Tale 34. 問い詰め(1)
月明りが曇天に遮られる夜の刻。
一人の男は路地を慎重に進んでいた。特に前方に気を払いながら、物陰を利用して。
全身黒ずくめで、目元も隠されて分からない。
そんな彼の少し先には、男女の組が歩いていた。何か話しているようだが、それを聞き取れる距離にはいない。
二人が角を曲がれば、男も角を曲がる。
先程から男は機会を窺っていた。
なるべく人気の無い場所が好ましい。そして対象が気を抜いているその時に刺す。
そう思って男は、上着の内側から小型の武器を取り出した。手で覆い隠すように握っているため詳細は分からないが、細身の刃がチラリと月光に輝いた。
(お二人には申し訳ありませんが、仕方のないことです……)
次のタイミングで実行に移そう。
――と考えていた男は、もう一度角を曲がった所で地面を力強く静かに蹴り、前方へと急接近した。
しかし、だ。
(なにっ……いない!?)
男は目を疑った。
その先は袋小路。対象を見失うはずがないと自信を持っていたのだから。
動揺を隠せず狼狽えていると、彼の背後に気配がした。
「やっぱり来ましたね、ジアーレイさん」
この一瞬だけ【ステルス】で潜伏していた男女の組、ライとアルマが退路を塞ぐように立っていた。
スカーフの持つ能力【ステルス】を、アルマもそこに触れることで二人同時の透過を実現していたのだ。
「……皆様、こんな場所で会うとは奇遇でございますね」
ジアーレイはそう言いながら、片手を背中に隠す。
「本当に偶然でしょうか? どうしてここにいるんですか?」
アルマは問い掛ける。
「王都の見回りでございます。近頃、治安が良くないとも聞きますし……こういったことは誰かが率先して行動に移すことで、早期の解決を図ることができるのですよ」
「そうですか」
アルマはそれだけ言うと黙った。
ジアーレイが苦し紛れの言い訳に徹している、というのは彼女たちが集めた証拠と、この王都内でも辺鄙な場所が物語っていた。
「もう茶番はやめましょう、ジアーレイさん。全部分かってるんです。あなたがここに来た時点で、黒確定なんだ」
「最初から分かっておられたのですか……」
「ある程度は……ね」
ライの一言に、ジアーレイは気を落とすように息を吐いた。
「俺たちは始めから、グランからあなたのことを聞いていた。あなたはオラリアに忠実な執事だと。だから必ずオラリアを庇うような行動に出ると思っていた」
「……なるほど。初対面の時や屋敷に入ってからの初心な態度、全て自然体だと思っていましたが、私を油断させるための演技だったのですか」
「ああ。だけど、貴族と関わりを持つのは本当に初めてだった。嘘の中に本当のことを混ぜることで、相手にもバレにくくしたんだ」
「もしかして、花瓶を割ったのもわざとだったのでしょうか?」
ジアーレイは顔の皺一つ動かさずに尋ねた。内に怒りを秘めたような声色に、アルマは頭を思いっきり下げた。
「ごめんなさい! そうして注意を引いて、ライが紙切れを落としたのを自然に見せるためのカモフラージュだったんです……」
「まんまと踊らされていた……と認めざるを得ません……か」
ジアーレイはゆっくり頷き、その後で不敵に笑んだ。
「しかし、私をここでどうするのでしょうか? 捕まえて差し出しますか? それとも見せしめに殺すのでしょうか?」
余裕が垣間見えるその態度に不気味さを感じながらも、ライははっきりと言う。
「そんなことをしても、何にもならない。俺たちはあなたの自白を聞くために、この作戦を実行していたんだ」
「私の自白ですか……。はっはっは! この状況でよくもその様な冗談を言える! 勘違いしているようなので申しておきますが、追い詰められているのはあなた方だということを理解していただきたい」
「なに……?」
静かな夜の王都の一角に、鳴りの良い拍手が一回。
すぐさまに四方八方から人影が現れた。
「秘密を知られている可能性がある以上、生かしておくことはできません。あとはお任せ致します」
ライとアルマは、ジアーレイに雇われた黒装束の集団に包囲された。
そして場所は狭い路地裏。逃走は難しく、混戦は避けられない状態に近い。
「アルマ、いけるか?」
「ええ、大丈夫です。私たちがやることはあと一つ」
アルマはライの首に巻きついたスカーフの端を握った。
次の瞬間、二人の姿は空に溶けた。ジアーレイたちが取り残されたかのように。
「また透過ですか……。早く捜しなさい!」
ジアーレイは手先たちを奮い立たせるが、彼らにはどうすることもできない。
【ステルス】を一方的に解除させる手立てを持っていないからだ。各々が意識を集中させることで揺らいだ姿を確認し、時間をかけて看破することは可能だが、そんな余裕はとうにない。そもそも彼らは対処法を何も知らなかった。
必死に視界の隅から隅まで捜しているのはジアーレイだけだ。
彼はその途中、遂に人影を見つけた。
路地を形成していた塀の端。ちょうど雲間から月が顔を出し、その上に立ちはだかる、今宵の月明りが似合う聖鎧に守られた一人の男がいた。
「あなたは……騎士グラン様!」
冒険者二人がいたことから、どこかに潜んではいると警戒はしていたが、全くの予想外の場所から出てきたことに、ジアーレイは口が塞がらない。
「ジアーレイ、お前たちに勝ち目など始めから存在していない。そして、おめおめと主人のもとに帰す訳にもいかない」
「……」
ジアーレイは華麗な手さばきで、数本のダガーを殺意を込めて飛ばした。
だがグランは聖剣を振り払い、その粗末な攻撃に傷つけられることはなかった。防ぎ零れの刃も、鎧を貫通するだけの鋭利さはなかった。
「その程度では俺には勝てない。覚悟しろ!」
「くっ……!」
グランが天高く聖剣を掲げると、狙い撃ちしたかのように装束姿の手先の頭上を神々しい光が貫き撃った。彼らは何が起こったのかも分からずに、短い悲鳴を最後に残し、地に無残に倒れていく。
「な、何事だ!? その力は……」
ジアーレイは原理も分からぬ正体不明の光に、後ずさりした。
「さあ……。私だけに許された力……でしょうか?」
グランは剣を収めた。
それを見て、ジアーレイは余裕を取り戻す。
「私を殺さないのですかな?」
「ええ。あなたの自白が取れれば、私たちもこれ以上苦労することはありませんからね」
「フハハハハ! まだ夢見ておられるようで……。確かに、今の勢力では私は圧倒的に不利です。しかし、私が口を割るとでも?」
「……」
「その答えは断じてノーでございます! それならば、いっそのこと墓場まで持って行きましょう!」
ジアーレイは高らかに笑う。老いが隠せないしゃがれた声。
その様子に、ため息をつきながらグランは塀から飛び降り、彼との距離を詰めた。
「お前がその選択を取ってももちろん問題はない。最も、簡単に死なせもしないがな」
「……何を言っている?」
グランの言葉の意図を掴めないまま、一方でグランは路地の物陰に向かい声を放つ。
「出て来て下さい。あなたのお力が必要です」
物陰からは、フードを深く被った、男かも女かも分からない人物が一人現れた。
目視で分かる情報は、上着から浮き出た、細身の剣の柄くらいだ。
「何をしようとも、私の意思が変わることは絶対にありません。さあ、そのフードの奥の面を見せてご覧なさい!」
少し挑発めいたジアーレイの一言に、対面した人物は言われるがままに行動した。
そうすれば、どうだろうか。彼の態度は一転、
「あ、あなたは……!」
状況を整理しきれず、そんなありえない事態に開いた口は塞がらず、驚愕を隠せぬまま時間が停止したような感覚に襲われた。




