帰還
「こりゃ、修羅場だな」
端的に表現して、アルトエレガンはぺしりと頭の甲殻を叩いた。
「もうちょっと細かい――内部の映像は出せにゃいの?」
「無理だ。この世界の魔術じゃあそこまで安定させられんっと」
アイの催促に魔方陣に映し出された映像が切り替わった。
どこかの施設の内部なのだろうか。金属製のドームに覆われた広大な空間であった。天井はかなり高いのだが、輝く蛍光灯は相当に強力らしく、辺りは真昼のように明るい。
綾の記憶に無い施設だった。野球のドームならあるべき観客席が無いし、一体何の用途で作られたのか見当もつかない。
「これが精いっぱいだ。次元境界線が最も揺らいでるポイント――『世界観航行装置』とやらの内部だな」
「……! これが!?」
綾の世界でもトップシークレットに属する情報に、思わず声を上げてしまう。
「正確には、装置の出力部分……この空間に、異世界へのゲートを作るんだろ。
西暦世界の典型的な装置だな」
「アルト、ゲートの出口は?」
「……駄目だな。何度計算しても、ここに吸われる。水が傾斜を伝って雨どいを滴り落ちるようなもんだ。
……今、この世界、この施設の近くにゲートを開いたら、どうやっても出口は今映してるここになっちまうぜ」
「出口側に人影は見えにゃいわね」
アイの言う通り、人影は見えない。
だが、それが安全を保障するかといえば、NOだ。
修羅場が起きているとはいえ、基地の最重要機密地帯。そんな場所にのこのこと異世界からの客人が顔を出せばどうなるか……
物陰から完全武装の兵士たちが出てきて、銃撃の雨あられで歓迎されたら、ひとたまりもない……普通なら。
「俺が先行する」
だが、こちら側には普通ではない戦力がいる。
息をのむ綾達をよそに、弾丸の通じない規格外の男は立ち上がる。
「一瞬だけゲートを開け。他の二人は、俺が向こう側で安全を確保してから、改めてついてこい。アルトはここで待機」
「ま、しょうがねーわな」
どう繕っても西暦地球を歩けそうにない見た目の化け物は、特に不満もなく魔方陣の操作に専念する。魔方陣の外周に待機していた魔術師たちが、驚愕の声を上げてアルトエレガンを見た。
「じゅ、術式が――」
「乗っ取られた!? あの、ちょっと!」
「苦情はあとでな! 今一刻を争うんだ!」
魔術師たちからのクレームを黙殺し、指を踊らせ中空に光の軌跡を描く。遠隔操作で、魔術のコントロールを奪う……この世界の魔術師たちの常識を鼻で嘲笑う様な高度な魔術を行使して、アルトエレガンはゲート用魔方陣を起動した。
本来なら、一流の魔術師たちが数時間の時間をかけて展開するものを、力業で起動しようというのだ。
妖精たちが踊っているかのように、アルトエレガンの指先が光の軌跡を描く。アルトエレガンの黒い皮膚が淡く輝き、その表皮に複雑な文様が浮かび上がり……
「第一術式起動、安定――第二第三第四纏めてオールオッケイ!!
321で開くぞ! 闘!」
返事はない。ただ、闘は魔方陣の中心に立ち、瞑目するのみである。
「3――2――1――オープン!」
アルトエレガンの叫び共に、虹色の光に包まれて闘の姿が掻き消えた。同時に、綾の目の前で展開されていた魔方陣の映像に、その姿が現れる。
世界観移動成功の瞬間である。本来なら、綾達の世界の人類にとって記念すべき瞬間である筈だが……綾達側の世界の人間からのリアクションは、なかった。
画像の中の闘が、虚空をにらみつけることしばし。
パチン、と音が聞こえそうなほど勢いよく指を鳴らし、くいくいと自身に向かって指を動かす。『来い』のハンドサインであった。
「よし、大丈夫そうだ! 次――アイと綾ちゃん!」
声をかけられた瞬間、アイの右腕が淡く光った。何事かと目を見開く二人に、アルトエレガンは笑って告げる。
「サービスだ! 折れた骨、治してやったぜ! ほら、早く行きな! 魔方陣の中央だ!」
「は、はい……ありがとうございます!」
「二人とも!」
ぺこぺこと礼をしながら定位置につく二人へ、アルトエレガンからエールが送られる。
「世界、救ってきちまいな! ――オープン!」
瞬間、虹色のヴェールが綾の五感を満たし、世界が切り替わった。
紆余曲折波乱万丈な旅路を経て帰還した綾を、出迎える者はいなかった。
ただ、沈黙だけが、金属ドーム――『世界観航行装置』の中を満たしている。高鳴る自分の心臓の鼓動が、はっきりと聞き取れるほどの、静寂だった。
(帰ってきた……!)
ようやく、故郷へ。
家族の待つこの地へ、綾は立つことが出来た。
改めて見まわすと、本当に何もない空間だった。のっぺりとした凹凸のないドーム形状に、強力な蛍光灯がいくつか張り付いているだけで、この光景だけならば、これが異世観航装置だとは思えない。おそらく、ゲートを開く装置は壁の向こう側なのだろう。
闘がドーム上の壁にあった扉に手を掛けると、あっさりとひらいた……ばきばきと、なにやら耳障りな音を立ててではあるが。
「感涙にむせぶ暇があるなら、動くぞ」
「は、はい……!」
続いて立ち塞がった扉を、今度はやくざキックで蹴り開ける。
綾が上げた声は、反響する爆音に掻き消され掻き消えた。
ドーム内部にた間は聞こえなかった、騒音による不意打ちだった。聴力の優れたアイなどは耳を押さえてなお目を回してしまうほどだ。
「にゃ、にゃんにゃのこれは……!」
「どーりで誰も居ないはずだな」
白い壁が蛍光灯で照らされた通路が伝声管の役割を果たしているのか、何処からか聞こえてくる爆音が反響してリノリウムの床や壁に至るまで全てを振動させていた。
「こ、これって……あの、どういう事なんでしょうか」
綾は、情況が全く見通せなかった。アルトエレガンが見せてくれた外観映像で、施設が襲撃されていることは理解していたが、その襲撃が、どの勢力のどの思惑で行われているのかまでは追い付かない。
「何って……誰かが施設の中でドンパチやらかしてんだろ」
「い、一体誰が……わひゃ!?」
混乱から抜け出せずにいる綾の首根っこを掴み、ドームの中に放り投げた。アイもその後ろを追うように、一瞬遅れて飛び込んで……
一人残った闘の体に、ロケットランチャーが突き刺さり、爆発した。
人間一人にロケットランチャー。普通なら即死を通り越してオーバーキルであり、生死を疑うよりも死体の無事を祈るしかない状況なのだが……ドーム内部に逃れた二人は気楽なものだった。
「いたたたた……」
「このクソ勇者ー! 女の子ぶんにゃげんにゃー!」
「すぐに始末するからお前らそこで丸まってろ」
予想通り、爆煙の向こうから、平穏無事と言わんばかりの声が返ってきた。




