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Tale 33. 小さな証人(1)

「さあ、今日は帰りましょう。最低限為すべきことは為せたのですから」


「そうだよ。俺はもう寝たい!」


 アルマに同調しながらも未だ不機嫌なライを前に、グランは頭を押さえる。


「はぁ、お前と言う奴は……。ほら」


 どうしようかと考えた結果、グランは小包を差し出した。


「……何だよ、これ。……って金じゃん。お前はそうやって金で解決する男だったのかよ」


「違う。それで美味い物でも食って来い。そうすれば少しは気が晴れるだろ?」


「……同じことじゃん」


「いらないのか?」


「……貰うよ」


 ライは小包をポケットの奥に強く押し込んだ。


「まあ元々渡す予定だった、報酬とは別の前金だけどな」


 そんな衝撃の事実にライは、


「はぁ!? じゃあこれ、お詫びでも何でもないじゃん! ってゆうか、それ今言う必要あったか?」


と罵声を少し。


 対してグランは、


「悪い。すっかり忘れてて、渡しそびれてた」


 火に油を注いだことに、全く動じていない。


「……もういいや。お前には色々と勝てないや。本当に疲れたから帰るわ。行こう、アルマ」


「あっ、はい!」


 賑やかな街中に生気を吸い取られながら、帰路を進む。今日の晩御飯のことを考えるだけの力が彼に残っているのだろうか。


 そんな所に、一際目立つ怒声が鳴り響いた。往来を行く人々は皆、一瞬でもその方向を向いていた。


 当然ながら、ライもアルマも足を止めてしまった。

 そして、いつもはお節介を焼きに首を突っ込みに行く。だが今はそんな余力がないため、大多数と同じように見て見ぬふりをしようとしていた。


 それでもなお、彼の「休みたい」という切な願いは、次に聞こえた反抗的な声にお預けにされた。


「放せ! これはオイラの物だ!」


「ああん!? 盗みをしでかして逃げようとした挙句、そんなことを口走れるだぁ!? てめぇ……!」


 すでに取り上げられた数個の果物。少年はそれに手を伸ばすも届かない。


 被害に遭った店主は片手で、目線の先の少年を締め上げていた。空いている片方の拳は、今にも彼に襲い掛かりそうだった。


「……っ!」


 解放されようと必死で暴れる少年だが、店主の力には敵わなかった。


(ごめんよ、皆。オイラ、また失敗した)


 仲間への釈明を心の中で何度も唱え、(きた)る鉄槌に目を閉じていた。


 そんな二人のいざこざを、グランが止めた。


「一旦落ち着きましょう」


「……騎士か」


 店主の拳はグランの手に簡単に阻まれ、短い舌打ちだけして少年を放した。


 その隙を逃すまいと少年は一直線に逃げようとするが、グランは当たり前のように隙を潰す。

 長身を利用した気配さえ感じさせない足払いに、少年は顔面ダイブをかました。


「があっ……!」


「逃げていいとは一言も言ってない」


 少年は次にグランに掴まれ、椅子に座らされた。


 そして、その事態にライたちも駆けつけた。

 二人は驚きのあまり少年を指してしまった。


「あなたは、あの時の……!」


「姉ちゃんか」


 スラム街の少年は傷だらけの顔に苦い笑みを浮かべた。




「それで、お前はなぜ盗みを働いた?」


「それは……」


 少年がグランの剣幕にたじろいでいると、代わりにアルマが事情を説明した。


「この子はスラム街で暮らしている一人です。生活に必要なお金が無かったから、また盗みに出てきたんだと思います」


 グランは少年のみすぼらしい姿を頭のてっぺんから足の底まで見るような勢いで眺める。


「スラム街か。そんな場所があったとは」


「何だ、知らなかったのかよ」


「……俺もこの国のことをまだ深くは知らない。時間が足りなかったからな。……だが、これからはスラム街の問題解決にも尽力しないとな」


「グランさん……!」


「安心して下さい。私はこの国のために、やるべきことをやります。だが……」


 優しかったグランの表情は、少し険しくなる。


「だからと言って、お前の罪が帳消しになるわけではない」


 不意に背筋が伸びた少年。その全身はこわばっていた。


「オ、オイラは……」


 少年の窮屈そうな様子を(うかが)ったからか、グランは店主にこう提案した。


「店主、もしこの場を私に任せていただけるのであれば、彼をこのまま連れて行きます。どうでしょう?」


「……俺からこれ以上言うことは何もねえ。あとはそっちで片付けてくれ」


「ありがとうございます」


 グランは少年を立たせ、一緒に通りを進んで行った。なぜか自然とライとアルマもその後ろについて行っていた。


「二人はもう帰っても良かったんだぞ」


「そういう訳にはいきません。この子とスラム街のこと、私も知ってからは頭から離れなかったので」


 ましてや金銭的援助をしたにも関わらず、少年が再び盗みに走るようになったのは、そうせざるを得なくなったからだ。


 次は何と言われようと自分の気持ちを曲げない、とアルマは心に決めていた。


「オ、オイラはこれからどうなる?」


 腕を握られている少年は震える声で尋ねる。


「オイラ、仲間を置いては行けない。お願いだ、騎士さん。どうか牢にだけは……!」


「お前は何を言っている? お前は帰るべき所に帰るんだ」


「グラン、お前、最初から……」


「なぜ俺が困窮者を裁かなくちゃいけない?」


「ほ、本当!?」


 少年の表情が明るくなる。


「ああ。だが、さっきも言ったように、罪を帳消しにするわけにはいかない」


「な、何をすればいいんだ?」


 少年に再び不安が宿る。グランは彼に一瞬の間を置いて返した。


「それは考えておく。お前の(ねぐら)に行くのが先決だ」


 そうして辿り着いたスラム街。ライたちが先日訪れた時と雰囲気は何ら変わらず、みすぼらしい子供たちがたむろしていた。


「グラン、これが王都の実態だ」


「想像していた通りだ。だが、驚いてはいる」


「そうか。これでここの子供たちが助かるといいんだけど」


「……いきなり何かを大きく変えるなんてことは俺にはできない。少しずつ対策を打っていくのが精一杯だ」


 グランは意外にも、サッパリとした態度で言い放った。


「それでも、何とかしてくれるのならありがたい話だよ」


 先頭の少年に連れられ、彼の住居地に着いた。

 そこには、例の寝込んだ別の少年がいた。


「さあ、着いたよ」


「この子、まだ良くなってないんですか?」


「いいや。姉ちゃんたちが帰った後、熱は下がって目に見える症状もほとんど消えた。今は安静のためにまだ寝かせてるんだ」


「良かったぁ……」


 アルマは胸を撫で下ろした。

 グランはそんな彼女の様子を(うかが)いながら、


「さあ、話を本題に戻そう。俺はこの“スラム街”と呼ばれる場所を、今この目で確かめた。ここの環境改善はもちろん、お前たちが安心して暮らせるような援助も必要だと判断した。まずは騎士団にこの話を持ち掛ける。そして、できるだけ早くにこの問題を解決することを約束しよう」


 少年はただ黙って聞いていた。彼とて、自分が置かれている環境がより良い方向へ向かって行くならば、それに越したことはないと思っているはずだ。無論、スラム街の他の子供たちもだ。


「事務的な手続きが必要なんだな。そこは否定しないよ」


「話が分かるじゃないか、ライ」


「だけど承認が得られるまでの間、この子たちを放置しておく訳にはいかないんじゃないか?」


「……正論だ。ましてや、また盗みを働かれては困るからな」


「どうしましょうか……」


 三人はそれぞれ少し思考する。


「お金が無いから物を買えない。だから盗まざるを得なくなる」


「その通りだ」


 ライの発言に、他二人も頷いた。

 そして視線は強くライに向いた。


「ん? 何だよ、その目は……」


 何を訴えられているのかはすぐに理解した。ポケットに手を突っ込み、


「ほら、これでいいだろ?」


と貰ったばかりの前金の小包を、少年の手に載せた。


「オイラ、これは貰えないよ。これ以上兄ちゃんたちに迷惑は掛けられないから……」


 つい最近、聞いた台詞。その時はそのまま立ち退いたが、今回は違った。

 ライは少年が小包を返さないように、強くその手を握った。


「君は本当に優しいね。君が盗みをするのも、きっと本望じゃないんだ。でも君がここで我慢しても、盗むたびに街の皆に迷惑が掛かる。遅かれ早かれ迷惑は掛かっちゃうんだ。だったら、このお金を受け取って欲しいと俺は思う」


「……」


「お願い」


 アルマも少年の手を握った。


「……分かったよ」


 少年はそれだけ言って、小包を朽ちた木の棚に入れた。


 その様子を眺めていたグラン。ライの説得に成長を感じていたかと言えばそうではない。

 少年の向かった棚、その一つの段に鋭い視線を向けた。

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