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その男はハゲだった  作者: 清河 桂太
エシャロットの森編
38/89

2000年の歴史


 リッターホルン、『超人虎の穴』――その一室、VIPルーム。

 入居から一週間が経過し、包帯も取れた綾は、問題集を前にしてうなっていた。


 問 21

 地球系列世界バルクホルンにおいてアメリカ政府が超合衆国連合アメリカに変わった際の、経済損失を答えよ。


「……うぅ……」


 問 22

 超人組合は本部を置く際、日本を選ぶ事が多い。その判断基準を答えよ。


「……うぅぅ……」


 問 23

 超次元国際連合における同一国連盟の設立経緯を説明せよ。


「……闘さん」

「なんだ?」

「一問も、わかりません……!」


 あまりの無理難題の連続に心おられた綾に、闘はそれ見た事か、と呆れて、綾の手から問題集を取り上げた。

 その背表紙には『これでわかる傾向と対策! 誰もが欲しがる乙種超人試験問題集!』とポップなフォントで記されていた。

 乙種超人試験にて出題される、筆記試験対策のテキストだった。


「だから言っただろ。お前にゃまだ早いって」

「はい……少しこなれてきたから、背伸びした私がバカでした……!

 ちなみに、なんで超人組合の本部って、日本の東京にあるんですか?」

「地球系列世界に確実に存在し、なおかつインフラが安定している先進国……その中でも、軍事関連のいざこざに巻き込まれずに済む確率が高いのが、日本だからだよ」


 基本的に、超人組合は同じ世界上でのあれこれには肩入れしない組織だ。あくまで守備範囲は次元間で行われる犯罪及び戦争に限られているのだが……


「核爆弾より強い歩兵がいるんなら、戦争に使いたくなるのが人の性

 アメリカや中国、ロシアなんかに本部を置いた事はあったが、そのいずれも、やれ同じ世界の大国と戦争だの、世界の平和のための武力鎮圧だのと……地球上の軍事行動に参入しろって圧力かけられて手切れになった」

「……ああ、なるほど。その点日本は……」

「軍がなく、代わりに自衛隊があり、憲法九条があるからな。特に西暦2000年代だと安定して軍事行動に関わらずに済む。

 だから、超人組合は、西暦2000年代の地球系列世界の日本を、大体20年間隔で点々としてる」

「長く一所にい続けないのは、やっぱ理由あるんですか」

「現地政府とずぶずぶになって、暴走した過去の経験からだ」

「なるほど」


 ふむふむ、と綾は手元のメモに闘のセリフを書き記す。その服装は、先日まで着ていた制服ではない。デニム生地のジャケットに、同じくデニム生地のミニスカートを合わせていた。

 綾が問い、闘が答え、得られた返答をメモに書き記す……この一週間、このVIPルームで幾度となく行われたやりとりだった。

 超人虎の穴への入居以来、闘と綾はこのVIPルームで共同生活を送っていた。男女が一つ屋根の下となると、綾の年ごろとしてはどうしても恋愛沙汰というか、ロマンチックなムードを連想してしまうが……そんな空気など一切ない、実務的な暮らしだった。

 ぶっちゃけると、警備の必要上闘がこの部屋に泊まり込んでるだけで、眠る時も闘は一人、リビングルームのソファで片膝立てて眠っている。

 エコノミークラス症候群が心配になり、綾は一度だけ、ソファの上で横になってはどうかと提案したのだが……返ってきた変事はにべもなく、『気で調整してるから問題ない』というものだった。

 改めて、自分が警護必須のお荷物なんだと思い知らされる。

 そんな状況から抜け出すには……


(乙種超人、目指さなくちゃ!)


 毎年一回開催される試験。合格率1%以下……毎回死者が出るという狭き門を、突破せねばならない。

 改めて気合を入れてメモと向かい合い……VIPルームに、チャイムの音が響き渡ったのはそんなタイミングだった。

 一瞬で静まり返る室内。闘が手早くインターホンを取り、刀の鯉口を切る。綾はと言えば、すぐさま手荷物を纏めて、シェルター代わりの超頑丈なクローゼットに隠れた。

 守ってくれる闘には申し訳ないが、避難訓練みたいでちょっと楽しい。


(闘さんが守ってくれるならきっと大丈夫だし)


 そんな綾に、クローゼットの向こうからお声がかかった。


「出てこい、綾。襲撃じゃない、客だ」

「え?」






「おーっす! 綾ちゃん! 久しぶり!」


 言いながらしゅたっと手を上げて、部屋に入ってきたのは、綾の記憶にある人物だった。2メートル近い長身に、くちばしの様な甲殻をかぶった化け物の名は――


「アルトさん!」

「包帯取れたって聞いて、お見舞いに来たよー! いやあ、元気そうでよかった!」


 白い手提げ袋を闘に手渡しながら、アルトエレガンはその手元を覗き込んだ。


「お、筆記試験の勉強かい? 50点行ってりゃあ合格って緩いラインだ。

 気楽に構えなよ」

「……2000年の歴史ある文明と、10000の世界の情報なんて、覚えるだけでパンクしちゃいますよぅ……」

「かっかっかっ、全部覚えるなんてしなくても、次元間のエピソードだけ抜き取って覚えりゃあいいのさ。要点抑えたら、後は何とでもなるもんだよ。

 世界ごとの記録なんて、行く段になってから憶えても間に合う間に合う」


 意気消沈する綾の肩をパンパンと叩いて、アルトエレガンは笑う。悩みなど何もなさそうな笑い方だった。


「しかし、綾ちゃんが超人になるって聞いた時はどうなるかと思ったけど、前向きになってくれてるみたいでよかった」

「ええ……他に道がないから、っていうのもありますけど」


 綾は苦笑して、


「超人になるのを拒んで、無限動力扱いで一生飼い殺しっていうのは、嫌ですし。

 そうなるくらいなら、超人になるのも悪くはないかな、って」


 多分に受動的な理由ではあるが、しっかりとした動機を口にした。


「……話すことがそれだけなら土産だけ残して帰れ」

「ひでえな!? ちゃんとした用事があってきたに決まってんだろ! いや、見舞いも大事だけれども!」


 ストレートに邪魔者扱いされ、声を張り上げるアルトエレガンであった。

 ちょいちょい、と手招きして闘を綾から引き離し、顔を寄せ合う。綾には効かれたくない類の報告であった。


「今回の件は、組合の中でも上へ下への大騒ぎなんだぜ? お前さんは閉じこもってたから知らんだろうが……」

「……いや、大体想像はつく」

「勘か」

「勘って程のもんでもない」


 直接教えられてはいないが、闘は綾が避難した初日に起こった襲撃を察知していた。綾を不安にさせる事もないので、本人には教えていないが……

 避難先を変えた直後の襲撃ともなれば、綾の情報を、故意に漏らしている何者かがいると思っていいだろう。


「今組合は、漏洩元探しに大騒ぎよ。足元の虎の穴に侵入許したってんで、超人組合の面目丸つぶれだしなあ」

「……それで? 何か対策は?」

「一旦、よそに避難させて、その後内部調査って事で、方針がまとまったらしい。

 護衛は、俺とお前」

「……成程。了解した」

「よっしゃ! それじゃ内緒話はこれでおしまい!

 おーい、綾ちゃーん!」


 アルトエレガンは、手を叩いて内緒話を打ち切り、離れた場所で蚊帳の外になっていた綾に声をかけた。


「包帯取れたんなら、アハトベルン行こうぜ。アハトベルン」






 リッターホルンの東京の世界間航行装置は、郊外に作られた国際空港に併設されている。理由は様々だが、最大の理由は、交通網や物資の搬入などのインフラを、国際空港と共有したほうが、色々と都合がいいからだ。


「大人二枚、化け物一枚」

「は、はあ……」

「……ボケたんだから突っ込んで?」


 次元港の従業員は、アルトエレガンに無茶ぶりされてその営業スマイルをひきつらせた。


「大人三枚。アハトベルン」


 見かねた闘がインターセプトすると、あからさまにほっとした顔になる。それでも営業スマイルの範疇なのは、流石といったところか。


「アハトベルン行のゲートの開放は、一時間後となっておりますが、よろしいでしょうか」

「かまわない」


 飛行機とは違い、世界間の移動には席など決める必要はなく、ただ通行料だけを払えばいい。その世界のエネルギー事情にもよるが、少なくともリッターホルンにおける異世界への運賃はべらぼうに安い。

 世界によってはパスポートさえも不要で、外国に行くよりもすんなりと異世界に行けたりする。

 ゲートが開くまでの間、ロビーで座って待つことになった。人ごみでごった返すロビーだが、明らかに西暦世界の生き物ではないアルトエレガンの影響で、綾達の周りだけぽっかりと空間が出来てしまっていた。

 そんな扱いや、周囲からの視線の雨を気にも留めず、売店で買ったホットドッグをかじり、アルトエレガンは綾に話題を振った。


「地球人類が異世界に行った時の反応、したっけ? 綾ちゃん」

「あ、はい。魔法が使えるようになるんですよね。スキルとかも覚えたり。

 闘さんから、色々と教えてもらった時に……」

「ほう、色々、ねえ……」


 何か言いたげな目線を送るアルトエレガンに、闘はぶっきらぼうに問うた。


「なんだ。文句でも?」

「いんや、別に。

 確かに、地球人類は異世界に適応可能だが、すべての世界に無差別に適応可能ってわけじゃないんだ。それには、条件がある」

「条件……ですか?」

「地球人が生体の例外性を超えて魔法を獲得できるのは、はじめての異世界……地球系列以外の異世界の技術に、限られる。一回こっきりの、化学反応って事さ」

「あ……」


 だからこその、アハトベルン行なのだと、綾は理解した。

 要するに、綾はこれから……


「本格的に、超人になるための、特訓をするというわけですね……!」

「そういう事」


 それとは別に、避難と内通者のあぶり出しも兼ねていることは、言わなかった。


「ガゼロットが地球系列世界だからこそ出来る事さね……

 贅沢をいやあ、レベル制のある世界ならなおよかったんだけど、こればっかりはどうしようもないしなあ」

「レベル……? レベルって、あの、ゲームとかに出てくるレベルですか?」

「ああ、そのレベルだよ」

「レベル制の異世界なんて、あるんですか!?」

「あるさ、普通に。

 むしろ、地球人が超人を目指すなら、レベル制の世界に行くことから始めるのがメジャーだね。何せ、自分がどの段階にいるのか、目に見えてわかりやすい」


 世界によっては、『ステータスオープン』の一言で諸々の能力が数字でわかるのだ。これ程楽な事はない。

 なお余談だが。そう言った世界の人間が超人になる場合、まずはレベルをカンストさせるのがデフォである、とされている。


「ま、たいていの奴はレベル上げの途中で脱落して、中途半端なレベルで現地に適合しちゃうんだけどね。それはそれで経済回るから構わないんだけど」

「私の場合は……アハトベルンで、魔法を学ぶ、という事でしょうか」

「俺が教えられれば早いんだけど。俺の魔術は、故郷の魔術が基礎にあって、そこから経験則でいろいろ編み出してるだけだからなあ。教えるのには向かん。

 現地で、魔法の師匠を探して、それからだなあ。

 っと……すまんねえ、事後承諾の強制ばっかで……こっちも色々と、都合があってさあ。代わりと言っちゃあなんだけど、何かトラブルがあったら、俺の名前出してくれていいから。

 俺、結構顔広いから、何かあったら役に立つよん」

「いや、そんな、ご迷惑は……」

「いいっていいって。名前くらい」


 ……周囲のざわめきを、綾の耳が正確に聞き取ったのは、丁度その時だった。


「おい、あれ……」

「『魔王アルトエレガン』と、『最強のハゲ』だ……一緒にいる女はなんだ?」

「……………」


 思わずそちらに目をやれば、スーツ姿の男達と目があった。しばし見つめ合った後、男達はバツが悪そうに人ごみの中へと消えていく。


「……なんなんですか、もう」

「まあ、有名だからねえ、俺らは。

 闘も俺も、見た目が奇抜で強いからどうしても悪目立ちすんのよ」


 カラカラ笑うアルトエレガンを、闘は親指で指して、


「こいつの方は教科書にも載ってるしな」

「え」

「ちょ!? 闘! 恥ずかしいから言わんといて!!」

「勉強が進めば、嫌でも知られるだろ」


 慌てて遮ろうとするアルトエレガンを無視して、闘は言い切った。


「前に話した、テンペスト事件の当事者。勇者の協力者。

 超人組合の初期メンバー」

「………」


 多少の沈黙を挟んで、言葉の意味を反芻し、理解した綾は、驚愕の声を上げた。


「ええぇっ!? て、テンペスト事件って、2000年前……!

 2000歳!? ジャリーさんと同じくらい!?」

「……正確には、2000よりちょい上な。ジャリーの嬢ちゃんとは、古い付き合いになるな」


 闘の事をジト目でにらみつつ、アルトエレガンは大きく嘆息してから、頭を搔いた。


「まあ、そういう訳だから、たいていの無茶は俺の名前出せば通るから。安心したまえ」

「いや、逆に安心できませんよそれ! おいそれと出せる名前じゃないですよーーー!」

『アハトベルン行ゲート通行者の受付を開始いたします。出発の方は――』


 綾の悲鳴と、受付のアナウンスが、きれいに重なった。



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