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Tale 33. 小さな証人(2)

「おい、これは何だ?」


 少年が振り返ると、グランが逃げ道を断つように立ち塞がっていた。彼は何事かと驚いて身を竦めたが、


「こ、これ……?」


と恐る恐る当該の物を差し出した。


 ヘドロで汚れていてゴミにしか見えないが、ハンカチで拭き取ってみると光る物があった。


 グランの目つきは完全に変貌した。ヘドロをできるだけ擦って落とし、そのブツが何であるかを確認する。


 宝石の類だ。それも一つだけではない。汚れが付いた物を幾つも少年が所有していた。


「これをどこで手に入れた?」


「オ、オイラ、盗んでないよ!」


 少年は必死に反抗した。グランが強く疑念を込めて聞いたからか、少し震え声で。


「そんなことは分かってる」


 宝石店で盗んだ品物がヘドロまみれになるはずがない。仮にも、少年はお金が必要な側。転売目的にしても彼の不清潔な姿と宝石は分不相応で怪しまれ、宝石を盗むという行為はリスクに溢れている。


「どこで拾った?」


「……」


「どうした、言えないのか?」


 グランは圧を掛けて尋問する。


「い、言うよ! ……それは地下水路で拾ったんだ」


「地下水路だと?」


「普段は逃げ道に使ってるんだけど、ある日からたまーに落ちているのを見つけて……。ピカピカにして売りに言ったら高く売れたから、それで……」


「もういい。十分分かった。今ある宝石を全部買い取らせてくれ」


「え?」


 グランは自分の懐から金銭の入った袋を出した。


 なぜそんなにも大金を持ち歩いていたのか、さっき自分が譲った前金は何だったのかとライは内心思った。しかしスラム街の子供たちが貧しい思いをしなくて済むのは確かなので、何も言わないでおいた。


「これだけあれば、騎士団がここの対策に出るまでの間、食い繋いでいけるだろう。……悪くない話だと思うが?」


「売る! 売るよ!」


 即決で取引は成立した。


 そしてグランは足早にスラム街を立ち去ろうとする。


「さて、行くぞ」


「行くってどこに……?」


 ライは頭の片隅に浮かんでいる選択肢に、嫌な予感を覚えながら聞いてみると、


「地下水路に決まっているだろう」


「はは……」


 予感の的中に苦笑いを呈した。




 スラム街まで来ておいて、宿に戻るわけにもいかない。


 そして地下水路は王都の直下に大きく広がっている。少年の案内なしでは時間の浪費が目に見えていた。


「オイラはぺロム。よろしく!」


「俺はライ。冒険者だ。そんで、こっちがアルマ」


 アルマはぺロムに、にこっと笑う。


「王国騎士団のグランだ。早速案内してくれ」


「こっちだよ」


 スラム街を出ることなく、徐々に薄暗くなる路地を進んだ先にフェンスで囲まれた行き止まりがあった。


 向こう側には木々が生い茂っており、ここが王都の周縁部のようだ。


「この下だ」


 ぺロムは地面よりも濃色のグレーの蓋の取っ手に手を掛け、重心を思いっきり後方へと移動させる。


「んん……!」


 ジリジリと鈍い擦れ音を立てながら蓋と我慢比べをするぺロム。

 踏ん張り声を聞かせていた彼の身体は急に軽くなった。


 振り返ると、


「いつもそんなに頑張って開けてるのか?」


 片手で容易く補助をしたグランが。


「ありがとう。いつもは何人かで開ける」


「そうか。お前は道案内だけしてくれればいい。それ以外の雑用は俺か、この二人に任せるんだな」


 そう言うとグランは地下水路を覗き見る。そして躊躇の一つも見せずに、備え付けの梯子(はしご)を下りた。


「俺たちも行くか」


「はい」


 ライとアルマもその後を追った。


「中は……思ったより暗くないんだな」


「地下水路は年に一回程度だが、騎士団によって整備されているそうだ。多少なりの配慮は行き届いているはずだ」


 その整備にまだ参加したことのないグランは、周囲の様子を確かめながら言った。


「ぺロム、それで君が“狩場”にしてる場所はどこなんだ?」


「“狩場”って面白い表現だね。そっか、兄ちゃんは弓使いだからか!」


「別にそういうつもりで言ったんじゃないけどなあ……」


 ライにとっては、ただ単に頭の中にフッと出てきた言葉を言っただけだ。それでも彼が弓使いであることには変わりなく、無意識的に連想されていたのかもしれない。


 地下水路は特徴的な形状をしていた。

 と言いつつも、景色は単調で角を曲がれば同じような光景が目に入り、水が粛々と流れる音が聞こえるだけだ。


 それが王都の土地面積ほどあるのだから、迷路と捉えられてもおかしくはない。万が一迷ったとしても、地下水路への侵入口は複数あるからそれを見つければ良いだけの話だが、きっと骨の折れることだろう。


「この辺りだったはずだよ」


 水路内の土地勘に優れたぺロムは三人に向き直った。


「宝石はどの辺りに落ちていた?」


「今はあるか分からないけど……。大体はそこの中」


 ぺロムが指す方。


 それは水路の中だ。生活用水の一部が流れてきているため、清潔とは言えない水だ。それだけならばまだ良い方で、地下に入ってからというものの刺激臭を感知していたため、ライとアルマは敬遠していた。


「そうか。よし……」


 何が「よし」なのかとライは思っていたが、当然水中を調べるつもりなのだろうと予想はついていた。


 しかし何だろうか、視線を感じる。圧の掛かったような、反面で信頼に満ちたような。


「どうしたんだよ、グラン」


 ライは「入らないのか?」と暗に示した。


 それに対する答えは、


「ライ、お前が入れ」


 ノーを意味していた。


「いや、俺も入るけどさ……。グランも探すんだろ?」


「俺は入らない」


「はあ!? 何でだよ!」


 水路にライの驚嘆の叫びが響き渡った。


「入らない、というか入れない。俺は見ての通り細かい捜索には向かない。それにこの鎧を無為に汚す訳にはいかない」


「いや、最後のは余計だろ、協力しろよ。でも、確かに重い鎧を付けたまま中腰でいるのは身体に悪いな。……分かったよ」


「冒険者は言わば何でも屋ですからね。断る理由はありません」


 アルマはライ一人に作業を押し付ける訳にはいかないと思い、服に水が跳ねないよう、裾や袖を捲った。


「アルマさんはこちらで私と一緒に、見物していましょう」


 グランの冗談かと疑われる発言に、


「なんでだよっ!」


 ライは思わずツッコミを入れてしまった。


「流石にそれはライの負担が大きくなっちゃうんじゃ。私の服は汚れても構わないような物なので……」


 それでもグランはアルマを制止した。グランは遂には「大丈夫です」と笑顔で一点張りだった。


「俺がやるから! アルマも下がっててくれ」


 ライはそっと水路に身を投げると、意識を集中し始めた。


(くそっ……。何なんだよ、グランの奴。今に見てろよ……【捜索網羅の目(サーチング・アイ)】)


 五感を強化して捜す物はもちろん金品の類だ。落ちている物に気を配りながら、意識中に投影される周囲の光景を確認していく。


 その途中でライはむせてしまい、集中もそこで途切れてしまった。


「だ、大丈夫ですか!?」


 アルマは水路から身を乗り出して聞いて来る。


「大丈夫」


 呼吸を整えながら、ライは答えた。【捜索網羅の目(サーチング・アイ)】によって嗅覚も強化されてしまったため、強い汚臭に反応してしまったのだ。


 「次からは気を付けないと」と心に決めた(そば)で、グランは少しにやついていた。


「お前の能力も、元の世界とは少し違っているんだな」


「始めからこれを確認したかったのか。だったらそう言えよ」


「悪い、少し意地悪したくなった」


「んで、“お前も”ってことは、そう言うことなんだな?」


「流石は俺たちの司令塔。勘が鋭いな。だが、そのことを話している余裕はない。さて、俺も手伝おう」


 最初から探す気だったグラン。


 しかしライは得意気に、


「もう終わったよ」


と言い放った。


「手際が良いな……!」


「そりゃどうも」


 ライは【捜索網羅の目(サーチング・アイ)】で引っ掛かった対象を順々に拾い上げていく。それが終わると水路から身を乗り上げて、収拾物を広げた。


「石の形をした物がほとんどですね。ぺロムの持っていた宝石と同じ物でしょうか?」


「多分そうでしょう。汚れを落としてみなければ分かりませんが」


 アルマたちが汚れた石に気を取られている一方、ライは全く異なる形状の物を手に取っていた。


「これ、なんだ?」


「……それは宝石ではないな。汚れが酷くて分からないが、アクセサリーじゃないのか?」


 グランから自然に差し出された白いハンカチで、ライはアクセサリーらしき物の表面を拭き取ってみた。


 すると、


「これ……王家の紋章だ!」


「そう言えば、ジアーレイさんがブローチを紛失したとか言ってましたね」


 昼間の出来事を思い出しながら二人は語る。


 それを聞いて、グランはそれぞれの肩に大仰に手を乗せた。


「よくやったぞ、二人とも!」


 グランは自信に満ちた顔をしていた。

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