再会
流れ弾を闘が盾になって弾き飛ばし、襲い掛かる軍人をアイの肉球で失神させながら、三人は走る。
闘が脳裏に記憶したマップを頼りに、通路を右に曲がり、左に曲がり……
「待て」
唐突に、闘の右手が跳ね上がる。
慌てて止まる二人に構わず、闘は通路の壁に張り付いた。
T字路の角から、左右に広がる通路の右側を覗き込み……舌打ちする。
視線の先では、今までで一番激しい銃撃戦が起きていた。
中央コンピューターへの入り口であるドアの両サイドに、フル装備のサイボーグが張り付いて、コンピューター内から吐き出される弾丸をやり過ごしていた。その中に紛れ込んでいる白衣の男は、この施設に潜り込んでいた協力者だろう。
闘の類稀なる……かなり人道に外れた手段で鍛え上げられた動体視力は、吐き出される弾丸が通常のサイズではない大口径である事を見抜いた。
(サイボーグが身を隠してるって事はかなりの威力があると見て良いな……)
「ど、どぉしたん……ですか……」
慣れない長時間の全力疾走に、息も絶え絶えの綾の問いに、闘は振り向きもせずに答えた。
「中央コンピューターに陣取った奴が、ガゼロットと派手にやりやってやがる」
「あっちゃぁ……あれじゃあ近づけにゃいね」
同じように通路を覗き込んだアイが、ポツリとつぶやいた。流石の雷獣も、あの中に突撃するのは遠慮したいらしい。
「ほかに出入り口はにゃいの?」
「無い。あそこ一つだけだ」
「どうやって入る?」
「ああ。そりゃ簡単だ。
お前はここにいて綾を護れ。連中が内部に突撃したら、俺についてこい」
答えながら、闘は鞘に左手を添えて、剄を回した。螺旋で増幅された剄が全身に行き渡り、右腕に集中する。
「だから、どうすんのよ」
「こうする」
闘の足が床を、踏み砕く勢いで蹴りつける。
爆発的な加速をつけた闘の体が、砲弾のように正面の壁に吹っ飛んでいった。加速の勢いをそのまま載せて、闘の右腕が眼前の壁に叩きつけられる!
一瞬、銃声が掻き消されるほどの轟音が、施設内に響き渡った。
最新鋭の技術で作られたはずの壁……戦車にそのまま使えるような強度を誇り、厚さ1メートルにわたるそれを、闘の右腕は粉々に吹き飛ばし、突き抜けた。
粉塵を纏いながら、闘は壁の向こうに広がる空間に着地する。
「……うわーお」
背後から呆れ交じりの嘆息が聞こえたが、意図的に無視して、辺りを見回した。
マップが正しいなら、地下施設だという事が信じられないほどの広大な空間である筈であり、実際かなりの面積があるのだが、奇妙に狭苦しく思える。
一寸したビルくらいはありそうなサイズの、巨大な建造物の存在が、元凶だった。ネオンのように画面を輝かせ室内に立つものの神経を無慈悲に圧迫する物体は建造物ではない。
中央コンピューター……闘達の目的のものである。
コンピューターの前で、デスクを並べたバリケードが築かれており、その向こうから唖然とした視線が闘に注がれていた。
まあ、普通の世界の普通の人間としては、当然の反応だろう。
室内からの銃撃が止んだのを見て、正規ルートに陣取っていたサイボーグ達が、室内の突入の開始して。
「破ぁっ!」
弾丸速度のドロップキック……質量にしてキロトンクラスの一撃が、その横っ腹に突き刺さった。
蹴りの衝撃で胴をブチ折られ、内臓部品をばら撒きながら吹き飛ばされるサイボーグ。後 ろから追従してきた別のサイボーグが、慌てて銃口を向けてくるが……闘はあわてず騒がず、右手を銃口に翳した。判子を押すように銃口が掌に押し付けられ……
発砲。そして――銃身の爆発。
ロケットランチャーにすら悠々耐え抜く掌に銃口をふさがれ、逃げ道を失った弾丸のエネルギーは、特殊素材で作られた銃身を粉々に吹き飛ばす。
「どうした」
動きの止まったそのサイボーグに、闘の右の拳が突き刺さった。胴体部が吹き飛ばされ、破片が後続のゴーグルを叩く。
突然乱入してきた異常な……だが、逃げも隠れも使用としない存在に、後続のサイボーグがとった行動は合理的なものだった。
すなわち、銃を向けて引き金を引く。
(こいつら……俺の情報を知らないな)
全身を叩く弾丸の感触を楽しみながら、闘は思考する。
アイザックから情報を得ているのならば、銃撃などせずにキメラウェポンのナイフで切り付けに来るはずだ。という事は、この戦場にアイザックはいないと考えていい。
弾切れを起こしてからようやくキメラウェポンのダガーを抜き放ったサイボーグ達を、闘は嘲笑をもって迎えた。
「遅ぇ」
超人一人と、たかだか十数人のサイボーグ。
一方的な戦いの幕がここに落とされた。
アイと綾の二人は指示に従い、サイボーグ達が室内に突入したのを確認してから動いた。闘の空けた穴を潜り抜け、中央コンピュータールームに突入する。
視界に写るバリケードと、その向こう側にあるであろう、接続端子に向けて、二人は全力で走った。
バリケードに近づくにつれて、サイボーグ達と銃撃戦を交わしていた者達の顔が見て取れるようになる。その多くはフル装備の米国軍人だが、中には白衣を着た人間もちらほら見えた。
「――あぁっ!」
白衣の人間たちの中に、見覚えのある人影を見つけて、綾は歓声を上げた。
「綾!? どうしたの!」
「あ、あれ! あそこでライフル構えてるの、私のお兄ちゃんです!」
走りながら指差した先には、血に染まった包帯を頭部に巻いて、ライフルを構える白衣の男が居た。服や相貌は見る影もなく汚れているのが、逆に精悍に感じられる。
相手の方は綾に気が付いていないらしく、ゲート前で暴れまわる闘の姿に釘付けにされていた。
感激の余り、綾の瞳が潤む。兄がこの惨状の中生きていた事は元より、その兄がガゼロットに立ち向かっているという事実が嬉しかった。
少なくとも……隼は、綾の世界を裏切っていなかったのだ。
いや、ひょっとしたら、ガゼロットの陰謀を察知して、それを妨害する為に銃を取ったのかもしれない。
「お兄ちゃん!」
走りながら、声を張り上げて兄の名を呼ぶ綾。こちらに目線を向けた隼の表情が凍りつき、動きが止まる。
他の軍人たちも綾の存在に気付き、臨戦態勢を整えるが、綾は気にしない。ただ、バリケードの傍らに辿り着くと同時に、兄に向かって笑いかけた。
「あ、綾――!?」
呆然とした隼の声に、傍らのアメリカ軍人が聞き取った。愕然とした表情を隼の横顔に向けた後、表情を引き締めて――
銃口を、綾の額に向けた。
いきなり向けられた銃口に、綾の体が凍りつく。
「――!?」
軍人の動きに加減の無い本気を感じ取り、アイは綾を押し倒した。
「わきゃっ!?」
綾は顔面から床に激突したが……アイに気にしている余裕は無かった。
「あんた! 一体にゃんのつもりよ!」
『馬鹿な! 何故撃った!』
アイの怒号と隼の英語での叱責が発砲した軍人に向けられた。怒鳴られた軍人の方はといえば、アイと隼をより上回る苛立ちと怒りをもって、答える。
『馬鹿なことを言うな! あの女が生きていることが、この国にどんな不利益をもたらすのか、忘れたか!』
『状況がわからないだろう!』
『状況がどうだろうと、あの女がここにいるという事はそういう事だろう!』
英語で買わされる怒鳴り合いの内容に、綾は自分の思い違いを理解した。
確かに、兄たちはガゼロットに攻め込むのはやめたのかもしれない……だが、『異世界への侵略戦争そのものは諦めていない』!
「――綾! あんたは逃げろ!」
『よせ! やめろ!!』
説得の言葉を吐き出そうとした綾に、アイが吼えた。
見れば、バリケード内の銃口は、隼のものを除いて全て綾の体に突きつけられていて。隼も必死に銃口を下げるよう求めているが、取り合ってもらえない。
とてもではないが、悠長に言葉を並べられる状況ではなかった。
相手はアメリカの正規軍人である。鍛えられてはいるが、サイボーグのような耐電兵装とがあるとも思えないし、アイならば容易く制圧できるだろう。
「お、お兄ちゃんは倒さないで下さい!」
「了解!」
ガクガク震える足に鞭打って、綾は来た道を逆に走り出す。背後から激しい電光と放電音、銃声が響き渡り、戦闘が始まった事を綾に教えた。
振り返ることは出来なかった。軍人たちの銃口がこちらを向いている以上、一刻も早く安全圏に逃げなければならない。
同じ世界の人間に銃口を向けられても、綾は不思議と悲しくなかった。それ以上に、兄が敵に回ってなお綾の命を救おうとしてくれた事の方が、嬉しかったのだ。
思想は変わっても、兄の優しさは変わらなかった。
闘とサイボーグ、アイと米国軍人の闘争をバックミュージックに、綾は壁に開いた穴に飛び込もうとして……そのまま、立ち止まる。
目の前に、白衣の男が立っていた。
綾は、その男を知っていた。深く刻まれた皺に丸い目がね。兄と同じく薄汚れた白衣で林檎のように赤い頬に、愛嬌がたっぷりのその男は――
遠く離れた闘達に聞こえるほどの大声で、喜色満面にその名を呼び、駆け寄った。
「――お父さん!!」
瞳の奥が、熱く滾るのも気にせずに、綾は白衣の男……寺門修一郎に抱きついた。
「おぉ……綾、お帰り……」
数年ぶりに出会う父親は、昔と変わらぬ穏やかな声で、迷子の体を抱きしめた。




