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その男はハゲだった  作者: 清河 桂太
ガゼロット編
27/89

悪魔の二択と魔王の二択

「くっ、くそっ!」


 アイザックが倒されたのを見て、修一郎は慌てて綾の体を掴んだ。

『家族ごっこ』を演じていた時には考えられないほど乱暴に綾の体を引き起こし、闘に向かって叫ぶ。


「う、動くな!」


 ぼんやりと、綾は視界に移る光景を眺めていた


「それ以上近づけば、エーテルボムのスイッチを入れるぞ!」

「入れたきゃ入れろ。こっちは、対策立ててあるんだよ」


 闘の言う事は本当だろうかと、ぼんやりと考える綾……正直、どちらでも綾には関係ない。

 最早、彼女の中に生きる目的は存在しないのだから。

 世界を護る事も、綾が生きていては果たせない……闘の話を思い出せば、綾がすべき事は何か、答えは明白だった。

 綾の手が、ポケットの中のナイフを握り締め……


「オイコラ綾。血迷うな」


 動きが止まった。一瞬、声の主が誰か分からなかった。

 その声の主は、ずっと名前を呼んでくれなかった。


「そいつは、あの雷獣がお前に自衛用に渡したんだ。自傷用に使われたって言ったら、あいつ多分泣くぞ」

「……!?」


 父親が綾の手元にあるナイフに気付き、手を伸ばすが、綾はとっさにナイフの切っ先を己の喉元に向けた。


「う、動かないで下さい!」

「ぐぅっ……!」

「なぁ。綾よ」


 自分自身を人質にとって、綾は相手の動きを封じた。凍りついた修一郎を無視して、綾に声をかけた。名前を呼んだのは、二回目だ。


「どーせ、お前の事だから生きてるのが嫌になって、自殺しようとか考えてただろ」

「…………」

「図星か。馬鹿だなお前。本当に馬鹿だ。

 父親に捨てられたくらいが何だ。俺も不幸自慢してやろうか」


 肩越しに、鼻先で倒れたアイザックを指して、


「話を聞いてただろ。

 俺の流派、争神流ってんだが……強くなるのにかなり出鱈目な人体実験しててな。

 ぶっちゃけ、俺の体も人間とはいえない。神経速度は速いし、脳みそもかなり弄繰り回されてる……で、それをやったのが俺の親父だ」

「え……?」


 綾の瞳に、若干の光が灯る。


「俺のこのハゲは、その時の後遺症でそうなった。

 意識のあるまま頭切り開かれて、頭蓋ン中にいろいろ流し込まれて……な。

 俺と同じように育てられた奴が何人もいた。俺と同じように育てられて、みんな、死んでいった。俺だけが生き残った」


 そして、言葉には出さなかったが。

 闘に『連結』された脳は、すべてがそうやって死んでいった同門達のものだった。

 人間の扱いではなかった。人格全てを否定した、戦うための、戦争のための機械としての扱い……まさに、今爆弾として使われようとしている綾の立場と、当時の闘の立場が重なり合って見える。


「……ま、死のうとはしなかったが」

「……どうして……そんな」


 何故、生きる希望が湧き出すのか。どうすれば、生きる希望が湧き出すのか。

 縋るような綾の言葉に、闘は力強く断言した。


「今、お前はこう考えてるだろ。生きる目的が無くなったから、死にたい。

 逆だよこのノータリン。『生きる目的が無いなら、生きる目的を探す為に生きる』んだよ俺は」

「――!」

「そーいう風に生きてたら、いつの間にか持ち直っちまうもんだぞ。そういうのは」

「け、けど……」


 綾は、ぎゅっと胸元を押さえて、


「私だって……生きていたいです……!

 アッシュブレッドだってたくさん食べたいし、アイさんにお礼だって言ってないし、お兄ちゃんに疑ってごめんなさいって言ってない!!

 けど、どうしようもないじゃないですかぁ……!」


 ナイフが地面に零れ落ち、綾は頭を抱えてしまた。瞳からは暑いしずくが留まることなくあふれ出し、地面に滴り落ちる。


「私が生きてたら、この星が無くなっちゃうんですよ! だったら、死ぬしか選択肢ないじゃないですか!!

 この上生き延びる方法だって、私には……」


 心の奥底から漏れ出す、悲痛な悲鳴だった。それは綾のような人間にとっては、苦痛でしかない状況だろう。


「助けてください! 助けてくださいよ!!」


 卑怯だと思いつつ、叫ばずにはいられない。


「私だって生きたいんです! 生きてやりたいことがあるんです!」


 誰よりも優しいくせに自己犠牲誠意真に溢れ、それでいて人に助けを求めない……普通の人間。普通に、人生を生きたいと思う程度の人間。

 理屈で考えても、感情で考えても選択肢は自殺しかない。どの道死ぬ命なら、犠牲者は少ない方がいい。それが、星を巻き込むのならなお更だ。

 自分で死んで星を救うか。そのまま星と共に死ぬか。

 悪魔の二択だった。綾の生き残る選択肢が、まるでない。

 綾の手からナイフが零れたのを見逃さず、修一郎は綾の体を羽交い絞めにする。


「ええい! 手間を掛けさせるな!」


 もがく綾を無理やり抱え挙げて――


 カチリッと。

 綾の体内から、致命的な何かの音がした。


 真後ろにいる元義父の口から狂気交じりの哄笑がとどろく。ひとしきり笑いきった後、修一郎は愉快気に断言した。


「今! 入れたぞ! エーテルボムのスイッチを!」

「――!」


 告げられた事実に綾は息を呑んだ。心のどこかにあった、修一郎が親心を見せてくれるのではないかという期待が、音を立てて崩れていく。

 おかしくて仕方が無いという調子で、修一郎は笑う。


「ははははははははっ! これが貴様のヒーローごっこの結果だ草真 闘!

 十分だ! 後十分でこれはこの星を巻き込んで爆発する! 私とガゼロットを侮辱した事を後悔しながら、ここから逃げるなり心中するなりするが良い!」

「だから、手管は考えてあるつってんだろ」


 修一郎の哄笑を鬱陶しげに聞き流しながら、闘はドームの中に踏み込み、内側から扉を閉めた。

 羽交い絞めにされる綾と修一郎を素通りし、取り付けられた機械の制御版の前に立つ。


「何をするかと思えば!」


 機械の操作を始めた闘の後姿に、修一郎は力の限り嘲笑をぶつけた。


「この機械は故障して動かんよ! 爆弾の停止コードは私しか知らん! スイッチも私の体内にインプラントされたものだ! 勿論、私は押すつもりは無いがな……私は死など怖くない! 拷問なり何なりするがいい!」

「しねえよ――てめぇには、死よりも辛い地獄を味合わせてやる」


 闘が殺意と共に言葉を吐き出してから五分以上経過していた。

 後五分も無いというのに、闘は相変わらず黙々と機械を操作するだけである。

 その間、綾は言葉を尽くして父親を説得しようとしたが、修一郎は狂ったようににやにやと笑うばかりで話しにならなかった。

 綾が今一度自殺のチャンスを探し始めたその時、修一郎がいくら操作しても動かなかった装置が、息を吹き返した。

 低い駆動音を立ててドーム自体が振動し、壁面を縦横無尽に光のラインが走り回る。予想だにしない状況に、修一郎は唖然とした。


「なっ……何故だ!? あれ程操作しても動かなかった装置が――何故だ!?」

「学びて思わざれば則ち罔し。思いて学ばざれば則ち殆うし……ってな。教科書の丸写しだけじゃ駄目だって事だよ、寺門修一郎」


 起動した次元航行装置を操作しながら、闘は種明かしをする。


「隼の奴が、こいつが兵隊連れて来た直後に、軽くジャミングかけたのさ。

 最も、ジャミングの周波数に合わせて調整しちまえば、軽く突破できる程度の代物でしかないが……予め周波数聞いておいて正解だったぜ」


 教科書の知識を丸写ししていただけで、それを生かすことの出来ない修一郎には、到底対策など立てられない方法だった。


「よし、これで……移動できるな。

 おい綾」

「は、はひっ!?」

「……初めて助けてっつったな。助けてやるから安心しろ」


 引きつった声上げる綾に、闘の鋭い舌鋒が突き刺さった。


「そして誓え。生きて帰ったら、二度とあんな死んだ目するんじゃねえぞ!」


 まさか……彼は、自分を助ける事が出来ると思っているのだろうか。


「寺門修一郎。

 貴様には、綾が味わったのと同じ……それ以上の地獄の二択を味わってもらおうか」


 修一郎が問い返す前に、闘の指が軽やかに動く。

 クリスタルガラスが虹色の光に埋め尽くされ、まばゆいばかりの光を放って……この世界から姿を消した。




 ――世界間移動というものはやはり、一瞬で終わるものらしい。

 二度目の実体験で、綾はその事をまざまざと実感した。光で埋め尽くされていたクリスタルガラスは元の透明度を取り戻し、外の世界を映し出している。

 そこは、灰色の世界だった。

 空は灰色ににごり、ビルと道路は灰色の素材で作られ……辺りに自生する植物まで灰色だった。どうやら、別の世界の崖の上に転移したらしい。


「おー、始めて見た。こうなってんのか」


 クリスタルガラス越しに外の世界を眺め、闘はのほほんと感想を述べる。

 そこに危機感は一切無く……これで事態は解決したと言わんばかりの態度だ。


「……と、闘さん……? ここって、何処なんですか?」


 聞きたいことは山ほどあったが、まず第一に優先するべきは居場所の確認だ。長年体に埋め込まれていたからか、綾は己の体の中で、エーテルボムが脈打っているのが間隔でわかる。

 後三分くらいで、自分が今いる星が吹き飛ばされる。そう考えると、じっとしていられなかった。

 己を殺すように懇願する声は、闘の言葉でさえぎられた。

 なんでもない事のように、とんでもない地名を、彼は口にしたのだ。


「ん。ガゼロットの首都星」


 一瞬、何を言われたか綾には理解できなかった。その体を縛る拘束が緩み、綾の両足が大地につく。

 慌てて距離とり、振り向けば……そこには、真っ青に染まった修一郎の顔があった。歯の根はガチガチ震えて合わず、目は充血して真っ赤に染まっている。


「さあて、楽しい二択の時間だ寺門修一郎」


 今にも倒れそうな修一郎の前に立ち、闘は轟然と言い放った。


「今、ここに爆弾がある。優秀なガゼロット人の名産品、素敵な素敵な惑星破壊爆弾エーテルボムだ。

 最悪なことに、スイッチが入ってて後数分で爆発する。

 お前の前に用意された選択肢は、二つ。

 一つは、爆弾のスイッチを切り、スパイの任務を放棄した腰抜けとして処断されるか。

 一つは、このまま爆発させて、ガゼロット首都星と心中するか」


 言葉にならない呻き声を上げて、修一郎はその場に蹲り頭を抱えた。

 死を恐れないと、狂信者のように叫んでいた男が、恐怖と絶望に震えている。

 綾に問われたものが悪魔の二択なら、これは魔王の二択だ。


 悪魔は自殺すれば己の良心を護る事ができたが、魔王はそれすら許さない。どちらを選んでも、修一郎は全てを失う。

 ガゼロット人としての誇りも、ガゼロットに対する忠誠心も、何もかも。


「選べよお偉いガゼロット人様よ」


 呻く。


「選べ。お前が綾に強いていたのはこういう事だ」


 呻く。呻く。


「早くしろ。時計の針は待っちゃくれないぞ」


 呻く。呻く。呻く。呻く。呻く。呻く。呻く。呻く。呻く。呻く。呻く。呻く。

 最早……修一郎に許された道は、呻くか解除コードを入力するかの、二択しかない。

 それこそが、魔王の二択。

 闘が仕掛けたのは、そういう二択だった。


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