大きくなって室内に響き渡る。
「あーあ。抜いちゃった」
アイはこぶしを握り締め、肉球を圧迫して稲光を発生させる。
閃光と雷鳴が室内を覆い、エルフ二人の目がくらみ――その瞬間を逃さず、アイの体が動いた。
身を低くして間合いを詰め、二人並んだエルフの間に潜り込む。アイの姿を見失い、狼狽する二人に対し、アイは両手を開いて体ごと前に飛び、二人の顔に勢いの乗った張り手を喰らわせた。
衝撃で肉球が発電し、強烈な閃光が至近距離から網膜を焼く。
「ぎゃっ!!」
失明した目を抑えて蹲るエルフ達の後ろに回り込み、首筋に手刀を落とし、意識を奪う。
たとえ電流に備えようと、五感の強化がおろそかでは、雷獣に対抗できるとはいえないのだ。
「魔法で治療したら治るから、安心しにゃさい」
「……!」
一人、反応が遅れて抜刀できなかったウーンファースだけが、アイの前に取り残されていた。連れてきた精鋭五人が瞬く間に鎮圧されたのを見て、言葉を失っている。
「あんた等……よくもまあ、あんな大それた事思いつくわね」
とてもではないが、アイがイザベルから聞かされていたあれこれが実現できるとは思えない、お粗末な戦闘力だった。
「貴様……!」
自分達はおろか、その悲願さえも侮辱されたと感じ、ウーンファースの意識が灼熱する。
激情の赴くまま、血走った目で抜刀しようとした、その時だった。
「おやまあ」
扉から化け物が顔を出したのは。
化け物の姿を見たアイとイザベルは全身を凍り付かせ、ウーンファースは、その硬直を隙とみて抜刀し、切りかかる。
が、しかし。
ぎぃんっ、と、硬質な音とともに、レイピアの刃が止まった。
「……っ!?」
何事かと刃先を見れば、レイピアの細い刀身を取り込むように、中空に魔方陣が描かれていた。何者かが、魔方陣を使ってウーンファースの斬撃を止めたのだ。
急いで五感を研ぎ澄まし、魔力の出所を探る。
「……騒ぎがあったと来て見りゃあ、知った顔とご対面。
しかも修羅場だ。どうなってやがる?」
その魔方陣を構成する魔力が、背後から放たれていることを知ったウーンファースはようやく振り向き――同じく、硬直する。
黒い体に嘴の様な甲殻を頭部にかぶり、角をはやしたその異形。
オープンワールドなら歴史の教科書にも載るほどの有名人を、室内に居並ぶ誰もが知っていた。
「魔王……!」
「アルトエレガン殿……!」
「アルト!?」
ウーンファースとイザベル、そしてアイ。異口同音に名前を出されて、アルトエレガンは眉をひそめて、
「うん、まあ、そうだけど。
お前ら誰だ? アイ以外には名乗った覚えはねえぞ?」
続いて待合室に入ってくる人影二つ。バーコードハゲの男と、ポニーテールの少女。
この二人に関しては、イザベルは見覚えがなく……アイリーンにとっては、なじみのある顔だった。
「闘! 綾!」
「……アイさん!?」
ウーンファースの双眸が、驚愕で見開かれた。闘、綾と二人の顔を確かめるようにして睨みつけている。
アイと綾、想像もしないタイミングでの再会に目を白黒させる二人を置いて、アルトエレガンと闘のコンビは言葉を交わす。
「アルト、そいつ、捕らえられるか?」
「あん?」
「……っちぃっ!! 多勢に無勢かっ!
『瞬きの間の一風よ』!」
状況の不利を悟ったのか、ウーンファースが動いた。呪文を唱えつつ中空に魔法陣を描き、
「イザベル! 私は貴様らを認めんぞ! 裏切り者共め!」
「!!」
妹に対して一言吐き捨ててから、その姿が消えた。同時に、地面に倒れ伏したエルフ達の姿もかき消える。
瞬間移動の魔法――ウーンファースが、最も得意とする魔術だった。エルフでもそう簡単には使えない魔法技術を、いとも簡単にやってのける兄の技量に、改めて感嘆するイザベル。
(だからこその、傲慢、なのかもしれませんわね)
「……今のは……随分と、器用な事する奴だなあ」
「アルト、今の奴、追えるか?」
「そりゃ、追えるが……どうした? さっきから」
「勘だ。生かしてとらえた方がいい気がする」
「勘かあ」
この男が『勘』と言ったら、それは絶対である。
その事をよく知っているアルトエレガンは魔力を行使して……
「よし……痕跡を捉えた。行くぞ闘」
「……どこだ?」
「すぐ近くの路地裏だ。今から行けば、すぐに追いつく」
「お、お待ちください! アルトエレガン様!」
部屋を立ち去ろうとする、イザベルが止めた。慌てて、地面に腰を下ろした彼女は声を張り上げて。
「ああ、わりいけど要件なら後に――」
「どうか! どうかこれをお受け取り下さい!!」
「…………」
アルトエレガンの動きを、止めることに成功した。
綾は目を見開いて呆然とし、闘は肩眉をはね上げた。アイは突然の仲間の行動に意味が分からないとばかりに目を白黒させている。
今のイザベルが行っている行動が、原因だった。
地面に直接正座し、頭を下げる……土下座、と呼ばれる作法であった。両手は地面につけるのが普通なのだが、イザベルはそうしていない。
その代わりに、両手で掲げるようにして、一通の封筒を差し出している。
「私は、イザベル! イザベル・セルモノ! エシャロットの森に住まうエルフ族の長の娘です!
どうか、先にこの書状をお納めください!」
「…………」
アルトエレガンは、それを見てしばし沈黙した後、口を開いた。
「アハトベルンに、土下座の作法はねえ。それは、地球系列世界の、日本の文化だからだ。
日本語だけはしっかり言語になってるくせに、その辺りはさっぱりだ。
お前……それを、何処で習った?」
「勇者」
イザベルは、緊張と恐怖で震える体を叱咤して、ようやく口を開く。
「勇者イザーク・ラムダ様より直接、ご教授されました」
「…………いざーく。聞き覚えのない名前だ。お前、その姿勢が、どんなもんか知ってんのか?」
「はい。日本という国における最大限の礼を示す行為であり……同時に、非常に屈辱的な行為でもある、と。
先程は、失礼いたしました。勇者イザーク・ラムダとはこの世界での名。アルトエレガン様には、こちらの名の方が聞き覚えがあるかと存じます。
イソベ タカオと」
「いそべ――磯部坊やか」
「知り合いか?」
「ああ」
闘の問いに、アルトエレガンが答えた。
「一度だけあって話した。40年前、この世界のエルフ共に殺されて、誘拐されたな被害者だ。
……っ。すまん闘」
「なんだ?」
「もう一度ワープしていきやがった。今度は遠距離……ジャミングも丁寧にかけてある。
追跡しようとしたら時間がかかるぜ。どうする?」
ふむ、と闘は顎を撫でて、イザベルを見た。
「まあ、いったん放っておこう。それよりもこっちの方が――深刻そうだ」
震える手で差し出された訴状を、闘が受け取り、アルトエレガンに手渡した。
「……後、場所を移動するぞ」
「なんでだ?」
「勘だ」
「勘か」
この男が『勘』と言ったら、それは絶対である。
その事をよく知っているアルトエレガンはその場の一堂にこう提案した。
「とりあえず、君らさえよかったら、俺らと一緒にお茶しない?」




