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その男はハゲだった  作者: 清河 桂太
ガゼロット編
25/89

エゴ


 階段の先に広がっていたのは、かなり広いスペースのある部屋だった。

 部屋というよりは、運動場といった方がいいのだろうか。天井も高く面積も広い……壁や床はむき出しのコンクリートであり、天井には市販の蛍光灯が並んでいる。

 居住性もヘッタクレも無い、ただ空間を作っただけという風情の室内の奥に……


「……まだですか? 時間が有りませんよ寺門さん」

「黙れアイザック! クソ……! 次元境界線が安定せん!」


 小さなドーム状のクリスタルガラスがあり、その中に二人の人影が見えた。小型の次元航行装置である。ガラスの中から装置を操作できるタイプだったはずだ。

 制限重量が厳しいが、ほぼ全ての西暦世界で使える凡庸性故に、メジャーな機種である。

 ――その装置の入り口の脇に、綾が捨てられたように横たわっていた。


「……お客さんも来た事ですし、私は席を外させていただきます」


 人影のうちの一つが、機械の中からこちら側に振り向いた。

 闘と同じ黒いコートと、サラリーマンのような不気味な笑顔を浮かべる男……『騒音災害』アイザック。


「な、なにッ!?」


 もう一人の人影である、寺門修一郎……十年前の事故を利用し、その顔と人生を奪った男が、狼狽しながら闘を睨み付けた。


「あ、あれは……件の超人かっ!」

「ええ……あれぞ、争神の系譜の持ち主ですよ」


 変わらぬ営業スマイルを浮かべ、アイザックは装置の中から足を踏み出した。傍らに横たわっていた綾の襟首を掴み、猫のように摘み上げると、装置の中に放り投げる。


「お待ちしていましたよ。争神 闘様」

「……草間だ。俺は」


 二度と耳にしたくない名前で呼ばれ、闘の表情が歪んだ。アイザックは相手の様子に構わず、言葉を続ける。


「草間。転じて草真。読み仮名をかえて『ソウシン』、その上で漢字を変えれば『争神』になる。

 知る物なら誰もが知っている、かつて最強と呼ばれた武術の継承者一族の隠し名だ……気付かれぬとお思いですか?」

「しらねえよ。今の俺は草間だ。

 それに……俺が話したいのは、お前の後ろにいる負け犬だ。脇役はすっこんでろ」

「負け犬……だと!?」

「負け犬だろうが」


 激昂する修一郎を、闘は冷たく突き放した。


「どうやら何か言いたい事があるらしいな。この負け犬殿は。

 いいぜ、吼えろよ……哀れみと軽蔑と侮蔑を込めて聞き入れてやる」

「きっさま……! 貴様などに何が分かる!

 我らガゼロットはこうでもせねば生きてゆけぬのだぞ!」

「自業自得だろうが。てめえらが物資不足に陥ったのだって、後先考えずにばんばん資源ぶっ壊したからだ。誰のせいでもねえ自業自得だ。よそ様の世界に迷惑掛けてんじゃねえぞ」


 おかしな事になってきたと、アイザックは少し困った顔を浮かべたが、自分を挟んで行われる言い争いを、止めようとは思わないようだ。


「迷惑!? 迷惑だと!

 そういう台詞は、対等の世界の人間同士が付き合う時に言う言葉だ!

 こんな一つの星にしがみついてでしか生きられない、低レベルな人間達と一緒にして欲しくはないな!」


 醜いエゴイズムを全開にして、叫ぶ修一郎……これが、一般的なガゼロット人の感覚というものだった。

 確かに、ガゼロットという世界の文明は、次元連邦全体を見回しても、五本の指に入るレベルだ。認識できる宇宙のほぼ全てを踏破し、その星の大半を植民地にし、住民の数は最大で千兆に達した事もある。

 だからこそ……一つの星にしか住みつけぬ他の世界の住民など、人間として認識できない。彼らにとって、宇宙進出もしてない人類は、同じ地球系列の世界であっても、林檎の木に巣食う害虫と同じだった。


「宇宙の踏破を我らは成し遂げたのだ! これ程物資に溢れた星に住みながら、その価値を欠片も理解しない未開次元の猿よりも、我等の植民地とされた方が幸運のはずだ!」


 修一郎の言葉は加速し続け、最早どこぞの宗教の演説のようになっていた。


「こんな未開次元の猿達では、この星の資源を有効に活用できまい!

 我らが運用すれば、猿共の何倍もすばらしい結果を残すことが出来る!

 この偉業を侵略だの何だのとほざく次連の愚か者共に、何が出来るというのだ!」




 鼓膜に、父親だった男の醜いエゴが反響している。

 意識を失ったように横たわっている綾だったが、その意識は闘が突撃する前から目覚めていた……ただ、動く気になれなかったのだ。

 思い出した。思い出してしまった。自分が持つ、本当の最古の記憶を。

 ガゼロットの片田舎で、5歳の春まで育った記憶。

 交通事故で両親を失い、孤児院に引き取られ……そのまま、軍に売られた記憶。

 泣き叫ぶ綾を大勢の大人達が押さえつけ、体にメスを入れて、異物を埋め込む記憶。

 紅い光景など、綾は見ていなかったのだ。ただ、辻褄合わせの為に事故現場に放り込まれただけだったのだ。


「わしは死など恐れぬ! ガゼロットの繁栄のためならば喜んでこの命を捨てよう!

 『これ』もそうだ! わしは正直、こやつがうらやましい!」


 何もかも、嘘っぱちだったのだ。

 綾の尊敬した父の姿も、自分の頭を撫でてくれた掌の温かさも、一人で迷子になった時の叱責も……

 朦朧とした意識の中で盗み聞きしたアイザックと父の会話は、綾に絶望しかもたらさなかった。


「ワシが死んだところで、ガゼロットの為になることは何一つ無い!

 だが『これ』は、この世界に降り立った時から、ガゼロットのために死ぬ事を許された存在なのだ! 名誉な事ではないか!」


 エーテルボム、人間爆弾、逆侵攻計画、『あれ』、『これ』、『それ』……綾という人格をみず、その体を爆弾の入れ物としか思っていない会話だった。

 いっその事、敵に撃ち殺されてくれればよかったと、恐ろしい考えすら綾の脳裏をよぎった。死別ならば、こんな底が見えない絶望を味わうことは無かったのに。

 もう、全てがどうでもいい。


「貴様はこの装置を破壊すれば、ワシが『これ』の起爆スイッチを押せぬと思っているのだろう! だが、ワシは死など恐れぬ! 偉大なるガゼロットの為に、わしは喜んで命を差し出そう!」


 哄笑が、地下室に響き渡る。


(闘さん、アイさん。ごめんなさい)


 一つだけ。何もする気になれなかった綾に、たった一つだけ残された希望がある。


(せっかく助けてもらった命なのに、私にはこんな使い方しか出来ません)


 その手は、アイに渡された、自衛用のナイフを握り締めていた。




「まぁまぁクライアント。怒るのはその辺にして下さいな」


 さらに何事か叫ぼうとした修一郎を、アイザックが制止した。

 が、闘の口は止まらない。


「お前も大変だな。こんな捨てられたクズ石の面倒なんぞ見て」

「……! 何の事やら」

「違うのか? ……違うって言うんだったら、何で正規のスパイ組織じゃなくて、傭兵会社のジュダーズなんかが出張ってきてんだ?」


 辛うじて平静を保ったアイザックの表情が、凍りつく。修一郎の顔も一緒に凍りついたのを見て、闘は冷ややかに続けた。


「そりゃあそうだよなあ。古今東西、任務に失敗したスパイをフォローする国なんてありゃしねえ。

 お国の為だの何だのといって、自分が一番国に迷惑掛けてやがる。国から見捨てられたスパイが、身銭払って傭兵雇うとは、滑稽な話だ。

 途中からオプション料払えなくなって光学迷彩さえ装備できてない。そもそも」


 狼狽する修一郎に向けて、双眸を細めてから、


「お前、さっき散々この世界の人間猿扱いしたが、結局その猿に負けてんじゃねえか」

「な……!?」

「違うとは言わせねえぞ。お前の情報を収集したのも、ガゼロットの陰謀を暴いたのも、ガゼロットのスパイを捕まえて、お前の正体を掴んだのも……みんなこの世界の連中だろうが。オープンワールドは一切関わってない。

 お前はこの世界に完全敗北した、完膚なきまでの負け犬だよ」

「貴様ァ……言わせておけば!」

「……貴方は一体、何がしたいんですか」


 自分を挟んで再開された言い合いに、アイザックは最後まで無関係を貫くことは出来なかった。呆れ気味のため息に、闘が返した言葉は――




「いや。どうせ最後なんだから、論破しとこうと思ってな」




「おやまぁ……」


 酷く挑戦的な表情で告げられた言葉に、アイザックは苦笑した。


「それはいけませんねえ……まるで、自分が死ぬかもしれないと言っているように聞こえますよ。ネガティブはいけません」

「……それを、お前が俺に忠告するか?」


「ここから先は理論の時間ではなく、暴力の時間です。クライアントは、そこでごゆるりとお過ごしください」


 社長が取引先に席を勧めるような鷹揚さで語りかけ、右手を一振りする。袖から飛び出した細い鞭状の物体が、コンクリートを叩き……


「ご覧の通り、ここは頑丈に作ってあります。全力で暴れても、問題ありません」


 無傷の地面を指差して、にっこりと『鞭』を構える……無機質な金属ではなく、不気味に蠢く生物の触手のような、鞭を。


「キメラウェポンか」

「ええ。僕の一番のお気に入りです。

 ただ、キメラウェポンというのは生物ですからねえ……この子を装備していると、他のキメラ達が怯えてしまうんですよ。おかげで、他の子達は留守番です」


 それは即ち、このなんでもない鞭一本の方が、光弾を吐き出すキメラウェポンよりも強大な力を持つという事。


「どーりで静かだと思ったぜ」


 左手で鞘を握り、右手で鞘を固定していた留め具を外す。剄は既に、ここに降りるまでに十分に練ってある。


「ははは。まぁ、この子はそれを補うくらい賑やかですから」


 日常会話を交わすような、一欠けらも戦意を感じさせない……だからこそ禍々しい笑顔で、アイザックは宣言する。


「思う存分レクイエムを楽しんでください、『争神』」


 リリリリリリリリリリリリ、と、鈴虫が鳴くような甲高い異音が、アイザックの鞭から木霊した。


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