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その男はハゲだった  作者: 清河 桂太
ガゼロット編
26/89

「ヒュッ!」


 『騒音の災害』の意味ではなく、『騒音を撒き散らす災害』という意味で『騒音災害』と呼ばれる男は、鋭い呼気と共に右の手を一閃した。

 鞭を扱うものなら、全くデタラメな方向を攻撃する、意味不明な腕の機動だった。まともな鞭ならば、天井を打ち据えて終りのはずだった。

 ぞわりと、闘の脳が蠢く。そして囁きかけた。

 ここは危ない……あの鞭が来る……言葉に出来ない、ニュアンスだけを抜き出すなら、そんな意味の囁きだ。

 闘は、その囁きにしたがって強化コンクリートの地面を蹴り、背後に飛んだ。

 次の瞬間、明後日の方向に飛んだ鞭の先端が、直角に機動を変えて眼前の空間を貫いた。

 あのまま立っていたら、横面を貫かれていただろう一撃だ。

 追い討ちをかけるように、左手が突き出され、地面を這っていた先端が、矢のように飛来する。顔面を狙った一撃を、左前方に跳躍することで避けた直後、闘はしゃがみ込んだ。

 何も無い空間で?字に軌道を変えた鞭の先端が、闘の頭のあった場所を横凪になぎ払う。

 物理法則を完全無視した動きを可能にした鞭……どうやら、そういう武装らしい。

 何処の世界でキメラウェポンを作ればこんな性質を持たせられるのか知らないが、実に厄介な武器だった

 闘の体は核ミサイルでも耐えるレベルまで硬度を引き上げられるが、相手はキメラウェポン……異世界の超常現象をそのまま持ってこれる武器である。

 異世界の超常現象、ではない。『異世界』で殴られることが問題なのだ。生命とはそれそのものが異世界を内包する。生体の例外性。オープンワールドの常識だ。

 オープンワールドでの極まった戦闘において、キメラウェポンで殴られるという事は、単純に、『壊れない固い物体で殴りかかられる』に等しい。

 異世界での戦闘は、単純物理の世界。硬く早く、重く……

 鞭先の動きは、自分と同じく光速に達している。限界速度が同じである以上、縦横無尽に動きを変えられる奇怪鞭の方が有利だった。


「はははっ! そうです! もっとです!」


 騒音をバックミュージックに、四方八方から闘に奇怪な動きをする鞭を叩き込み、アイザックは楽しげに笑った。初任給に喜ぶサラリーマンのような笑顔だった。


「先読みだけでは片付けられない攻撃を、君は完全に回避しています!

 争神 闘! もっと! データを! データを――!」

「データデータうるせえ奴だな。まあ、それもそうか」


 激しくのたうち、自分の命を刈り取ろうと迫る鞭を躱しながら、闘は呟く。


「この上、データも取れなきゃあ大赤字確定だもんな」

「……何の事でしょう」

「今更誤魔化す意味もねえだろ……ディンブルゲンでの襲撃、あれは完全に不必要な交戦だった。王都へ旅路での襲撃、あの時のわざとらしい自己紹介も不自然。

 何故、俺達を殊更に刺激して、なおかつ自分たちの名を広めたのか……」


 のけぞって躱す、地面を蹴って躱す、首をかしげて躱す。


「答えは名声だ」


 跳んで躱す、しゃがんで躱す、半身になって躱す。


「お前らジュダーズは、もうガゼロットに見切りをつけて、よそに移ろうとしてる。

 だが、ガゼロットなんて言う悪名ばっかり高い世界の傭兵結社がオープンワールドで食っていくには、いまいちパンチが足りねえ。

 もう少し、宣伝材料になる情報が欲しかった例えば――争神と、互角に競い合った、とかな」


 躱す。躱す。躱す。躱す――


「だからお前らは、意地でも、俺達と交戦してその事実を広める必要があった。

 アイを殺そうとしたのはブラフ。本命は、自分たちの悪名の宣伝塔に仕立て上げる事――」

「――っ!!」

「もしくは、俺と戦ってデータを集め、それを手土産に余所に売り込むか」


 躱される。

 躱される。躱される。躱される。

 アイザックの顔から、余裕がなくなっていく。

 速度の限度は光速。闘も、アイザックの鞭も、この世界の速度制限の下で動いている以上、その壁を突破する事は出来ない。

 まったく同じ条件ならば、物理法則を無視した動きをできる鞭の方が有利の筈なのに。

 同じ速度ならば、常識を逸した軌道を描く鞭の方が強い筈なのに――!




 何故、当たらない?




「だが、それもすべてご破算だ」

「貴様一体……!?」


 量の鞭を思い切り地面に叩きつけると、床板が、衝撃で爆ぜた。巻き上がる土ぼこりと床の断片に、視界が塞がれる。

 典型的な目くらまし……その行為そのものが囮だ。本命は――鞭を地面を潜らせて、背後に回り込ませた闘の頭蓋を砕く事。巻き上げた粉塵が落ちるよりも早く、鞭の先端は闘の頭に向かって殺到する。

 殺った、という確信の元に振るわれた一撃は――


「…………」


 ひょいと。

 軽い効果音さえつけたくなるほど軽く、しゃがんで躱されてしまった。

 そして、鞭本体がアイザックと自分の体の間からなくなったその隙を、闘は逃しはしない。

 しゃがんだ体勢から床板を蹴り、いまだに巻き上がり続ける体ごと突っ込んで、


「どういう理屈だぁぁぁぁぁぁっ!?」


 我を失い、絶叫するアイザックに向って、闘はただ一言吐き捨てた。


「勘」




 ――早い話、闘の持つ勘は、天気が予測できるシャーマンと同じだ。

 彼らは、無意識のうちに五感をフル活用し、肌に感じる湿度、風の強さ、そこに混ざる臭い、微妙な光の屈折……それらを無意識で計算し、雨が降ることを予測するのだ。

 本人達にその自覚はない……彼らはその直感を、神のお告げだと思い込んでいる。

 ……同じ事を、武術でやろうとした馬鹿がいた。闘の先祖である。

 人間の持つ五感をフル活用し、肌で空気の動きを察知し、嗅覚で敵の隠れ場所をみつけ、視界に移る微妙な影で不意打ちを察知する。

 勿論、この位ならば警戒心のある人間が気を張っていれば簡単に同じことが出来る。闘の先祖が目指したのはそんな物ではなく、無意識のうちに同じことができる超人を作る事だった。

 光の味。

 音の匂い。

 匂いの形。

 本来なら感じ取れない微弱なパルス。それらを拾い、かき集め、無意識化で演算せよ。すべてを五感で受取計算せよ。


 たとえば、無意識化で人間がかぎ取れない微量な臭いを感じ取り、おいしいパン屋の有無を感じ取れ。


 あるいは、無意識化で少女の悲鳴と、それを追いかける獣の息遣いをはるか遠方から感じ取り、その発生源を演算せよ。獣の感情を感じ取り、獣が少女へすぐさま危険を及ぼす可能性を計算せよ。その上で、どう判断するのが最適かをはじき出せ。


 もしくは、保護した少女の言動から、汗のにおい、心臓の鼓動、その他諸々から計算式を作り出し、記憶喪失の真意を求めよ。


 演算せよ。演算せよ。演算せよ。演算した結果導き出された情報の集約が、お前の勘だ。

 情報量に脳の処理能力が追い付かない? ならば――増やせばいい。

 試行錯誤の結果、脳の使われていない領域を活用する? 否、そんな生半可な方法ではない。物理で増やすのだ。

 一人の脳で足りないなら、二人分。なお足りないなら三人四人……! 頭蓋に入りきらない? ならば、圧縮せよ。一つの頭蓋に収まるように! 圧縮せよ! 圧縮せよ! 圧縮せよ!

 自我の問題? 自我など、コアになる一つ以外すべて壊してしまえいい! 何万という脳がたった一つの頭蓋に、たった一つの意思の元運用できるように!

 頭を切り開き、大量の脳を詰め込み圧縮し、連結して混ざ合わせ……語るにおぞましい畜生所業の果てに、争神の系譜は完成する。




 インパクトの瞬間、闘は、日ごろからかけ続けていた、首から上への軽気功を『解除』し、本来の重量を取り戻させる。

 その結果――総重量にして50トンを超える光速のバーコードハゲの頭突きが、アイザックをぶち抜き、胴体部を消し飛ばした。


「い、一体……道理が……!」


 さすがサイボーグというべきか。

 アイザックは胸より下を粉々に砕かれて、まだ息があった。倒される瞬間に抱いたであろう疑問を、素直に吐き出すアイザックの襟首を、闘は掴み上げた。


「言っただろ」

「……?」

「脇役はすっこんでろ!」


 トドメの頭突きが、なおも足搔こうとしたアイザックの首から上を、吹き飛ばした。刀を抜かせる事さえかなわず、騒音災害と呼ばれた男は敗北した。

 命を持たぬ残骸となったアイザックを捨てて、闘の意識は別の対象に移る。

 ――クリスタルガラスの檻の中で、綾を盾にしようとしている、修一郎に。



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