乙種超人
綾が泣き止むのを待って、闘は説明を再開した。
「超人組合の超人には、二種類いる。
違法な異世界召喚で召喚されちまった後に、オープンワールド側に認知された『甲種』。
異世界側からの要請に答え、勇者案件を解決したり、違法召喚で誘拐された人間を救助しに行く『乙種』の、二種類だ。俺とアルトエレガンは、乙種勇者になる」
「私が、目指すべきものですよね……自由になるために。はい! 先生!」
ふんす、と気合を入れなおす綾。びしっと手を上げて、
「乙種勇者になるには、一体どうすればいいんですか!?」
「試験に合格すればいい」
驚くほど単純明快な答えが返ってきた。
「そして、その試験で要求されるのは、単純な……」
「戦闘能力、ですよね!」
「違う」
「え?」
「確かに戦闘能力ももちろん必要だし、お前にも最終的にはある程度自衛できるだけの戦闘力を得てもらう。
だが、乙種試験で最も求められるのは――頑丈さだ」
「頑丈さ?」
「乙種勇者の仕事には、当然、違法勇者召喚の救助も含まれるわけだが……
違法勇者召喚をするような神様が、救助にやってくる超人を素直に通すと思うか?」
「あ……」
言われてみれば、その通りだった。自分が神様なら、まずは……!
「異世界から、超人がやってこれないようにする……?」
「ああ、単純かつ簡単なのは、世界そのものに結界を張って物理で通れないようにする事だ。実際、一番やられてる手でもある。
お前が体感した転移――あの、虹色のゲートに、透明な蓋をされたと思えばいい。
それに対抗するにはどうすればいいと思う?」
「えっと……解いてくれるように、お願いする?」
「阿呆」
ぺちっと音を立ててデコピンが綾の額に叩きつけられた。
「あいたっ」
「そんな、違法行為犯すような相手の善性に頼るな。
答えは――物理で破る、だ」
「え? けど、物理法則は……」
「生命体は、異世界そのものだ。たとえ、相手側の世界が『この世界の物理法則では絶対に壊れない壁』を作ったとしても」
左手を拝むようにして顔の前に立て、話の中の壁になぞらえる。それから、右手で握りこぶしを作り、
「『異世界物理法則そのもの』に殴られる事は想定していない」
パンと、音を立てて左手に叩きつける。
「前にアルトエレガンの奴も例えてたが、『絶対に壊れない』だとか、『絶対に切れる』だとかっていう条件付けは、生体の例外の前では弱体化する事が多い。
そうなれば後は、単純な物理で解決すればいい」
「じゃあ、殴って穴を空けるって事ですか?」
確かに、闘の剛腕ならできそうだ。紙切れの様にガゼロットのサイボーグを吹き飛ばす無双ぶりを思い出し、勝手に納得する。
が、オープンワールドの真実は、常に綾の予想の上を行く。今までも。これからも。
「いや、それだとすぐに修復されて終わりだから……」
「だから?」
「大砲で、撃ち出す」
「……? 何をです?」
「超人をだ」
「…………」
「…………」
「えっと、ジョークです?」
「事実だ」
拳で左手を叩き続けて、闘は断言した。
「ウォールクラッシャーって名前の、巨大な大砲に、超人を装填して、世界ごとに見合った物理法則のパワーで、ゲートに向かって打ち出す」
「……じゃあ、乙種超人の、頑丈さ一点主義って」
「頑丈さがないと、撃ち出された時点で死ぬし、そこをクリアしても着弾時の衝撃でも死ぬからだ」
てっきり、何か画期的な技術でも使われているのかと期待してたのに。
蓋を開けてみれば、びっくりするほど原始的だった。
「そもそも、『絶対に壊れない』系の結界を、生体の例外性を使って物理で破る事自体、かなりのエネルギーがいるからな。射出の衝撃は、結構なもんだ。
しかも必要とされる条件は、それだけじゃない」
「まだなんかあるんです!?」
「ああ。綾、お前が相手だったとして……やってくる超人をやり過ごすのに、どういう方法を用いる? 特別な事は何もしなくていい……」
「えっと……」
言われて、考える。ゲートの出口側にバリアを張る以外で、やってくる人間をどうにかする方法は……せっかく召喚した勇者を、連れ去られないようにするには……
「召喚された勇者さんとは、思いっきり違う、離れた場所に放り出す……でしょうか」
「…………」
「どうしました? 闘さん」
「いや、驚いてる。いい点ついてたからな……」
驚き目を見開く闘に、綾は豊かな胸をふふんと張った。
「私だって、異世界の常識に驚いてばかりじゃありませんよ! これなら、勇者さんを回収されることなくやり過ごせます――」
「ああ。方向性が違えば大正解だった。
答えは、『ゲートの出口を、大気圏外に設定する』だ」
「…………」
「…………」
「たいきけん?」
「なんだ? さっきの自信はどこいった」
驚き固まる綾に、闘は呆れて補足した。
「大気圏外に放り出せば、後は大気圏突入の摩擦熱で燃え尽きるって寸法だ……それ以外にも、マグマの中やら深海、極北と、連中の妨害によって放り出される極環境は多岐にわたる」
「…………」
「そのすべてに耐える事、それが乙種超人になるための条件だ。大気圏の突入テストやマグマ遊泳、深海遊泳……この辺りは毎回テストで出される。
次が、素行調査から、手加減の是非を問われる。圧倒的な力を出力できても、それが加減できなきゃあただの災害だ。
例えるならくしゃみだ。綾、お前、くしゃみをする時どうする……いや、どうなる?」
「えっと……」
綾なら、くしゃみをする時は手で口を押えて人に当てないようにするが……どうする、をわざわざどうなる、と聞きなおしたのだから、闘が聞きたい答えはこれではないだろう。
くしゃみをした結果、どうなるか……
「……空気が、こう、波打って……風が発生する?」
「そう、普通はそうなって終わりだ」
考えた結果絞り出した答えは、闘の意図に沿うものだったらしい。
「これは、乙種超人の重要科目だ。乙種超人は、普通の人間と同じように生活が送れることが絶対条件。何故、こんな事をあらためていうかと言えば、いるからだ。
肉体を鍛えすぎて、くしゃみの衝撃で、周囲全部を爆破したみたいに吹っ飛ばす、生理現象の調節ができない奴がな。当然、そんな奴は失格……悪質なら、処刑されるまである。
戦闘力はその後……なんで、平の乙種超人の中には、戦闘技術がお粗末な奴も多い」
具体的には、力加減がまるでできず、圧倒的な頑丈さで敵を叩き潰す事しかできない奴が多いのだ……マッチョ達を制圧した、あの二人の様に。
「……と、そんな様子だから、乙種超人を目指す志願者達は、住める場所が極端に少ない。
考えても見ろ、くしゃみしただけで爆発、寝ぼけて寝がえり打てば壁を粉砕、酔っぱらって暴れたら周囲が更地。
こんな厄ネタ、不動産関係者からすりゃあ大枚はたかれてもお断りだ。オープンワールドの不動産業者の間じゃあ、貸出物件に超人及び超人予備軍お断りなのがデフォルトだ」
「え? じゃあ、その人達は一体どこに住めば……」
「ここ」
闘の指が、自分の足元を指した。
「このネットカフェは通称、『超人虎の穴』……そんな、肉体の強化の途上にある超人予備軍たちの宿舎として機能してる。ここに入る時、外側からこの建物を見たろ」
「あ、はい。物凄い、大きなビルだなって」
素直な感想だった。ストレッチャーに乗せられて見上げたビルディングの大きさは、東京ドームが丸ごと入りそうなほどだった。てっきり、あのビルの一角にあるネットカフェを使っているのだと思っていたが……
「あのビル全体が、ネットカフェ『超人虎の穴』なんだよ」
「……え? 一部じゃ、なくて?」
「そう、全部。超人予備軍が暴れても周囲に破壊が及ばないよう、外装には核シェルターに使われるのと同じ装甲が分厚く敷き詰められてる。
敷地面積の大半は対超人用の――内側からの破壊を、周囲の都心に広げない為の装甲版だ。まあ、都心に近いここに泊まれるのはそう言った破壊をしないお行儀がいい奴等だけだが……それでも一応、周辺住民の安全の為って奴だ」
「な、何だってそんな無茶をしてまで、都心部に超人用のネットカフェなんて作ったんです? これじゃ、隔離施設じゃないですか。郊外の土地とかに余裕をもって宿舎を作れば色々と楽なんじゃあ……」
これも、何か深い事情があるのだろうという仮定の下、口から飛び出た問だったが、返ってきた答えは身もふたもなかった。
「今の超人組合の本部作る時、都市計画の時点で失敗した」
「Oh……」
「で、失敗を認めずに強行した結果がこれ。
周辺住民からは『化け物が隣に住んでて安心できない。何かあったらどうしてくれる』って悲鳴。
超人組合からは『周辺住民への配慮がなさすぎる。我々の反感へつながりかねないのにどういうつもりか』っていう詰問。
超人予備軍からは『せまい。プライバシーがない』っていう苦情。
……三者三様の反応で非難ごうごう。関係者の責任問題にまで発展した。
本来なら、お前の言う通り、郊外に土地を借りて、大規模な収容施設を作るのが通例なんだけどな」
「……そ、そうなんですか……また、災難ですね」
「責任者達は『超人達が有事の際に即応できるように、交通の便に配慮した』って言い張ってたが……それ以外全部だめだからな、ここ」
「あ、そこだけは闘さんも認めてるんですね」
「超人組合本部まで徒歩一分」
「近っ!? ひょっとして、向かいのビルですか!?」
「ああ。だから、俺みたいに家なんて眠れりゃあいいって考えて、ここに住んでる超人達もいる。
お前がここに住むことになったのは、その環境を利用しての事だ。言って見りゃ、ここは化け物予備軍の巣窟だ。生半可な誘拐犯なら、突入した時点でひき肉になる」
それにしても。
仕事の過程で、大砲の弾にされたうえで、大気圏に突入、マグマ遊泳、深海遊泳など人間ではありえない環境に放り出され。
くしゃみの仕方次第で下手すれば処刑。住む場所にも困り、ネカフェ難民。
こういう労働環境を、どう呼ぶべきか……綾は、社会常識の一つとして、よく知っていた。
「闘さん……」
「なんだ?」
「超人組合の乙種超人って、ひょっとして物凄いブラック職業なんじゃ??」
「なんだ、今更気づいたのか?」
綾は絶望した。
そんなブラック職業を目指さなければならない今の自分に。




