やはりある、オープンワールドの暗黒面
「アッシュブレッドとディスターニャを人数分」
「はい。畏まりました」
一礼するメイド姿の女性に、鷹揚に手を上げて、闘はチップを渡す。
「後は人払いを」
「どうぞ、ごゆるりとお寛ぎください」
感情の一切を排して一礼し、完璧な所作で退室をする女性。その優雅な姿を見て、綾はほへーと声を上げて、
「生メイド……初めて見ました……!」
「……私も初めて見たわ……それも、こんなすごい場所のメイドなんて」
周囲を見回し、アイリーンは呆れを隠そうともせずに言った。
「王室御用達の喫茶店の一室を貸切るなんて……豪勢というか、なんというか」
「使わないとたまる一方だかんな! 金なんてのは!
不老で超人何ぞやってるとなおさらだ!」
豪華な室内……フラグレア王室も御用達の喫茶店の一室貸し切り。その費用を担当した化け物は、からからと笑う。
「はあ……噂には聞いてたけど、超人って儲かるのねぇ」
「人にもよる。平でも故郷の世界の長者番付に確実にランクインできるって評判だ。その分、払わされる税金も半端ないがな……!
いやほんと、こればっかりは、超人対策費用とかも含めて文句が言えん」
見回せば、豪華な調度品に、金縁の枠で飾られた絵画。足元のマットはふかふかな高級絨毯。テーブルや椅子の調度品も、下品でない程度の高級感を漂わせていて……
椅子一つとっても、綾の避難先であるVIPルームの、高級ソファに勝るとも劣らない座り心地だ。嗚呼、こんな生活送ってたら、元の生活に戻れない……! そう思いつつも、色々堪能してしまう綾であった。
「ここなら、問題あるまい?」
――この喫茶店が、王室御用達なのは味やサービスもさる事ながら、密談に最適だからである。関係者の口は堅く、警護はしっかりと整い、人目をはばかるやり取りもできる。
綾達が、わざわざ高級喫茶店の一室を貸切ったのは、情報漏洩を気にするイザベルに対して気を使った結果だった。
「はい……先に、言わせていただきますと、アルトエレガン様にとって相当腹立たしい案件ですので、どうか、心をお沈め下さいますよう……」
「ふん……そこまで言うほどかね」
「俺もそう思う」
恭しく進言するイザベルの言葉が、闘によって補強された。何よりその事実に驚いたのは、イザベル自身だった。
「貴方……内容を知っていますの!?」
「いや、ただの勘だ」
「勘って」
「勘かあ」
この男が『勘』と言ったら、それは絶対である。
その事をよく知っているアルトエレガンはあっけにとられるイザベルをよそに、気合を入れて文章を読み進め始めた。
アルトエレガンが読み進むのを待つ間……届けられたお茶とお菓子をつまみながら、ガールズトークに花が咲いていた。
「にゃにっ!? 綾が超人に……!?」
「そうなんですよ……無限動力って事で、狙われるようになっちゃって……」
ガールズと言っても、主に話すのは綾とアイ。あの旅で絆を深めた友人同士の、近況報告である。闘とイザベルは蚊帳の外で、少なくともイザベルは、居辛そうに紅茶を飲んでいた。
実は、イザベルの前で無限動力云々を口にするのは、かなり迂闊で危ない事なのだが……闘は、大丈夫だろうと、イザベルには他言を禁止するように、綾には説教をそれぞれ言えばいいと思っていた。
勘である。
「お手紙でも出そうかと思ってたんですけど、色々あって出せず仕舞いで……すいません」
「いやいや、気にしにゃくていーから! 綾の安全第一! うん!
……何より、元気そうでよかったわ」
「はい! ありがとうございます! アイさんも、お元気そうで何よりです!
……そういえば、アイさんの方は、あれからどうなったんです?
私の世界に置いてけぼりでしたけど」
「ああ、うん。こっちも大丈夫だったわ。
アメリカ軍に捕らえられそうになったけど、綾のお兄さんがにゃんとかしてくれたし」
「お兄ちゃんが?」
「ええ。綾の恩人だからってかくまってくれて……後は、闘の奴が迎えに来てくれて、アハトベルンに戻ってきたわ。あっちには一日もいにゃかったわね。
いやー、短い異世界旅行だったけど、所長には大目玉食らったわ!」
「……それで、あの、言いにくいのならいいんですけど……」
「あー、大丈夫大丈夫さっきの事でしょ?」
ウーンファースとその一党による襲撃を話題に挙げて、アイは蚊帳の外だったイザベルを話題の中心に押し出した。
「この子が、今ちょっと、兄妹喧嘩の真っ最中でね」
「兄妹げんか……」
「はい。もはや、兄とはたもとを分かっております。初めまして、イザベルと申します」
「あ、はい。こちらこそ。寺門 綾と申します」
キリリ、眉を上げてと胸を張るイザベル。アイは綾の耳元で、イザベルに聞こえぬようささやいた。
「綾より年上ではあるけど、エルフは長寿だから、人間で言うと12歳くらい……背伸びしたいお年頃だから、話半分に聞いてちょうだいにゃ」
「はあ……エルフ、ですよね、あの人」
「そう、エルフよ。まだまだ、24歳の若い子」
「その、兄との諍いに関して、お力添えをしていただければと思い、アルトエレガン様を尋ねしてまいりました」
お子様扱いされてることなどつゆ知らず、イザベルは自ら話題を切り開いた。
「そうしたら、ギャラルホルンで思わぬ足止めを……」
「エルフの渡航禁止令が出ちゃってたのよ」
「ええ!?」
いきなり飛び出した思いもしない単語に、驚く綾。すわ、人種差別か、と身構えるも――
「まあ、団長……この世界の勇者の名前を使えば、無理していけなくもなかったんだけど、事情が事情だけに、ね」
アイが、それを当然の事と言わんばかりの言葉を、口にしていたので出鼻をくじかれた。
「えっと……」
「……無理に密入国しようとしなかったのは、賢い判断だな」
闘が、紅茶でのどを潤して、
「今、地球系列世界は、転生トラックテロ未遂のせいで、反エルフが再燃してるからな。
下手に密入国でもしたら、最悪射殺までありうる」
「……はい! 先生!」
「……なんだ?」
「まず、転生トラックテロ、ってなんですか? ジャリーさんもそんな事言ってましたけど……」
話についていけない綾は、問わぬは一生の恥とばかりに闘に質問をぶつける。
「異世界転移、異世界召喚ってサブカルがあるんなら……お前の世界には、異世界転生っていうジャンルもあるんじゃないか?」
「ああ、はい。あります。
確か、神様が間違って殺しちゃったから、そのお詫びにチート能力を与えて転生させてどうのこうのと……」
途中まで言って、綾は思ってもみなかった角度から殴られたような衝撃を受けた。
「……あの」
「なんだ?」
「自分で言っててなんですけど、これって、オープンワールドの常識的に考えて、とんでもない事なんじゃあ……?」
おずおずと問いかける綾……その裏にある感情は、恐怖だ。
今まで学んだオープンワールドの成り立ちは、全て『神』に『勇者』が行った復讐から始まっている。である以上、神の傲慢の極みともいえる、このような転生エピソードは、そりゃあもう語るだに恐ろしい報復がなされたのではないかと考えたからだった。
だが、オープンワールドの常識は、綾の想像のはるか上を行く。今までも。これからも。
「いや、異世界に転生するってことそのものは、大した問題じゃあない」
「え゛……!?」
「何考えたのか、その顔見りゃあ大体想像つくが……
別に、ごくごく普通の話だぞ。死後の魂が、違う世界に流れる……そういう仕組みになって相互依存の関係にある世界も存在する。
または、生前の業に合わせて、第二の人生を……なんて、神の計らいで転生先を用意される場合もある。神同士が同盟を結んで、互いの世界の魂をやり取りする場合もある。
凄いのになると、一人の神が複数の世界を運営して、その世界間でやり取りをするケースもあるがこいつはレアケースだ。
お前が今言ったような、魂の管理云々だと……転生先の世界が同じ神の管轄なら合法だ。違う世界の神が騙して連れて行ってるケースだと超がつく違法だが。
このように、一言に転生っていっても、いくつものパターンがある。ここ、試験に出るから、帰ったらテキスト読みこんどけ」
ふむふむ、と荒々しい事にならずにほっとしつつ、メモる綾。
「その中でも、おおよそ、最悪のパターンとされるのが、転生テロ関連だ」
「転生テロ……」
「転生させる人間を、自分で殺して連れて行くんだよ」
「…………え?」
「そういう術式が存在する世界も、ある……いや、そもそも、この世界の勇者召喚の一つが、まさにその術式だったはずだ。
異世界で、普通に暮らしてる人間を、何らかの方法で殺し、自分の世界に連れて行くのさ」
言いながら、闘は壁の本棚に歩み寄り、そこに置かれていた新品の新聞を、手に取る。
「……転生テロってのは、より直接的に、自分たちにとって都合のいい相手を、殺して異世界に連れ去る行為全般の事を指す。
ほれ、これだ」
絶句する綾の前に新聞を広げ、記事の一つを指さす。アメリカの新聞だった。
英語で書かれたその新聞を、綾は読むことが出来たので、目で追って……さらに、色を失った。
「……幼稚園児を狙った……転生トラックテロ……!?」
「ああ、前に説明したテンペスト事件と同じだ。
転生してきた人間にだって、きちんとした自我があれば、元の世界に帰りたいと願う。連れてきても、下手すると世界を救うより先に帰っちまう。
だから――帰りたいと思うだけの自我が安定してない、幼い子供を狙うのさ。
転生してきた人間は、多くの場合、肉体に精神を引っ張られて幼児退行を引き起こす……子供に仕掛ければ、見事に赤ちゃん返りってわけだ。
最悪のケースだと、生まれさえ自然には任せずに、事前に用意しといた妊婦の中にぶち込む。
そして、この手のテロを引き起こすのは、大抵が神の手先か、エコテロリストになったエルフだ」
エコテロリスト。
環境破壊などに対する妨害活動を目的としたテロリズムを行う者たちの事。
ファンタジーの世界なのに、いきなり現代用語が混ざってきた。
「エコ……テロリスト……?」
「エルフって種族は、その多くが、森の民と呼ばれるほどの自然主義者で、菜食主義……差別主義者は草食動物、なんて揶揄するくらいでな」
「原典になったエルフっていうよりは、創作物のエルフに近いんですね……」
「ああ、そのせいで、機械文明ととことん相性が悪い。
連中からすれば、地球系列世界は、大気は穢され地面は得体のしれないものでおおわれて、とてもじゃないが住んでいられない世界なんだとよ。
後は、テンペスト事件の時と理屈は同じだ。『こんな穢れた世界より、緑あふれる自分たちの世界の方が、価値があるに決まっている』、『この地獄から、天国のような世界に連れて行ってやって、ついでに世界を救ってもらおう』ってな……
大抵は、そういう考えを拗らせて自分の世界に閉じこもるもんだが……『この地獄をこのまま放置してはおけない!』って親切精神で外に出てきて暴れる馬鹿も、一定数いる」
「ちょ、ちょっと闘さん! 闘さん!!」
肝心要のエルフの前で、色々ぶっちゃけたトークをぶちかます闘を、必死で諫めようとする綾。だが、言われた当人は大して動揺した様子もなく、
「構いません、綾様。
私の兄を始め、そのような頑迷な思想を持つエルフが多いのも、事実ですから」
どうやら、みじんも気にしてない様子だった。安堵する綾だったが、すぐに思い直した。
私の兄、と彼女は言った。それはつまり……
相当に、デリケートな問題らしいと、綾は察した。踏み込んでいいものか悩んだ末に、当たり障りのない別の問いを投げかける事にする。
「そ、そんなにエルフが問題になってるなら、どうしてイザベルさんがわざわざ足を……? そこだけなら、別の人でも……」
「それは……」
「通報役をエルフにすることで、エルフへの反感を減らす……事態の解決に、エルフが一役買ったって言い張る為さ」
どすの利いた声が、低く、唸るように一同の耳朶を叩いた。
「成程。事前に、覚悟を決めて読んどいてよかったぜ……」
思わず視線を向ければ、発生源は、アルトエレガンであり……闘を除いた全員が、息を呑んだ。黒い体から立ち上る、殺気に気おされたのである。
アイとイザベルは、それまで培ってきた戦闘勘で片付くが、何の訓練も積んでいない綾にさえ寒気を感じさせるその怒気は、異常であった。
アルトエレガンは、一人、涼しい顔をしている闘に向かって書状を放り投げて、
「闘。仕事だ」
「仕事?」
「エシャロットの森……そこにいるお嬢さんの故郷の馬鹿どもが、超大規模な転生勇者召喚を計画してるんだとよ」
その計画の全貌が書かれた書状を指さして、言った。
「悪いな、綾ちゃん。君の魔術習得については、その後になる」




