悪意
二つの戦闘は瞬く間に終わった。
「……全く。雷獣に銃向けるにゃんて間抜けかこいつら」
煙を出しながら倒れる男たちを見下ろしてから、アイは隼に向き直る。
「えっと……隼、でよかったんだっけ?」
「……自己紹介した覚えは無いんだがな」
力の限り怪しいアイに対し、隼は警戒心をむき出しにして対応した。
「気持ちは判るけど、あたしは味方よ……ただし、綾のだけどね」
「綾の……そうか、アイザックからの報告にあった、二人を倒した亜人というのは……」
隼の物言いに、やはりと思うアイだった。一番最初に自警団事務所に襲い掛かってきた不審人物たちは、耐電兵装すらしていないただの人間で、アイザックの部下だとは思えない。
あの二人は、純粋に隼の指示で動いていたのだろう。
「送り込んだ。ねえ……まさかとは思うけど、あにゃたガゼロットと組んでたりしにゃいわよね」
「まさか。あの連中には利用されただけだ」
「利用された?」
「……綾の送り込まれた座標を聞き出したかったんだろう。代わりに綾を保護してやると言われて、教えた」
「にゃるほど」
確かに、それは間抜けな利用のされ方だった。
「……なんだ? 食い残しか? それにあいつはどうした」
サイボーグを全員始末し終えたのか、返り血ならぬ返りオイルに塗れた闘が、ひょっこりと会話に加わった。
「綾のお兄さん。綾にゃら撃たれそうににゃったんで逃がしたよ」
「ほう」
ドンビキの隼に変わって、アイが詳しい説明を行った。闘は、ふむと顎をなでて……
「おい雷獣」
「名前を呼ばにゃいのには、にゃんかこだわりでもあるの?」
「まぁな。お前は、あいつと一緒と合流しろ。俺はこいつと話す事が――」
言いながら辺りを見回したその動きが、止まる。
闘自身が開けた穴の前。
呆然と、白衣の男と向かい合っている綾の姿を見つけたのだ。
闘の視線を追って綾の姿を見つけたアイは安堵し……隼は硬直していた。
「お父さん!!」
「あれま」
聞こえてきた名称に、アイの警戒心は胡散霧消した。そして、苦笑する。大喜びで抱きついて泣きつく姿は、親に泣きつく迷子のように見えたからだ。
感動的な親子の再会である。
邪魔するべきか否か、逡巡するアイを突き動かしたのは、
「そいつから離れろっ! 綾ぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
喉が張り裂けんばかりの、隼の叫びだった。
「え?」
「チィッ!!」
綾が振り向いた瞬間には、闘が刀に手を添えて、舌打ちと共に駆け出していた。
爆発的な勢いで綾達親子の下へと駆け寄り……あと少しで接触できるという位置で、急停止した。
瞬間、眼前に細長い鞭のような『何か』が叩きつけられる。それは壁と同じ素材で出来た床を容易く切り裂き、破片を中に舞い上げる。
攻撃に使われた物体を目で追えば、鞭のような物体は一人の男のコートのすそに吸い込まれていくところだった。コートの着膨れは解消され、動くたびになっていた異音も聞こえない。
「そこから先は通行止めですよ。親子の再会を邪魔するものではありません」
「今てめえに構ってる時間はねえんだ」
暢気な口調の声に、闘は憤怒を浮かべて吐き捨てた。
「邪魔をするな」
「それはこちらの台詞ですね、はい」
踝まで伸びる黒いコートの男……ジュダーズの営業二課課長『騒音災害』アイザックは、相変わらずサラリーマンの浮かべるような笑顔を浮かべていた。
「と、闘さん!」
背後で唐突に始まった戦闘に、綾は慌てて振り向こうとしたが……出来なかった。
自分を抱擁する父の腕が、解けなかったのだ。
「は、放してお父さん!」
「あ、綾! 一体何をする気だい!?」
「だって、闘さんが……!」
「闘……? あの、刀を持った青年の事かね」
「うん! 私をここまで連れてきてくれたの! だから……」
自分では、闘を助けられるはずが無い。だから……
「お父さん! ここから逃げよう!」
「は……?」
「ここに私達がいたんじゃ、闘さんが全力で戦えないの!」
今は睨み合いで済んでいるが、戦いが始まれば辺りに気を配る余裕はなくなるだろう。闘の助けになる事よりも、闘の足手まといにならない事を優先するべきだった。
「中央コンピューターに、非常停止キーを使うの! そうしたら、あの人たちの戦う理由はなくなるはずだから!」
アイザック達がここで戦っている理由はいまいち不透明だが、中央コンピューターを停止させれば、ガゼロットの陰謀は崩壊するはずだった。
父親なら賛同してくれる筈だと、綾は期待をこめた瞳で見上げ、
「それは困るな、綾」
綾は、修一郎の言葉の意味が理解できなかった。
「駄目じゃあないか。お前はお前の役割を果たさないと」
理解する前に、首筋から全身に衝撃が走り、その意識を失った――
アイは一瞬、自分が悪い夢でも見ているのかと思った。
綾と抱き合っていた修一郎が、黒く細長い物体を綾の首に押し付け、綾を昏倒させた……倒れ付した綾の体を見下ろすと、
「……『これ』を運べ」
先ほどまでとは別人のような冷たい声で、背後に控えるに命令を下した。穴の奥から姿を現したのは、黒尽くめのサイボーグの傭兵達。
「しゅ……修一郎ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
憤怒の咆哮を上げて、隼のライフルが修一郎の姿を捉えた。一つの躊躇いも無く引き金が引かれ、弾丸が発射される。
弾丸は空を切り裂き音を立てて修一郎へと飛来し――間に立ち塞がったサイボーグにはじき返される。
「ふん……」
修一郎は笑った。裏表の無い……曲々しく、狂気に満ちた醜悪な笑みだった。
「無駄だというのが判らんのか。隼」
「黙れ!」
吐き捨てられた言葉に答えるように、引き金を引く。
「そんな低レベルの銃など、彼らには効かぬよ」
「黙れと言ったぁぁぁぁぁぁっ!!」
何故、修一郎がサイボーグ達に指示を出す? 何故、修一郎の命令を彼らが聞く?
まさか、偽者――?
否。アイにとってそんな疑問はどうでもいい!
目の前の男が綾を裏切った……その事実だけ理解できれば十分だった。
アイの喉から、人間のものではない獣の咆哮が吐き出され、空気を揺らす。雷獣としての咆哮が、ビリビリと場の空気を奮わせた。
「焦がし殺すぞ人間!!」
かつて無いほどに本気の殺意を言葉に込めて、アイは大地を蹴る。
目標とされた修一郎は、アイに関心がないとばかりに踵を返し、
「お前達。時間を稼げ。
引くぞ。アイザック」
「はいはい了解しましたクライアント」
ニコニコと笑って、アイザックは修一郎の後を追って穴に飛び込んだ。二人と入れ替わるように、穴の奥からサイボーグ兵達が殺到する!
「どけぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
怒号と共にアイの体から雷光が迸り、サイボーグの壁に叩きつけられる。耐電装備を完備した彼らには通用するはずも無いが、それでも構わなかった。
滾る激情にまかせ、拳を振りかぶり……闘に襟首を掴まれ、止められた。
抵抗する事も許さないほどの力で引き倒され、床に背中から叩きつけられる。
「邪魔をするにゃようへ――」
アイが上げようとした講義の声は、最後まで吐き出されなかった。
気圧されたのだ。自分に向かって背中を向けるその男に。
「……いいぜ。わかった。受け入れた。受けて立つぞ」
その体を巡る気が、視覚化されたかと思うほどの威圧感を放つ、黒いコートの背中を見て、アイは悟った。
この傭兵は、自分たちの前で本気を出した事などなかったのだと。
「その喧嘩買ってやる……途中で降りるんじゃねえぞ三下共」
猛る超人にとって、たかが五十名のサイボーグなど、障害にしかならなかった。
行われたのは、戦闘ですらない、蹂躙。
剄を込め重さを増した腕で殴り、蹴り飛ばし、叩き潰す。頑健である筈のサイボーグ達はそれだけで紙細工の人形のように吹き飛ばされ、蹂躙される。
闘の超人振りを余り知らない隼は元より、ある程度見慣れていたアイにとってさえ、恐怖しか感じさせないほどの、圧倒的な暴力だった。
「墳ッ!!」
最後のサイボーグの頭部が、超重量による圧迫で踏み砕かれる。ガラスの頭蓋骨の中に浮かんでいた脳が踏み潰されて、培養液と共に地面に広がる。
一通り激情を発散しつくした闘は、踵を返すと隼の方に向かって歩き出した。
「……!」
恐怖に顔を歪めるが、銃を向けようとはしない。ただ、自分の前に歩いてきた男を、にらみつけるだけだった。
「……俺が怖いか?」
正面に立って投げられた質問は、単純。
「ああ、怖い」
返された答えは、さらに簡潔。
正直に返された反応に、闘は不快感を示そうともせず、ぽつりと口を開く。
「同じ事を、お前の妹にも聞いたよ。これ程じゃあなかったが、かなり乱暴に暴れまわって何人もあいつの前で殺した」
「……そうか」
「だけどな。あいつは俺の事を怖くないと言った……『自分を護ってくれた人達を悲鳴で迎えて罵倒するなんて、私には出来ません』だとよ。
言ってくれるじゃねえか」
アイの抱いた感激は、闘も味わっていた。彼も、綾の言葉には救われていた。
「いい奴だよあいつは」
本人がいたら、絶対に言えない賞賛が、闘の口から吐き出される。
「いい奴だ。いい奴なんだあいつは。今時珍しい、底抜けのいい奴だ。
そんな奴をあんな下種野郎が利用しようとしてる事が俺には許せねえ」
オイルと脳の破片で汚れた腕が、隼の襟首を掴み、持ち上げた。無抵抗の隼に鼻先を付き合わせ、闘は激情のままに怒鳴る。
「話して貰うぞ何もかも。あいつが巻き込まれたのは何なのかを」
「……話しても良いが、一つだけ約束してくれないか……」
隼の腕が、闘のコートを掴む。闘に比べれば遥かに貧弱な力しか持たないその手は、しかし赤くなるほどに握り締められた。
「頼む……! あの子を、綾を見捨てないでくれっ……!」
恥も外聞も掻き捨てた、嘆願だった。
「俺が支払えるものだったら何でも払う……! だから、だからあの子を……!」
「当たり前だ」
間を置かず返された言葉に安心したのか、隼は小さな笑みを浮かべた。
そして、真相の最も重要な一欠けらを吐き出した。
「……綾の体内には、エーテルボムが、星を吹き飛ばす爆弾が埋まっているんだ」




