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紅佳丽


「……綾、間違ってもあいつをお婆ちゃん呼びするなよ」


 用事は終わったからと――お土産にお菓子までおいていった――部屋からジャリーが退室した直後。

 闘が、苦虫をかみつぶしたような顔で、お菓子の包装を開ける綾に忠告する。


「なんでですか? ジャリーさん、いい人じゃないですか。

 はい、闘さん」


 開封したお土産のお饅頭を手渡され、かじりついて、闘は憮然と事実を告げた。


「善性の人間なのは認めるが……それだけだと思うと、痛い目を見るって事だ。

 超人組合も人間の集団だ。派閥抗争はもちろん存在する。

 あの女は、今の超人組合における最大派閥の長だ」

「え……?」

「あいつが、自分の派閥の人間から、どう呼ばれてるか教えてやろうか?

 『大婆様』だ。

 おばあちゃんと呼べ、っていうのは、隠語で……自分の派閥に入れっていう、あの婆流の勧誘なんだよ」


 絶句する綾に、闘はやや顔を険しくして、


「女だてらに超人組合の幹部で、乙種超人の資格持ち。お前をからかってたあの匂いも、仙術による肉体改造の賜物なんだよ……日替わりで体臭を変えて、周囲の反応楽しんでんだ。

 あんなんでも、一流の怪物だ」


 手元に残った饅頭の破片を、一息で口に放り込み、咀嚼した。




 女は、仮面をかぶる生き物だと、よく言われる。

 それは事実だと、男達は思う。そして、男達が使える女性ほど、様々な仮面を付け替える人は早々おるまい、とも。

 ネットカフェ『超人虎の穴』のVIPルームフロア。そこの廊下を、ジャリーは自分に付き従う男達と共に足音もなく進む。


「『ネビールー』の政府への説明は、私が直接行うわ。通信回線の確立とアポイントメントを急いでちょうだい」

「はい、大婆様」

「ノワール君の派閥の動きは?」

「エルフ労働組合への接触が確認されています。我々はいかがなさいますか? 大婆様」

「……そうね。私達も、エルフちゃん達の現状認識を知っておきたいわ。連絡を取ってちょうだい。ただし……いじめ過ぎない事。あの子達も今回の一件じゃあ被害者だもの」

「はっ」

「土方ちゃんの派閥は?」

「いまだ動きがありません」

「最大限に警戒してちょうだい。また、エルフの絶滅事件なんて起こされたら目も当てられないわ」


 歩きながら、矢継ぎ早に追従する男達に指示を飛ばす。

 普段の彼女が妖艶な美女、先ほど少女に見せた顔が人好きのするお婆ちゃん、そして、今の彼女は――バリバリのキャリアウーマン。

 本当に、ころころと仮面の変わる方だと、感嘆すらしてしまう男達であった。


「第197地球世界のアメリカ政府大統領から、直接会いたいとアポイントメントの要請が入っておりますが……」

「シュワちゃん大統領ね……個人的に、すぐにあってお話したいところだけど、今はだめ。

 まずは、アメリカ政府という存在が、オープンワールドではありふれた存在であることを自覚してもらわないと。

 今回のエコテロリストの件も含めて、あの世界の政府首脳に説明会を行って、会うのはその後ね」


 その体から漂う生姜焼きの匂いは、もはや別のモノ――柑橘系の、香水のモノへと変わっている。

 ……この、千差万別の体臭変化は、彼女の優れた容姿を目当てに言い寄ってくる男達の、出鼻をくじくためにやっているのだと、そんな噂がある。

 所詮ただの噂。真偽のほどは本人に聞くしか確かめようがないが……自らの崇拝の対象に、そんな失礼な質問などできない男達であった。


「あら……?」


 ジャリーが声を上げて、立ち止まる。彼女達の向かう先、一直線の通路の奥から、多数の人影が沸いて出た。非常階段側から現れたのは、どう贔屓目に見ても不審人物の群れであった。

 薄茶色、焦げ茶色、緑色がまだら模様になったウッドランド迷彩のコンバットスーツに、不気味にうごめく細長い肉塊を抱えた男達。肉塊の一部に、トリガーらしきパーツが添えつけられているのが、男達のいる場所からも見えた。

 キメラウェポンを装備した、完全武装の重歩兵――!

 男達は舌打ちしたくなるのを何とか堪えた。連中が現れた非常口方面は、男達の仲間――紅派閥の超人が、しっかりとカバーをしていたはずであった。

 それを、潜り抜けてきたのならば、かなりの手練れだという事になる。

 ジャリーは、あらあら、と困ったように頬に手を当てて、


「どこの誰だか知らないけれど、動きが早いわねえ」

「おさがり下さい、大婆様。ここは、我々が――」

「まあまあ、待ちなさい」


 前に踏み出そうとする男達を、ジャリーの細腕が制止した。


「たまには、私に花を持たせてちょうだいな」


 キャリアウーマンから、戦う女の顔へ。

 またも仮面を変えた自分たちの主に、男達は黙って従った。

 自らの主を守る責任を放棄したのではない。そもそもの話――男達に守られねばならぬほど、彼らの主は弱くはなかった。

 重歩兵たちは、無言だった。無言で、アイコンタクトもなく、手にした肉塊を構え、引き金を引く。恐ろしく連携の整った、一斉射撃であった。

 この世界の物理法則が許す最高速――光速の弾丸が、狭い廊下を埋め尽くす。

 並の超人でも、直撃すればただでは済まない弾丸の雨を前にして、ジャリーはただ、微笑んで……その黒髪が、うねりを上げて動いた。

 足首まであった黒髪が、さらに伸びて狭い廊下に広がって、黒い壁となって立ちはだかる。

 光速で到来した弾丸の全てが、硬質な音を立ててはじき返された。


「……っ!!」

「がっ!?」


 同時に、重歩兵たちの間から、悲鳴が上がった。

 光速で床を這って伸びた髪の一房が、男達のコンバットスーツの隙間に潜り込み、その手足を拘束したのだ。次いで、口の中に髪の塊が突っ込まれて、自害を防ぐ。


「終わったわ。

 後背関係を聞き出してちょうだい」


 一瞬の出来事であった。

 時計の秒針が一つ進むか進まないかの短い時間で、超人の監視をかいくぐる手練れの傭兵たちは、あっさりと無力化された。


「はっ! 後はお任せください、大婆様!」

「ええ。お願いね」


 戦う女から、人のいい老婦人へ仮面を変えた主に、微笑ましいものを――例えば、拙い手伝いをしてはしゃぐ孫を見るよう目で見られ、男達は赤面した。

 この美しい主にとって、自分たちはいつまでたっても孫の様なものなのだと、あらためて思い知らされる。年齢的にも、実力的にもだ。

 いまだに闘争心を失わず、自分達をにらみつける傭兵たちに、男達の一人は呆れてこう言った。


「そう恨めしそうな顔しなさんな。腕は立つようだが、お前ら程度じゃ草間に殺されて終わりだったぞ。

 大婆様の優しさに、感謝するんだな」



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