戦場の『港』
視界をふさぐ焦げ臭い煙を振り払いながら、闘は舌打ちする。
「たっく……ここは地下施設だろうが……
ロケットランチャーぶっ放すなんざ何考えてやがる」
刀を腰溜めに構えて、鞘を左手で掴む。
「哮ォォッ」
低く、重い呼気を吐き出して、左手に神経を集中する。イメージするのは『螺旋』を描く力の流れだ。
綾達には単純に『気』だと説明したが、闘が扱う武術は気ではない。そんなレベルで終わる力ではないし、この武術では気を『剄』と呼称している。
螺旋で増幅された剄の力が、全身に行き渡り、行き渡った力を再び腰の刀に集める。それをさらに螺旋で増幅し……ただひたすらそれを繰り返す。
世界毎に物理法則が違うのは前述した。物理法則の微細な差異は、科学技術や魔法だけではなく、極まった武術にまで深刻な影響を与える。
触れれば相手を溶かしつくす暗殺拳は力を失い、光速を超える抜刀術は物理の壁に阻まれて実現が不可能になる。
多くの最強を謳った武術は、ガゼロットの永久機関と同じく、異次元においては人畜無害なものと成り果ててしまうのだ。
……闘の振りかざす技は、『最初から異世界での使用を前提とした、総合武術』であり、異次元を視野に入れている。一つの世界で最強と謳われる武術とは一線を画している。
煙が晴れ、明確になった闘の視界に飛び込んできたのは、己に向かって発射されたロケットランチャーの先端部。
あわてず騒がず、闘はロケットランチャーを右の掌で受け止める。爆音で鼓膜を揺らしつつ、闘は脚部に剄を集中させ、二発目の爆煙を突っ切って、敵陣のど真ん中に躍り出た。
至極簡単な行動である。その行動が、音速を置き去りにした領域で行われた事を覗けば。
通路の奥で陣形を組んでいた兵士たちは、闘の体が音速を超えたことで発生した衝撃波で、軒並み吹き飛ばされた。
吹き飛ばされる男たちの装束に、闘は見覚えがある。
「ジュダーズの傭兵共か」
闘はさらに大地を蹴った。衝撃波で吹き飛ばされ、ボールのようにバウンドする黒尽くめの達を見回し、ダメージの少なそうな連中を見極めると、そのうちの一人に手加減一切無しのとび蹴りを叩き込んだ。インパクトの瞬間、体内の、頸を動かす。
重く重く、重く――!
瞬間的にその重量を増した一撃は、スイカが爆ぜるような音と共に、黒尽くめの上半身を粉々に吹き飛ばした。蹴りの反動を利用して真後ろに飛び、体勢を立て直していた黒尽くめの肩を擦れ違いに掴んで、勢いを殺した。再び、体内の、頸を動かす。
軽く軽く、軽く――!
黒尽くめの体には、ほとんど何の力もかからなかった。肩を掴んだ闘の体重が、グラム単位まで軽量化されていたからだ。ただし、熟れた蜜柑を潰すより遥かに簡単に、黒尽くめの肩は握り砕かれた。
「がっ!」
「っぜぃっ!!」
着地と同時に黒尽くめの背中に蹴りを叩き込む。瞬間……再び、重く。㎏、t、物理学の限界が許す重さぎりぎりまで重く。
相当な重量を持つはずのサイボーグの体が、砲弾のような勢いでこちらに銃口を向けていた傭兵に衝突した。
気によって体を重くする『重気功』と、気によって体を軽くする『軽気功』。それらの使い分けによる正面戦闘だった。
えげつない戦闘に見えるが、これでも死者は一人も出ていない。サイボーグゆえに、頭部さえ無事なら死亡する事はないのだ。
度を過ぎたおぞましい不死性と取るか、これ程やられても死ねない哀れな存在と取るか、解釈は人それぞれである。
激しく動き回りながら、闘は己の体を縛る物理法則に思いをはせる。
(光速は――超えられんか)
ならば、光速を超えない限界範囲で動くのみ。幸い、この世界の空気中の衝撃伝道はそこまでシビアではない。普通は音速で走り回っただけで周囲ががれきの山と化してしまうのだが、その心配はいらなさそうだった。
全てが技もヘッタクレもない、気による身体強化と重量変化に任せた力任せの戦闘。純粋極まる暴力こそが、闘の習得した『争神流』の姿である。
全ての次元で等しく使える技が無ければ、物理法則を無視する人体内の神秘性を利用するという逆転の発想だった。剄の力は全てが人体の中で完結する為、どんな世界であろうと等しくその効果を発揮する。
物理法則に頼りがちになってしまう技は、必要最低限しか習得せず、それ以外の全てを剄の鍛錬に費やす流派だった……無論、他にも色々とサイボーグが可愛く思えるような小細工も行っていた。
「……もういねえか」
立ち上がろうとする者がいなくなったのを確認し、闘は踵を返してホールに戻る。
結局、刀が抜き放たれる事はなかった。
障害を排除した三人は、すぐに移動を開始したのだが……
「な、何なんですか……これ」
目の前に繰り広げられる光景に、綾は絶句した。
通路のいたるところに、白衣を着た研究員と、軍服を着た軍人、黒尽くめのサイボーグの三種類の死体が転がっていた。部屋を覗き込めば血染めのバリケードが出迎え、その奥に置かれたコンピューターは無残な残骸と成り果てている。
現在進行形で行われる銃撃戦を目撃したのも、一度や二度ではない。時折飛んでくる流れ弾を、闘が素手で弾き落とし、殴りかかってくる軍人をアイの肉球が昏倒させる。
現代科学の最先端であった筈の『港』は、今や血と硝煙の臭いが支配する戦場へと成り果てていた。
「あたしらの事にゃんて、気にする暇もにゃい筈ね……!」
「……!」
真っ青になって倒れそうになる綾の体を、闘が片手で受け止めた。
「死体には強いと思ったんだが、俺の勘違いだったか……?」
「い、いえ……死体は平気です……ありがとうございまず。」
綾は一言礼を述べてから、ゆっくりと自分の足のみで直立する。
立っているのがやっとの状態の綾の手を掴むと、闘は近くの部屋に滑り込んだ。室内も例外なく死体と血飛沫でコーディネイトされているが、贅沢は言っていられない。
「とりあえず、一旦休憩だ」
「は、はい……」
へなへなと床に経たいこむ綾……その顔色が悪いのは、死体が原因ではない。
その死体の中に兄や父が紛れ込んでいるのではないか? そんな疑問が、綾の胸を侵蝕して離さないのだ。
「一体、何でこんな事に……」
「俺にもさっぱりだな」
闘は傍らに転がった死体をつま先で蹴って示した。黒い衣装に身を包み、血の代わりにオイルを垂れ流す、サイボーグだ。
「――ガゼロット側がこんな派手に動くなんざ、一体何が起こってんだか」
「ここにいる科学者って、みんにゃこの世界の一線級でしょ?
こんにゃ奴ら見たら、異世界の科学レベルばれちゃうんじゃにゃい?」
アイの推測は、本来ならガゼロット側が最も重要視すべき問題である。
敵国が原始的な文明しか持たないという前提条件が崩れてしまうと、綾の世界はとても戦争などする気にはなれないだろう。これでは、どんな野心家も矛を収めざるをえない。
「ガゼロットの陰謀がばれたんなら、こいつらはすぐに引き上げてる筈なんだが……」
「自分達で自分達の計画潰してるようにゃもんでしょ。これって……」
「情報が欲しいな」
ガゼロット側の通信でも傍受できれば良いのだが、彼らは通信機を脳内に埋め込んで使用しているのだ。それも、ガゼロットでしか存在できない特殊な鉱物で作られている為、本体が死んだ瞬間にこの世界の物理法則に囚われ、自壊してしまうのである。
「仕方ねえ。生きてる軍人捕らえて聞き出すか」
闘はちらりとアイを振り返って、
「こっちには、生きた電気椅子がいるんだし」
「聞き出すって、サイボーグには電気が効にゃいし、軍人は簡単に口割らにゃいと思うけど」
「お、お二人とも……? 出来れば拷問とかは勘弁して欲しいんですけど……っていうか、それって処刑道具……」
吐き出された物騒な言葉に、綾は顔を青くして講義した。意外な横槍に闘は不快気に表情を歪めた。
「なんだ。まさか同じ世界の人間だから手ぇ出すなってか?」
「いえ。単純にそういうの苦手なんです……
以前話した経験で、死体とかはわりと大丈夫なんですけど……」
子供の頃の、紅い光景の事である。
普通、あのような過激な体験をしたのなら死体に対して忌避感を抱くものなのだが……何故か、綾は逆に惨殺死体の類に滅法強くなっていた。
「……前々から疑問だったんだが、お前、俺らが怖くないのか? 目の前でバンバン人殺してるんだぞ。人殺しって思わないのか」
そこだけが疑問だった。アイも同意見なのか、無言で綾の答えを待っている。
死体に強いのと殺しに無関心なのは、別の話である。特に、綾の暮らすような西暦系の世界は社会の治安が安定しすぎていて、殺しに対する免疫が少ないはずなのだ。
「思いませんよ」
自分の世界では死刑になってもおかしくないほどの人殺し二人を前に、綾は躊躇い無く断言した。
「だって、闘さん達は私を護る為に戦ってくれたんですよね……そんな人達を悲鳴で迎えて罵倒するなんて、私には出来ません」
優しい。何処までも優しい言葉だった。
「……あー! もう!」
「わ、わぷっ!?」
アイは感極まって綾の細い体を抱きしめる。
雷獣というだけで手を繋ぐ事すら忌避され、護った対象から人殺し呼ばわりもされてきた。それを不条理だと思う事は無かったし、実際人殺しなのだから仕方ない。罵られても弱者を護るのが、アイの誇りであり生き方だった。
彼女にとって綾の言葉は、その苦労が、全て報われる程の素敵な言葉だった。
(ありがとう)
心の中で、この全てに報いてくれたか弱い恩人に礼を言った。
「あ、あいさ……!」
「感動させてくれるじゃにゃい! こうにゃったら地獄の果てまで護ってあげるから覚悟してねー! 後豊かにゃおっぱいがうらやましいわよチクショー!」
「じ、地獄って……多分アイさんみたいないい人は、天国行きかと……後、胸は関係ないと思うんですが」
「ニャー! 可愛い事いってくれるじゃにゃい! 後オッパイは関係なくない! 妬ましいし羨ましい!」
「……元気になったんだったらとっとと行くぞ」
やいのやいのと騒ぐ女二人に、闘はジト目で突っ込みこの後の事を考える。
(拷問が出来ないとなると……地図でもあれば良いんだがな)
ちらりと、荒され尽くした室内を見回しても、この後の展望を明るくするような材料は見当たらない。PCらしきものはあるが、何故かキーボードと電源スイッチが存在せずうんともすんとも言わない。
駄目もとで足元に転がった研究員の懐を漁り、中にある物を取り出す。
メモにペン、一発も撃たれた形跡が無い拳銃に四角い金属のケース――
「ん?」
金属のケースを手に取った闘は、手に感じる重量に眉を潜めた。よく調べてみると、その箱はコンパクトのように開閉する仕組みになっており、中にはずらりとボタンが並ぶ。
闘にはそれが、折りたたみ式のキーボードに見え……重要なものなのではないか、と思った。特に深い理由はない――勘だ。
「おい綾。お前これが何か知ってるか」
「ひゃ、ひゃい」
未だにじゃれ合いを続けていた綾に、ボタンの敷き詰められた面を見せて問う。
アイに頬ずりをされながら、綾は己の見解を述べた。
「えっと……多分、携帯用のコンソールだと思います。
部外者からクラックされるのを避ける為に、ここのコンピューターはそのコンソールでしか入力が出来ないんです」
「じゃあ、こいつを使えばそこに転がってるPCの中身が拝めるのか」
「炭化したければどうぞ。指紋静脈の生体認証とパスワードで管理されてて、間違えたら電気流れますから」
「炭化レベルの電流、ね」
死体から拝借したメモを調べながら、闘は備え付けのPCの前に立つ。肩越しにメモを見せつけて、
「パスワードならこれに書いてあったんだが」
脱力するような笑える人為的ミスだった。優れた技術も、使う人間しだいという事か。
「生体認証が出来ませんよ……間違ってたら、そこから電流が流れますし」
「成る程――逆に言うなら、電流に耐えられればクラック出来るかもしれないんだな?」
不適に笑って、闘は振り向いた。じゃれあう二人……より正確には、綾に一方的に頬ずりするアイに視線を集中させて、
「いるじゃねえか。
致死量の電流でも耐えれる適任者が」
「……クラックにゃんてあたし出来にゃいわよ? PCすら触ったことないし」
「方法は俺が教える。お前は黙って入力すれば良い」
コンソールを投げ渡し、闘は舌を鳴らして指を振った。
結局。
アイと闘の共同作業は、数度の電流放出を経て、あっさりと成功してしまった。
研究所のマップがPCに映し出されるのを見て、綾は一抹の寂しさを感じた。
(こ、こんな力技で破られるなんて、セキュリティ作った人も想定してなかったよね)
というか、前提からしておかしい。この世界の物理法則で、人体が炭化するレベルの電流に耐え切れる人間などいるわけがない。
「それで? 必要な情報は手に入ったの?」
けほけほと焦げ臭い息を吐きながら、アイが問う。闘は頷き返してから、コンソールのボタンを操作して、情報を取り出そうとするが……
「回線が切断されてる……いや、物理的に切れちまったのかこれは」
画面に表示された接続エラーの文字に、呻く破目になった。
これだけ派手な戦闘が行われているのだ。回線の一つ二つは吹っ飛んでいてもおかしくない。
闘の指が残像が見えるほど速さで動き、画面が切り替わる。写し出されたのは『港』の内部構造マップだった。黒い画面に緑色の線で描かれた地図の中に、紅い点が明滅している。
部屋の広さからして、現在位置を差しているわけではなさそうだった。
「俺達の次の目的地はここ……中央コンピューターだ」
「そこにゃら、今の状況の情報があるって事?」
「わからん。が、ここでじっとしてるよりはいい……印刷は、無理そうだな」
PCに横付けされた、元プリンターらしき残骸に目線を投げて、闘は嘆息した。
「まぁ、現在位置から考えてもそう遠くない……お前は、ここにいろっつっても」
「ついて行きます!」
きっぱりと、綾は断言した。
最早、非常停止キーの存在など、無意味に感じられる状況で。
綾は、逃げという選択肢を取らなかった。
「もしかしたら、兄や父が銃撃戦に参加してるかもしれませんから!」
「当事者たちの口から、直接聞いた方が早いか……」
「本音を言うなら危険にゃ目に遭わせたくにゃいんだけど」
アイの言いたい事は判る。非常停止キーが効果を発揮するかどうかあやふやなこの状況では、綾を連れて行くことに対するメリットは無い。戦場のど真ん中を進む事になるのだから、足手まといになるデメリットの方が大きいが……
かといって、こんな場所に残していく方が危険は大きい。ガゼロット側に捕らわれて人質にでもされたら目も当てられない。
「それに、私の非常停止キーは中央コンピューターで受け付けられますから!」
「方法はわかるんだよな?」
「はい! 方法だけはバッチリ教えられてますから!」
耳についたイヤリングに触れて、綾は自信満々で豊かな胸をそらす。
「取り外してから内部のUSBを接続して、生体認証に私の指を置けばそれだけで『世界間航行装置』は止まります!」
「一挙両得か……おし」
携帯コンソールはその場に投げ捨てられて、傍らの血の池に沈んでいく。
「そうと決まれば早速行動だ。雷獣。軍人に構うのは時間の無駄だ。即気絶させろ」
「了解」
綾は、逸る内心を必死に押さえながら、闘の後ろをついていく。
酷く長かったようで短い……三日すら経過していない、異世界への旅。
綾に新鮮な驚きを提供してくれた旅の終わりの前触れを、綾は確かに感じ取っていた。




