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コールミー『お婆ちゃん』!


 落ち込む綾をよそに、闘の授業は続いていく。


「要するに、超馬鹿力でやたらと頑丈な化け物の群れ。それが乙種超人の社会からの扱いだ。

 どこかのアメリカ大統領は、乙種超人を指してこう言った。『核爆弾が自我をもって歩き回っているようなものだ』と。発言した大統領は人種差別だとバッシングを受けたが、この認識は間違っちゃいない」

「……核爆弾」

「実際、乙種超人一人で、核爆弾より被害が出せる。核爆弾が直撃しても死なず、大型ビルディングをパンチ一発でなぎ倒せる奴が都市部で暴れたらどうなるか……

 現金収入の面じゃ恵まれてるが、不自由も多い。具体的な例だと、乙種超人には参政権がないからな」

「参政権!? 選挙いけないんですか!?」

「ああ。立候補はおろか、投票さえもできない。

 理解できないなら、超人の一票=核爆弾並の武力の後ろ盾と考えればいい」


 確かに、そんなものを認めたら、田舎の村長選挙が国家を巻き込む緊急事態に早変わりしてしまうだろう。理屈としては、それを理解できるのだが……

 基本的人権の一つである参政権が奪われる、というのは日本国民として育った綾には釈然としないものがある。


「でも……それって、基本的人権が……」

「一時期、参政権を使って、超人がそれ以外の人間を奴隷のように扱った時代があった」


 こぼれた不満に対する返事は、思いもよらない内容だった。


「え……!?」

「逆に、人間が超人を奴隷のように扱った時期もな。

 色々あって、今の制度が出来てる。心配するな――


 『何かあっても、俺が守ってやるから』」


 涼しい顔で。

 舌の根が浮くようなことを、草間 闘は口にした。

 今までの闘からは、考えようのない言葉を聞いて、綾の顔が一気に赤らみ――ふと、違和感を覚えた。

 今の、闘の言葉は……


(口が、動いてなかった)


「あ、あの、闘さん……? 今の……」

「…………」


 問い返そうとするも、闘の目線は綾から離れていた。鋭い、人が殺せそうな視線を別方向……部屋の入口に向けていた。

 綾は自然と、その視線を追って、部屋の入り口を見た。そこで初めて、綾は第三者――新しい来訪者が、寝室にいた事を知った。

 そこにいたのは、女である綾でさえ見とれてしまう様な、艶やかさをもった美女だった。ストレートの黒髪を足元まで伸ばし、グラマラスな肢体を赤いチャイナドレスでくるみ、惜しげもなくボディラインを晒している。

 自分のスタイルに自信がなければ、絶対にできない格好であった。事実、女の格好は額縁に入れて飾りたいくらいに様になっていた。

 すわ、敵襲か――と、綾の体がこわばる。


「安心しろ、一応味方だ。何のいたずらだ。ジャリー」

「ふふふ……ごめんなさいね。ノックもせずに」


 ジャリー、そう呼ばれた女性は、殺気交じりの詰問に含み笑いで答えた。


「あなたが、珍しく長話をしているものだから、興味が沸いちゃって」

「盗み聞きに腹話術……随分と、趣味の悪い」

「貴方も、あのくらい気の利いた事を言えたなら私もやきもきしないで済むんだけれど」


 ハイヒールを履いているというのに、ジャリーは足音も立てずに、闘に歩み寄った。


「それとも『俺のものになれ』とか……俺様系の方がよかったかしら」


 その喉から、闘と同じ声が漏れた。


(声帯模写――じゃあ、さっきのは、この人の……!)


 どんな手品を使ったのか、あの場所から、闘が喋ったかのように腹話術をしてのけたのだ。先ほどの口説き文句の発生源は、明らかに闘の口元であった。唇の動きがなければ、綾とて疑う事はなかったであろう……


(……何かの魔法……!? いや、生体の例外性が……物理法則が……!)


「初めましてお嬢さん。私は、超人組合会員番号8番 紅佳丽ホン・ジャリーよ」


 聞く男を魅了するような蠱惑的な声で、女は自己紹介をしてきた。

 綾は思わず、居住まいを正して、


「あ、はい、初めまして……! 私は寺門 綾と申します」

「ええ知っているわ。あなた……今、協会員の間でも話題になっているのよ?」

「はぁ……」

「これから、仲良くできたらいいわね」


 惚れ惚れする様な笑顔を浮かべて、綾に握手を求めるジャリー。綾は緊張した面持ちでその手を取った。ふわり、と優しい香りが鼻腔を満たした。

 香水の様な人口の香りではなかった。


「…………」


 なんというか、よく知ってる匂いから、不快な成分を抜き去ったような、独特の香りであった。

 ぶっちゃけると、これは……


「おい、あまり綾をからかうな」

「あら、どうしてからかってると思うのかしら」

「勘、っていうほどのもんでもねえ。見りゃわかる」


 あくまで楽しげなジャリーの様子に、げっそりとした様子で闘が突っ込んだ。


「じゃあ、言ってやる。若いもんに奇怪臭かがして反応楽しんでんじゃねえよ、妖怪婆」


 そう。ジャリーという妖艶な美女から漂ってくる独特の香り。

 食欲をそそる、ジンジャーな香り。

 正式名称――生姜焼きの匂いである


「あらら、闘ちゃんってば、そんな乱暴な言葉を使っちゃだめよ」


 いたずらに成功した、とばかりにころころとした笑みを浮かべるジャリー。先ほどまで見せていた妖艶な姿からは想像もできないような、楽しそうな笑いだった。


「いつも言ってるでしょ? 婆じゃなくて、お婆ちゃんと呼びなさいって……」

「……えっと」


 少しどころか、大分ピントのズレた対応をするジャリーにあっけにとられ、綾は思わず、その目を闘に向けた。視線で、事態の説明を促され、闘は嘆息して、


「超人組合の幹部の一人……御年2000歳越え、超人組合設立当初から在籍してる妖怪婆だ」

「にせっ……!?」


 次の瞬間、綾の目には、ジャリーの動きが見えなかった。


「…………」

「…………」


 気が付けば。

 闘とジャリーは、互いの気遣いが聞こえそうな近距離まで近づき、向かい合っていた。

 女性にしては長身のジャリーと、闘は視線の高さが同じであり、自然と、直立してのにらみ合いになっている。

 突然の事に息を呑む綾の前で、ジャリーはゆっくりと口を開いた――!


「……お婆ちゃん」

「…………」

「…………」

「お婆ちゃん」

「…………」

「…………」

「お・ば・あ・ちゃ・ん! はい、もう一度! リピート! アフター! ミー!」

「……妖怪婆」

「もう、つれないわねえ、闘ちゃんってば!

 せっかくお土産もってきたのに! おばあちゃん知らない!」


 ……とりあえず。目の前の女性が、綾の常識では到底測れない規格外の存在であることは、その説明でよく理解できた。

 今までの妖艶な美女っぷりは何だったのか、ぷりぷりと別人のようにふるまうジャリーであった。


「……あんたの事だ。土産っつっても仕事だろ」

「……私は諦めてませんからね。全く……いいニュースと。悪いニュースを、又、持ってきたわ」

「いいニュースから聞こう」

「いいニュース! 綾ちゃんにとってもうれしいニュースよ、これは!」

「へ?」


 いきなり話の矛先を向けられて、目を白黒させる綾に、ジャリーは満面の笑みで告げた。


「綾ちゃんの故郷の世界――当面、綾ちゃんにちょっかい掛けるのやめるって!

 どうも、情報を掴んだ一部のタカ派の暴走だったみたいね」

「……! そ、そうですか……! よかったです!」


 色々あったとはいえ、己の故郷とのいざこざがなくなったことに、綾はほっと胸をなでおろす。色々と不義理を働いたとはいえ、綾の故郷と言ったらあの地球だ。関係はきれいなものでありたい。


「悪いニュースは?」

「……昨日、『ネビールー』の日本に存在するとある交差点で、テロが発生したわ」

「テロ?」

「ええ。エルフによる転生トラックテロよ」


 闘の顔色が、変わるのが綾からもわかった。


「実行犯は、現行犯で捕まっている。二人組で、入国履歴はなかった」

「成程うちの管轄だな……典型的な、エルフのエコテロリストか。

 となると……ちっ」


 忌々しいものを思い出い出したかのように、鋭く舌打ちする闘に、ジャリーは困ったように頬に手を当てた。


「土方の野郎か……!」

「ええ……暴れるわよ? 円卓の、エルフ絶対殺すマンが」



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